幕間③
カイとアマネの奮闘により、8体のスケルトンソードを撃破したハル達は洞窟のさらに奥に進んでいく。
ヒーラの言っていた通りこの洞窟内では魔石のおかげで常に過ごしやすい温度が保たれているため、冬眠しているモンスターがほとんどいない。
モンスターというのは縄張り意識がかなり強いので、本来外にいるモンスターが寒さを凌ぐために洞窟に入ったとしても、元々洞窟に住むモンスターの縄張りを荒らさないために洞窟の奥まで潜ることは滅多にない。
つまり洞窟の奥に行けば行くほど、この洞窟にしか生息しないモンスターばかりと遭遇することになる。
ちなみに言えば、洞窟やダンジョンなどの基本として奥に行けば行くほど出てくるモンスターのレベルも上がってくる。その法則はこの洞窟も例外ではない。
「……ん? 何か広い空間に出たぞ」
空間把握と夜目に長けているカイがそんな言葉と共に足を止めた。ヒーラがランプを前に翳して確認すると、確かにそこにはこれまでの通路とは違い、かなり開けた空間が広がっていた。
「温度も結構上がってきてるし、かなり近くまで来てると思うよ」
確かに最初に比べると熱を発する魔石により、かなり気温も上昇している。それぞれ厚着が恨めしく思うくらいには汗もかいている。
「何かでかい岩がそこら中にあるな」
岩というよりも、地面が高く隆起している場所かそこかしこにあるといった感じだ。
ズンズンと進んでいくカイ達に続きながらも、ハルはこの光景に見覚えを感じていた。
(前にもここまで来たことがあるような…………あ)
思い出した時にはもう遅い。
ハルは急いでクロスボウを構えて辺りを警戒する。その様子にカイ達が首を傾げるが、この感じではカイ達は気付いていないようだ。だが……いるはずだ。
「どうしたのハル?」
ハルの横にいたルルが首を傾げて見上げてくる。前を歩くカイ達も不思議そうに見てくるが、ハルはそれに答えず左目の眼帯を外す。
以前、ここには来たことがある。
1人で魔石を採集しに来た時だ。
そしてその時、ハルは1体のモンスターと戦った。額から1本の角が生えた巨大な虎だ。一角虎という名のモンスターとまさにこの場所で戦闘したことをたった今思い出した。
そして、このモンスターの特徴は岩と岩を跳び移るように移動し、敵を追い詰めるような狩りの仕方をすることにある。非常に知性レベルの高いモンスターだ。
そう、岩と岩を跳び移るように。
バッと視線を上に向ける。2階建ての一軒家ほどの高さを持つ隆起した地盤。そこの上には暗い洞窟の中でキラリと光る複数の目がこちらを見つめていた。
「…………っ!」
それは、1つや2つではない。
四方八方から、ハル達を囲むように至るところに、それらはいた。
「まずい……囲まれてる」
ハルの言葉に、各々ハルが見ている先に視線を向ける。
「そんな……だって何の音も……」
リリィが視界に映る信じられない光景に、顔面蒼白になりながら呟く。
それくらい、目の前の光景は常軌を逸していた。
一角虎とはアフリカ象並みの体躯を持つ虎型の肉食モンスター。そんな巨体で岩と岩を器用に跳び回る頭の優れたモンスターだ。そして現在目の前にいる一角虎の数、およそ30。
以前ここで一角虎と対峙したときは1体しかいなかったはずなのに、半年も経たないうちにこれほどまでに増えるものなのか。
しかも、これほどの数に囲まれていたというのに、聴覚に優れたルルやリリィが全く気がつかない程器用に気配を消していたということになる。これが、ハル達をこの部屋の中までおびき寄せるためだったとしたら、頭が優れているというのも本当なのだろう。
「一角虎……そういえば、一角虎の繁殖期は冬の始まりだと聞いたことがあります……」
アマネの情報が確かなら、今はまさに繁殖の真っ盛りということになる。そんな気性が荒くなりそうな時期に縄張りに何者かが侵入してきたとなれば、雄雌問わず侵入者を捕らえに来るだろう。もし既に子供がいるのだとしたら、子供に近付けまいとさらに警戒も強くなるはずだ。
「にしても……この数はヤバイでしょ……」
ますます、シュナの索敵能力と戦闘能力が恋しくなってきた。
シュナの嗅覚ならばどれだけ敵が気配を消そうとも、匂いですぐに気が付いたはずだ。無茶せず学校が終わるのを待ってシュナを連れてくるべきだった。後悔したところで何の意味もないことは分かっている。だが、後悔せずにはいられなかった。
「おい……どうすんだこれ。流石にこの数からは逃げられないぞ」
