27.一難去ってまた一難
『――続いてのニュースです。サクバコーポレーションの咲場 晃代表取締役(50)が行方不明になってからおよそ1年が経った今でも捜査の方は難航している模様です。当時は自殺という話も上がっていましたが遺体等も未だに見つかっておらず、サクバコーポレーションは様々な軍事利用可能な兵器等も製作していたことから、他国もこの事件に絡んでいる可能性も視野に入れ捜査を続けているとのこと。また、咲場代表取締役の娘である咲場 春さん(17)も事件発覚の3ヶ月後に行方不明となっており、そちらの事件も未だ証拠となるものは見つかっていないとのこと。警察の話では―――…………』
× × ×
夢を見た。
これまで見ていた夢は母の記憶であり、母がハルに何かを伝えようとしていたのだと分かった。
つまり母の生まれはこの世界であり、今では廃村となっているサランド皇国の外れにあるあの村で育ち、そして日本へ転移し、春を生んだ。
そう、あの夢に出てきていた少女が。マヒユ教徒からは異端児とされていたあの少女が。村長の娘であり、得意の魔法で村を守っていた少女が。
――獣人と恋に落ちたあの少女が、春の母親であった。
初めて見た夢には、幼い少女と幼い獣人の少年が楽しそうに遊んでいる風景だった。
あれも母の記憶だというのなら、あの男の子が母が結婚すると言っていた相手なのだろう。
全てが――繋がった気がした。
× × ×
「これは……」
眠っているハルの懐に入っていたマヒユ教徒の証であるペンダントを見つけるシュガレット。
パッと見は他のマヒユ教徒が持つペンダントと何ら変わりないのだが、シュガレットには一目でその違いが分かった。
何せ、この魔道具の製造には、当時まだ10歳だったシュガレットも少しだけ手伝わせてもらったからだ。
「何でこのペンダントをハルちゃんが……?」
非常に気になるところだが、当の本人は未だ眠ったまま。彼女達が帰ってきてから既に1週間が経っているにも拘わらず、ハルは魔力切れで倒れてから一度も目を覚ましていない。
(まぁ、魔力切れを起こしたんだ、仕方ないといえば仕方ない。魔力切れを起こした人は普通3日から長い人は1週間くらい起きない人もいるらしいし。ただ……ロイドや王子様達が何故かソワソワしてたんだよね。珍しく……)
シュガレットはロイドの魔力がハルの中にあることを知らない。
つまり、いつもなら魔力切れを起こしても一晩寝れば普通に起きていたハルを知らないのだ。だが、事情を知っているロイドやライン王子、シュナ達は、今回も一晩で起きてくると思っていたのに1週間も目を覚まさないことに違和感を覚えていた。
「あーあ、早く目を覚ましてくれないかなー。シュナちゃん達は事情聴取ってことで王子様に取られちゃったし、今ハルちゃんが目を覚ましてくれたら私が独り占めできるのに」
「させると思うのかい?」
「うおっ! びっくりしたぁ! レディーの部屋にノックもなしに入ってくるのは如何なものかな王子様?」
いきなり背後から声を掛けられ飛び上がるようにややオーバー気味に反応を見せるシュガレット。その反応に注意が逸れたのか、シュガレットが一瞬で手に持っていたペンダントを白衣のポケットにしまったのをライン王子は見逃してしまった。
「んで? 事情聴取に参加させてもらえなかった私が聞いてもいい情報は何かあったわけ?」
「そんなことを根に持ってたのか。その代わり君とカナタにはハルちゃんの看病を頼んだろ?」
「はいはい。で?」
「うーん、昨日の報告とさほど変わらなかったよ。突然ビスト帝国を名乗る獣人兵が海の向こうから大きな船に乗ってやって来た。ちょうど彼女達がいた場所が最初の戦場になってしまったから、詳細を調べるどころじゃなかったってさ。分かっていることはその獣人兵が見たこともない兵器を使っていたということ。これは昨日の報告にもあった情報だ。あとは、カイ君がその攻撃の余波を受けてしまい大火傷を負ったこと。その拍子に君が作ったペンダントが壊れてしまい、敵だと思い込んだマヒユ教徒に槍で刺されてしまったこと」
