8.強制転移
今のこの状況を見て、疑念が確信へと変わった。
王都から帰ってきてからというもの、ろくに屋敷から出ていなかったため気付かなかったが、街を歩けばそれはすぐに気が付く。街全体が、獣人に対して忌避の視線を浴びせかけている。
アランカの街には冒険者の街や魔道具研究の街などと様々な呼び名が存在するが、やはり街の人々の中で一番の割合を占めているのは冒険者だ。だからこそ、獣人も気兼ねなくこの街に住むことができている言っても過言ではない。
ではここでもう一度、何故冒険者が多いと獣人が住みやすくなるのかを考える。
マヒユ教ではない人間が獣人を忌み嫌う要因は、獣人の容姿によるものが大きい。つまり、普通の人間とは違う獣耳や尻尾が不気味であるとそういった理由から獣人を毛嫌いする者が多い。
しかし、街の外で常日頃からモンスターと戦っている冒険者からしてみれば、その程度の違いは何てこともなく、ゴブリンやスケルトンソードなどのモンスターの方が言葉も話せないしよっぽど不気味だと言える。つまり、冒険者達は獣人の容姿を不気味がることもなく普通の人として接してくれるのだ。
だが今回の場合、問題となっているのは容姿ではない。
何故ビスト帝国が大陸に対して宣戦布告をしたにも拘わらず、1ヶ月もの間何も仕掛けてこないのか。ただの準備期間と言われればそれまでだが、彼らからしてみれば、相手にとって未知の武器を使っている以上、開戦までの時間が長ければ長いほどその対策を取られかねない。なので、できるだけ早めに勝負を仕掛けた方が勝率は上がるはずだ。だが、彼らはそれをしていない。
あの宣戦布告により、大陸の人間はビスト帝国だけでなく、獣人そのものをより一層敵視することとなった。いつどこにビスト帝国の兵が現れるか分からない以上、疑心暗鬼となり近くにいる獣人を警戒し敵視するのは仕方のないことかもしれない。
その緊張状態がひと月続き、そろそろ今回のように痺れを切らす者が出てくる。
ビスト帝国が直接手を出さずとも、内側から勝手に崩れていく。それが彼らの狙いなのかもしれない。
もしこんな時に、それこそ以前ミラーが起こしていたような路地裏での殺人事件や爆破事件などが起これば、真っ先に疑われるのは獣人になってしまうだろう。
集団心理とは恐ろしいもので、それが大きい団体であればあるほどそれを鎮火するには時間と労力が掛かってしまう。今回はそれが大陸なんていう規模の話になってくる。一度その火が着けば、もう消すことはできなくなる。
人間に理不尽に疑われ、逃げるしか方法がなくなった獣人が向かう先は1つしかない。
そうやって、完全に人間対獣人の形に持っていくのが彼らの狙いなのだとしたら、今はまだ始まりに過ぎないのかもしれない。
昨日まで普通に接してくれていた人達が急によそよそしくなり、疑いの眼差しを向けてくる。そんな視線に耐えられる獣人が一体どれ程いるだろうか。
そして何より、獣人にも温厚的で最後の頼みの綱でもあった冒険者達にでさえ、そういった敵意を向けられてしまえば、獣人は本当に頼れるものが無くなってしまう。
実際、先程学校へ乗り込んできた3名も冒険者だった。
「なるほど、確かにハル君の考えは筋が通っているかもしれない。私もここ最近、街全体の獣人を見る目が変わってきていると思っていた。理由は何となく分かっていたつもりだったが、改めて考えてみると……なるほどな」
リリィとウィーネが呼んできてくれたクワシン率いる警備団に学校に乗り込もうとしていた冒険者3人の身柄を預け、ハルはクワシンに己の考えを吐露する。
「できれば王都にこのことを伝えたいんですけど、一番早く伝えられる方法ってなんですかね?」
「王都に手紙を届けるだけなら1日で行けないこともないが、返事をもらうとなるとそこから更に1日……多く見積もって往復で3日かかると思っていい」
「うーん……いや、本来ならそれが普通なんですよね。転移魔法が便利すぎるんだ」
「ただ……」
「ただ?」
「今は王都も色々と警備が必要となっている。本当に手紙を送るのなら1週間以上、いや、ハル君はどうせ王都というより王城にこのことを伝えたいのだろう? となると2週間くらいは覚悟が必要となる」
「え?」
クワシンの言う通り、実際に伝えたいのは王都の中にある王城。国王陛下やライン王子に伝えたいのだが、何故そんなにもかかるのだろうか?
