34.第1章 最終話
目を覚ました時、そこは見慣れない天井だった。
借りている宿でも、馬車の中でもない。
が、ここがどこなのかは何となく予想がつく。薬品の匂いが鼻につき、天井や壁が真っ白、私は柔らかいベッドで目が覚める。ここまで条件が揃えばここが病院だということは一目瞭然だ。
問題は何故自分がここで寝ているのか。その記憶がない。
確かファネルの屋敷で捕まっていた獣人達を解放して……それから――
「やあ、起きたかい」
「…………?」
声がした方を見ると、そこには貴族の振りをしたという罪で私を牢屋送りにした警備団の男性、ローラントさんが立っていた。
「まあ、たった今」
「それはちょうどよかった。あの後どうなったか気になっているだろう? なにせ、3日も眠り続けていたんだから」
マジか。どうりで柔らかい布団で寝ていたはずなのに、身体中カチコチになっているわけだ。
私はそっと自分の左肩に触れる。
確かにあの後からの記憶がないため、どうなったかは気になる。
ローラントさんは私が寝ているベッドの横に置かれていた椅子に腰掛けると、ぽつぽつと話し始めた。
× × ×
まず私の怪我に関しては左腕の骨にひびが入っており、左肩に空いた穴は手術で塞いだらしいが無理をするとまた傷口が開いてしまうのでしばらくは安静だそうだ。
あのとき止血はおろか消毒さえしなかったため傷口からばい菌が入り、貧血により抵抗も弱まっていたのも合わさり、気を失ってカイ達に病院へ運ばれたときは40℃近い高熱だったらしい。
今は菌も取り除かれ、熱も下がっているので感染症の心配はないが、どちらにしろ激しい運動は当分禁止とのこと。
「それで、ファネルの方は?」
「うむ」
私を病院に置いた後すぐに警備団の署まで行ったカイ達は獣人達がファネルに監禁され、奴隷同然の扱いを受けていたことを獣人達の痣や傷痕を見せながら説明したのだが、「獣人保護として知られているファネルがそんなことをするはずがない、その痕も保護される前についたものなのだろう」と一切取り合ってもらえなかった。
しかし、たまたまそこの署に来たローラントさんがカイ達の姿を見つけ、前の晩にルル達が攫われたことを知っていたローラントさんはすぐにファネルの屋敷を調べることにした。
屋敷に着いたローラントさんは門の前で倒れている護衛の1人に話を訊こうとしたのだが、目の激痛にうなされていた護衛はまともに話すこともできず、仕方なく屋敷の中に踏み込むことになった。
「まあ、あらかじめカイ君達に話は訊いていたから惨状は知っていたけど、話を訊く前に見つけていたら問答無用で君達は牢屋行き、いや最悪処刑だった。それくらい屋敷の中は呻き声やら悲鳴やらで阿鼻叫喚だった。流石にあれはやりすぎだ」
……あのスプレー、そんなに凄いのか。
それから屋敷の中を調べれば調べるほど、カイ達の話はどんどん信憑性が増していった。
屋敷には手錠や足枷、そして『隷属の首輪』が大量に発見され、獣人達が閉じ込められていた牢屋と言って良いほどの小さな部屋とそこに残っていたカイが切断した鎖が見つかったときには確信に至ったとのこと。
「にしても、何であんな変な造りだったんでしょう。閉じ込めたりするならそれこそ地下とかに造れば良かったのに……」
「いや、地下にも部屋はあったよ」
「え!?」
ここに来てまさかの事実。
もしかして他にも監禁されていた獣人がいたんじゃ……
「部屋、というか、檻だったけどね」
「檻?」
「ああ。地下にはいくつもの檻があり、その中には多種多様な危険なモンスターがいた」
「……っ!」
オークションの時の司会をしていた男が言っていたことを思いだす。
『危険な肉食モンスターがいる檻に閉じ込めて戦わせたり――』
どうりで、あの奥の部屋はいくらなんでも広すぎると思った。
恐らくあそこで獣人とモンスターを戦わせていたのだろう。
「それで、結局ファネル達はどうなったんです?」
「もちろん知っていて隠していた護衛諸共逮捕された。拉致監禁、危険モンスターの無許可飼育、あとは流通禁止扱いになっていた『隷属の首輪』の大量所持も当然違法だ。しかし、一番重たい罪はやはり奴隷禁止法違反だろう」
「ファネルは奴隷禁止法はあくまでも人間の奴隷であって、獣人はそれに含まれないって言ってましたけど」
「ああ、我々にもそう言っていた。だが、当然それはファネルの曲解に過ぎない」
そう言って、ローラントさんは鞄から文字の書かれた数枚の羊皮紙でできた束を取り出した。
「……新聞?」
「今日の新聞だ」
私にその新聞を渡してくる。それは写真はないものの確かに文字とファネルの似顔絵が描かれた新聞だった。
「国王様も今回のことにコメントを残していらっしゃる」
ファネルの他にもう1人40代前半と思われる男性の似顔絵が描かれており、それがこの国の王、ダルキ=アインツベルク国王その人だった。
「……えっと、読んでもらえます?」
「ん? 構わんが」
新聞があるなら情報を色々と集めるのに役に立つ。
……早いとこ文字を覚えないと。
ローラントさんは親切に国王のコメントを読んでくれる。
『私が選んだ貴族の中からこのような犯罪者が出るとは誠に遺憾である。今回の事件によりファネル=レッセフェール及びその一族は国を追放。レッセフェール家は貴族の称号を剥奪とする』
それを聞いて私は一瞬怪訝な表情を浮かべる。
国を追放? 貴族を剥奪? たったそれだけか……?
