3.アーク=ド=シューター
彼女と出会ったあの日から、彼──アーク=ド=シューターはこれまで以上に必死に勉学に励んだ。
ビースト諸国連合国の王家であるシューター家の一人息子として生まれた彼がこれまでも英才教育を受けていたことは確かなのだが、今まではどちらかというと戦闘訓練の方ばかりに力を入れており、正直勉学というものはあまり好きではなかった。
ただ、今のままならほぼ間違いなく彼がビースト諸国連合の次期国王となる。
そんな次期国王が教養もなく、戦うしか能のない脳筋野郎ではこの国の獣人達もついていくのが嫌になってしまいかねない。それならばまだ若い今のうちから勉学にも力を入れることで、頭脳・戦闘共にエリートな誰もがついていきたいと思うスーパー国王を目指すべきだと齢7歳にして彼は思った。
──と、まあダラダラと誰に言い聞かせているのかも分からない言い訳を頭の中で言ってはみたものの、結局は彼がより一層やる気になったのも彼女のあの言葉がきっかけである。
『……あなたがこの戦争を、終わらせてください』
何故彼女があんなことを彼に言ったのかは分からない。アークがビースト諸国連合国の王子だとは一言も言っていなかったし、そもそも名前すら名乗ってはいない。
(ミラ……って言ったっけ? アイツ、本当に何者だったんだ……)
大陸から帰って数日が経った今でも、アークの頭の中は彼女のことでいっぱいになっていた。
ただ、彼女にそう言われた時、何故だか自分がやらねばいけないと思った。
この戦争を終わらせる。
それは、ただ武力で押さえ付けるということではないと思う。
アークはまだ人間にはたったの1人にしか会っていない。だがその1人は、大人達が口を揃えて言う人間とはかけ離れた人間だった。少なくともあの少女は、獣人であるアークを見て不気味がったり、理不尽に攻撃を仕掛けてきたりはしなかった。むしろ先に攻撃を仕掛けたのはアークの方だった。
とはいえ、一発も攻撃を当てることができなかったのは今でも納得がいかない。
同世代はおろか、大人にも何回か勝ったことのあるアークが、同年代・人間・女、この三拍子が揃った相手に手も足も出ないなんて考えられなかった。
悔しさからつい否定してしまったが、彼女は間違いなく天才と呼んで差し支えない存在だと素直にそう思う。
人間の反応速度、動体視力には限界が存在する。魔法で身体強化でもしていない限り、人間が獣人の動きについてくることは肉体構造上不可能なのだ。
アークはミラの回避方法について考えられないと思っているわけではない。そのタネについては彼女自身がはっきりと言っていたし、確かにあの年齢で瞬間転移魔法が使えるのは規格外ではあるのだが、天才を自称するくらいだ、あり得ないことではない。アークが問題視しているところはそこではない。
瞬間転移魔法とはその名の通り、瞬間的に転移魔法を使うという意味で、一言で言えば詠唱と魔方陣を必要としない転移魔法だ。その分当然移動できる距離はかなり短い距離になってしまうのだが、回避術としてはこれ以上のものはないだろう。
ただ、瞬間と言えど刹那的なインターバルは存在する。
詠唱を必要としない魔法というのは確かに相手からしてみれば脅威になる。だが、裏を返せば、それはただ詠唱の時間を短縮したに過ぎないということだ。
これを瞬間転移魔法で説明すると、たとえば瞬間転移魔法を使おうと頭の中で決めたとして、それを発動するまでには必ず僅かなタイムラグが発生する。その僅かな時間で移動先を決定し、魔力を魔法へと変換しなければならないからだ。
ここで先程の話に戻る。人間の反応速度、動体視力には限界が存在する。そしてその限界値は獣人のそれに遠く及ばない。つまりあの時、あの一瞬で、ミラがアークの動きを確認してから瞬間転移魔法を発動するというのは不可能なのだ。本来なら発動する前にアークの攻撃がミラの意識を刈り取っていなければおかしい。獣人と人間の動きにはそれほどの差が存在する。
それこそ、動きを先読みでもしない限りそんな芸当はできるはずもない。
「動きを先読み……か」
