1.アランカ
第2章始まります。
ローブを羽織り、フードを頭から被る1人の女性が左腰の鞘に収まった刀に手を添え、抜刀する。
彼女に向かって猛進していた巨大イノシシ型モンスター、ランドボアは彼女の横を通り過ぎた後その動きを止め、遅れるように身体の上と下が真っ二つに別れた。
まさに一閃。
女性は刀に付着したランドボアの血を見て納得のいっていない表情を見せると、地面に向かって刀を振り、付着した血を飛ばす。
(もっと……もっと速く……)
彼女の師の居合いはこんなものではない。
不満げな表情を隠そうともせず、刀を鞘に収める。
そんな彼女の後ろには、10数体のランドボアが全て真っ二つになった状態で死骸となっていた。
「ご苦労ご苦労。ほれ、報酬だ」
ポイっと女性の足元に捨てるように投げられたのは2枚の硬貨。
それを拾い金額を確認した後、彼女は男に向かい合う。
「報酬は500Gのはずだ。あと300G足りない」
「あ゛? 他の奴から聞いたがお前獣人らしいじゃねぇか。初めから獣人って分かってたら依頼なんてしなかったのによ。俺は獣人が嫌いなんだ、払ってもらえるだけありがたいと思いやがれ」
「貴様の事情は知らない。ちゃんと確認しなかったのは貴様の方だ。依頼をし、それが完了したのだから貴様は私に予定通りの報酬を払う義務ある」
「ふん、知ったことか」
依頼人である男はローブの女性の話をまるで聞かず、残りの報酬を頑として払おうとしない。
「……そうか。そっちがその気ならこっちにも考えがある」
「なんだよ?」
「貴様の畑にランドボアの群れを送り込んでやる」
「は?」
「交渉は決裂した。この金もいらない。つまり今回の依頼は初めからなかったということになり、畑も私がランドボアを撃退する前の状態に戻すということだ」
「ふざけんな! 畑を荒らしてたのは1体だけだったのに何で群れなんだよ! んなことされたら半日もせずに畑の作物全部食われるわ!」
「それこそ私の知ったことか。私はこうして依頼を承けることで食い扶持を稼いでいる。それを理不尽に減らされたんだ。貴様も理不尽に収入源を減らされたからって文句は言えまい」
ふんっ、とまるで子供のような意地を張りながらそっぽを向く女性。
実際のところこの家から近い森の中でかなりの数のランドボアを始末してしまったためそんな群れなどこの近くにはもういないのだが、一度言ってしまったことは覆せない。彼女は意地でもランドボアの群れを見つけてくるだろう。
「……ちっ、わかったよ!」
女性が本気だとわかったのか、男は女性に目掛けて5枚の硬貨を投げつける。
それを平気な顔で全てキャッチし、金額を確認してから満足そうな顔をする。
「まいど。またいつでも依頼してくれ」
「誰がするか!」
女性は硬貨を財布代わりに使っている麻袋に入れ、街に向かっていった。
× × ×
キサラギの西に連なる山脈を越えた麓にある街。
アランカの街と呼ばれるその街はロンドンに似た街並みでキサラギほどではないにしろ、カンナギよりかは遥かに広い街である。
ハル達は何度も山を越えるという長旅をようやく終え、つい先程この街へ到着していた。
「つーかーれーたー」
「疲れてるのはお前だけじゃない。ていうか、一番疲れてるのはユニーだ」
「…………あんなに嫌われてるのに優しいなんて……カイって健気」
「健気とかキモいこと言うな!」
ユニーの引く馬車の荷台に乗り、楽しげに話しているハルとカイ。
ルルとリリィは御者台に座り、ユニーの手綱を握っている。
この街に着いてハルがロンドンみたいと思ったのは建物の造りによるものもあるのだが、一番の理由は街の中心にある巨大な時計台だ。
街のどこにいても見ることのできるその時計台はまさにイギリスロンドンにあるビッグベンのようだ。
しかし彼女達は街の中を進むにつれ、街並みよりもその街を歩く人達に目を向けるようになる。
この街に入ってから、カンナギやキサラギでよく感じていた所謂嫌な視線というものが一切感じられない。
その理由はすぐにわかることになる。
「この街、獣人多いね」
「確かに。あの店なんて獣人が店員だぞ」
カイが指を差したのはどこからどう見ても普通の定食屋なのだが、獣耳を生やした従業員がせっせと料理を運んでいた。
「よし、じゃあユニーを預けてからあそこでご飯食べよっか」
「やっとモンスターのお肉以外の物が食べられるのね」
「……もっと、野菜も、食べたい」
「そうか? オレは肉でもいいけど」
「私もパスタとか食べたいかもー」
4人はユニーを近くの馬車小屋に預け、それぞれ荷物を持って街を歩き始めた。
「いらっしゃ……! い、いらっしゃいませっ!」
「……?」
ハル達は先程の定食屋に入ったのだが、(恐らく)狸耳の女性店員がハルを見るやいなや明らかに動揺しながら席に案内する。
疑問に思いながら周りを見渡して見ると、他の客もハル達を見てざわついている。
「ご、ご注文がお決まりでしたらこちらのベルでお呼びください!」
「わかりました」
「で、ではごゆるりと!」
ごゆるりと! って……
メニューを見ながら食べるものを決めていく。
ちなみにキサラギからアランカに来るまでの長旅の間、ハルは以前警備団のローラントにもらった新聞を使ってカイに教えてもらいながら大体の文字を覚えた。
「私は山の幸パスタにしよっと」
「じゃあオレは憎きスピードリザードのステーキ」
「アタシは本日のランチセットにするわ」
「わたしは、山菜の天ぷら丼、でお願いします」
4人は注文を終え、料理が来るのを待つ。
「……獣人が働いてる店というか、客も店員も皆獣人だね」
「ああ。人間が獣人を雇っているわけじゃないみたいだな」
この定食屋は店長が獣人らしく、従業員だけでなく、来ているお客も全員が獣人だった。
どうりで先程ハルの姿を見た店員が動揺していたわけだ。
このお店には人間の客は滅多に来ないのだろう。もしかしたら初めての人間の客かもしれない。
街を歩く人々を見て感じていた。
確かにこの街には獣人も多く住んでいるようで、服装も普通で、生きていくのすら難しいといった獣人は見当たらなかった。
しかし、人間と上手く共存しているかと訊かれれば、まだ軽く見ただけではあるが何とも言えない。
一緒に歩いている者も人間は人間と、獣人は獣人とといった組み合わせで、ハル達のように人間と獣人が一緒に歩いたり話したりしている者は1人としていなかった。
あくまでも同じ街に住んでいるだけの他人といった感じである。
それでもキサラギと比べれば獣人に寛大な街であることは明らかであり、獣人達は獣人達でこの定食屋のように店を開いたりして住みやすそうにしている。
「…………この街にしようかな」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもないよ。お、ほらほら料理が来たよ。食べよ食べよ」
ハルはいったん思考をやめ、運ばれてきた料理に食いついた。約3週間振りに食べる肉以外の料理はとても美味だった。
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