12.第2の犠牲者の最期の言葉
「な……っ」
「うそ……」
後ろでカイとルルが驚きの声を上げる。
今目の前で血を滴らせた包丁を握り締めているのは紛れもなく定食屋『フランベ』の店員である狸耳の少女だった。
「……狸耳ちゃん? 新しい包丁を買ったならケースか何かに入れないと危ないよ?」
「…………」
ハルの言葉に少女は何の反応も見せない。
光の灯っていない虚ろな瞳は焦点が合っておらず、どこを見ているのかが分からない。
その光の灯っていない瞳をシュナとリリィはよく知っていた。
そして、ポツポツと真っ赤な液体が垂れている包丁が何よりも証拠だ。
ハルは先程自分が考えていたことを思い出す。
――一度その魔道具を埋め込まれた者はその時点でもう助からない。
――たとえ操られている者を見つけてもその者を救うことは出来ない。
「―――ッ!!」
ギリッと歯を食いしばる。
今回の事件を軽く考えていた自分に腹が立つ。
昨日はリリィが巻き込まれたとはいうものの、二次的な事件に巻き込まれたに過ぎない。昨日からの一連の事件で真犯人が重点を置いているのは恐らく路地裏の殺人の方だ。
正直、地球にいたころは自分が住んでいた県で事件が起きてもそのニュースを見て「へー、怖いなー」だけで済ませていた。
今回もその感覚でいた。
どこか他人事で、言っても自分とは無関係だろうと。
しかし、知り合いがこうして包丁を持って目の前にいると、自分の愚かさが浮き彫りになる。
『……ヴ、ヴ……ヴヴ』
呻き声を上げながら包丁を逆手に握り直した狸耳の少女は、そのままハルに向って突っ込んでくる。
「……っ!」
不意を突かれたハルは咄嗟に背中のクロスボウに手を伸ばすが、狸耳少女は既に目の前まで迫っている。
「……気を引き締めるんだ。もう彼女に己の意思はない」
ギリギリのところで狸耳少女とハルの間に割って入ったシュナは、狸耳少女の手首を掴んで迫る包丁を止めた。
『ヴヴ……ヴアァ……』
「ハル! 早くこの娘の動きを止めるんだ!」
シュナの声に我に返るハル。
ハルはクロスボウを背中の装着具から取り外し、安全装置を解除する。
そして狸耳少女の右足の甲に標準を合わせ、一度深呼吸をしてから覚悟を決めて引き金を引く。
見事に命中した矢は彼女の足を貫通し、地面に突き刺さる。
まだ手首を掴んで止めていたシュナがその矢をさらに上から思い切り踏みつけ、完全に地面と足を固定する。
「うっ……」
痛々しいその光景を見てつい目を逸らしてしまう。
シュナは固定できた足を確認してから掴んでいた手首を離し、それと同時にバックステップで距離をとる。
『ヴヴヴ……ア"ア"ア"ァァァ……』
右足が動かず、その場から進めなくなる狸耳少女。
それでも無理やり前に進もうとするので今度は左足の甲に向けて矢を放つ。
両足が完全に固定された狸耳少女はそのまま前に倒れこんでしまう。
その瞬間、ルルとリリィの耳に微かに舌打ちのしたような音が聞こえた。
「え……?」
「今のって……」
「2人ともどうかし……」
「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「「「「「……!?」」」」」
ハルがルルとリリィにどうかしたのか訊こうとしたとき、倒れている狸耳少女から耳を劈くような悲鳴が上がった。
「痛い!! 足が! 足が!」
「……! どういうこと!? 意識が戻ってる!」
ハルが慌てて狸耳少女に近付こうとする。
しかし、その腕をシュナに掴まれる。
「なに!? 早く治療しないと……!」
「駄目だ! 急いで離れるんだ!」
シュナのその言葉にハッとする。
狸耳少女に視線を戻すと、うつ伏せで倒れている彼女の身体と地面の隙間から光が漏れ出している。
「なっ!」
リリィとシュナから聞いた自爆する直前に溢れ出すという光。
それが今まさに狸耳少女の身体から漏れ出しているのだ。
「……! ハルさん!? そこにいるのはハルさんですか!? 助けてください! 足が! 足がもの凄く痛いんです!」
「……っ!」
ハルがいることを視認した狸耳少女がハルに助けを求める。
しかし、恐らくもう3秒と持たないであろう光を見て、ハルはシュナと共に狸耳少女から走って離れる。
血が出るほどに唇を強く噛み締めながら、後ろを振り向かないように――
――そして、
「ハルさん、なんでっ―――」
狸耳少女の絶望に満ちた最期の言葉は、巨大な爆発音に掻き消された。
× × ×
爆発音を聞きつけてやって来た警備団に何があったのか事情を説明し、爆発の一番近くにいたハルとシュナは腕に負った火傷の治療のため病院に運ばれた。
今回の爆発は狸耳少女の魔力が少なかったからか前回の爆発よりは規模が小さく、爆発に巻き込まれた人もハル達を除けばいなかった。
結局死亡者は狸耳少女に路地裏で刺殺された男性と、自爆した狸耳少女の2人ということで二度目の殺人事件は幕を閉じた。
しかし、今回のことで分かったこともある。
「……恐らく爆発の直前に彼女の意識が戻ったのは、自爆を起動させたからと見るのが一番説得力があるな。身体を操る魔法と自爆させる魔法の併用は無理なんだろう」
病院の治療室で今回の一連の事件で使われている魔道具の特性をシュナはまとめていく。
「意識が戻ってから爆発するまでの時間も僅かしかなかった。やはり身体から除去するのは現実的ではないな」
シュナの言葉を無言で聞き続けていたハルは唐突にベッドから立ち上がった。
「……? どこへ行くんだ?」
「彼女の死を伝えなきゃいけない人達がいる」
「……私も行こう」
カイ達は先に帰らせているので2人で病院を出たハル達は定食屋『フランベ』へ向かった。
× × ×
「…………」
「……うっ……ひっく……」
『フランベ』の店長と、狐耳の店員の少女に昨夜あった殺人事件のこと、狸耳少女が操られていたこと、今日あった爆発のことを全て話し、話し終えた時には狐耳の少女は涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしていた。
「……お昼に、あの娘の家に行ってみたけど、いなくて……ひっく……心配だったけど、あの娘の分までわたしが頑張らなきゃとおもって……それで……う、うええええええん!!」
完全に泣き出してしまった狐耳の少女をそっと抱き締めた店長が、小さな声で。
「……1つだけいいかい?」
「……なんでしょう?」
「あの娘は最期、何か言ってたかい?」
「…………っ」
店長の質問にハルの肩が震える。
爆発の音に掻き消された狸耳少女の最期の言葉。
爆発の一番近くにいたハルとシュナにははっきりと聞こえていた。
「……すみません。爆発音に消されて、聞こえませんでした……」
到底言えるはずもない。
店長は一言「そうかい」と呟き、厨房へと戻っていった。
『フランベ』をあとにしたハルとシュナは無言で帰路についていた。
「……あの状況では誰だろうと何もできはしなかった。あまり自分を責めないほうがいい」
シュナの慰めの言葉に胸の奥が苦しくなる。
爆発音に消された最期の言葉。
ハルとシュナにだけ聞こえた最期の言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。
『ハルさん、なんでっ―――』
―――なんで、私を見捨てるんですか……
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