22.報告します
「………………」
「………………」
ハルの部屋で椅子に足と腕を組んで座り、目を細めて床に正座させているシュナを冷たい目で睨む。
シュナは冷や汗を流しながら、既に2時間近く経って感覚無くなり始めた足を心の中で労る。
ハルは呆れたようにゆっくりと嘆息する。これで28度目の溜め息だ。
「……独断専行」
「……っ」
ビクッと肩を振るわせるシュナ。
「……犯人の取り逃がし」
「…………」
「……私達を邪魔者扱い」
「そ、それは違うぞ! 邪魔者扱いではなくて、私で決着をつけたかっただけで!」
「…………」
「いや……、ごめんなさい……」
ハルの口答えは許さないという視線に、シュナがシュンとなってしまう。
ハァ……と深く29度目の溜め息を吐くハル。ハルとしては、シュナが1人で片を付けに行ったことや今回の事件の犯人であるグリフトを取り逃がしたことについてというよりは、一言の相談もなく自分だけで決めて行動したことに怒っているようだ。いや、怒っているというよりは、悲しいという感情に近いかもしれない。自分は信頼されていないのかという感情が大きいのだろう。
シュナ自身も、もし逆の立場だったらと考えるとハルの気持ちも分からないでもない。
「いや……ハルの言いたいことは分かる。もちろん分かるんだ。だが、今回だけは私が止めなきゃならないと思った……決してハル達を信頼していないとか、そんな理由はないんだ!」
「……分かってるよ。シュナが私達を信頼してないとか、本気でそんなことを思ってるわけじゃない。……ハァ、もういいよ。そんな怒ってるわけでもないし」
なのに2時間も正座させたのか。
「それより、グリフトを連れて逃げたっていうのは……」
「ああ。名前は名乗らなかったが、黒装束で背の低い男だった。顔も半分ほど覆っていたのでちゃんとは見えなかったが、転移魔法を使っていたからかなりの実力者だろう。あと、雷系の魔法も使っていた」
その情報に当てはまるというと、その黒装束の男とは間違いなくアランだろう。一緒に逃げたということはグリフトとあのアルアランコンビは繋がっていたということだ。
それに、あのモンスター達に埋め込まれていた魔道具も本来ミラーがあの2人からもらっていた魔道具だ。つまりあの場にいてモンスター達を操っていたのはあの大柄の方の男、アルだった可能性も高い。
目的は不明だが、アル程の実力があれば本当にハル達を倒すつもりがあったのならアル本人が出てきたはずだ。それを隠れながらモンスターを操っていたとなると、ハル達を殺すつもりだったというよりは、何か試すのが目的だったのかもしれない。
「あと、グリフトが気になることを言っていた」
「……? なんて?」
シュナは痺れた足をゆっくりと崩しながら、腕を組んで言う。
「ビスト帝国……には気を付けろ、と」
「ビスト帝国……?」
視線を足元に落として記憶を辿る。だが初めて聞く名前の国だった。とはいえ、そもそもハルが知っているこの世界の国なんてアインツベルク王国ぐらいなのだが。
ただその時の状況を聞くに、グリフトが適当なことを言っていたとも考えづらい。ハルは視線をシュナに戻し、小さく息を吐く。
「……って、どこ?」
「私にも分からん。聞いたことのない国だ」
痺れた足を恐る恐るほぐしながら、シュナは首を横に振る。
冒険者としてこの街に来る前は様々な所を回っていたシュナが知らない国を、ハルが知っているはずもない。
気を付けろとは一体どういうことなのか。
自分達が知らないような国が、自分達にとって脅威となりうるということがあまり想像できない。
「だが奴は……、この先もハルに付いていくというのなら、必ず敵対することになると言っていた。だからハルは何か知っているのではと思ったのだが……」
チラリとハルに視線を送るシュナだが、無言で首を振って分からないという旨を伝える。
知識として知らないことをいつまでも考えていたところで意味がない。ハルはグリフトが他に何か言っていなかったかをシュナに訊こうと口を開きかけたとき、1階のリビングから2階にあるハルの部屋まで聞こえるくらい、カイの声が響いてきた。
『うおっ! ビックリした!!』
いきなり聞こえた声に反応し、2人とも同時に立ち上がる。刀を自分の部屋に置いてきていたシュナには魔力を吸収する魔石で作られたナイフを投げて渡す。ハルは机の横に立て掛けられているクロスボウを手に取る。
お互い頷いて部屋を出る。急いで階段を降りて下の階に行くと、先にシュナがリビングの扉を開けてハルが部屋内に矢を向ける。
「おおっと、タンマタンマ! 僕! 僕だから!」
両手を挙げて慌てて首を振るのは、数週間前にもこの屋敷で見た人物――ライン=アインツベルク第一王子だ。
「構わない。そのまま撃って良いよ」
「よくないからね!? ていうか今日はちゃんとロイドの魔法で来たんだから僕が撃たれるのはおかしくない!?」