「……あの怪我は確かに酷かったね。多分、あと1分遅かったら間に合わなかった」
「ああ。それと……」
「まだあるの?」
「…………」
言おうかどうか迷っているのか、急に黙り込むライン王子。
そんな王子の反応を不思議に思ったシュガレットは首を傾げる。
「まあ、後で本人にも確認を取る予定だけど……どうやらハルちゃんがその武装した獣人兵を20名程、殺害したらしい」
「…………へえ」
「あまり驚かないんだね……」
「うーん。初めて会ったときからこの子には少し違和感を覚えていたんだよね。何て言うのかな……こう……彼女の眼には何かが宿っているというか……信念? 情熱? 違うな……もっと違う何か……とにかく、今の話を聞いて、「嘘……」って感情よりも先に「この子ならありえるかも」って感情が来てしまった」
「そう。僕が知る彼女はとても人を殺せるような子じゃないと思ってたんだけどね」
ライン王子の言っていることも間違いではない。彼女はどれだけキレていようとも、どこか心の奥底で冷静な自分も持っている。常に大胆な行動を起こすわりには、良い意味で臆病な部分もある。
ルルとリリィがファネルに拐われた際も、見張り番を殺した方が後から援護が来なくなるというメリットをカイから提示されてもそれを採用はしなかった。その時はカイの手を汚したくはないとそれっぽい言い訳を言っていたが、純粋に人を殺すことに抵抗があっただけだった。
その話を聞いたとき、ライン王子は自分とハルはどこか似ている部分があると思った。
彼も非常に高位の魔法使いでありながら戦闘にはほとんど参加しない。それはこの国の王子だから危険な場所にはでないという理由ではなく、単に自分の魔法で人が死ぬのを見たくないという理由からだった。
だから、自分と似ている彼女が獣人兵を殺したとシュナから聞いて、声が出なくなるほど驚いた。一緒に話を聞いていたロイドがどう思ったのかは分からないが、少なくともライン王子は俄には信じられなかった。
「むしろ私が驚いたのは20人っていう人数の方だよ。その時彼女は既に左腕を負傷していて使えなかったはずだ。転移してきた時に持っていた剣には確かに血が付着していたからきっとあれで戦ったんだろうけど、見たこともない飛び道具を使ってくる兵士をたった1人で、それも右手の剣1本で倒しただなんて……君達から聞いていたハルちゃんの戦闘スタイルからは到底考えられない」
ま、あの左腕じゃあクロスボウ? は使えないだろうけど。と付け足して、シュガレットはすやすやと眠っているハルの髪をそっと撫でた。
「…………ん」
「おっと……起こしちゃったかな」
「…………シュガレット……さん?」
「おはよ。よく眠れたかな?」
「……ここは?」
「王城の客室だよ。君達はサランド皇国から転移魔法でいきなり帰ってきて、君は魔力切れで倒れちゃったからここに寝かせていたってわけ」
「…………っ」
無理に身体を起こそうとするハルの肩を掴み、シュガレットは優しく寝かせる。
「待った。まだ無理は良くない。多分、君の魔力はまだ完全に戻ってない。左腕は一応、回復魔法を使う腕の良い医者に治してもらったけど、もう一度同じ箇所に同じレベルの怪我をしたら、回復魔法でも治せないって言われた。とにかく、今はまだしばらく横になってなさい」
シュガレットの言葉を素直に聞き、ゆっくりと横になるハル。そんなハルの様子をシュガレットの後ろから確認していたライン王子はやはりおかしいと首を傾げていた。
(魔力が戻ってない? ロイドの魔力が1週間経っても? ありえない……彼女がこの1週間目を覚まさなかったのには別の理由がある)
そんなことを真剣な表情で考えていると、ハルとシュガレットが2人してそんな王子の顔を覗き込んでいた。
