9.大事件
「おーい。いい加減出てこいよ。皆勘違いしてたんだから別にそこまで恥ずかしいことでもねぇだろ?」
ドンドンドンと部屋の扉を乱暴に叩くカイ。
ヒーラが男ではなく女だと判明した翌日、ハルは部屋に閉じ籠っていた。
ちなみにあの後ヒーラと一緒にお風呂に入り、ちゃんとついていないことを確認したハルは放心状態で背中を流してもらった。
「あの、カイくん。ハルさんが部屋から出てこないのは、たぶんそれだけじゃないと、思うよ」
「……? どういうことだ?」
「えーっと……」
どう説明したらいいかとリリィが悩んでいると部屋の中から。
『いやもうホントごめんなさい。勘違いしててホントごめんなさい。でも私ノンケなんです。本当なんです信じてください』
「だ、だいじょうぶですよ! 勘違いは誰にだってあります! 今回の件にいたっては悪い人なんて、誰もいません」
『…………いや、明らかに勝手に勘違いして勝手に好きになった私が悪いです。生きててごめんなさい。生まれてきてごめんなさい』
部屋の中から聞こえる声にカイは溜め息を吐き、リリィは困った表情をする。
「あら、まだやっていたの?」
そこにリビングからルルがやって来た。
「ハルー? もうすぐお昼よ? そろそろお腹空いてきたんじゃない?」
『…………』
「いい加減出てきなさいよ。昼食はリリィが腕によりをかけて貴女の好物ばかりを出してくれるって言ってるわ」
「お前が作るわけじゃないんだな」
「……うるさいわね。ね、リリィ?」
「は、はい。それもハルさんだけ大盛りにします! だから出てきてください」
『………………ほんと?』
「本当です!」
『……じゃあ、できたら呼んで』
それでも今すぐには出てこないハルだった。
「はぁ……面倒臭い奴」
カイの声はしっかりと部屋の中のハルにも聞こえていた。
× × ×
材料が足りなかったので昼食の買い出しの為に街まで来たリリィは重い買い物袋を提げて、1人帰路について歩いていた。
すると、街の様子が少しおかしいことに気がつく。
何やら至るところで話し声が聞こえるのだ。
街中なので話し声が聞こえるのは当たり前なのだが、気になるのはさっきから″路地裏″″昨日の夜″″警備団″といった単語が何度も聞こえてくることだ。
気になったリリィは少し耳に意識を傾ける。
ウサギ科の獣人の大きな耳は見かけだけではなく、とても優れている。
いつもは他人の話を勝手に盗み聞きしてはいけないと意識して聞かないようにしているのだが、それをやめて、またも同じような会話をしているのであろう婦人2人の話に耳を傾ける。
『何でも昨日の夜更けに路地裏で殺人事件があったみたいよ』
『え、モンスターにやられたとかではなく?』
『ええ。モンスターの爪や牙とは傷の付き方が違うんですって。何か鋭い物で斬りつけられたみたいな……』
『まあ怖いわ……この街で殺人事件なんて……』
(聞かなきゃよかった……)
盗み聞きしてしまったことを心底後悔するリリィ。
話を纏めるとこんな感じだ。
昨夜1人の男性が路地裏で何者かに殺害された。
その男には何ヵ所も斬られたり刺されたりした痕があり、その傷痕から凶器は鎌のような物ではないかと警備団は捜査しているらしい。
さらにその傷の多さから被害者にかなり恨みを抱いている者の犯行ではないかということらしい。
リリィは婦人達の話を聞いてぶるりと身体を震わせ、両手で自分の身体を抱き締める。
絶対に路地裏は通らないようにしようと誓って俯きながら再び歩き始めると、前にいた人にぶつかってしまった。
「……っ、あ、ご、ごめんなさい。わたしちゃんと前を、向いていなく……て…………」
咄嗟に頭を下げて謝り、そして顔を上げると、そこには虚ろな目をしたネズミのような耳の獣人が立っていた。
右手には、大量の血が付着した鎌を持って―――
「…………ひっ!!」
