33.決着
どっと額に脂汗が浮かぶ。
今もなおカイと護衛の男は剣とダガーを打ち合い、甲高い金属音が部屋に響いている。
ハルの左腕及び左肩は既に痛みを通り越して感覚がほとんど無くなっていた。
こんな状態ではクロスボウに矢をセットし、弦を引くこともできない。
今のハルでは援護どころかカイの邪魔にしかならないだろう。
しかし、カイと護衛の男の打ち合いは明らかにカイが押されていた。
防戦一方、とまではいかずとも体格の差、武器のリーチの長さからカイは押されつつある。そして何より、カイは今本調子ではない。
数10分前、この屋敷に攻め込む前にカイはアルと呼ばれた大男にやられ、一度気を失うほどの衝撃をその小さな身体に受けていた。
どう考えてもそのダメージがまだカイの身体に残っていた。
このまま打ち合いが長引けばやられるのはカイの方だ。
それは戦闘素人のハルの目にも歴然だった。
しかし、自分には戦いに参加できるほどの力は残っていない。
カイが戦っている姿を見つめながらどうしたものかと考えを巡らせていると、手が短パンのポケットに入っている何かに当たった。
(……? っ! これだ……!)
ハルが思い付いた作戦は、おおよそ物語の主人公にあるまじき作戦だった。
× × ×
――このままではジリ貧だ。
それは戦っている本人が1番わかっていた。
身体が重い。全身が痛い。思ったように身体が動いてくれないため、反応が一瞬遅れる。
己に迫ってくる剣筋を見極め、ダガーで受け、流す。
動体視力も反射神経も瞬発力も、猫科の獣人であるカイの方がはるかに優れているはずなのだが、どうやらあの大男から受けたダメージがまだ残っているようだ。
しかし、弱音を吐いてはいられない。
戦える者はもう自分しか残っていない。
カイがギリギリ間に合ったから良かったものの、ハルは明らかに出血のし過ぎによる貧血で倒れかけていた。
当然だ。左肩に風穴が空いているのだ。それを消毒も止血もせず暴れまわれば、血がなくなるに決まっている。
――オレが守ってみせる。
カイの師匠となったカナタはこう言っていた。
『女を守るのが男の役目』だと。
たが、カイがハルを、ルルをリリィを必死に守ろうとしているのは彼女達が女だからではない。
大切な仲間だから。だから守るのだ。
ハルが身体に穴を空けながら、血を垂れ流しながら、貧血で倒れそうになりながら、それでもルルとリリィを守ろうとしたように。
次は自分がハルを守ってやる。
今は後ろで貧血により気を失っているであろうハルにチラリと視線を送る。
のそ、のそ
と、左腕を押さえながら歩いているハルが視界に入った。
…………あれ?
何であいつは立ち歩いているんだ?
貧血で気を失ったのではなかったのか?
敵もカイと同じ心境なのか、ポカーンとハルのことを眺めていた。
ハルはこちらの視線に気付かないまま、太腿に矢が刺さってうぅっと唸りながら蹲っている男に近付き、右手に持った催涙スプレーを痛みで苦しんでいる男の顔面に吹き掛けた。
「……!? ぎゃあああああ!!!!!」
えー……。
ホントに何やってんのアイツ……?