ファネルがやっていたことは当然許されることではない。私なら寝る暇も与えず強制労働の刑に処すのに。
獣人達をおもちゃのように奴隷にしていたのだ。今度はファネルが同じ目に合うべきだ。
しかし、これはあくまでも私の意見に過ぎない。
それに元貴族ということは当然顔も名前も知れ渡っている。
これからはどこに行っても後ろ指を指され、侮辱され続ける日々が死ぬまで続くのだろう。
そして、国王のコメントはまだ続いていた。
『ファネルは奴隷禁止法は人間にのみ当てはまると主張していると聞いた。この主張を聞いて法を「人及び獣人を奴隷とするのは強く禁止とする」という風に改正すべきだという世間の声も聞いている。しかし、私は今後もそのような方向で法を改正するつもりはない』
「…………」
『何故ならそもそもこの”人”という言葉には当然獣人も含まれており、「人及び獣人を~」などと改正してしまえばそれこそ獣人を差別していることになるからだ』
「……!」
『どこから出たかもわからない獣人という言葉が広まってしまったが故に勘違いしている人間は多いが、理性を持ち、言葉を交わし、意思を伝達し、嬉しければ笑い、悲しければ泣く。外見が僅かに異なっているというだけで我々は何も変わらないのだ』
この世界は獣人が人間に迫害され、獣人というだけで差別を受けている。
しかし、少なくともこの国の王は獣人を人間として見ているようだ。
その言葉を聞いて、少しだけ希望が見えた気がした。
× × ×
安静とは言われたもののローラントさんが帰ってからはいつまでもベッドで寝ているというのも退屈だったので、私はもう一度検査を受けて、退院してもよいということになった。
患者服から自分の服に着替え荷物を持って病室を出ると、ロビーが何だか騒がしい。
「だから、ここに入院してるやつの見舞いに来たって言ってるだろ!」
「だから、それは出来ないと何回言えば分るんですか!」
どうやらお見舞いに来た人と看護婦さんが何やら揉めているらしい。
「なんでだよ!」
「お客様が猫科の獣人だからです!」
……うん? 猫科の獣人?