ハルは首を傾げて視線でその理由を問う。
「ほら、今朝の王都新聞だ。3日後、アインツベルク王国の王都で緊急の大陸会談が行われることになった。まあ、国のトップ達の間ではもっと早くから決まっていたのだろうが、世間への情報公開は今日になって初めて解禁された」
「大陸中の国のトップが王都に集まる……?」
確かに、ビスト帝国から宣戦布告を受けてはや1ヶ月。その標的となっている大陸の国々が話し合いをするのは当然の形と言える。だが、それにしては些か遅すぎるのではなかろうか。てっきりそんな会談はとっくに済ませて、連合軍的な対策は既に取られているとばかり思っていた。
そんなハルの思いが顔に出ていたのか、クワシンは少し複雑そうな表情を浮かべて首を横に振る。
「そんな簡単な話じゃないんだよ。そりゃ二、三か国だけならすぐにでも集まることはできただろう。だが、今回ビスト帝国が宣戦布告したのは相手は大陸全土。大陸にいったいどれだけの国があると思う? 全てでないとはいえ、20を越える国々のトップが一国に集まるというのは簡単なことじゃない。それに、大陸内には未だ戦争をしている国だってある。そんな国を一時休戦させて、大陸で一番大きい国であるアインツベルクに呼ぶんだ。むしろよくたったひと月でここまで仕上げたと思うよ」
クワシンの説明になるほどと納得する。
言われてみればそれもそうだ。どうしてもハルは地球の常識で物事を考えがちだが、ここは地球ではない。大陸は広く国も多く存在する。その中には当然仲の悪い国だってあるだろう(まあそこは地球も同じだが)。いくら共通の敵が現れたからといって、全ての国が協力してビスト帝国に抗うと決まっているわけではない。それも伝達手段や移動手段が地球に比べて限られているこの世界では、わずか1ヶ月でよくここまで漕ぎ着けたと誉めるべきなのかもしれない。
転移魔法だって移動手段としてはこの上ないほど便利な魔法ではあるものの、一度行ったこのとある場所でなければ転移できないという欠点も存在する。飛行機等の高速航空移動手段がない以上、移動1つおいても大変な世界なのだ。
「…………なら、直接行った方が早いってことですね」
「待ちたまえ。何のために大陸会談が行われると一般公開されたと思っているんだい」
「……? 何でですか?」
「はあ……君みたいな一般人が王都に入らないようにするためだ。もう一度言うが、今王都には世界中の国のトップが集まってきているんだ。危険因子は全て排除する必要がある」
「危険因子て……」
「自覚したまえ。君は十分に危険因子になりうる逸材だ」
「誉められてないことだけは分かりました」
だが、いつ彼らビスト帝国が大陸に攻め込むのか分からない以上急いだ方が良い。
むしろ、国の代表が一堂に会しているというなら好都合ではないだろうか。
「……変な考えはよしたまえ。たとえ国王陛下やライン第一王子に気に入られている君とはいえ、他国の王が1人でも無礼だと切り捨てれば、君の首は飛ぶ。君は王達の前で無礼を働かない自信はあるのか?」
「無理だな」
「無理だろうな」
「む、無理ですかね……」
後ろで話を聞いていたであろう3人、カイ・シュナ・アマネの3人がハルの代わりに答えてくれた。代わりに答えてくれてありがとうという意味を込めて一睨みした後、ハルは1つ大きな溜め息を吐く。
流石に今回は諦めるしかない。