こっちが必死に戦っているというのに何を遊んでいるんだアイツはと呆れたようにその光景を見ていたカイだが、ハルにはちゃんと理由があったようで、
「今だよカイ!」
その声でハッとする。
カイと同じようにハルの行動を呆然と見ていた敵が隙だらけの状態で突っ立っている。
カイはすぐさま敵に近付き、その勢いを殺さぬまま敵の側頭部に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
「ぶべらっ!!」
シャイニングウィザードとは本来、片膝をついた相手の太腿を踏み台にし、そのまま相手の頭部に膝蹴りを叩き込むプロレス技なのだが、カイは猫科の獣人の跳力を生かし、直立している成人男性の頭の高さまで跳んで膝蹴りを決めた。
猫科の獣人であるカイだからできる必殺技が今、誕生した。
「おぉ……痛そー……」
カイの飛び膝蹴りを受けて吹き飛び、そのまま気絶する相手を見て呟くハル。
「おいハル。お前大丈夫なのかよ」
「ん? ああ、何とかね。それよりルルとリリィは?」
「あの2人なら、とりあえず部屋の外で隠れられそうな場所に押し込んどいた」
「そっか……じゃあとりあえず一件落着ってとこかな?」
ホッとひと息吐く。
もう気を張らなくていいと思うと、一気に身体の力が抜けて尻餅をつくハル。
「にしても、相手の気を引くために倒れてる奴にあのスプレーをぶっかけるとか、相変わらず卑怯というか、想像の斜め下をいくというか……」
「私は別に物語の主人公じゃないからね。ピンチの時に不思議な力が目覚めたりしないし、何か奇跡が起こったりもしない。自分が今持つ手札であの状況を打破するにはあれが1番だって思っただけだよ」
それに、と付け加えるように、
「主人公補正のない私がそれで仲間を守れるなら、卑怯上等だよ」
ニカッと清々しいほどの良い笑顔で言うハルに、カイも呆れたように笑った。
『……あ、あのっ』
「「――ッ!?」」
いきなり掛けられた声にカイとハルは警戒を強める。
まさかまだ敵がいたのかと辺りを見渡す2人だが、近くには誰もいない。
『あの、ここです。壁の方です』
声がする壁を見ると、そこにはルルとリリィが閉じ込められていた部屋のドアと全く同じ作りのドアがあった。
「ここ?」
ハルは痛みを堪えながら立ち上がり、ドアの前まで行くと、ドアの向こうからさらに声がする。
『は、はい。あの、一体何があったのでしょうか? 聞き覚えのない声なのですがあなたはいったい……』
「あ」
他の獣人達がいることをすっかり忘れていた。
ルルとリリィと一緒にここに捕らえられている獣人達も助ける予定だった。
「あなたや他の獣人をここから出すために来ました」
『え? こ、ここから出られるんですか!?』
「ええ、今ドアを開けますね」
ガチャ……ガチャガチャ!
「…………えっと、そちらから開けられます?」
『え、いや、こちらにはドアノブがありませんので』
…………。
「ちょっと待っててください」
『え、はい』
ハルは部屋の奥、階段の上で倒れているファネルに目を向ける。
「カイ、ちょっとクロスボウに矢をセットしてくんない?」
「え、ああ」
カイに矢をセットしてもらったクロスボウを持ってファネルの元まで歩いていく。
「おーい、起きろー」
ファネルは経験したことの無い痛みに気を失っていた。
ハルは肩に穴が開いても頑張っているというのに情けないなぁと思いながら顔を足で小突きながら起こしていると、僅かに目を開ける。
「あ、起きた?」
「……? ………………ひっ!!??」
初めは状況がうまく飲み込めていなかったようだが、自分の足を射抜いた武器を持った少女が目に入ると怯えた表情で後ずさる。
「ねえ、あの部屋の鍵、どこにあるの?」
「な、何故そんなことを……」
「何故って、アンタに奴隷にされてた獣人達を解放するためだけど?」
「は、はあ!? 貴女がここに来たのはあの双子を取り戻すためでしょ!? あれは私がお金を払って買った物なのよ!? 貴女には関係あ、すみませんそれを向けるのはやめてください」
ハルがクロスボウを向けた途端弱気になるファネル。完全にトラウマになっているらしい。
