23.王都再び
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
リビングが沈黙に包まれる。
「……あ、そういえば学校が火事で半焼しました。ごめんちゃい」
「「「……は?」」」
一応あの学校は交渉の結果、国のお金で建てた施設だ。ハルの私有地に建っているとはいえ、形式上国から管理を任されている形になる。その学校を怪我人は出なかったとはいえ半焼させてしまったのは謝らなければならない。
「…………」
「…………」
ロイドとライン王子が互いに目配せをして、小さく頷く。
「……?」
2人のその反応にハルは小首を傾げる。
ソファーから立ち上がったロイドがハルに近付いていく。何だかよく分からないが捕まったら駄目な予感がしたのでロイドが1歩近付く度にハルも1歩下がる。追い詰められないように後ろに壁などを注意しながら上手く立ち回っていくが、不意に背後に現れたカナタに羽交い締めにされてしまった。
「ちょっ、カナタさん? ちょっとタンマ……、えっ? ロイド? マジ何する気……?」
内心結構ビビっているハルが顔をヒキつらせながら、近付いてくるロイドに苦笑いを向ける。
「ま、とりあえず……話は王城で聞こうか」
襟首を掴まれて、リビングから引き摺られていくハル。どうやら転移魔法を使うために外に向かったらしい。
「あ、待ってロイド。城に帰る前に僕の用事も済ませたいんたけど……」
どうやら王城に向かうのは決定らしい。
リビングの入り口でハルを引き摺りながら、ライン王子の方へと振り向くロイド。
「ああ、言ってたね。それなら――」
「ハルちゃ~ん! 買い溜めしてた食料が無くなっちゃったんだけど、一緒に夕飯食べて、も……」
「…………」
「…………」
「…………」
突然玄関を開けて飛び込んで来たイケメン白衣女子。
そんな彼女の視界に写ったのは、年下の男子に襟首を掴まれて廊下を引き摺られている恩人の姿だった。
「じゃ、邪魔したね……」
「待ってヒーラさん! 助けて!」
リビングにいる者達はもう当てにならない。カイやルルは普通にカナタと話してるし、リリィですら気にすることなくライン王子にお茶のおかわりを出している。
ちなみにアマネはというと、突然現れた超有名人3人にビビって部屋の片隅で未だに信じられないという表情をしている。シュナはそんなアマネにハル達との関係を説明しているところだ。
「あ、ちょうどいいじゃん。ライン、彼女だよ」
「え、嘘!? どこどこ!? ってうわ! めっちゃ美形!」
「そうでしょうそうでしょう」
「何でハルが自慢気?」
やはりヒーラの美貌は国の第一王子から見ても、驚くほどらしい。関係のないハルが自慢気に胸を張るレベルである。
「……? あれ? どこかで見たことあるような……」
ロイドとカナタには以前会っていたが、ライン王子とは初対面なヒーラは新聞か何かで見たであろうライン王子の顔を見て首を傾げる。
ライン王子はリビングを出るとヒーラに近付いていき。
「どうも。一応アインツベルク王国第一王子をやっています、ライン=アインツベルクといいます。以後お見知りおきを」
流石は王族と言わざるを得ない品位の高そうな自己紹介の後、自然に握手を求めた。この2人が並ぶと美男美女で非常に映える。まぁ、たとえ王子だろうと、ヒーラを嫁に貰いたいのならまずハルを通す必要があるのだが。
「……え? え? 王子? 王子って、あの王子?」
困惑するのは分かる。むしろこれが正常な反応だ。慣れって怖い。
「ずっと君に会いたいと思ってたんだ。会えて嬉しいよ」
「おっと、王子様? なに勝手にヒーラさんを口説いてるんですか? 誰に許可取ったんですか? 私は許可出してませんよ?」
襟首を掴まれながらライン王子に食って掛かるハル。たとえ王子だろうと、これは看過できない。だがライン王子はそんなハルを無視し、さらに1歩ヒーラに近付く。
「これからハルちゃん達を王城へ連れていくところなんだ。よかったら、君も一緒にどうかな?」
王城へ行くことはもう100%決定らしい。だが、今はそんなことどうでもいい。何故ヒーラを誘っているのかが謎だ。口振りからいって、ライン王子のもう1つの目的とはヒーラを王都に連れていくことのように聞こえる。
「僕が王都に、ですか……? えっと、理由は?」
「君に会ってみたいと言っている人がいるんだ。もちろん僕も会って色々と話を聞いてみたいと思ってたんだけど、その人が一度会わせろ会わせろうるさくてね。どうかな? 多分君にとっても悪い話じゃないと思うんだ」
