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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
第5章 記憶
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28.第5章 最終話


 あれから、ひと月が経った。


 良くも悪くも有名な、マヒユ教の総本山サランド皇国が陥落したという情報はあっという間に大陸中に広まった。

 ビスト帝国を名乗るあの侵略者達は攻撃を始めた日や兵の中に獣人しかいなかったこと、そして初めにマヒユ教の始まりとも言えるサランド皇国を攻めたことなどから、およそ30年前にサランド皇国と戦争をして敗れたと言われていたビースト諸国連合で間違いないだろうと大陸に存在する国々の間でそう結論付けられた。


 ハルが以前考えていた獣人だけの国というものが本当に存在したという事実は当たっていたものの、ここまで過激なものだとは思っていなかった。


 もっとキャッキャウフフな獣耳パラダイスを想像していただけに、ショックが大きい。


 自分の部屋から廊下に出るとどこかの窓が開いているのかふわりと風の流れを感じた。

 廊下の突き当たり、階段を上ってすぐのところにある窓が開いているのを確認すると、ハルはそこから聞こえてくる楽しげな声に気付く。


 窓際に立って外を見てみると、ちょうど見える学校の校庭(といってもそこまで立派なものでもない)で生徒達が楽しそうに走り回っている姿を見ることができた。

 カイやアマネ、ウィーネも混ざりダンストンが日陰でその光景を孫を見るような優しい目で眺めている。


 今回の数日の旅の間もウィーネとダンストンには通常通りに授業をしてもらっていた。ヒーラもいなくなりユニーの世話もお願いしたかったので信頼している2人には屋敷の鍵を渡しておいた。帰ってきたハル達を最初に見たときは声も出ないほど驚いていたが、死人が出なくて本当に良かったとウィーネに関しては泣きながら安心してくれていた。

 確かに、あの場に居合わせておきながら死人が出なかったのは奇跡と言ってもいいかもしれない。実際、ハル達以外にあの場に居合わせたり逃げてきた者は漏れ無く殺されていたのだから。


 あと、今回最も重傷を負ったカイは1週間の入院のあとはすっかりと元気になっていた。

 やはり王都の医者は優秀な者が多く、冒険者の街であるアランカの倍以上の数の回復魔法の使い手が医者として職に就いている。


 カイの容態は右半身の大火傷に脳震盪、4ヶ所の打撲に、腹部の刺突傷による出血多量。致死量直前まで血を失っていたカイはあと1分でも治療が遅れていたら間に合わなかったと言われた。失った血を戻すにはとにかく食べることが大事と言われたカイは入院中食べては寝てを繰り返し、1週間で元通り元気になった。

 ただ、回復魔法とは時を巻き戻す魔法ではなく、細胞を活性化させ局部的に時を早送りする魔法だ。つまり傷を治すことはできても火傷痕まで消すことはできない。つまりカイのスベスベの白い柔肌には赤い火傷痕が残ってしまった。そのことにはカイ本人よりハルの方が酷くショックを受けていたことは言うまでもないだろう。

 傷の方は回復魔法によってとうに癒え、ご覧の通り子供達と走り回れるくらいにまで回復している。


「……ハル、出歩いて大丈夫なのか?」


 授業をしていたはずなのに校庭には見えなかったのでおかしいと思っていたが、ハルの様子を見に来たのかシュナが階段から2階へと上がってくる。


「出歩くって……一応ここは屋敷の中だけど」


「…………」


「……はいはい、分かってます分かってます。無理はしてませんよ。トイレに行こうと思ったら窓が開いてて、子供達が見えたからちょっと眺めてただけだって」


「そうか……頼むから無理はしないでくれよ」


「常に誰かが屋敷にいるんだから、抜け出そうと思ってもできないよ」


 踵を返し、肩越しに手を振りながら部屋に戻ろうとするハル。だが、そんなハルをシュナが止める。


「おいハル」


「……? なに?」


「……お前、トイレはいいのか?」


「…………」


「…………」


 一瞬の静寂。


「やはり、また抜け出そうとしていたな」


「だって1日中家の中にいるの退屈なんだもん!」


「何でお前はそうも我慢ができないんだ! シュガレットから安静にしろと言われただろう!」


「何で私より重傷だったカイはもうあんなに走り回ってるのに、私は屋敷から一歩も出ちゃ駄目なのさ!」


「お前とカイとでは容態の種類が違うだろ!」


「分かってるけど納得いかない!」




「頼むから言うことを聞いてくれ!!」




「……っ」


「頼むから……今だけは無理をしないでくれ……」


 またやってしまったと、ハルは気まずさに耐えきれずシュナから視線を逸らす。

 また彼女にこの表情をさせてしまった。もう今の自分は以前までの自分とは違う。そろそろそれを自覚しなければならない。理屈では分かっているのだが、いまいち実感が湧かないせいでいつも皆を心配させてしまう。