「くっ……そもそも、私が持っている獣人には皆首輪が付いているのだから、私から離れることはできないわ」
「……? どういうこと?」
「あれは『隷属の首輪』。首輪を装着させられた者は首輪に魔力を込めた者に隷属する魔道具なのよ。一定以上距離を離れたら徐々に首が絞まっていく仕組みよ。この街の外に出たらそれだけでアウトよ」
「じゃあその首輪を外す鍵も」
ファネルに向かって手を差し出す。
「……ふん、残念ながらあの魔道具を外す方法はないわ。それこそ、魔力を込めた私が死ぬくらいしかね」
「なんだ、外す方法あるんじゃん」
そう言ってハルはファネルの額にクロスボウの先を突き付ける。
「ま、まままま待った! ある! 本当は外す方法あります!」
両手を前に出し、ハルを止めるように訂正する。
簡単に言うのであれば首輪に込めた魔力が尽きるか、装着させられた者と魔力を込めた者以外の者が魔力を込めて上書きすることで首輪は外れるらしい。
ハルは話を聞いた後、ファネルから鍵を奪い階段を下りていく。
そんなハルに、ファネルが後ろから声をかける。
「貴女、こんなことをしてどうなるか分かっているわよね? 貴族の屋敷に踏み込み、そこに住む貴族とその護衛を矢で射抜いてその屋敷に保護されているとされている獣人達を奪い去った。この街の人間は皆そう思うわ。私は必ず貴女を公開処刑にしてやる」
厭らしい笑みを浮かべながらハルに処刑宣告をする。
そんなファネルに対しハルは心底呆れた顔をして、
「……アンタさ、貴族っていう地位に頼りすぎっていうか、何て言うか……この街の人間のことも、警備団のことも、私のことも、とにかく舐めすぎ。アンタがやってきたことは隠すことも誤魔化すこともできないんだよ。この屋敷がアンタの屋敷だってことは誰もが知っていて、アンタが獣人を保護しているなどとほざいていたことも誰もが知っているんだから」
この部屋を見るだけで保護していたなんて嘘だと一発でわかるし、以前この女はあの首輪がまだたくさんあるとも言っていた。この屋敷を調べれば証拠は嫌と言うほど出てくるだろう。
それだけ告げて、ハルは壁沿いのドアの前まで戻ってくる。
「カイはルルとリリィを迎えに行ってきて」
「……! ん、わかった……」
ハルが笑顔で告げて、カイは何かを言いかけたがそれをやめ、小走りで部屋を出て行った。
「今開けるね」
『は、はい』
鍵を開けてドアを開ける。
中には一昨日の昼前に見た2人の獣人うちの1人で、頭の上には狐耳が生えている。
外にいたときとは明らかに違う汚れた布で出来た服を身に纏い、想像した通り彼女の腕や足には蛇が這い回っているような痛々しい鞭の痕が無数についていた。
ルルとリリィとは違い鎖で部屋の中には繋がれているというわけではなさそうだが、両手に手錠、右足首には鎖の先に鉄球がついた足枷。
「…………あの、本当に出られるんですか?」
「うん。あなただけじゃなく、他の獣人も皆ね」
ハルの言葉を聞くやいなやその瞳に涙を浮かべ、両手で口元を押さえる。
その反応だけでどれだけ辛い目に逢わされていたのかがわかる。
沸々と腹の奥底から怒りが増してくるのがハッキリとわかる。
「……ごめん、これで他の子達も出してあげてくれる? 私もすぐ戻ってくるから」
「は、はい!」
狐耳の女性に鍵の束を渡し、ハルはいったん部屋を出る。
部屋を出てすぐ側にある壁にもたれ掛かるように座り込んだ。
(……手錠と足枷はあの鍵で外せるから、この後はあの首輪を外して、あの警備団の人のところに獣人達を連れていって……何があったのか説明、して……獣人達にも、証言してもらって……それから、このやしきを調べて、もらっ――)
そこでハルの意識は完全に途絶えた。
ハルの限界はとっくに越えていた。
カイはそのことに気が付いてはいたが、それでもハルの無理をした笑顔を見て、何も言えずにルルとリリィのところへ向かった。
ハルが次に目を覚ましたのは、全てが終わった後だった。
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