16.ピンチ襲来
やばい……アレは洒落にならないくらいやばい。
アレは異世界生活4日目の私が、どうこうできる相手じゃない。
× × ×
私達はイノシシ型モンスターを狩った場所から既に10分ほど移動していた。
方位磁石と地図を確認しながら南に続ていく道を進んでいると、どこか妙な違和感に気が付いた。
「……何か変だね」
「ん? そうか?」
私は昔から人の視線というものに当てられ続け、その結果他人の視線に非常に敏感になっていた。
「こう、誰かに見られているような……」
遠くから見られるというのはあまりいい気はしないものの、もう十分慣れていたと思ったのだが、今受けている視線は今までに経験したものとは違った。
もっとこう、様子を見るというよりは機会を狙っているというか、まるで獲物を狙っているような――
「見られて……? ん、ユニー? どうした?」
そんな会話をしているといきなりユニーが立ち止まった。
「なんだろ、1人じゃない気がするんだけど……」
「なんだよさっきから。オレには何も……っ! なんだこれ、何かこっちに向かってきてるぞ! しかも凄い数だ!」
荷台の中でカイが立ち上がる。
その頭部の上から生えた猫耳がピクピクと忙しく動いている。
「人間のスピードじゃない! モンスターd……」
カイが言い切る前に横の草むらから数体のモンスターがその姿を現した。
「なっ……!」
こちらに驚く暇も与えず私達が通っている道を挟んで反対側の草むらからも数体のモンスターが現れた。
合計で11匹にもなる小型(といっても人間程の大きさはある)の恐竜のような二足歩行のモンスターがこちらをジッと見つめている。
いったいいつから……いや、確かに視線を感じたのはついさっきからだが、まず間違いなくあのイノシシ型モンスターを倒した場所からついてきていたのだろう。
「ユニー!!」
私の声と同時にユニーが走り出す。
いきなり動き出した馬車にバランスを崩したが何とか立ち膝状態で耐える。
「カイ! 手綱お願い!」
「わかった!」
普通の馬とは違いユニコーンは人間の言葉を話せないだけで人間のように理解している。
しかし例えば分かれ道などがあった場合、今までは歩いていたのでこちらから口で言って指示していたのだが、今は走っている。いちいち止まってはいられないので、手綱を握りその都度指示を送る者がいる。
「できるだけ平らな道を選んで!」
「りょうかい」
カイは揺れる荷台を器用に移動し、御者台に座る。
私はそれを確認してから荷台の端に置いておいたクロスボウと矢を手にする。
荷台の後ろから顔を出す。
11匹がしっかりと馬車の後方からついてきていた。それもかなりのスピードだ。
ロンドンさんの説明にあったモンスターと姿形が一致する。
ロンドンさんからは危険な肉食モンスターについて色々教わったがアレはその中の1つ『スピードリザード』だ。
基本群れで行動し、普通のリザードよりも小柄ではあるがその代わりに小柄故のスピードを活かして人間顔負けの連携で敵を捕らえる。
性格は非常に諦めが悪く、敵を捕まえるか見失うまで追い続けるとか。
さっきまでは草食の所謂安全なモンスターばかり相手にしていた(イノシシ型モンスターもあくまで草食モンスター。牙や蹴りなどで死ぬことはあっても食べられることはない)。
しかし今回の相手はまごうことなき肉食。
捕まったら最後、無残に食い尽くされるだろう。
「……ん? 肉食?」
…………はっ! それなら、
「これで我慢してください!」
すぐ横に置いてあったイノシシ肉の塊を馬車の外へ投げ捨てた。さらば私達の晩御飯。君の勇姿に敬礼。
ぼとり、と馬車とスピードリザードの間に肉塊が落ちる。
肉食モンスターなら放ってはおけないだろう。
スピードリザードはあっという間に肉塊までの距離を詰め、通り過ぎていく。
「……あれ?」
「アホォォォォ!! 何で捨てた! 何でオレ達の食料を捨てた!」
「いや、あれに食いついて追うのを止めてくれるかなと思って」
