21.その姿に免じて
「……はぁ……はぁ……」
「ほう、よく耐えたな」
ほんの数分の出来事。
恐らく5分にも満たないその僅かな時間で、ハルは地獄を見た。
今まで生きてきて(実際は一度死んでいるが)、これほど長い5分を経験したことがない。
雷の矢に雷の球、雷の沼に雷の雨。雷の剣を持った雷で出来た人形にも容赦なく攻撃された。
雷魔法を変幻自在に操るアランの猛攻に、ハルはただただヒーラから貰った魔道具を駆使して何とか自分を守ることしかできなかった。
攻撃の合間にカウンターを決めるとか、そんな考えはアランの猛攻が始まってから3秒で消えた。
とにかく守らないと――
とにかく防がないと――
そんな風に防御のことだけを考えてようやく、即死となりうる致命傷だけは何とか外した。
それでもハルの身体は至る所から出血し、既に満身創痍状態であった。
「…………はぁ、はぁ」
「まあここまでよく耐えた方だろう。あの攻撃を最後まで耐えきった女はお前が初めてだ」
「……はぁ、はぁ」
「もう話すことも出来ないほど消耗しきったか……もういい、楽しませてもらったお礼だ。俺のとっておきで葬ってやる。冥途の土産にするといい」
(マズい……矢もあと1本だし、シュナの魔力も入れたのにもう魔石に魔力が残ってない。万事休すじゃん)
アランが詠唱を始める。
これほどの魔法使いのとっておきと言うからには本当に一撃必殺の最強魔法なのだろう。
もう魔石の中に魔力が残っていないハルにそんな攻撃が防げるはずもない。
(ていうか、そこら中から血が出てるし。お気に入りのジャケットもまた血だらけだし……)
まるで走馬燈のように以前のファネルの屋敷に踏み込んだときを思い出す。
あの時もハルのジャケットは血で赤黒く染まっていた。
ハルは強敵、いや敵にすらならない強大な存在を前にして、完全に戦意を喪失させ尻餅をつく。
「……は、はは。なんじゃそりゃ……笑えないんですけど……」
そこには雷魔法で作った弓を持ち、矢を引いた構えをするアランが。
しかし、手に持つ弓に矢はセットされておらず、矢のない弓の弦を引いているような形だ。
では矢は一体どこに――
アランの頭上。そこに矢はあった。
これまた雷魔法で作られた矢は、その辺の民家を優に超える超巨大の雷の矢だった。
「……今からお前に本物の魔法の矢を見せてやる。俺はこれ一撃で1つの大都市を消滅させたことがある」
「へぇ……その自慢は聞きたくなかったかな……ていうか魔法で作った矢ならさっきまで普通のサイズのやつを嫌と言う程見たので、次もそっちにしてもらえませんかね」
「……相変わらず、減らず口の減らない奴だ」
「減らず口が減ったら減らず口じゃなくなっちゃうでしょ」
「ふん。まあいい、お前に最後訊きたいことがある」
「訊きたいこと?」
これから消えて無くなろうとしている相手に今更何を訊くというのか。
「その右手首の魔道具。それの開発者は誰だ?」
「!?」
その質問にハルは目を見開かせる。
あれほど動き回ったのに、いつの間にか足元にはミラーの死体がある。初めの場所へ戻ってきていたようだ。
そんなミラーの死体を作った者の質問にハルは質問で返す。
「……知って、どうするつもり?」
「その魔道具は実に興味深い。是非我々のために大量生産して欲しいものだ」
「……! こんなものを見せられて、教えると思う?」
アラン達に協力し、そしてアラン達に殺されたミラーの死体を指差し、ハルはアランを睨み付ける。
「そうか。それならお前を塵にした後、ゆっくりと探すことにしよう」
……どうやら、死ねない理由が出来たようだ。
ハルはゆっくりと立ち上がり、最後の1本となった矢をクロスボウにセットし、弦を力いっぱい引く。
「今さら抵抗したところで、この攻撃を防ぐことなど不可能だ」
「そんなの……やってみないとわかんないでしょ。どうせ死ぬなら最後まで足掻くことにしただけだよ」
そう言いながら、立ち上がる前にミラーのポケットから取り出しておいたピンポン玉程の大きさの魔道具を強く握り締める。
「やっぱりアンタの魔道具は使いどころでは凄い役に立つのに……天才なんだか、馬鹿なんだか」
ハルはそう呟きながら、心の中で魔道具を発動させる。
(幸い私自身の魔力は今日は使ってない。それを最大限まで増幅させる!)
