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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
幕間
107/186

幕間①


「……寒い」


 布団にくるまり、気温に対して愚痴を溢すハル。

 とはいえ、この寒さは異常だ。噂によればこれからもっと寒くなるらしい。


(おかしい……今で既に日本の真冬並みの寒さだというのに、ここから更に寒くなるのか……?)


 元々冬があまり得意ではないハルが、これから訪れるという日本以上の寒さに耐えられるとは思えない。そもそも日本でも一番寒い時期には海外の別荘に行っていたため、死ぬほど寒い思いをしたこともない。

 

 獣人差別の世界を変える前に、まずは身の回りの環境から変えていかなければならないと強く思った。具体的には布団以外の防寒方法を考えなければ。


「いや待て、落ち着け春。今自分に必要なものは本当に防寒か? 否、日本にはあってこの世界にはないもの、それは――」


 バッと布団を放り投げ、ベッドの上に立ち上がる。


「この寒さを耐え凌ぐために必要なもの、それはこたつだ!!」


 ばばーん! と効果音が頭の中で鳴り響く。

 そう、日本にあってこの世界にないものはたくさんある。だが、その中でも現在最も必要な物といえばこたつ以外にはありえない。


「そうと決まればすぐにヒーラさんのところへ……」


 ヒュオー……という風が窓ガラスを鳴らす。

 ちゃんとした作りをしているので隙間風などは入ってこないはずなのだが、それでも毛布一枚取り払っただけでこの温度差。きっと今外に出たら、自分は凍死してしまうに違いないと思い込み、ハルは再び布団にくるまった。





        ×  ×  ×





 時刻はそろそろ正午になろうという時間。二度寝三度寝を繰り返していくうちに、朝よりかは少しばかり気温も上がってきたような気がする。そこでようやくハルは自室から出てリビングへと向かう。


「……おはよー」


 毛布を肩から纏いながらのそのそとリビングに入っていくハル。

 そのまま向かう先はリビングの壁際に設置されている立派な暖炉だ。

 実家はマンションだったためなかったが、別荘の方には存在していた暖炉。しかし、別荘に行くのはいつも暖かい時期だったため暖炉が働いている姿はこの世界に来てから初めて見た。


 暖炉の前は似たように毛布にくるまったカイによって既に占領されていたが、そんなカイをよっこらせっと横にズラして暖炉の目の前を堂々と奪い取る。


「……よし、戦争だ」


「……望むところだよ。暖炉と私は相思相愛。私達の愛を邪魔することは何人(なんぴと)たりとも許されない」


 毛布を被った妖怪2体が、暖炉の前で互いに戦闘ポーズをとる。

 そしてキッチンから聞こえてきたヤカンのお湯が沸く音を皮切りに、互いが互いの懐に飛び込む。

 身長差とリーチの差を活かして最適な距離を取るハルと、自慢の俊敏さと身体能力の高さでハルを手玉に取ろうとするカイ。一度捕まってしまえば、恐らくカイはハルから逃れることはできない。常に相手の動きに細心の注意を払いながら隙を見てハルの懐に入り込もうとするカイに、へっぴり腰で腕を伸ばしきることで対応するハル。


「ここだ……!」


 カイがハルの集中が切れた一瞬を狙い一気に詰め寄ると、伸ばされた手をスルリと躱し、ハルの腹にタックルを決めてそのまま押し倒す。

 タックルの衝撃に耐えきれなかったハルはそのまま背中から床に激突し、カイに馬乗りにされながらバタバタと抵抗する。


「くっ……! どけー! 私はまだ負けてないぞ!」


「無駄な抵抗はよせ。勝負はもう着いた」


 カイの両手がワキワキと動きながら、ゆっくりとハルに近付いていく。


「や、やめ……っ」





 お昼ご飯の用意をしていたルルとリリィが何かが倒れる大きな音を聞いて急いでリビングにやってきた時には、既にくすぐり終えて満足そうなドヤ顔を見せるカイと、余程抵抗したのか服や髪を乱れさせて消沈しているハルという図が出来上がっていた。