「スピードリザードは追い掛けてる獲物を追い続けるって教わっただろ!」
そういえばさっき自分で諦めが悪いモンスターだって確認したばっかでした。
「…………テヘッ☆」
「とりあえず今すぐオレとユニーとあのイノシシに謝れ!」
とにかく今は言い争っている場合じゃない。
ちゃんと当てられる自信がなかったからできれば使いたくなかったけど仕方ない。
私はクロスボウに矢をセットして馬車の後方に向けて構える。
1番先頭を走っているスピードリザードに照準を合わせて集中力を高める。
さっきまではあまり気にならなかったが、クロスボウを構えて改めて実感する。
「揺れる……」
むしろこのスピードで走っているのに荷台の中をそれなりに動けているのは、カイがちゃんと平らな道を走らせているからなのだろう。
しかし、射撃を行うとなると話は変わってくる。
私は射撃のプロでも何でもない。
物凄いスピードで走っている敵に、物凄いスピードで走っている馬車に乗りながら矢を当てるなんてペーペーの私にできるはずがない。
だが、殺らなきゃ殺られる。
スピードリザード達とユニーのスピードはほぼ互角。ただしユニーは荷台を引いているという大きすぎるハンデを背負っているため、体力の消耗は向こうよりも激しいだろう。
つまり敵を撒くことはまず無理だ。
皆の命は私の腕次第ってことか……。
こういうプレッシャー、大っ嫌いだよ!!
「…………ふっ!」
先頭のスピードリザード目掛けて矢を放つ。
しかし矢を放つ瞬間僅かに荷台が跳ね、その分だけズレてしまった矢が先頭の奴のすぐ上を通り過ぎる。
『グペッ……』
「お、おおう……ラッキー」
先頭の奴には外れたのだが、その後ろを走っていたスピードリザードの頭に直撃した。
ナイス結果オーライ。
私はすぐさま次の矢をセットする
「……あと14本か」
矢は元々15本しか貰っていなかった。
クロスボウなので敵を仕留めようが逃がそうが矢は回収できるので荷物になると思って大量には貰わなかったのだ。
「あー……なんでこういう場面を想定してなかったのかな私は」
11匹の相手に矢が15本。
外せるのはたった4本だけである。
今朝ガランタさんからクロスボウと矢を受け取った時の自分が恨めしい。
再びクロスボウを構えると、スピードリザード達がジグザグと左右に動きながら走っていた。
しかも他の個体とぶつかることなく器用にジグザグしている。
仲間が殺られて考えたのか。かなり知能が高いな……
私はもう一度先頭のスピードリザード目掛けて矢を放つ。
が、今度は完全に外れる。今のは別に荷台が大きく揺れたわけでもない。ただ単にジグザグ動いている敵に当てられなかった。
その後3本目、そして4本目も連続で外してしまう。
まずいまずいまずい。外せるのはあと1本だけ……
「……大丈夫。集中……」
指を曲げ、引き金を引こうとした次の瞬間――
「ハル! 伏せろ!!!」
「…………っ!」
その声に驚いた勢いで引き金を引いてしまう。
当然その矢は狙ったところとは違う場所へと飛んでいく。
「ちょっと!! 何てことして……っっっ!!!??」
くれんの!? とは続かなかった――。
『ギャアアアアアアア!!!!!!』
「…………なっ!!」
「…………っ!?」
………………は? スピードリザード達が、消えた?
私の目の前を、馬車のすぐ後ろを、まるでレーダー光線のような長く太い炎の柱が横切った。
「止まらないで!! カイ、全速力!!」
「わかってるよ!」
遅れて吹いてくる熱風に耐えながら炎が飛んできた方角を見る。
しかし、すぐ近くには何もいなかった。
そう、すぐ近くには。
200メートル程先だろうか。
私達が走っている場所から200メートル程離れた、背の高い木が立ち並ぶ森の中に1つ、それらの木々を遥かに越えた大きさのドラゴンが雄叫びを上げていた。
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