12.交渉失敗、そしてユニコーン
「知識を買う? どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。さっき言ったボウガン、正しくはクロスボウって言うんですが、それがどんな武器か教えますからその代償を頂こうかと」
当然クロスボウなんて使ったことないし、実際に見たこともない。
ただ、仕組みはわかる。ちゃんと説明できる自信もある。
あとはこの人が乗ってくれるかだ。
「つまり、お前さんはクロスボウとやらの造形を教える代わりに、そのクロスボウが売れた際その売上の一部を寄越せと」
「いいや、売上なんていりませんよ」
「……なに?」
「私が求めるのは、今後私と私の仲間の武器及び防具、その他諸々の小道具を全て無償で作り売ってもらおうかなと」
私の言葉に私以外の3人が呆然としていた。
そして初めに動いたのは、というか吹き出したのはガランタさんだった。
「……ブハッ! おいおい姉ちゃん、流石にそれは無理な注文だぜ。今後仲間を何人増やす気かは知らねぇが、そいつらの分まで全部タダなんてよ」
確かに、無茶苦茶なことを言っている自覚はある。
とはいえ、クロスボウという武器を知った後に同じことが言えるとも思えないけどね。
「ま、説明を聞いてからでも遅くないんじゃないですか?」
「ふむ。やっぱ無理だな」
あっれぇ……
私は自分で描いた絵も用いながらクロスボウの構造、仕組み、どういった武器なのかを説明した。
したのだが、ガランタさんの反応はあまり良いものではなかった。
「確かに理論上は可能だしかなり便利だとも思う。正直このアイディアは発想もしなかったし、ただの弓矢よりも数段上の武器だということも認めよう」
「なら……」
「だが、あくまでも弓矢の域は越えない武器だ」
「…………?」
何を当たり前なことを言っているのだろう。
そりゃあクロスボウってのは便利な弓矢なんだから弓矢の域を越えるはずがない。
私の疑問にはロンドンさんが答えてくれた。
「冒険者の数が減ってるっていうのは話したよな? そもそも、弓矢使いってのがほとんどいないんだよ」
衝撃の事実。
それに続いてガランタさんも口を開く。
「今の冒険者はもっぱら剣士か魔法使いだ。冒険者だけじゃねぇ、国の騎士団だってそうだ」
つまり、クロスボウがどうのとかいう前にそもそも弓矢系の武器の需要がない……?
「確かに便利な武器だが、他の武器屋に持っていっても反応は同じだろうな。今のご時世、弓矢自体置いてない武器屋も珍しくないからな」
剣士はまだしも、魔法使い? そんなのいるのか……そりゃあ中、長距離の攻撃ができるであろう魔法があるなら弓矢なんていらないわさ。
チートや! そんなもんチートやんけ!
「魔法の才能があるヤツは魔法使いに、魔法の才能がなくても近距離の戦闘が得意なヤツは剣士に、どっちも苦手ってヤツはそもそも冒険者にはならない」
危険な仕事だしなと付け加えてロンドンさんが説明を終えた。
店内が一瞬静まり返る。
「ま、せっかくロンドンが連れてきた客だ。剣も持てねぇ弓も引けねぇアンタには確かにピッタリな武器かもしれねぇ。仕方ない、作ってやるよアンタ専用のクロスボウ」
「…………!」
「夕方くらいにはできてると思うから、そのときまた取りに来な」
「わかりました、お願いします」
ガランタさんははいよと返事をして奥へと下がっていった。
「時間ができたな……今のうちに馬車でも見に行くか」
ロンドンさんの提案に賛成し、私達は武器屋を後にした。
自信満々だった交渉は失敗に終わった。
やはり交渉上手だったパパは凄かったんだと思い知らされた。
× × ×
武器屋を出た私達は次に馬車小屋に訪れていた。
「へいらっしゃい。今日はどんな馬車を借りに来たんだい?」
「いいえ、買いに来ました」
「へ?」
「ここにいる馬で一番良い馬をください」
「ちょいちょい! 一番良い馬をくれって言われても、いくらすると思って……」
ダンッとカウンターに札束を無造作に置く。
「まだ足りない?」
「い、いいえ……多すぎます」
カウンターに置かれた札束を見て目を見開くおじさん。
馬車の貸し出しだけではなく売買もしている以上、お金をちゃんと払う客に売れないとは言えないだろう。
