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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
第2章 魔法科学
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23.今夜が山


「……生命活動に必要な魔力が危険な域まで消耗しています。正直、今夜が山でしょう」


 ドクターの声が静まり返る病室に響いた。





        ×  ×  ×





 アランカは連なる山の麓にある街で、山に生息するモンスターがよく街に下りてくる。


 そんなモンスターを討伐するため、アランカの街には冒険者が多くいる。

 冒険者達の働きのおかげでアランカの街は平和を保っている。


 だが当然、冒険者だって無敵ではない。

 冒険者が多いということはその分だけアランカの街の病院は他の街よりも慌ただしい。


 他の街よりも病院の建物は大きいし、医者の数も多い。

 回復魔法が使える医者も何人かいる。


 回復魔法があれば呪いや呪術を掛けられていたり、そもそも死んでしまっている者以外なら大抵の者は治すことができる。


 骨が折れていてもすぐに治せるし、毒なんかも取り除くことができる。

 以前最初の爆発事件の時、リリィを庇って背中に大火傷を負ったシュナも痕も残さないほど完璧に治療されていた。


 そんな凄腕ドクターが運ばれてきたハルを見るなり、これは……と呟いた。


「これは酷い……ここまで魔力が消耗しているのは初めて見る。むしろこの状態で息がある方が不思議なくらいだ。生命活動に必要な魔力が危険な域まで消耗しています。正直、今夜が山でしょう」


 既に切り傷などの外傷は回復魔法で治療済みだった。

 しかし、たとえ回復魔法でも消耗した魔力をその場で回復させることはできない。


「ハルちゃん、あの魔道具を使ったんだね……」


 ヒーラがハルの症状を見てそう呟く。


「あの魔道具?」


「ミラーの発明した魔力を増幅させる魔道具だよ。シュナちゃんもあの魔道具の効果で今は昏睡状態になってる。シュナちゃんの方は命にまで別状はないけどね」


 カイの質問に丁寧に答える。

 ミラーの魔力増幅具の反動で意識を失ったシュナを病院まで運んだのは他でもないヒーラと今ハルを診ているドクターだ。


「やっぱり、あの魔道具は理論上危険だと思っていたんだ」


「……? どういう意味だ? 魔力を増幅させるのが危険なのか?」


 カイの疑問にヒーラは一度頷くと、「これはあくまで僕の推論なんだけど」と前置きをしてから説明を始めた。



 ヒーラの説明はこうだ。


 ミラーが開発した魔力を増幅させる魔道具。あれには明らかな欠陥があった。


 例えば魔力を100持っている人がいるとする。

 そしてこの人が魔道具を使用し、一時的に魔力を200まで増幅させたとしよう。

 

 この状態のまま魔法などを使うことで魔力を100消費したら、その人の残りの魔力量は200ー100=100だ。


 ここで魔道具の効果が切れたとしても、残りの魔力量100は変わらず残ったままになる。


 しかし、魔道具の効果が効いている時は良くても、それが切れてしまえば身体の方はそもそも自分の限界値である魔力量100を消費し終わった状態ということになる。


 つまり、魔力量は普段通りMAX残っているにも拘わらず、肉体の疲労的には魔力を全て使いきったかのように感じてしまう。


 これがミラーの言っていた「効果が切れた後物凄く疲れる」という言葉の正体だ。


 では、もしも魔道具の効果が切れていないうちに増幅した魔力量200を全てを使ってしまったら?


 これが今のシュナの状態だ。


 肉体が使用できる魔力の限界値を越え、耐えられなくなり、これ以上1ミリだって魔力を消耗できないと脳が判断し、昏睡状態になることで生命活動をどうにか繋ぎ止めている。


「そう、生命活動にも魔力は少なからず必要です」


 ヒーラの説明に付け加えるようにドクターが口を開く。

 ハルに回復魔法を掛けながらも、ヒーラ達の話を聞いていたのだろう。


「この少女は恐らく魔道具によって増幅した魔力の全てに加えて、生命活動に必要な魔力すらもほとんど消費してしまった。この状態で生きている方が不思議と言ったのはそういう意味です」