「王都にいて僕に会いたい人? そんな人が本当にいるなんて思えないんですけど……」
「まあ、騙されたと思って一度会ってみてよ。何だったら僕も同伴するし、悪いようにはしないからさ」
「は、はあ……?」
いきなりの話で困惑するヒーラ。だがやはり一度は王都に行ってみたいというのもあってか、考える時間はそう長くはなかった。
「えっと……ハルちゃん達もいるんですよね?」
「うん」
「なら、まあ、行ってもいいですよ」
「本当かい? それはよかった。彼女もきっと喜ぶと思うよ」
結局、何故ヒーラまでもが誘われたのか理由までは判明しなかったが、ハル達一行は再び王都に向かうこととなった。
× × ×
「面をあげよ、ハル殿」
「……はい」
片膝をついて頭を垂れていたハルは、指示通りに頭を上げる。
ロイド達ならまだしも、流石に王様に対して「ごめんちゃい」はできない。誠心誠意心を込めて頭を下げねば、打ち首もなくはない。
「話は理解した。マヒユ教にも困ったものだ。王立と銘打っている施設に火を放つとは……とはいえ、そんなマヒユ教が3都市で皆殺しとは、我が国内でなんとも信じがたい事件だ」
今回の事件の概要を伝え、シュナとグリフトの一件も所々省きながら説明した。
「それで、事件の犯人が言っていたことは信用できるのか?」
「その状況でそのような嘘を言う必要もないかと」
「ふむ、確かに……だが、ビスト帝国か……」
国王は顎に手を添え、考える素振りを見せる。
「ロイド、カナタ。お前らはビスト帝国という名を聞いたことがあるか?」
国王がロイドとカナタに向き直り、質問を投げかける。確かに冒険者として多くの街や国を渡り歩いている2人なら知っていてもおかしくないのだが。
「いえ……私は」
「僕もないですね」
この2人ですら聞いたことのない国が本当に存在するのだろうか。
あの耄碌ジジイ、本当にボケたんじゃないだろうな……と密かに冷や汗を流すシュナ。もし、本当にそんな国はなく、グリフトのでたらめだったとしたら、シュナは国王や王子たちに虚偽の報告をしたことになってしまう。
「あれ? 2人ともないの? 僕はどっかで聞いたことがあるような気がしてたから、2人に聞こうと思ってたのに」
そんなライン王子の言葉に玉座の間がどよめきに包まれる。
「は? 僕らが知らないのに何でラインが知ってんの?」
「それは僕が聞きたいよ。それにどこで聞いたのかが思い出せないんだ」
「お前もかライン。実は私もその名に聞き覚えがある」
さらにどよっとざわめきが強くなる。何とライン王子だけでなく、国王陛下までもビスト帝国という名前に聞き覚えがあるらしい。
2人が難しい顔をして何とか記憶を捻り出そうと奮闘していると、玉座の間の外の廊下からあの分厚い扉をも突き抜けるような大きな声が響いてきた。
『ちょっ、噂の研究者が来てるって本当!? 早く、早く会わせて!! ああ、もういい! 君ら邪魔だよ! そこどいて!!』
『な、なりません。現在中では陛下達が大事なお話をしています!』
『私の話だって大事だよ! は・や・く! は・や・く!』
『ちょっ、本当に一回落ち着いてください!』
『おーい陛下ー! 早く話を終わらせてくださいよー! もう待てないよー! ウズウズが止まらなくて思わずこの扉を吹っ飛ばしたくなっちゃうよー!!』
『それだけは絶対にやめてください! 貴女の首が飛びますよ!?』
……………………………………………………………………。
そんな謎の女性の声と見張りの兵の声が部屋の中に響いてきた。
ハル達一行はポカンと口を開けて呆然とし、逆に王都組は頭を抱えて深く溜め息を吐いていた。
「……駄目だ。今ので完全に吹っ飛んだ。今すぐには思い出せそうにない」
「私もだ……仕方ない。ライン、お前はヒーラ殿をあのバカに会わせてやってくれ」
「え!?」
突然自分の名前が出てきたことに驚いたのか、それとも顔を見なくても頭がおかしいと分かるような人のところへ連れていかれようとしていることに驚いたのか、ヒーラが驚きの声を上げる。恐らくはその両方だと思われるが。
「ハル殿達はもう少しここに残って話を聞かせてほしい。ヒーラ殿は……ラインに守ってもらってくれ……」
「え!?」
守ってもらわねば一体どうなってしまうのか。
恐怖で汗が止まらないヒーラに、ライン王子が同情の眼差しを向けながら手を差し出した。