大陸相手に一個人の我が儘が通ずるはずもないし、そもそもハルが思い至った考えならば他の者にだって簡単に思い付いているはずだ。それこそ頭の切れるライン王子辺りならハルよりも早くその考えに至っているに違いない。
だが、本当にこれからビスト帝国が攻めてきた時、本当の本当にあの獣人兵達に対抗できる者は一体どれ程いるのだろうか。
確かにハルはサランド皇国において20名の獣人兵を母の魔法を駆使して殺害した。
だが、あの場にいた全ての獣人兵を相手にしていたら、まず間違いなくハルは死亡していただろう。何よりもまず先に魔力が切れていた。その点、あの兵器を使う以上、獣人兵は魔力の消費はない。弾が尽きない限り彼らの破壊力が消えることはない。そして、向こうの弾が切れとこちらの魔力切れならまず間違いなく魔力切れが先に来る。
大陸全土が協力したとして、地球の兵器を持った獣人に対抗できる案が本当に出るのだろうか。
「…………っ」
これは、咲場 春個人の我が儘に過ぎない。
だがこの我が儘は、この世界の命運にも関わってくる。
自虐的な笑みが自然に溢れる。これではシュナに説教などできやしない。
何故ならこの我が儘は、以前のシュナと全く同じ我が儘なのだから。
すると突然、学校のグラウンドというにはあまりにも雑な広場に大きな魔方陣が現れる。
「……! 皆、下がれ!」
シュナが言うとその場にいた者達が数歩下がり、シュナが刀を抜き、ハルは眼帯を外す。
この世界に来てから幾度となく見てきた魔方陣だが、一応念のために警戒しておく。
だがそこから現れたのは案の定というか、もうお馴染みの顔ぶれ。
「……! ちょうど良かった! ハルちゃん、ちょっとついてきてもらうよ」
魔方陣から現れ真っ先にハルの姿を見つけたライン王子が、ハルに近付いてそのまま腕を取る。
「ちょ、ちょっと、どうしたんですかライン王子……!」
「国王陛下からの命令でね、ハルちゃんを大陸会談に参加させることになった」
「は、はあ!?」
驚くのは無理もない。
つい先程までその話をしていて、なおかつ所詮一般人のハルにはどうすることもできないという結論が出たばかりなのだ。それに、ハルが他国の代表の前に顔を出せばすぐに失礼を働き、首だけになって戻ってくるに違いないと、お仲間からのお墨付きもいただいた。
しかし、抵抗も虚しく、ハルはロイドとカナタが待つ魔方陣の上に引っ張られていく。
「待ってくれ! それならオレ達も──」
「残念だけど今回はハルちゃんのみだ。ハルちゃんが参加すること自体前代未聞なんだ。これ以上のイレギュラーは認められないよ」
「カイ、悪いけど今回ばかりはお留守番だ。なに、ハルさんを悪いようにはしないさ。お前の師匠を信じろ」
「いや、師匠は信じてるけど、ハルが信用ならねぇし……」
「カイ君や? 聞き捨てならないんだけど? いや、後ろでうんうん頷いてる君達もだよ? ちょっと失礼じゃない? こう見えて私一応令嬢だよ?」
ハルの言葉に一同が顔を見合わせ、すぐにナイナイと首を横に振る。
「そんな話はどうでもいいでしょ。陛下も待ってるし、早く行くよ」
馬鹿にしてくるお仲間一同に殴り掛かりに行くハルの首根っこを掴み、無理矢理魔方陣の中に引っ張り込むロイド。
そして一度カイ達に視線を向けて「少しの間借りるよ」と言葉を残し、そのまま4人の姿はロイドの詠唱後に消えていった。