 ハルから目を離さず言うドクターに、他の皆もベッドで眠っているハルに視線を向ける。


「その魔力っていうのはどうすれば戻るんだ?」


 カイがドクターに訊ねる。

 しかしドクターの反応はあまり良いものではなかった。


「本来消費した魔力というのは一晩寝ればある程度は回復します。恐らく今昏睡状態の獣人の少女は2、3日もすれば目を覚ますでしょう。昏睡状態になるほど魔力を消費するのも珍しいですが、一度目を覚ませばあとはたくさん食べてたくさん寝ればすぐ良くなると思います。……ただ――、」


 そこでいったん言葉を切り、重苦しい表情でハルを見つめる。


「……彼女の場合、少し、いやかなり状況が違います。現在彼女の体内には本当に微かな魔力しか残っていません。その微かな魔力を全て生命活動を繋ぎ止めることに使っている状態です。一命を取り止めたとしても、目を覚ますなんて一体どれだけ先になるか予測もつきません。私も全力は尽くしますが、皆さんには最悪の場合も覚悟しておいてください」


 ドクターの宣告に再び静まり返る病室。


「……ねえ、さっき増幅した魔力を100使ったとして、魔道具の効果が切れても残りの100は変わらず残ったままって言ってたわよね?」


 ルルの突然の問いに疑問を抱きながらもヒーラは首を縦に振る。


「じゃあ、増幅した魔力を全く使わなければ、そのまま200残ることになるんじゃ……」


「ああ、そういうことか……残念だけどそれはないよ。さっきも言ったけど、そもそもその人の肉体が魔力量100までしか受け付けないようになっているんだ。だから効果が切れたら魔力量は100に戻る。まあ全く使っていないんだから肉体的疲労もないだろうけどね」


「でもそれなら魔力を増幅させている間だって魔力を200も使うなんて不可能じゃない」


「そうだよ。不可能なはずのことを無理矢理やったから今こういう状態になっているんじゃないか」


「それは……」


「だからさっき僕は言ったんだ、あの魔道具は理論上危険な物だって。魔力をいきなり増幅させたところでその魔力に耐えうる身体がないんだから意味がない。それでも無理矢理使おうとすれば……こうなる」


「意味がないってことはないでしょ。実際、その魔道具をハルが使わなきゃ今頃この街は塵になってたし、ここにいる全員あの世行きだったよ」


 今まで黙っていたロイドが軽い口調で口を開く。


「ロイド、もう少し言い方を……」

「だってそうでしょ? 使っちゃった後にやっぱりあの魔道具は危険だったんだとかさ、そんなのいくらでも言えるし。ていうか、その危険な魔道具をハルが使ってくれたおかげでこの街は助かったんでしょ? だったら今やるべきことはくだらない推論をぺちゃくちゃ語るんじゃなく、この街を救ってくれたハルに感謝しながら、山だって言われた今夜が無事に過ぎるのを祈ることなんじゃないの?」


「……っ」


 ロイドのあまりにも正論過ぎる言葉にヒーラが苦い顔で押し黙る。


「ロイド! お前はいつも……もっと言い方っていうのがあるでしょ!」


「ふん」


 カナタが声を荒げて叱るが、ロイドはそっぽを向いて知らん顔をする。


「……いや、彼の言う通りだよ。今さらどれだけ推論を立てても遅いんだ。今はハルちゃんの無事を祈る方が先だったよ」


 ヒーラはロイドの代わりに頭を下げてくるカナタに苦笑いをしながら、ロイドの言っていることが正論だと認める。


 たとえヒーラの推論が全て正しかったとしても、今すぐハルに魔力が戻る訳ではない。こんな推論の発表会ならいつでもできる。それこそ、ハルが目を覚ました後にでも。


「それよりも、そこまでしてやっと相殺できた敵の攻撃の方がよっぽど気になるけどね」


「お、おまっ! さっきと言ってることが違うんだけど!? 今はハルさんの無事を祈るんじゃなかったの!?」


 ロイドがボソッと呟いたその言葉に、カナタが激しく反応する。


「それはそれ、これはこれ。この話題の方がよっぽど有意義」


「お、お前って奴は……」


 いつでもマイペースなロイドに回りは苦笑いになりながら、「疲れているだろうし、皆一度帰った方がいい」というドクターの言葉で全員病室を出た。








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