「…………」


「…………」


 そんな2人の姿に苦笑いを浮かべる妹と、青筋を浮かべる姉という対称的な反応を見せる双子。

 ルルは手に持ったお玉を勝ち誇った表情のカイに向けてぶん投げて気を失わせた後、2人を引きずりながら屋敷の外へ放り捨てた。


「ごはん前に埃が舞う。暴れたいなら外でやりなさい」


 そう言い残し、バタン、ガチャと扉と鍵が閉まる音にハルとカイは縋るように扉に顔を近づけた。


「待って待って! ごめんなさい! 死ぬ! 私部屋着に裸足! こんな格好で外出たら死んじゃうから!」


「せめて毛布を! 毛布をよこせプリーズ!!」


 しーん……と扉の向こうから返ってくるのは物悲しい無音のみ。

 既に扉の向こうには誰もいないようだ。

 このままでは凍え死んでしまうと判断した2人は、裸足でヒーラの研究所へ上がり込んだ。





        ×  ×  ×





「ははは。それで、そんな格好のまま外に締め出されたんだ」


 ヒーラに温かいコーヒーを淹れてもらい、両手を温めながらゆっくりと飲み進める。


「日に日にルルがオカンのようになっていくんですけど……まあ私自分のオカンを知らないから何とも言えないんだけど」


「まったくだ。少しはリリィを見習えってんだあのクソオカン。まぁオレも自分のオカンは知らないんだけど」


「2人ともサラッとヘビーな情報をありがとう」


 この街の住宅街(この屋敷からは真逆の位置)に両親が住んでいるヒーラからしたら、母親がいないエピソードをサラッとされても反応に困ってしまう。


「でも、それだけしっかりしてるってことでいいじゃない。まだ12歳なのに立派だよ」


「確かに。私が12歳の時はもっとクソガキだった気がする」


「そ、それはちょっと言いすぎじゃないかな……? 昔のハルちゃんが可哀そうだよ」


「だとしても、猫科のオレを裸足で外に放り出すとか……アイツの心には鬼が宿ってんのか?」


「そうそう。人間科の私を裸足で放り出すとかどうかしてるよ」


「ハルちゃんはさっきから肯定しかしないのかな?」


 ルルの文句を言いたいのか、ルルがしっかりしているということを言いたいのか。ハッキリしないハルに苦笑いを浮かべるヒーラ。そんな困った表情のヒーラにはそこまで気を留めず、ハルは研究所内を見回す。


「私達が来た時も何か作ってるって様子はなかったですけど、今は何も作ってないんですか?」


「……! う、うん。まあね……今はちょっと作りたい物があんまり定まってなくて」


 不意にされた質問に詰まりながらも平静を装って答えるヒーラ。

 その不自然さに気付きながらもそれを無視し、ハルはヒーラに詰め寄る。


「じゃあじゃあ、1個ヒーラさんに作ってもらいたいものがあるんですが!」


「…………?」


 いきなり鼻息を荒くしたハルに首を傾げて続きを促すヒーラ。

 ハルは近くにあったスケッチブックを手に取り、今朝思い至ったこたつの絵をスラスラと描いていく。


「これ! ヒーラさんの力でこれ作れますか!? これさえあれば毎朝カイと暖炉の前を奪い合う必要もないし、そうなれば裸足で外に放り出せれることもなくなるんです!」


「なんだと!?」


 ハルの言葉にカイが反応する。流石に今回のように裸足で外に追い出されるのは勘弁こうむりたいようだ。


「こたつ……? 初めて聞く言葉だけど……これは机じゃないの?」


「机型の暖房器具です! この机の下に熱を発する機械を取り付け、さらにその熱を外に逃がさないようにテーブルとテーブルの脚の間に毛布を挟むという私の故郷にあった画期的な家具です! ここに足を入れてしまったが最後、人々は二度と抜け出すことができなくなる呪いの家具とも言われています」


「それ本当に大丈夫なの!?」


 ハルの大袈裟な説明を真に受けて若干引き気味になるヒーラ。

 しかし、ハルがここまで言うのであれば相当な代物なのだろう。


「もしできたら、この知識の所有権をヒーラさんに譲りますから! もしこれをこの街の人が知ったら絶対に全員欲しがります! 超儲かりますよ!」


「……しょうがないな。ハルちゃんに頼まれちゃ断れないよ。決して、その儲け話に釣られたわけじゃないから」


 視線を逸らしながらこたつ製作に協力してくれると言ってくれたヒーラ。本人曰く、決して儲け話に釣られたわけではなく、100%善意で引き受けてくれたらしい。


「じゃあ、まずは熱源を確保しなきゃね」


「…………ん?」


「いやだから、その熱を発する素を探さないと。熱すぎちゃ火傷したり毛布に火が着いたりしちゃうでしょ。でも1つだけ、ちょうど良さそうな魔石が頭に浮かんでいるんだ。まずはそれを採りに行くところからだね」


「……ちなみにその魔石があるのって……」


「ん? いつものあの洞窟だよ?」


 ヒーラの言ういつもの洞窟とは、まず間違いなく街の外に連なる山々の1つで、最も標高が高い山の途中にある魔石や鉱石が大量に存在しているあの洞窟のことだろう。

 そう、最も標高が高い(・・・・・・・)あの山の洞窟だ。


「じゃ、じゃあ……すぐにギルドに行ってクエストの依頼を……」


 そう言いながら立ち上がろうとするハルの腕をガシりと掴むヒーラ。


「そうやってすぐにお金で解決しようとするのはハルちゃんの悪い癖だよ? さ、そのこたつに早く入りたいなら、自分で材料を採ってこなきゃね」


 超絶美形の屈託のない笑みを向けられながらこんなこと言われたら……、



「…………………………はい」



 こう答えるしかないではないか……。






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