そこ鎌を確認したリリィは恐怖で数歩後ずさったあと、尻餅をついてしまう。
その姿を確認した男性の獣人は言葉にならない呻き声を上げながらゆっくりとリリィに近づいてくる。
腰を抜かしてしまったリリィは叫び声も上げられず、恐怖に震える。
まさについ先程聞いた凶器と同じような凶器を持った目の前の獣人。
彼が昨夜の殺人事件の犯人だということは一目瞭然だった。
リリィの目の前まで迫るそのネズミ耳男は、目の焦点も合わず、本物の獣のような呻き声と共にその鎌をリリィに向かって振り上げ、そして振り下ろす。
もう駄目だとこれから襲うであろう痛みに備えるように強く目を瞑るリリィ。
しかし、その鎌がリリィの身体まで届くことはなかった。
キィィン! と甲高い音が響く。
リリィとネズミ耳男の間には、抜刀した刀で迫り来る鎌を受け止めている犬耳の少女の姿があった。
「し、シュナさん!?」
「少し下がっていろ!」
シュナの叫びに腰を抜かしながらも必死に後ろに下がる。
そしてシュナはネズミ耳男の振り回す鎌を器用に全て受けきっていた。
「適当に振り回しているだけか? そんな攻撃では私に傷を負わせることなど不可能だ!」
迫る鎌を受け流し、瞬時に刀を峰打ちになるよう握り直してからネズミ耳男の右腕を強く打ち付けた。
その勢いに吹き飛ばされ、ネズミ耳男は持っていた鎌を落としてゴロゴロと転がっていく。
「峰打ちとはいえ恐らく右腕は折れている。貴様に勝ち目はない。おとなしく自主しろ殺人犯」
シュナの言葉にリリィはやはりこの男が昨夜の殺人犯だったのだと知る。
「……お、おい。もう無理はするな。もう戦える身体じゃないはずだ」
右腕が途中からおかしな方向に曲がっているにも拘わらず、ネズミ耳男は立ち上がりシュナと対峙する。
『……ア…………ヴ、ア……』
「……ちっ、完全に意識を刈り取るしかないか」
再び刀を構え直し、シュナがネズミ耳男に向かおうとしたとき、後ろから笛の音が響いた。
「そこ! 今すぐ戦闘をやめなさい! ……! おい、そこに落ちている鎌って……」
誰かが知らせに行ったのか警備団の男性2人がシュナ達のところへ駆け付けて来た。
「恐らくこの男が昨夜あった殺人事件の犯人だ。さっきそこの鎌でここにいる少女を襲おうとしていた」
「あなたは確か冒険者のシュナさんでしたね。後は我々に任せてください」
「わかった」
シュナは頷き刀を鞘に収めてからリリィにそばまで駆けてくる。
「リリィ、怪我はないか?」
「は、はい。あの、ありがとうございます。助けてくださって」
「なに、当たり前のことをしたまでだ」
「でも何であんなに良いタイミングで……?」
「実は私も昨日の事件を単独で追っていたんだ。鼻が利く私にしか気がつかなかったようだが、あの現場には微かに獣人の匂いが残っていた。その匂いを頼りに街中を探していたらちょうどその匂いの主にリリィが襲われていたからな。間に合ってよかったよ」
リリィはルルと2人揃っていなければ魔法が使えないので、もしシュナが間に合っていなかったら間違いなくリリィは見るも無惨な死体となっていただろう。
「あの人が犯人で、間違いないん、ですか?」
「ああ」
「どうして、殺人なんて……」
「わからん。今から奴を捕まえてそれを聞き出すのだろう」
今も警備団の2人がネズミ耳男を取り押さえようとしている。
「……ん? 何か変だぞ?」
「え? 何が……」
「……ッ!! 今すぐそいつから離れろ!!!」
リリィが言い終える前にシュナがいきなり叫び声を上げ、リリィを抱き締め、そのまま庇うように覆い被さり地面に倒れる。
そして次の瞬間――、
目を開けていられない程の光量を放ちながら、道行く人を巻き込む大爆発が起こった。
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