カイもダガーを構えてはいるが、この数相手にやり合おうとはとは思っていないようだ。だが、カイの言う通り、この数から逃げられるとは考えづらい。今は向こうもこちらの様子を窺っているようだが、こちらが背を向ければすぐにでも飛びかかってくるに違いない。
「…………残念だけど今日は諦めよう。私が天井に向かって最大出力で閃光魔法を撃つ。私が合図したら皆は床に伏せて絶対に目を開けないようにして。その閃光がおさまり次第、一角虎が目をやられているうちに走ってこの部屋を出よう」
魔力制御ができない今のハルでも、手加減ができないというだけで、魔石に貯まっている魔力を魔法に変換して全出しすることはできる。魔石に貯まっていた魔力が空になるだけで、ハルが魔力切れを起こすわけでもないのでその後走って逃げることも可能だ。ただし魔石の魔力は空なので、当然その後は魔法が撃てなくなる。
ただ、この現状を打破するにはこの方法しかないだろう。
当然皆もこの作戦に納得してくれるだろうと思っていたのだが。
「却下よ」
それは意外な人物から、異議を唱えられた。
「は? いや、でも、今の状況を切り抜けるにはこれくらいしか……」
隣で腕を組みながらハルの策を否定したルルは、ジッとハルの目を見つめる。
「貴女のその力は一度しか使えないんだから、陽動なんかに使うべきじゃない。それは本当にいざというときの攻撃手段として取っておくべきだわ」
「今がそのいざという時じゃないの?」
「じゃあ、貴女のその閃光魔法で、この数の一角虎を100%無力化できると断言できる? 1匹残らず確実に間違いなく無力化できると」
そんな風に訊かれると絶対にできますとは答えづらい。もしかしたら何かの影や死角によって閃光から逃れる一角虎がいないとも限らない。それに一角虎は非常に頭の優れたモンスターだ。
「だから、ここはアタシに任せてちょうだい」
「……は?」
これだけはっきりと却下したのだから当然他の案があるのだとは思っていたのだが、完全に任せてくれというのは予想外の言葉だった。
「アタシとリリィなら100%無力化できると断言するわ」
「……そうか、その手があったか」
ようやく気が付いた。どうして忘れていたのだろう、彼女たちの力を。
「最近アタシ達の出番が少なすぎると思っていたのよ。最後に魔法を使ったのは一体何話前だったかしら」
「ちょっとルルさん? 何言ってるのかな?」
よく分からないことを言い出したルルはリリィの横まで移動すると、左手でリリィの右手を握り、さらに右手を前に突き出すようにして翳した。
「以前ロイドに言われて確かにって思ったのよ。どれだけ大きい規模の幻覚魔法だろうと、たった1人を対象にして掛ける幻覚魔法だろうと、1日に2回までしか発動できないのはおかしいって」
確かに以前ルルとリリィはロイドから指摘され、その時はハルも確かにと思った記憶がある。
「ハルの魔道具で何度か訓練して魔力の制御はリリィもアタシも何となく掴みかけてはいたんだけど、どうしてもそれを幻覚魔法に活かすことができなかった」
初めての王都旅行から帰ってきた後も、何度か魔道具を借りに来たのはそのためだったのか。
「そこでヒーラに相談しに行って、アタシ達にとって最も効果的な魔道具を作ってもらったわ」
翳したルルの右手の中指とリリィの左手の中指にはそれぞれキラリと輝く指輪がはまっていた。
指輪の存在には気付いていたが、双子でお揃いのものを付けていたのでてっきり街で買ったものだとばかり思っていたが、まさかヒーラが作った魔道具だったとは。
ハルがヒーラにいつの間にという意を込めて視線を送ると、ヒーラは苦笑いしながら。
「ルルちゃんに研究を手伝うからどうしてもって言われてね。元々あの研究所をハルちゃんから貰った時点でそういう約束だったから研究の手伝いは必要ないって言ったんだけど、それじゃアタシの気が収まらないからって毎日手伝いに来てくれてたよ」
どうりで、最近ルルがヒーラのところに入り浸っていると思っていたが、そういうことだったのか納得する。
「今のアタシ達は1日に2発しか幻覚魔法が使えなかった頃のアタシ達とは違うわよ。それに、アタシ達の魔法は無力化100%の不可避魔法なんだから!」
ルルとリリィの指輪が同時に光り、次の瞬間、隆起した地盤の上でハル達を見下ろしていた約30体の一角虎が、一斉に全身を震わせながらその場に崩れ落ちた。




