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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
第6章 選択
142/186

2.小さな者の大きな出会い


 当時、彼はまだ7歳だった。

 時期皇帝の地位に着く者として、生まれたときから英才教育を受けていた少年は初めて戦場というものを目の当たりにした。


 獣人の国の王家、その長男として生まれた彼は、いかに人間が獣人を虐げ、排除しようとしているのか。その歴史や実際その現場を見せることによって、それだけを教え込もうという親の方針だったのだろう。


 生まれてから獣人しか見たことのなかった少年にとって、初めて大陸に向かうときは怖くもあり、それでもってまだ見ぬ生命体を見ることが表には出さないが楽しみでもあった。


 そんな少年とって、戦場というものは少しばかり早かったのかもしれない。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 気が付いたら逃げ出していた。

 雄叫びも、悲鳴も、剣と剣、魔法と魔法がぶつかる音も、何も聞こえない、何も見えない場所へ――ただひたすらに走り続けた。


 人が死ぬ音を初めて聞いた。

 人が死ぬ瞬間を初めて見た。

 人が死ぬ時の匂いを初めて嗅いだ。


 ──人の死を、初めて五感で感じた。


 それはただの恐怖でしかなく、気が付いた時には知らない場所まで全速力で駆けていた。


 何かに躓き、勢い良く転げる。

 獣人らしいかなりのスピードで走っていた少年が勢いそのままに転げ飛び込んだ場所は、何とも幻想的で、それでいて先程まで見ていた地獄が近くにあるとは思えないほど綺麗で神秘的な花畑であった。


「………………」


 息切れしていたことすら忘れ、その美しい風景に見とれていると、突然背後から声が掛かった。


「……あなた、だーれ?」


「……っ!?」


 大陸に連れていってもらう条件として父と交わした約束を思い出す。

 現地の人間と一切関わらないこと。これが少年を大陸に連れていく際に決められた条件だった。


 王族として英才教育を受けていた少年は、自分の腕には多少の自信があった。

 彼の家系は代々魔法を得意としている家系で、生まれたときから魔法の才を持っていたため齢7歳にして基本的な魔法は一通り使うことができたし、魔法使いが不得意とされる近接戦も獣人の瞬発力を生かしてその辺の兵士並みの動きはすぐにできるようになった。


 最近では訓練で大人を負かすことも増えてきている。万が一戦場で巻き込まれるようなことがあっても、自分の身くらいは自分で守れるくらいにはなっただろうというお墨付きを頂いたため彼はここまで来ることができた。


 先程の声からして相手は女。それもかなり幼い声だった。もしかしたら自分と同じくらいの歳の可能性もあり得る。

 正直言って、今の彼が同年代のましてや人間の女に負ける要素など1ミリもない。それくらいの自信が彼にはあった。


 ──大陸に行ってもお前は絶対に人間には関わるな。


(大丈夫……オレが負けるはずがない。少し気絶させて、その間に逃げれば──)

「ねえねえ、お膝大丈夫? 擦りむいてない? 服も汚れちゃってるよ? ねえ大丈夫?」


「おわっ!!?」


 気が付いたら、少年と同じくらいの歳の少女が足元でしゃがみながら少年の服に着いた泥を払っていた。


(そんなバカな! いくら考え込んでいたとはいえ、獣人のオレが触られるまで気付かなかった!?)


「お、お前何者だ!?」


「わたし? わたしの名前はミラ。ちなみにここはわたしのお気に入りの場所なの」


「そ、そんなことは聞いてない! お前、今は戦争中なんだぞ! ここの近くでも人がたくさん死んでた。それなのにこんなところで1人でいたら危ないだろ!」


「…………あなた、獣人さんなの?」


「え、あ、ああ。そうだけど……」


「獣人さんはわたしたち人間を食べちゃう悪者だってお父さんから教えてもらったの。あなたも、わたしを食べちゃうの?」


「……は? それはお前たち人間の方だろ。そもそもこの戦争は人間が獣人を虐げてきた歴史が溜まりに溜まって爆発したものだ」


「……じゃあ、あなたは悪者じゃないの?」


「ああ。悪いのは人間だ」


「そう……ならよかった。はい、これできれいになったよ」


 話しながらもずっと少年の服の泥を落としていた少女が、満面の笑みを浮かべながら立ち上がる。


「……お前、オレが怖くないのか?」


「……? なんで? あなたは悪者じゃないんでしょ?」


「…………だが、お前を気絶させようとは思っていた」


 彼女のあまりの無警戒さについ先程立てていた作戦を口にしてしまう。

 獣人相手にここまで無警戒というのも少し、ほんの少しだけ心配になってしまった。

 所詮は人間の彼女がどうなろうと知ったことではないが、この先彼女が獣人に出会い、今のように無警戒で無抵抗のまま何も知らずに殺されるのを想像すると、何となく寝覚めが悪くなる気がした。