ミラーの発明した魔力増幅魔道具の効果で一時的に魔力が何倍にも膨れ上がる。
身体の奥底から熱い何かが流れ出し、身体中を頭頂部から足の指先まで満遍なく満たしていく。
(これを全部手首の魔石へ……!)
体内から徐々に魔力が抜けていく感覚に陥る。
全部抜かれても構わない。それくらいじゃないとあの巨大な矢は止められない。
薄紅色だった魔石が真っ赤に染まっていき、次第には紅く光りだす。
「何をするつもりかは知らんが、無駄な抵抗はやめて、大人しく死んでおけ」
アランはさらに魔力を込めたのか、頭上の矢が一回り大きくなる。
「……はっ、やなこった」
魔石に貯めこんだ膨大な魔力を全て魔法へと変換し、最後の矢に付与する。
「もういい、死ね!」
「断る!」
一撃必殺の巨大な雷撃の矢と、全ての魔力を注ぎ込んだ最大出力の雷撃の矢が衝突し、アランカの街は激しい衝撃波と共に眩い光に包まれた。
× × ×
「うわっ! 何だよこの光!」
「アランの奴あれを使ったのか。お前さんの相棒の小娘、今頃塵になってるだろうな」
ハル達とは少し離れた場所で未だに戦闘を続けていたカイとアルは襲ってくる光に目を細める。
「そんなこと分からねぇだろうが。逆にお前の相棒が塵になってんじゃねぇのか?」
「おいおい、それ本気で言ってんのかよ。アランは多分俺よりも強いんだぜ。あんな小娘1人にやられる訳ねぇだろ。俺もそろそろ飽きてきたしなぁ……お前も小娘と同じところに送ってやるよ」
巨体にも拘わらずカイとほぼ同じ速度で動くアルは、これまではまるで遊んでいるかのようにじわりじわりと追いつめていたのだが、ここにきて一気に仕掛けてくる。
巨体を一気に大剣の間合いとなる場所まで移動させ、横薙ぎでカイを叩き斬りにかかる。
その大剣にギリギリで反応したカイは屈んでそれを躱し、すぐにアルの懐へ潜り込む。
そのままの勢いでアルの腹部を斬りつけようとするのだが、アルはそれを腕でガード。
カイのダガーは腕の深くまで突き刺さり、赤い血飛沫を上げる。
しかし、アルの腕の筋肉に固定されたダガーはカイの力では抜くことも上下左右に動かすことも出来ない。
必死に抜こうとしているカイの頭上から大剣が迫ってきたので、カイはダガーを離し、いったんアルから距離を置く。
が、カイは間髪入れずに再びアルに向かう。
残りのダガーでもっと急所を、と思ったカイはアルの顔に向かって飛び付く。
いくら頑丈のアルでも目にダガーが刺されば流石に重傷を負わせることができるだろう。
しかし、その程度の考えでは簡単に読まれてしまう。
相手は実力も経験も遥かに格上の相手。
そんな相手に勝つには奇襲を仕掛けるか――
思いもよらない現象を起こすくらいしかない。
顔に飛び付こうとしているカイにタイミングを合わせてカウンターを決めに行くアル。
タイミングは完璧。
ダガーと大剣というリーチの差ではアルの方がどう見ても有利だ。
カイのダガーが届く前に、アルの大剣がカイの首を斜めに叩き斬る。
斬ったはずだった――
目の前にいたはずのカイが姿を消し、それとほぼ同時に首の後ろに激痛が走る。
カイはアルの首を後ろからダガーで突き刺し、そのまま奥に突き上げる。
「ガッ……!!」
言葉にならないうめきを上げて、アルは地面に倒れ伏した。
「ナイスタイミングだったぜ」
「はぁ、はぁ……こんな奴に1人で挑むなんて馬鹿じゃないの?」
「ぎりぎり間に合って、よかった」
カイは走って駆け付けたため息を切らしている双子のウサ耳とハイタッチをする。
「その男、死んだの?」
「首に思いっきり刺したんだ。これで生きてる方がおかしいっての」
初めて人を殺した。
でも殺らなきゃ自分が殺られていた。
人を殺した罪悪感よりも自分が生きているという安堵感の方が勝っていた。
「すぐにハルの方に向かうぞ」