「……? どうかなさいましたか、アーク様?」
アークの家庭教師を務めている男性獣人がアークの呟きに反応する。今は勉強中だというのに、つい考えていたことが口に出てしまった。
「いや……そうだ先生。相手の動きを先読みする魔法とかってあるのか?」
「相手の動きをですか? そうですね……未来のことを先読みするとなるとそれはもう予言めいた魔法になりますね。所謂未来予知というものです」
「未来予知……」
「ただ、未来予知の魔法というのは普通は何人もの魔法使いが集まり、何時間もかけて発動する大規模魔法のことです。なので戦闘などでほんの数秒後の未来を見る魔法ではありません。熟練の剣士などは相手の視線や力の入り方で次の動きを予測しながら戦うと聞いたこともありますが……恐らくアーク様が訊きたいのはそういうことではないのですよね?」
「ああ……多分それは違うと思う。それにそれじゃあ無詠唱魔法には反応できないだろ?」
「ええ。あくまでも剣士同士の戦いでの話です」
先生の話を聞きながらうーむと首を傾げるアーク。まだいまいち納得しきれていない。
「しかし、アーク様がこんなに勉強熱心になられるとは……私も教え甲斐があるというものです」
「今訊いてるのは結局戦闘についてだけどな」
「それでもです。以前までなら体を動かすことを最優先にされていましたから。大陸から帰ってきてからアーク様は変わりました。もちろん良い方向へです。何か心境の変化でも?」
「……まぁ、そんなところだな」
「良いことです。アーク様が王となる頃にはきっと大陸も占領して、獣人中心の世界へと変わっているのでしょうね」
「……そうだな」
「ああ、そうだ。先程のご質問ですが、戦闘で使うとなると読心魔法なんかも使えるのではないでしょうか?」
「読心魔法? 初めて聞くな」
「読心魔法とは読んで字のごとく、相手の心の声を聞く魔法です。相手の考え、企みが全て聞こえてしまうのですから、そこから相手の次の行動を先読みすることもできるのではないでしょうか?」
「……! そんな魔法があるのか!」
「ええ。大陸の東の国では読心魔法を扱う一族がいると聞いたことがあります。戦闘はもちろんですが、それ以上にその魔法の力を発揮できるのは商談などの話し合いの場でしょうね」
相手の考えが全て分かってしまうのなら、そういった話し合いでは無敵の魔法だろう。しかも魔法をかけられた側がそれを認識できないとなると、いつ自分の心の声が聞かれているのか分からないため非常に厄介である。
『……あなたがこの戦争を、終わらせてください』
「…………!」
そうなってくると、ミラがあの言葉を発した理由も分かってくる。
名乗ってもいないただの獣人の子供にあんなことを普通は言わないはずだ。
あの言葉が冗談などではなく、本気で言っていたのだとしたら……
(アイツはオレがこの国の王子だって分かっててあんなことを言ったんだ。いや、だからこそ……か。アイツは本気でオレにこの戦争を……)
相手の心の声を聞くことのできる読心魔法。
確かにこの魔法があれば、相手の動きを先読みすることだって可能だ。現にアークは攻撃をする前に頭の中で次の攻撃のシミュレーションを行っていた。あの掌底と無詠唱魔法の連続攻撃の時もちゃんと冷静に動いていた。
そう、読心魔法相手だと自分が冷静であればあるほど、相手に動きを読まれてしまうのだ。
(だから、最初の一撃は……)
最初に放った一撃だけは、ほんの一瞬微かにだけだが突き出した右手がミラの喉元に触れることができた。
あの時は彼女に挑発されて、言葉が浮かぶよりも先に身体が動いていたからだろう。
(間違いない。アイツは読心魔法を使っていたんだ。あの歳で読心魔法なんてチート級の魔法に瞬間転移魔法……くそ、本当に天才っているんだな……)
ちょっと大人から一本取れたくらいで喜んでいた自分が恥ずかしくなってくる。
きっとまた大陸に向かう時はある。そのときまでにはもっと成長して、もし彼女に会えたなら、今度こそ一泡吹かせてやると意気込んだアークは手元の勉強道具へ意識を集中させた。




