4.食べ物の恨みは出会いのきっかけ
「1泊いくらですか?」
大量の荷物を両手、両肘、両肩に掛け、宿屋のカウンターにいるおじさんに問う。
先程買い物をしたお店からさほど離れていない所に宿屋があったから正直助かった。
「おー……スゲェ荷物だな嬢ちゃん。うちは1泊なら30Gだぞ」
1泊3000円か。
えっとさっきのお釣りから……
「はい、じゃあとりあえず1週間でお願いします」
先程の買い物で細かいお金が手に入ったので早速使わせてもらう。
ピッタリ210G払い、部屋の鍵を貰う。どうやら部屋は2階のようだ。
「部屋にシャワーは付いてるが、湯船に入りたいなら5分くらい歩いたところにある大衆浴場に行ってくれ」
「わかりました。あ、そういえば、部屋に金庫みたいなものってあります?」
財布を買ったとはいえ正直この札束は持っていたくない。
あれだけの買い物をしてもまだ92枚ほどの1000G札の束が残っている。
「ダイヤル式の金庫ならあるぞ。ただせいぜい小物を入れるくらいの大きさしかないからその荷物を全部入れるのは無理があるぞ?」
「え? あ、いや、もちろんこれを全部入れるつもりはないので大丈夫です」
この荷物が全て入る金庫なんてそうそうない。むしろ預けてある分も含めたら更に増えるのだから、初めからそんなつもりもない。
私はおじさんに一礼し、2階の部屋へと向かった。
私の借りた部屋は特別狭いわけでも広いわけでもない至って普通の1人部屋だった。
以前住んでいた家の私の部屋の半分より少し小さいくらいだろうか。
あ、別にこれは自慢でも何でもない。
ただの事実確認だ。
私は特に何とも思っていない。1泊3000円なら妥当な広さだろう。
「さて、荷物も置いたし、何か食べに行こうかな」
こっちの世界(未だ異世界に来たというのは正直信じられないのだが、ここが地球ではないということは確定的なので認めざるを得ない)に来てからまだ何も口にしていないので、流石にお腹が空いた。
しかし、せっかくの異世界。
どうせなら開き直って思いっきりこの世界を満喫した方がいいに決まっている。
そうと決まれば早速この世界、さしあたってはこの街の色んな料理を食べてやろう。うん、そうしよう。金ならある。
私は1000G札を1枚束から抜きとり、お釣りで貰った小銭と一緒に新しい財布に入れて、残りの札束は金庫へ仕舞う。
そして私は再び外に向かった。
× × ×
「ありがとうございましたー!」
元気な売り子のお兄さんから熱々の肉まん? のような食べ物を受け取る。
せっかくの機会だし、1つのお店に入って1つの料理でお腹一杯になってしまったら勿体ないと判断した私は夢にまで観た゛食べ歩き゛というものに挑戦してみることにした。
生まれてこの方、食事は座って行儀よくしか取ったことがなかったので、道行く食べ歩きをしている人達を見ては「勇者かよ」と思っていたのもそう遠くない記憶だ。
しかし、これで私も勇者の仲間入りである。
脳内でフゥーハッハッハッと高笑いをしていると、遠くの方で「待てコラー!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
まったく、私の人生初食べ歩きに水を差さないでいただきたい。
だが、今の私には目の前の肉まんの様な食べ物にしか興味がない。
もう一度手の中でもくもくと湯気を上げる肉まん(仮)に意識を集中させる。
ごくり……
「それでは、いっただっきまー…………す!?」
一瞬だった。
今まさに口に入れようと運んでいた肉まん(仮)が一瞬で消えた。
いや、奪われた……!
効果音にするならバシュッといった感じだろうか?
横から通り過ぎていった何かに手の中の肉まん(仮)をかっさらわれたのだ。
すぐにその何かが走り去った方を見ると、凄いスピードで走る少年を見つけた。
ま、ま……
「待てやゴラァーーーー!!」
「はぁ……はぁ……うぇっ」
無理だ……速すぎる。
すぐにあの少年の後を追ったのだが、まず足の速さが違いすぎた。そして体力。やはり体育2の実力は伊達ではなかったようだ。
更に付け加えると、この街には行き止まりがない。クモの巣のように全ての道が繋がっているため、
「ふへへ、追い詰めたぜ」
という状況を作り出すことが出来ないのだ。
「……でも、何で、人のものを、盗むかなぁ……」
先程のチラリと見えた少年の格好を思い出す。
簡単だ、人の物を盗らないと生きていけないのだ。
「…………」
……………………。
数分後。
「ナァーハッハッハッ! 捕まえたぞ小僧!」
「はーなーせー! はーなーせーよー!!」
私は記念すべき初食事である肉まん(仮)を盗んだ少年の首根っこを掴んで捕獲に成功していた。
生きていけようがいけなかろうが私の肉まん(仮)を盗んだ罪は重い。
ほら、食べ物の恨みは怖いって言うでしょ? あれあれ。
どう足掻いても追い付けなかった少年をどうやって捕まえたのかというと、ま、簡単だ。
追い付けないなら待っていればいい。
所謂待ちぶせというやつだ。
人の食べ物を盗まないと生きていけないのならまたここに戻ってくる。
そう思って肉まん(仮)を買った通りに戻り、少年が戻ってくるのを待った。
そして待つこと数分、案の定少年は食べ物の匂いに釣られるようにひょっこり戻ってきた。
「何で私の肉まん(仮)を盗んだとか、色々訊きたいことはあるけど、一番訊きたいことを訊くことにするね」
今度はしっかりと少年の全身を見る。
色々と気になるところはあるが、まずは一番気になるところを訊くことにした。
「……何で猫耳なんてつけてるの?」
よろしければ、感想、評価、ブックマークの方をよろしくお願いいたします。