「……ずるいよ、その顔」


「お前の為を思って言っているんだ。わかってくれ……」


「うん……ごめん、わかってるよ。部屋、戻ってるね」


 2階の一番手前にある部屋。そこがハルの個室となっている。

 扉のドアノブに手を掛け、ハルが部屋に入るまで見届けるつもりであろうシュナに、1人でずっと考えていたことを訊ねる。


「ねえシュナ」


「なんだ?」


「何で人は、争いを起こすんだろう……?」


「…………」


「あの窓の向こうには、私が望んだ世界が広がってる。人間も獣人も関係ない……私はあの世界を守りたい」


「ああ……そうだな」


 先日、王都からアインツベルク王国の全ての街や村に知らせが入った。


 サランド皇国を陥落させ、その領土の占領に成功したビスト帝国が次は大陸全土に戦争を仕掛けることを告げたという。所謂、宣戦布告というものだ。

 どうやらビスト帝国はマヒユ教の心臓ともいえるサランド皇国を滅ぼすことが目的ではなく、むしろあれは前哨戦。本来の目的はマヒユ教徒を、延いてはマヒユ教という宗教そのものをこの世界から排除することを目的としているらしい。


 だが、ハルは恐らくそれだけでは終わらないと思っている。


 いわば彼らビスト帝国という国は、人間に虐げられ、苦汁を味わわされた者達で作り上げた国だ。

 この世界の最大宗教はマヒユ教であることは間違いないが、この世界の人間はマヒユ教徒でなくとも獣人を煙たがる者がほとんどだ。マヒユ教徒はその中でも更に頭1つ抜けた連中ということだ。


 つまり彼らビスト帝国の者達にとってはマヒユ教徒なんてものは端から関係ないのではないだろうか。彼らが見ているものはもっと先のもっと大きなところにあると思っている。


 確かに世界が今のようの状況になってしまった原因はマヒユ教にあるのかもしれない。だが、仮に今更マヒユ教徒が全員殺されようとも、世界はきっと変わらない。

 そんなこと彼らにだって分かっているはずだ。今更マヒユ教徒だけ(・・)を殺したところで何も変わらない。

 

 だが、ビスト帝国は大陸全土に宣戦布告をした。

 彼らの狙いは、彼らの目的はきっと――


「まさか……初めて殺した相手が獣人になるなんて思いもしなかったな……」


「ハル……」


「もしかしたら、いつかは殺るかもしれない。シュナ達が本当にピンチで、それ以外に助ける方法がないんなら、私はきっと引き金を引くだろう。確かにそんなことを考えたことはあったし、それなりの覚悟もしたつもりだった。でもそうなるのはきっと、マヒユ教徒や獣人コレクターみたいな連中が相手の時だって……ずっと思ってた」


「…………」


「誰が味方で、誰が敵で、誰が悪くて、誰が悪くないのか……ホント、もうわかんないや」


 現実はいつだって思い通りには動いてくれない。

 誰かが作った物語のように、初めから悪者と正義のヒーローが決まっていて、善が悪を倒す。

 そんな分かりやすい世界なら、一体どれほど楽だっただろう。


「ねえシュナ……人間と獣人が共存する世界なんて、できっこないのかな……?」


「……っ」


「私が思い描いた世界は、ただの綺麗事に過ぎなかったのかな?」


 結局、サランド皇国皇王シファがハルに言っていた通りになってしまっている。


 獣人が全て人間の敵に回れば、人間はきっと勝つことができない。だからそうなる前に獣人は排除しなければならない。彼は確かにそう言った。


 その時ハルは思った。もし獣人が全員敵に回るようなことがあるというのなら、それはきっと人間の方に原因があると。敵に回るようなことを人間が獣人にしてきたから、因果応報となり自分達に返ってきただけなのだと。だからこそ、人間はそんな事態にならないためにも獣人と共存する道を選ばなければならないのだと。

 彼の話を聞いて、より一層その思いは増したはずだった。


 だが、結果ハルは獣人を殺した。

 もう、何が正解なのか誰にも分からない。


「それでも、あそこでお前があの獣人兵達を殺していなければ、私とカイ、そしてアマネやルル、リリィもきっと殺されていた。お前は私達の命を救った。それだけは間違いない」


「…………」


 ハルはシュナの言葉に軽く苦笑いを浮かべて部屋へと戻っていった。





 国が、大陸が、時代が動こうとしている。

 




        ×  ×  ×





 姿見の前で正装に着替える。

 普段はラフな格好が好みなのだが、国のトップが国民の前に姿を見せるときにTシャツジーパンで出るわけにもいかない。

 

 厳かな服にきらびやかな宝石が散りばめられている。チカチカ光って、これならカラスも寄ってこないだろう。


 最後の仕上げとして、王冠を頭の上に乗せる。


 よしと意気込んでいるとコンコンと扉がノックされた。


『準備が整いました』


「ああ、アランか。こっちも準備万端だ」


 その声を聞いてから、小柄な体格で全身を黒装束で覆っている男が失礼しますと言いながら扉を開けた。


「…………王、何故耳と尻尾を消されているのでしょう?」


「ん? ああ、すまない。向こうじゃずっとこうだったからな、癖で消してしまっていた」


「向こう……?」


「気にするな、こっちの話だ」


 そう言うと王と呼ばれた男の身体が淡い光に包まれる。

 すると男の頭からは狼のような立派な獣耳と、尾骨の辺りに空いたズボンの穴から尻尾が出現する。


「以前から疑問でしたが、それは一体どうやってやっているのでしょう?」


「別に難しいことはしていない。光の屈折を操り、視覚的に捉えることができないようにしているだけだ。錯覚魔法の下位互換みたいなものだ。それより、もう皆集まっているのか?」


「はい。今は王が来るのを待つだけという状態です」


「よし……なら行くとしよう」


 王と呼ばれた男とアランが城の2階中央部分、テラスのようになっている場所に出ると、その目下には一万は越える獣人が集まっていた。






「さあ、世界革命を始めようか」









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