26.第4章 最終話
第4章最終話です。
そこは、見知らぬ花畑。
1人の獣人の少年と、1人の人間の少女が楽しそうに笑いながら駆け回っている。
私はそんな2人をただ眺めている。
すると、眺めていた私に気付いた女の子が男の子に一言かけて私に近付いてくる。
『……春』
『―――…………』
「―――ん。―――ちゃん! ハルちゃん!」
「……!」
ライン王子に肩を揺すられてハッと目を開けるハル。
「……あれ? 私今寝てました?」
「寝てたっていうか、ほんの一瞬声をかけても反応なかったからどうしたのかなって」
「ああ、ごめんなさい。ぼーっとしてました」
時間にしてみれば数秒に満たない、ほんの一瞬のことだったらしい。それこそ、少し長い瞬きくらいの時間だった。
それでも、間違いなくあの日から、たった一度だけ魔力が制御できたあの日から何度も見た夢と同じ内容だった。
「……それじゃあそろそろ戻りますか。ライン王子もビスト帝国について思い出したらすぐに連絡くださいね」
「うん、わかってるよ」
この夢の指す意味はなんなのか。それとも何の意味もないのか。ただ、あんな花畑も、あの獣人の少年も、あの人間の少女も、ハルはあの夢の中でしか見たことがない。そもそも地球には獣人は存在しないわけで、可能性があるとすればこの世界に来てからしかあり得ない。だが、あの少年少女もあの花畑もハルの記憶にないことだけは確かだ。
自分でもよく分からない夢の話を人にする趣味もないし、そんなに暇でもない。いつまでも夢のことを考えているくらいなら、もっと他に考えるべきことは多くある。
(あまり考えないのが得策か……)
ハル達はライン王子の部屋を出て、カイ達が待つ客間へと向かった。
× × ×
客間に戻ると既にヒーラも戻ってきており、ハル達はロイドの転移魔法の魔方陣に囲まれた。
「そんじゃ、何か分かったらよろしくです」
「そっちも学校の再開頑張ってねー」
ライン王子が手を振り、カナタはビッとサムズアップする。カリナは「ガッコウ?」とライン王子に対して首を傾げ、ロイドが詠唱を終了する。
光に包まれ、ハル達7人はハルの屋敷へと一瞬で転移した。
「いやー、それにしても怒涛の1日だったねー」
屋敷の前に到着し、ハルは大きく伸びをしながら玄関の扉を開ける。
「そういえばヒーラさんって晩御飯食べに来たんですよね? 食べていきますか?」
「……いや、遠慮しておくよ。ちょっと考えたいことがあってね」
それだけを言い残し、ヒーラは早々に屋敷の隣にある研究所に戻っていってしまった。
「…………で? 一体何があったのさ?」
横目でルルとリリィにヒーラの様子について訊ねる。誰がどう見ても、王城の客間に戻ってきてから彼女の様子はおかしくなっていた。その理由を知っているとすればヒーラについていったこの2人しかいないのだが。
「アタシ達にも分からないわよ……あの人の部屋の中にはヒーラしか入れなかったし、ヒーラが入っちゃった後はアタシ達も王子と一緒に先に戻っちゃったんだから」
ルルの言葉に隣のリリィもコクコクと頷く。
その部屋の中で何かあったことには間違いないようだが、その何かまでは分からない。これはヒーラ自身から何があったのかを話してくれるのを待つしかなさそうだ。
改めて玄関の扉を開けて、ハル達は屋敷の中へと入っていく。が、シュナだけは屋敷の外――学校の校舎の横にある訓練施設の方を向いていた。
「すまない。私も少し体を動かしてくる。夕飯の用意ができたら呼んでくれ」
そう言って、ハル達が何か声をかける前に訓練施設の方へ1人歩いていってしまった。
「それじゃあ……わたしは夕飯の用意をしますね。調理はほとんど済んでますので、すぐに出来上がります」
「アタシも手伝うわよ」
「お前は盛り付けだけにしろよ。余計なことするなよ」
「うるさいわね! アタシだってリリィに習って少しずつ料理もできるようになってるわよ!」
「ほーん、じゃあ味見役もぜひ自分でやってもらいたいもんだな。毎度毎度失敗作を食わされるオレの身にもなれ」
「ふ、2人ともケンカしないで……カイ君はユニーのご飯をお願いね?」
「はいよー」
一言多いカイにルルが反応して始まる軽い言い合いをリリィが宥める。
いつも通りの光景だ。やはりこの獣耳が3つ揃っていると和む。何か学校が始まってからというもの、毎日食卓は共にしてはいるのだが、それ以外彼らと共有している時間が減っていた気がする。こんなこと言ってはいけないのだが、学校が休校になっているのは良い機会かもしれない。
そうなると邪魔なのは……
「あ、じゃあボクも手伝いを……グヘッ!」
ハルがリリィ達についていこうとしていたアマネの襟首を掴み、その進行を妨げる。
「な、なんですかいきなり……」
「リリィ達の手伝いは私がするから、あんたはシュナのところに行ってきて」
「へ? でも師匠は夕飯ができたら呼んでくれと……」
「それも後で私が行く。あんたは先にシュナのところに行ってこいって言ってんの」
これだけ言ってもまだ納得いっていない表情で首を傾げるアマネ。
ハルは軽い溜め息を吐きながら、先程のシュナの横顔を思い出す。
「……今日何があったかは聞いてるんでしょ?」
「……? まあ、大体は」