「おい、さっきの交渉がダメダメだったからってそのオッサンに当たるなよ」
「は? 当たってないし。ていうか別にダメダメじゃないし。元々ダメ元だったから全然構わないし」
私がカイの言葉に言い返しているとお金を数え終え、余った分は私に返したおじさんが私達に付いてくるよう言って、外の馬小屋に移動した。
「今のところうちで一番良いのはこいつだな」
「」
そこにいたのは普通の馬、ではなかった。
真っ白な身体に青く光る瞳。その瞳は真っ直ぐに私を見つめている。
特別身体が大きいという訳ではない。しかし身体の大きさは関係ないと思わせる力強さを感じた。
「コイツは、ユニコーンか……?」
ロンドンさんが馬小屋のおじさんに訊く。
そう、私達の目の前にいるのは頭から真っ直ぐ伸びた角が特徴的な美しすぎる架空の生物、ユニコーンだった。
「ああ、うちの自慢だ。ただ貸し出し代を他の馬の10倍以上にしているせいで一度も借りた奴はいないけどな」
ユニコーンはピクリとも動かず、ただそこに佇んでいる。
まるで絵でも見ているかのような美しさである。
「いや、コイツはそれくらいする価値があると思うぞ」
「お、わかってるね旦那。コイツは……」
「一度も借りた人がいないって、ちゃんと馬車を引けるんですか?」
おじさんとロンドンさんの会話に割って入る。
「おいおい、一度も借りた奴がいないってだけでちゃんと貸し出しはしてたんだから当たり前だろ。馬車も引けない馬を出すわけないだろ。だが……」
それなら文句はない。
それにしても、ユニコーンなんて地球だったら架空の生き物もいるのか。
まぁ獣人がいるんだ、今更驚きはしないがやはり少しは感動を覚えてしまう。
「じゃあこの子に決めます」
まだ何か言おうとしていたおじさんを遮って私はユニコーンに近付く。
ふわりと柔らかく真っ白な鬣を撫でる。
するとユニコーンは気持ち良さそうな鳴き声を上げて頭をこちらへ預けてきた。
「……驚いた。ユニコーンは警戒心が強くて馴らすのに時間がかかると言おうと思ったんだか……俺もソイツを慣らすのに3年以上かかったんだぞ」
昔から何故か動物に好かれやすい私の体質は異世界でも健在のようだ。
「それじゃあ荷台を持ってくる。借りるんじゃなく買うんならソイツに名前でも付けてやってくれ」
おじさんが一度中へと足を進めた。
名前か……名前……なまえ……
「この子オス? メス?」
「オスだ」
中に入る前におじさんが教えてくれた。
「にしても格好良いなユニコーン。なぁオレにも触らせてくれよ」
カイがずっと撫でていた私に言う。
どうぞと場所を譲り、カイがユニコーンに触れようとした瞬間――
「バルルルルル!!!」
「うおっ!」
いきなりユニコーンが威嚇を始めた。
驚いたカイは驚異の瞬発力で私の後ろへ隠れる。
「え、何? どうしたの?」
「し、知らねぇよ! ソイツがいきなり! いきなり!」
カイは涙目でユニコーンを指差す。
いきなりどうしたというのだろう。
私はもう一度ユニコーンに近付く。
「おい気を付けろよ。噛み付くぞソイツ!」
「いや、別にカイも噛み付かれてはないでしょ。よしよし、どうした急に」
私が近付いた途端ユニコーンは再び静かになり私にすり寄って来る。
「何でだよ!」
カイがツッコミを入れる。
しかし、今の様子だとさっきのおじさんが言ってた馴れるのに時間がかかるっていうのも本当のことなのかな?
だとしたら私の動物に好かれる体質凄すぎるでしょ。
「そういや、ユニコーンって処女の娘の香りを嗅ぎ付けて獰猛さを忘れるって話があるよな」
「しょっ……!?」
ちょっと待って、じゃあ別に私の体質は関係ないの? いやこれもある意味体質と言って良いのか? いやダメだろ! ただのセクハラだよそれ!
……もしかしてコイツただの失礼な奴なのでは?
あ、何かさっきまで優雅で綺麗に見えてたユニコーンが変態のおっさんに見えてきたんだけど……ちょっとこれ考え直した方がいいんじゃ……
「おーい! 荷台持ってきたぞ!」
か、考え直した方いいんじゃないの!?
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