既にソファーでくつろいでいるロイドが、お茶を淹れてくれているリリィに小さくありがとと言いながらリビングに入ってきたハルとシュナに視線を向ける。
「あれ? ロイドもいるの?」
「あ、一応私もいます」
「おお。カナタも。久しぶり」
「お久しぶりです」
リビングにはライン王子にロイド、カナタとこの国の重要人物が集まっていた。どうやら先程のカイの声は、ロイド達がいきなり現れて驚いたらしい。
「それで? いきなりどうしたの?」
構えたクロスボウを下ろし、ロイドが座っているソファーの向かいのソファーに座る。
しかしロイドはその問いに答えず、半目でハルの顔をジッと見つめる。
「え、なに? 私に惚れた?」
「少し訊きたいことがあるんだけど、最近この辺りでドラゴンとか出なかった?」
ハルの質問は当然スルーしながら、突然そんなことを訊くロイド。しかしこの質問は無視できない。ドラゴンなら死骸となって山の中腹に今も尚あるからだ。それに、何故ロイド達がそのドラゴンのことを知っているのかという疑問も出てくる。
説明下手、というか面倒臭がりのロイドに代わり、カナタが質問を引き継ぐ。
「というのも、実は私とロイドはドラゴン討伐依頼というものを常に受け付けていまして、今回もキサラギからその依頼を受けて来たんです」
つまりドラゴンを見かけたらこの2人にご連絡を。みたいな感じだ。白アリやスズメバチ駆除みたいに軽く言っているが、ドラゴンなんていう激強モンスターの討伐を簡単に頼まれるのも、それを簡単に引き受けるのもアインツベルク最強の名は伊達ではないという証だろう。それに初めて会ったときも、2人はドラゴンの討伐をしていた。
「キサラギなら行ったことがあったので、すぐに転移魔法で向かい、実際発見したのは良かったんですが……」
「……何かあったの?」
「まあ……一言で言えば、逃げられたんですよ」
「…………チッ」
ロイドの態度からいって、そのドラゴンに逃げられたことが相当悔しかったのだろう。もしかしたら初めてのことなのかもしれない。
「逃げられても2人ならすぐに追いかけられるんじゃないの?」
「転移魔法っていうのはそう連続で使える魔法じゃないんだよ。たとえロイドの魔力量だとしてもね。となると純粋なスピードだと流石にドラゴンには敵わない」
ライン王子が補足説明をしてくれる。
確かに転移魔法とは限られた魔法使いしか使えない超高等魔法だと聞いている。
「……そもそも、ドラゴンってのは知能は高いけどそれ以上にプライドが高いモンスターなんだよ。今まで戦ってきたドラゴンは逃げるなんて選択肢を選ぶ奴はいなかった」
でも今回のドラゴンはにげるを選択した。
つまりロイドはそのドラゴンの行動自体に疑問を抱いているようだ。
「んじゃそのドラゴンが何者かに操られてたんじゃない?」
「そんなことは分かってるよ。むしろドラゴンの強さを知ってるはずのハルが、よくドラゴンが操られていたなんて発想が出てきたね」
スッと目を細めるロイド。
「ええっと、何が言いたいのかな?」
「知ってることは全部吐いてもらうよ。こっちは初めて逃げられてイライラしてるんだ」
何かしら知ってるはずだと当たりをつけてここに来たということだろうか。
「まぁ、知ってるか知ってないかで言ったら多分滅茶苦茶知ってるんだけど……何で私が知ってるって思ったの?」
「あのドラゴンがこの街の方向に向かったっていうのと、すぐには治らないであろう傷を負わせてやったからそう遠くには行ってないと判断した」
ロイドの予想は見事に的中している。実際あのドラゴンは飛べなくなってしまったがためにグリフトに殺されたのだから。
「連続で転移魔法が使えないのは分かったけど、1回くらいは使えたんでしょ? そう思ったなら何ですぐにここに来なかったの?」
「キサラギで厄介な事件に巻き込まれたので、報告も兼ねて一度王都に戻ったんです」
時期的にも厄介な事件とはあの事件だろう。つまりロイドとカナタもマヒユ教の事件のことを知っているということだ。
王都に戻って報告をした後、ライン王子も連れてここに来たということだろう。最初にハルの顔を見つめていたのもハルの反応を見逃さないようにするためかもしれない。
「で、何でライン王子までついて来たんですか?」
「ん? 僕はドラゴンよりもその事件の方を調べるためかな。まあ、もう1つ目的はあるけど……」
なるほど。後半は小さくてよく聞こえなかったが、確かにあの事件は国が動いてもおかしくないレベルだろう。
「えっと、とりあえず3人には悪いけど、なんていうか……全部遅い……?」
「……? どういうこと?」
ハルはテーブルに肘をつき、顔の前で手を組むと厳かな声で報告する。
「ドラゴンは既に死んでいます。事件の犯人は判明しましたが、逃げられました」
「「「…………え?」」」