「尊敬しているカナタや国王の前だったから平気な顔してたけど、今日あったことを考えればシュナの内心は決して平気ではなかったはず」
アマネもある程度は話を聞いていたので、ようやくハルの言いたいことが分かったのだろう。もしかしたらシュナの立場を自分に置き換えたのかもしれない。アマネの表情が何とも微妙なものになる。
「私はどちらかといえば、彼女を叱らなければいけない立場だった。自分で何とかしたいっていう気持ちは凄く分かるけど、その行動が正しいかどうかは微妙なところだから。きっと私がシュナの立場なら同じことをしただろうし、その時は彼女に叱って欲しいから……だから私は彼女を叱った」
「…………」
「だから……この役目はアマネに譲る。シュナの弟子であるあんただからこそ、今のシュナには1番響くと思うから……シュナのこと、頼んだよ」
「わ、わかりました……」
玄関を出ていく背中に「ご飯ができたら呼びに行くから」と伝え、それに無言で頷いたアマネを見送ってから、ハルは楽しそうな声が聞こえるキッチンへと向かった。
× × ×
学校の校舎の横にある訓練施設は、屋根のない円形状の闘技場のような形をしている。所々に岩が設置されており、できるだけ実戦に近付けられるような作りになっている。
最近は日に日に寒くなって来ており、陽もだいぶ短くなってきている。屋敷からこちらの訓練施設に向かっている最中はまだ薄暗い程度に思っていたのだが、そう感じている間もなくすぐに真っ暗になってしまった。
シュナはすっかり暗くなった訓練施設の真ん中で、月明かりに照らされながら刀を構える。
その姿勢はまるで1本の杭が体の中に通っているのではと錯覚させるような、そんなブレのない構えだ。
今朝、数年ぶりに見たその構えは昔と何一つ変わっておらず、対峙していたにも関わらずやはり見とれてしまうほどに美しかった。
幾度となく憧れ、幾度となく真似をした、シュナという1人の剣士の原点。
月明かりに照らされ、瞳を閉じ、真っ直ぐに佇むその姿は、絵画と言われても納得してしまうようなそんな美しさを誇っていた。
カツンッ――と背後で音がして、シュナはゆっくりと目を開く。
本当はその音が聞こえるより前には気づいていた。シュナの嗅覚は人間の何倍も優れている。見知った者の匂いであれば近くに来ればすぐにでも分かる。
「……もう夕飯の準備ができたのか?」
そちらに振り返らず、前を向いたまま背後の者に語りかける。
「いえ、できたらハルさんが呼びに来てくれるみたいです。だから……それまでボクも一緒に素振りをしようと思いまして」
「……そうか。それはいい心掛けだ。横へ来い。剣の振り方を一から教えてやる」
はい。と頷き腰の剣を抜くと、アマネは未だ微動だにしないシュナの横に並び、そして構える。
すると、その構えを横目で見るシュナが、目を見開いた。
一瞬、そんなはずがないと分かっていながらもほんの一瞬だけ、そこに鏡があるのかと錯覚してしまった。
いや違う。剣を支える腕も僅かに震えているし、肩にも余計な力が加わっているせいか、若干バランスや構え全体がぎこちなくなっている。剣の玄人であれば、この2人の構えの差は一目瞭然だろう。
それでもシュナは、横で構えるアマネに自分を感じた。
必死に師の真似をしようとするあの頃の自分と重なってしまった。
もし彼が、あの頃の自分と同じなら、同じ想いならば……彼はどう思うのだろう。
「…………アマn」
「もし……」
シュナが言葉を紡ごうとするのを、アマネが遮る。
かなりの体幹が必要となるこの構えのまま、ぎこちない笑みを浮かべてシュナの瞳を見つめる。
「もし、師匠が道を間違えたら……ボクがこの剣で止めてみせますよ」
「…………!」
それだけ言って、再び正面を向くアマネ。それ以外言うことは何もないと言わんばかりに汗をかきながら必死に構えを崩さんと踏ん張る。
不意打ちを食らってしまったシュナは一瞬だけくしゃりと顔を歪めるが、すぐにブンブンと頭を左右に振り、刀の峰の部分でアマネの膝裏に強烈な峰打ちをかます。
「痛あぁぁぁ!!!??」
衝撃で膝が折れ曲がり、地面に倒れ込むアマネ。
そんなアマネを見下ろし、シュナは不敵な笑みを浮かべる。
「その程度の体幹で私に勝つだと? 10年早い!」
「いや、今のは師匠が叩いてきたから……!」
「言い訳は聞かん! 早く構え直せ! そもそもお前のその構えは何だ! 肩に力が入りすぎだし、構えもぎこちない。それで私の真似をしているつもりか! どうやらお前は一から鍛え直す必要があるようだな」
「え、いや待ってください……嫌な予感がする」
「今から素振り1000回。もし途中で構えが崩れるようなら1からやり直しだ」
シュナの言葉にアマネが絶望的な表情になる。
「そ、そんな! それじゃあ、晩ご飯がいつになることやら……」
「安心しろ。晩飯ならお前の腕が動くようになってからにしてやる」
「それ腕が動かなくなること前提なんですけど……!?」
月明かりが差し込む訓練施設にシュナの厳しい声と、アマネの苦しむ声が響く。
そんな2人を見て、訓練施設の入り口の陰に立っていたハルは小さく微笑むと、そのままその場を立ち去った。
きっと、人間の何倍も優れている嗅覚なら、見知った匂いにはすぐに気付いただろう。