「ここに来る途中凄い光が見えたけど、そこにいるのよね?」
「多分な」
アルが言っていた言葉を信じているわけではない。
でも、あの光と衝撃波の正体が本当にアランの攻撃なのだとしたら、ハルが無事かどうか分からない。無事だと祈りたいが、客観的に見て無事である可能性の方がずっと少ないだろう。
――マテヨ。
「「「!?」」」
背後から聞こえてきた地の底から這い上がってくるような低い声に、3人は身体を震わせる。
「あ゛あ゛ぁぁ、痛ぇーなぁ。普通首を思いっきり刺したりするかぁ? おい知ってるか? 首っていうのはぶっとい血管や、大事な神経が沢山通ってるんだぞ?」
「て、てめぇ、何で生きてんだよ……」
「俺を殺してぇんなら、それこそ首を切り離すくらいしねぇと駄目だぞ。あのヒョロヒョロの天才科学者みたいに、なぁ!」
「……!? グハッ!!」
先程までとは比べ物にならないスピードで近づいたアルはカイを蹴り飛ばし、15メートルほど先まで吹き飛ばす。
「…………ぁ、ぅ……っ……!」(あばらが……っ、息ができ……)
「まだ死ぬんじゃねぇぞ?」
「!?」
地面に寝転がり息が出来ないともがくカイの頭上からそんな声を掛けられる。
ズドォン!! と大剣の時と変わらない威力の拳をカイ目掛けて振り下ろす。
カイは瞬時に転がってその拳を避け、バックステップで距離を取る。
「てめ……なん、だよ……そのバカみてぇな、スピードは……」
「嬉しいだろぉ? 俺を本気にさせたんだからよ」
「ちっとも嬉しく、ねぇんだよ。さっきので死んどけよ……」
「死ぬのはてめえだよ」
またも一瞬でカイの面前まで迫ったアルはカイの顔面目掛けて殴り掛かる。
「……!? またそれかぁ?!!」
確実にカイの鼻っ柱を捉えたはずのその拳は見事に空振る。気が付けばカイはルルとリリィの手を握り、アルとは反対の方向へ駆け出していた。
「逃げんのかぁ!!」
「ったりめぇだボケ! 誰がてめぇみたいなバケモンと戦うか!」
アルが化け物染みているのは確かなのだが、カイとしてはまずルルとリリィをどこかに逃がさなければならない。
今ので幻覚魔法は既に2回目。
1日に使える幻覚魔法をこの短時間で使い終えてしまったのだ。
(くそ、この後ハルのところで使ってもらう予定だったのに!)
あまりにも予想外の展開に焦るカイ。
2人の手を引っ張りながら、どうすればいいのか最善の策を頭の中でシュミレートしながら探していく。
(オレ1人で相手をしようにも手負いでダガーすらない今の状況じゃ、2人を逃がす時間すら稼げない……どうする、どうする……!)
「逃がさねぇって、言ってんだろうがぁ!!」
20メートルは離れた場所にいたアルが、僅かひとっ跳びでカイ達が走る目の前まで跳んできた。
「なっ!」
「まずはてめぇからだくそガキ。俺の首にこんなもんぶっ刺したお礼はさせて貰うぞ!!」
首に刺さったままだったダガーを引き抜き、それでカイの首目掛けて振り下ろす。
2人が自分の後ろにいる以上躱すこともできない。
詰んだ。奇跡でも起きない限り、カイに助かる道はもうない。
迫り来る死という恐怖に強く目を瞑る。
しかし、いつまでも死はやってこない。
恐る恐る目を開いてみると、
「やれやれ、私の弟子ともあろう者が、刃が目の前に迫っているのにそれを目を瞑ってただ待つだけなんて……いただけないな」
目の前でカイ達を守るようにして立っていたのは――
「でもまあ、女の子2人を守ろうとしているその姿に免じて今回だけは許してあげるよ」
ロイドの相棒であり、アインツベルク王国において恐らく最も有名な女冒険者。
カイの師匠でもあるカナタがそこにいた。
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