6.水も滴る良い猫耳
バタン。ジャー。とシャワーが流れる音が聞こえてくる。
彼がシャワーを浴びている間に私も着替えておくことにしよう。
先程汚れた服を着た猫耳少年に撫でたり抱きついたり頬ずりしたりしたせいで、私の着ている服も多少なりとも汚れてしまった。
まさかこの世界にもパーカーが売っているとは思わなかったのだが、普通に売っていたので買いまくってしまった。
私は日本にいるときから可愛い服なら即購入していたのだが、結局着ていたのはいつもパーカーだった。
そのため私の部屋のクローゼットには未使用の服やらスカートやらが大量に置いてある。勿体ないおばけが出ても文句言えないくらいには新品の服が放置されていたと思う。
と、今はそんなことどうでも良かった。
新しいパーカーに着替えた私はゴロンとベッドに寝転がる。
「さて、整理しようかな」
今シャワーを浴びている少年が言っていたこと、この宿屋の主であるロンドンさんが言っていたことを思い出す。
『この世界はな、獣人を認めてねぇんだよ。獣人だからって理由だけで差別するのが当たり前になってんだよ』
『他の宿泊客には見られない方がいいぞ』
別段獣人を差別するつもりはないという人もいるとは思う。ロンドンさんがその例だ。
しかし、獣人を差別している人間がいるというのは紛れもない事実であり、今のところ覆りようのない一般常識のようだ。
実際に獣人として生まれてきた彼も今まで何度もそういった経験をしてきたのだろう。
お金を持っていたとしても獣人だからという理由で物を売ってもらえなかったり、売ってもらったとしても通常の何倍もの金額で売り付けられるなんてこともあったそうだ。
そこで逆に考えてみよう。
もし私が獣人だとしたら……わざわざ差別される、迫害されるとわかっているのに人間に近付くだろうか?
私だったら近付かない。
それならどうする?
先程も言った通りこの世界では獣人が人間に迫害されているのが常識となっている。
それなら獣人達だって自分の他にも迫害されている獣人がいることくらい知っているはずだ。獣人からしてみれば自分個人が嫌われているのではなく、獣人というカテゴリー自体が嫌われている原因なのだと知っているはずなのだ。実際あの少年は知っていた。
何が言いたいのかと言うと、私が獣人なら必ずいるはずの同じような境遇の者を探して仲間にする。
常識化されるほど差別・迫害されているにも関わらず、お金を持っていても食料も売ってもらえないにも関わらず、未だに獣人という種が絶えずにいるということはどこかで繁殖しているということだ。
獣″人″というくらいだ、外見だけでなく考える力だって人間と何ら変わらないのだろう。
「…………それなら必ずどこかにあるはずだよね。″獣人の国″がさ」
そこまで考えて一旦思考をストップする。
シャワーの音が止まっていることに気付いたからだ。
ベッドから上体を起こしてシャワールームの扉に視線を向けると、ゆっくりと扉が開いていく。
「……あ、あがったけど」
そこには天使がいた。
あ、いや、違う違う。どうやら私の目が勝手に彼の頭の上に光る輪っかを乗せてしまったようだ。
しかし、改めて見てみるとホント可愛いな!
少し青みがかった銀髪がしっとりと濡れていて水も滴るなんとやらって感じだし。
ピョコピョコと動いている耳も、上目遣いで私をジッと見ているつり目も良い。
そしてなにより、彼が着ているパーカーは私が自分用に買った私にとって少し大きめのものだ。私の身長が160cmなのに対し、彼は恐らく135くらいだろうか。つまり、パーカーがだぼだぼなのだ。
具体的に言えばパーカーの裾が膝上辺りまで来ている。
まるで下に何も履いてないみたいじゃないか!!
いかんいかん。と首を横に振る。
このままではまるで私が変態みたいじゃないか。
「それじゃあ何か食べに行こうか」
変態とはお別れをして少年に提案する。
こう見えてまだこの世界に来てから何も口にしていない。
この世界に来た時が多分昼過ぎくらいだったと思うが、今はもう陽も暮れ始めている。
どっかの誰かさんに肉まん(仮)を盗られたせいでずっとお腹が空いているのだ。
「は? 食べに、って……?」
「ん? ご飯だよご飯。ずっとお腹一杯になるくらい何かを食べるなんてしてないでしょ? 奢ってあげるから行くよ」
「ま、待てって! お前さっきのオレの話聞いてたか? 人間は獣人には何も売ってくれねぇんだよ」
「私が一緒なら大丈夫でしょ?」
「そ、それでも普通の何倍もの値段を払わされるかも……」
「問題ない。金ならある」
私は金庫からまだ90枚程ある1000G札の札束を取り出す。
「なっ……」
「ね? まだ何か問題でもある?」
そろそろ私もお腹が限界なので早いとこお店に行きたいのだが。
「で、でも、オレと一緒にいたらお前が変な目で見られるかもしれないんだぞ!」
「慣れてるから大丈夫だよ。大企業の社長令嬢舐めんな」
なんと言っても、高校の廊下を普通に歩いてただけで同じクラスの上位カーストの女子にいきなり「調子乗ってんじゃねーぞ」と言われた伝説の持ち主だからね。
ちゃんと話したこともない娘で本当にいきなりだったからマジでビックリしたけど、ま、これも社長令嬢の宿命というやつですわな。
「でも……っ」
「奢ってもらえるときは素直に奢ってもらった方がいいんだよ。それにほら」
私は彼が着ているパーカーのフードを頭に被せる。
「あ……」
「どうしても獣人の君と歩いてる私が気になるなら、それで耳を隠しておけばいいよ。パーカーが大きいお陰で尻尾も上手く隠れてるし」
ポンポンとフードの上から頭を軽く撫でてから部屋の入り口に向かう。
あ、そういえば大事なことを忘れていた。
「……君、名前は?」
「…………カイ」
肩越しに振り返りながら訊ねると、小さな声で答えるカイ。
「カイね。私は咲場 春。ハルお姉ちゃんって呼んでね」
「……ん、わかった、ハル」
そう言ってカイは私の横に並んで歩き出した。
あ、あれ? おかしいな? お姉ちゃんは?
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