「初めて会った獣人がオレで良かったな。こんなところに1人でいて、もしうちの兵に会っていたらその場で殺されていたか、連れ去られて人質にされていたかもな」


 本当に兵士に会っていたらどうなるか、そんなことは少年には分からない。無抵抗の一般市民を見つけた時の対処法を兵士ではない少年は知らない。だが、この脅しが少しでも効いたのなら、少なくとも今後こんな戦場のすぐ近くに1人で来るような行動には出ないだろう。


「…………」


「……な、なんだよ」


 しかし、何故か真剣な表情でジッと見つめてきた彼女に逆に少年の方がたじろいでしまう。脅しが効いてないのか、それとも効きすぎて固まってしまったのか。


 すると、急にふっと表情を崩した少女が言った言葉に、少年は何かが切れる音を聞いた。



「うん。大丈夫そう。少なくともわたしがあなたに負けることはないと思うよ」



 その言葉を聞いた瞬間──声を出すよりも先に、言葉が頭に浮かぶよりも先に、身体が動いていた。


 右手を少女の首元に当て、その勢いのまま地面に少女を叩きつける──つもりで動いたはずだった。一瞬少女の喉元に触れた感触は確かにあった。

 だが、既にそこには少女の姿はなく、突き出された右手は虚しく空を切った。


「…………」


「ね?」


 まただ。また、彼女は一瞬で今度は少年の背後へ移動した。


(……どういうカラクリか、見定めてやる……!)


 五感を研ぎ澄まし、今彼ができる最大限の戦闘能力を活かす。

 足に力を込め、一気に間合いを詰めると本気で意識を刈り取るつもりで掌底をミラの顎に目掛けて放つ。

 しかし、これまた捉えたと思った矢先に突き出した手が空を切る。


 スンッ──と手が伸びきったと同時に鼻を鳴らす少年。躱されることは想定済み。ここからが人間と獣人の違いを活かした戦い方だ。


 踏み込んだ足を軸に回転し無理矢理後ろを向く。

 匂いで位置を確認済みの少年にとって目で確認してから照準を合わせる必要はない。振り向いたと同時に掌底のために突き出していた右手の先から火の球を生み出し、そのままノータイムで放つ。


「あでっ!」


 最初の踏み込みで思った以上に勢いがついてしまっていたために、魔法を放ったあとそのまま踏ん張れずに尻餅をついてしまう。


「おしい! 今の連続技をあと5回くらい繰り返せたらわたしの回避も間に合わなかったかも」


 尻餅をついた少年の顔を覗くように頭の上から何のフォローにもなっていない言葉を掛けるミラ。

 楽しそうな笑みを浮かべながら、少年に手を差し伸べる。


「……同年代に負けたのは初めてだ」


「仕方ないよ。わたし天才だし」


「自分で言うんじゃねーよ」


「でも、こんな天才が死んじゃったら、世界の損失だと思わない?」


「……思わねーよ。ていうか自分で言うな」


「わたしは思うなー。まだ6歳になったばかりなのに瞬間転移魔法を独学で扱えるようになった天才少女なんて、1000年に1人の逸材だよ」


「だから自分で言うんじゃ――」

「だからさ――」


 ミラは急に真剣な表情になると少年の手を掴み、そのまま彼の目を見つめて心の底から望んでいる思い限りを伝える。


「……あなたがこの戦争を、終わらせてください」


「……!」



 これが、海の向こうに存在する獣人のみが暮らす島国ビースト諸国連合国の幼き王子と、大陸最西端に存在するマヒユ教の総本山サランド皇国の外れに位置する小さな村の村娘の出会いだった。









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