「はぁ!? 病院ですら獣人は入れねぇのかよ!」
「大事なのは獣人じゃなく猫科というところです! 今入院している患者の中に猫アレルギーの方がいらっしゃるって言ってるじゃないですか!」
「ほら、もう諦めましょう? さっきローラントさんが目を覚ましたからもう大丈夫だと言っていたじゃない。だいたい、このやりとりもう3日もしてるわよ。毎日毎日よく飽きないわね」
「くそ、今日は大丈夫だと思ったのに……」
「今までもダメだったんだから、今日もダメだってことは、わかると思うけど……」
「3人とも、こんなところで何してんの?」
予想通り看護婦さんと揉めていたのはカイだった。
横にはルルとリリィもいる。これが両手に華というやつか。
「ハル!? お前なんでここにいるんだよ?」
「ここに入院してたからだけど?」
「いや、そういうことじゃなく……」
「とにかく、病院で騒ぐのは迷惑だよ。ほら、出た出た」
私はカイ達の背中を押しながら外に出る。出る前に看護婦さんにお世話になりましたと言うのも忘れない。
「ハル。さっき目を覚ましたと聞いたのだけど、もう大丈夫なの?」
ルルが心配そうな表情で訊いてくる。
「包帯は巻いたまんまだけど安静にするなら退院してもいいって言われたからね」
「よかった、です、ハルさんが無事で」
「ありがと」
リリィの頭をそっと撫でる。
「んで? 何をあんなに揉めてたの?」
「カイがハルのお見舞いに行くって聞かなかったのよ。最初の日に入院している患者の中に猫アレルギーの人がいるからって追い返されたのに」
「へえ~」
にやにやしながらカイに視線を向ける。
そんなに私のことが心配だったのか~ほぉ~。
「ち、ちげぇし! オレが見舞いに行ったのは違う人だし!」
「さすがにそれは無理があると思うわよ」
「ふふ、ありがとねカイ」
「べ、別に……」
3日も眠りっぱなしでお腹が減っていた私は何か食べようと提案しどこかお店を探していると、この街に来た初日に立ち寄った公園が見えた。
そしてそこには、そのとき出会った獣人の子供2人と私より少し年上であろう獣人2人の4人が楽しそうに笑っているのが見えた。
ていうか、その2人はファネルのところから解放した内の2人で、猫耳と狐耳の2人だった。
「え、あそこはどういう繋がり?」
「ん? ああ、あそこ2組とも姉弟だったらしい。お前が寝てる間、耳にタコができるほどお礼を言われた。お前のとこにも行ったらしいけど、オレと同じ理由で断られたらしい。だからオレから伝えておくって言っておいた」
「へぇ……」
私はあの子供達に前を向いて笑えと言った。
どうやらその時の言葉はちゃんと守られているようだ。
「他の獣人達からもすげぇお礼言われたし、お前がいなかったせいでホント疲れた」
「はは、カイはお礼とか言われ慣れてないからね。怒られ慣れてはいるけど」
「うるせ。……なんでも、あの姉達は弟達にちゃんとした物を食わせるために自分達を売ったんだってさ。お金を貰ったら違う街に行けって言われてたらしいんだけど、ずっと姉達の帰りを待っていたらしい……あいつら意外とつえぇ奴らだったみたいだ」
「……そっか」
心の底から楽しそうにしている彼女達を見て心が締め付けられる思いになる。
自ら自分を売る。
そうしなければまともな食事も取ることができない。
理由は、獣人だから。
もしかしたら彼女達は、奴隷になる覚悟で自分達を売ったのかもしれない。
しかし、私はファネルのような獣人コレクターよりも、そうしなければならないこの世界に腹が立った。
そして、今こうしている間も獣人という理由だけで苦しんでいる者がいると思うと、さらに怒りの炎が込み上げてくる。
私はそんな思いをぐっと堪え、カイ達に笑顔を向けた。
「さ、どこか美味しいご飯が食べられるお店に入ろっか」
× × ×
~アインツベルク王国 王都~
王城の執務室で国王であるダルキ=アインツベルクは頭を抱えながら書類に向かっていた。
まさかレッセフェール家から犯罪者が出るなんて思ってもみなかった。
貴族とは今までの国に対する貢献度などからその家に国王直々に与える称号なのだが、その貴族から今回のような犯罪者が出てしまうと、それを選んだ王族の目が悪かったと言う者も出てくるのだ。
深い溜め息を吐き少し休憩していると、部屋の扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します」
そう言って入ってきたのは若い男女の2人組。
「おお、戻ってきたのか。話は聞いておる。この度の巨大ドラゴンの討伐ご苦労であった」
頭を低くし膝を突いて国王の言葉を聞いているのは小柄な少年と大人びた少女。
「帰還の報告に来たのか?」
「いえ、それもありますが、他に知らせておく情報が入ってきたもので」
「情報?」
「はい。今回キサラギで起こった事件の関係者から伝え伝えに流れてきた噂なのですが――」
少年はそこでいったん切り、顔を上げて国王の目を見ながらはっきりと告げた。
「どうやら、アラン及びアルと名乗る黒装束の2人組が事件に関わっていたらしいとのことです」
少年の言葉に目を見開いて驚く国王。
それを聞いてしばらく考える素振りを見せた後、国王は目の前の2人に告げた。
「ロイド、そしてカナタ。2人にはまたしばらくの間、私の元で働いてもらうことになるやもしれん。構わぬか?」
「「仰せのままに」」
次回から第二章に入ります。
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