5.社長令嬢は我が儘娘
「何で猫耳なんてつけてるの?」
私の疑問は当然だろう。
なんせ少年の頭の上には可愛らしい猫耳が存在しているのだから。
「はぁ!? オレだってつけたくてつけてる訳じゃねぇよ!」
私の質問にキレ気味に答える。
ていうかつけたくてつけてる訳じゃないって、罰ゲームかなんかってこと?
すると、少年の頭上の猫耳がピョコピョコと動いていることに気が付いた。
「わっ、何これ動くの? すごーい」
何か規則性があるのか、それとも何かに反応して動いているのかは不明だが、ピョコピョコ動く猫耳を触らずにはいられない。
可愛いものを愛でたいという衝動は人間の性である。
というわけでちょっと失礼して。
さわさわ
「ふわぁっ……」
「へ? いやいやいや、何でそんな変な声を出すの? 何かイケナイことをしてるみたいじゃん」
「お前がいきなりオレの耳を触るからだろ!」
フシャー! と猫のように威嚇してくるが、襟首を掴まれた状態でそんな威嚇しても可愛いだけである。
しかし、私は私で猫耳に触れてみてその感触に驚いていた。
毛並みがリアルで、しかも生暖かい。まるで本物の猫の耳を撫でたような。
「つーか、いい加減この手を離せよ!」
両手で襟首を掴んでいる私の右手を掴みながら、腰の辺りから生えた尻尾で私のお腹をペシペシと叩いてくる。
「って、尻尾!?」
ちょっ、この子の腰から尻尾が生えてるんですけど!
しかもその尻尾が器用に動いて私のお腹を叩いているんですけど!
「え、ちょっと、この尻尾なんでこんなに器用に動いてんの?」
「は? お前さっきから何言って……ニャッ!?」
ペシペシ叩き続けていた尻尾をギュッと握ってみる。
すると少年がまたしても変な声を上げた。
「……待った、もしかしてこの耳と尻尾、本物?」
「当たり前だろ! ていうか尻尾はマジで離せ!」
「あ、ああ、ごめんごめん」
猫って尻尾握られるの嫌いらしいし。
それにしても、尻尾を握った感じもあれだけ動いていたのに機械じみた感触はなく、むしろ本物の猫の尻尾を握っている感触がした。
尻尾を離し、もう一度猫耳に触れてみる。
今度は毛並みというよりは耳自体を、そして耳の付け根の部分を調べる。
そして驚くことに、その猫耳はしっかりと頭部と繋がっており、耳としての機能を果たしているようだった。
それはまるで、猫のそれと全くもって同じような──
「獣耳っ子キタコレ!」
「何かこいつ怖いんだけど!」
これぞ異世界。今日一で異世界に来て良かったと思ったよ!
その後15分くらい、獣耳少年を愛で倒した。
× × ×
「さて、気を取り直して……何で私の肉まん(仮)を盗ったの?」
「よく普通に会話に戻れるよな……」
私に愛でられ続けた少年はどこか疲労困憊状態だった。
「お金は……ま、持ってないよね。だからって人の物を盗むのはいけないんじゃない?」
少年の格好を改めて見る。
10歳くらいだろうか?
服はかなり汚れていて靴は履いておらず、身体は歳不相応に痩せていた。
「わかってんよ、そんなことは。でも、オレみたいな親もいねぇ獣人が生きていくには仕方ないことなんだ」
「獣人?」
「オレみたいに耳や尻尾の生えた人間だよ。お前、何で獣人も知らねぇの?」
それは私が異世界から来たからだよ。とは言えないので、そこはあえてスルーした。
しかし、重要なところはそこじゃない。
獣人なんて言葉があるということは、それが一般常識であり、彼以外にも獣耳っ子、獣耳っ娘がいるということだ。
何それ最高かよ。
「それに、たとえオレが金を持ってたとしても何も売ってくれねぇし、もし売ってくれたとしても本来の何倍もの値段で買わされたりするんだよ」
「え、何で?」
「はぁ? オレが獣人だからに決まってるだろ」
「え、何で獣人だと物を売ってもらえないの?」
意味がわからない。
「お前ホントに何も知らねぇのな。どれだけ箱入りなんだよ。この世界はな、獣人を認めてねぇんだよ。獣人だからって理由だけで差別するのは当たり前になってんだよ」
「なん……だと……」
こんな可愛い生き物を差別するだと? この世界の人間は馬鹿しかいないのか?
「そういうわけで、オレみたいな奴が生きるには盗みをするしかないんだよ」
「ふむ」
そういうことなら、私がやるべきことは簡単だ。
「よし、行くよ」
私は少年の手を掴んで歩き出す。
「お、おい! 離しやがれ! どこに連れていく気だ! まさかどこかに売り飛ばしたりする気じゃ……」
やれやれ、私も馬鹿にされたものだ。
「こんな可愛い子を私が手放すとでも?」
「は、はぁ……!?」
私は大企業社長の一人娘。それなりに我が儘なんだよ♪
× × ×
「すみません、ちょっといいですか?」
私は宿屋に戻るとカウンターに座るこの宿屋の主であるロンドンさんに話し掛ける。
「おー戻ったか……って、お前、それっ」
「この子ここで泊めてもいいですか? 私の部屋で構いませんので」
「獣人か……俺は別に構わねぇんだがな……どこから連れてきたか知らんが他の宿泊客には見られない方がいいぞ」
ん? ロンドンさんは別に獣人を特別差別しているわけでもないのかな?
誰も彼もが獣人を差別しているわけではないのか。
ただ、それと同時に獣人を差別している人がいるというのも本当らしい。
「わかりました」
それだけ言って私は少年の腕を引っ張り、自分の部屋に連れていく。
「ほい、まずはシャワー浴びてきて」
私は自分用に買ったタオルとパーカー、それと男の子が履いてもおかしくないだろう短パンを渡してシャワールームに少年を押し込み、扉を閉める。
「お、おい! 何だよこれ! どういうことだよ!」
「いいからさっさとシャワー浴びて。そんな汚い格好で部屋の中を歩き回られたくないの」
「待てよ! 誰も入るなんて言ってない……うおっ!」
少年がまだギャーギャー言っているので、その途中で勢いよく扉を開ける。
そして手をワキワキと動かしながら。
「私に全部剥かれて隅から隅まで洗われるか、自分で脱いで自分で洗うか……どっちがいい?」
「……じ、自分でできます」
どうやら先程愛でられまくったのが少しトラウマになっているようでした。
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