2.お引き出し
さて、まずはここがどこなのかを確認しないと。
辺りを見渡してみる。
今自分が立っている大きな噴水のある広場から四方に真っ直ぐ伸びた道。
その道に沿って煉瓦造りの家が規則正しく建ち並ぶ風景は圧巻である。
この景色を見てまずヨーロッパ? と思った私は間違っていないだろう。
日本にこのような完璧な煉瓦の街はないと思われる。
しかし、道行く人の話し声を聴いていると全て理解できる。
文字は読めないが、言葉は通じる。
「…………わかんない。まずは移動してみるかな」
言葉が通じるならどうとでもできる。
そして通帳とカードがあるというのなら、お金を下ろすことができる場所があるということだ。
まずは適当に人に訊いて回ることにしよう。
× × ×
はい。色々と訊いたことを整理しよう。
まず、この街はアインツベルク王国の北端に位置する『カンナギ』という街らしい。
この時点でここは日本どころか地球ですらないということが確認できた。
「うっそぉ……どこだよここぉ。え、なに? 異世界転生ってやつ? 最近流行ってるニートや引きこもりが異世界に飛ばされるってやつ? 私ニートじゃないし、学校だってちゃんと行ってたのに。何の仕打ちだよコノヤロォー……」
ここまで来たらあそこで死んだせいでこの異世界に飛ばされたのだろうということを察することができる。
今になって私を殺したあの轢き逃げ犯を恨めしく思えてきた。
何故、私がこんな面倒なことに巻き込まれなければいけないのだろう。
こういうのって物語的にはモンスターや魔王とかと戦わないといけないのかな? 無理だよ? 私体育の成績5段階のうちの2だよ?
況してや凄い武器も強力な魔法も何もないんでしょ?
あるのは莫大な財産のみ。
……………………!
「別に私自身が戦う必要ないじゃん。金にものを言わせて強い人を雇えばいいじゃん。やだ私天才」
そうと決まればまずは現金をいくらか下ろそう。
クレジットがないなら現金を持っておかなければいけない。
人に訊いたところ、この世界には銀行があるらしい。
当然だ、通帳があるんだから。
しかしATMのような機械はないのでお金を下ろす時はいちいち銀行に行かなければいけないとのこと。
まぁいい、ついでにそこで色々と他にも訊くとしよう。
× × ×
「ここが銀行ね」
1つの建物の前まで来て看板を見上げる。
書かれている文字は読めないが、お金のような絵が描かれているのでまず間違いないだろう。
早速扉を引いて中に入る。
中は奥にカウンターがいくつも並んでおり、その手前にはソファーが置かれている。
ふむ、地球と似ている。まさに銀行。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
いきなり横から声を掛けられた。
ビクゥッ! とはなったが、変な声を出すのは何とか抑えることができた。
「えっと、現金の引き出しに……」
「それでしたら右奥のカウンターへどうぞ」
「あ、はい。どうも」
銀行員の女性に案内され、一番端のカウンターまで行く。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
カウンター前まで行くと別の銀行員のお姉さんに先程と同じことを訊かれたので私も同じように答える。
「かしこまりました。通帳、もしくは現金カードはお持ちでしょうか?」
「あ、はい。両方あります」
私は通帳とキャッシュカードをお姉さんに渡す。
「それでは本人確認をいたしますのでこちらに手を置いていただけますか?」
ん? まさかの静脈認証? そもそもこの世界に私の情報は登録されているのだろうか?
お姉さんは私の前に水晶玉のような丸い機械を出してくる。
私は恐る恐るその上に手を置くと、水晶玉がいきなり光り始める。
「うおっ」
「…………?」
その現象に驚いた反応をする私にお姉さんが首を傾げる。
そうか、これがこの世界の常識か……。
「はい、確認しました。『サクバ ハル』さんで間違いありませんか?」
「はい」
驚いた。水晶の上に手を乗せただけで私の名前が分かるとは。
「いくらお引き出しになりますか?」
訊かれてから考える。そういえば決めてなかった。
この街はさほど大きいという訳ではないようだが、銀行はここにしかない。
ATMがない限りお金を下ろす時はここまで来なければいけないのですぐに無くなっては面倒だ。
この後は宿を探したり、食事代、あと服や下着なんかも買わないといけないし、現金を持つなら財布も必要だ。
その他諸々にも使うとして……
「とりあえず、10万で」
「じゅっ!? え? じゅ、10万ですか?」
「え? はい。10万です」
何をそんなに驚いているのだろう?
言うほど大金という訳でもない。むしろ今の私の預金額から言えば、はした金なのだが。
「か、かしこまりました。少々お待ちください」
そういうとお姉さんは一旦裏へと下がっていった。
しばらく待っていると、裏から戻ってきたお姉さんの手には何やら札束のような物が握られていた。
「お、お待たせしました。ご確認をお願いいたします」
ご確認もなにもどう見たって多すぎるでしょうお姉さんや。
お家柄上何回も見たことがある。
アレは100万の束だ。桁が1つ多い。
そう言おうとする前に私の前にその札束が置かれる。
いやだから、一万円札が100枚あったら100万円になっちゃうでしょ。
この世界のお金の単位が何なのかは知らないが、なんにせよこれは100万だ。
そう思いながら束の一番上のお札を見る。
するとそこには1000Gという数字が描かれている。
どうやら数字はこの世界も数字はアラビア数字らしい。
…………うん? 1000?
「あれ? 10000のお札はないんですか?」
「い、10000G札ですか!? 申し訳ありません。王都の銀行ならまだしも、こんな小さな街の銀行に10000G札は……」
一万円札、もとい10000G札とは小さな銀行だと置いてないくらいこの世界ではそんなに貴重なものなのか。
うぅ……こんな札束を持ち歩きたくはないんだけど、ないと言われたものは仕方ない。
それに今さら戻してこいとも言えないし……。
「わかりました。ありがとうございます」
私は通帳とカード、そして1000G札100枚という札束をポケットにしまい、銀行を出た。
ふぅ、まずは財布を買った方がいいかな、こりゃ。
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