「な、なに?」
「いや、ハルちゃんの質問に答えてあげなよ。そんな顔されると知ってる私まで不安になるじゃん」
「え、ごめん。聞いてなかった」
「……カイの容態は?」
まだいつもの元気がないハルが心底に心配そうに王子の顔を見上げる。
カイが重傷を負ったということはちゃんと覚えているらしい。
「大丈夫、手術は成功したよ。あと1分連れてくるのが遅かったら恐らく出血が多すぎて間に合わなかっただろうけど、間一髪だった。もう峠も越えて、あと数日もすれば目を覚ますだろうって」
「…………よかった」
本当にホッとしたのか、その事実を噛み締めるように目を瞑るとそのまま寝息を立てて眠ってしまった。
「ありゃりゃ、また寝ちゃった。またここから1週間寝たきりだったらどうする?」
「それはないでしょ。一度目を覚ましたのなら大丈夫だよ。あ、でも左目の眼帯は外しておいた方がいい」
「は? でもこれヒーラちゃんが作った魔眼を抑える魔道具でしょ? 目を覚ましたときに魔力垂れ流し状態は不味いんじゃないの?」
「いや、逆だよ。君には言ってなかったけど、むしろハルちゃんはそうやってたまに魔力を放出しないと危ないんだ。ここで魔力暴発でも起こされたら敵わないしね」
「魔力暴発? 何で今魔力暴発なんて出てくるの? 魔力暴発ってのは魔力量に耐えきれない魔道具なんかがぶっ壊れる現象のことだよ?」
「そうだよ。彼女の体内にあるロイドの魔力量に耐えきれない彼女の身体が、魔力暴発によってぶっ壊れる危険性を危惧しているんだ。シュナちゃんに聞いたところ、彼女の左腕の負傷は旅の途中で急に起こった魔力暴発によるものだったらしい」
「……は? 待て待て! ハルちゃんの体内にロイドの魔力? ちゃんと説明しろよ!」
「わかったわかった! わかったから落ち着いて!」
いきなりシュガレットに詰め寄られたライン王子は、ここまで過剰に反応するとは思わなかったと一から説明をした。
そしてその説明を聞き終えたシュガレットの顔からは、サァっと血の気が引いていく。
「まぁ、君の言いたいことも分かる。彼女の左目の魔眼はその時に発動した副産物で、常に発動状態だから普段はその眼帯で抑えてるけど逆に多すぎるロイドの魔力を上手い具合に放出するのにはもってこいでもあるんだよ」
一応ハルの命を繋ぎ止めるためにやったことだとロイドへのフォローもあったが、途中からシュガレット意識は白衣のポケットの中にある魔道具のことでいっぱいだった。
「だから眼帯は外しておいた方が――って、聞いてる?」
「…………王子様、さっき言ったこと、本当になるかもしれない」
「え?」
旅の途中、一度魔力暴発を起こしたとライン王子は確かにそう言った。
魔力過多を避けなければならないことはハルも承知していたことから、魔力の放出を怠っていたとは考えづらい。つまり、その魔力暴発はハルの怠慢が理由ではないということになる。
(本来ならありえない使い方だ……でも、そうか……そういうことになるのか。だから王子様達はハルちゃんがなかなか目覚めないことを不思議に思っていたんだ。ロイドの魔力の回復速度なら一晩で十分ハルちゃんのキャパシティくらい埋められるはずだから。ただ、そうなると今のハルちゃんは……)
「ちょっと、今のどういう……」
気になることを言って黙り込んでしまったシュガレットにライン王子が訊ねると、シュガレットが顔を上げて真剣な表情でライン王子を見つめる。
「交代で見張りを立てた方がいい。もし危なそうなら殴ってでも起こさないと、本当に魔力暴発が起こるかもしれない」
「は? いや、さっき一度目が覚めたわけだし、もう自分で起きられるでしょ。眼帯も外したし、その時に魔力も勝手に放出されて――」
「このまま放っておくと、次に目を覚ますのは1週間じゃ済まないかもしれない」
シュガレットの瞳は冗談を言っている人間のものにしては、些か真剣すぎた。




