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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
第4章 彼女の師
100/186

20.師④

祝100話。


 キィィン!! と連続して2つの剣撃がぶつかり合う。

 一進一退の攻防。獣人特有の動体視力に反射神経を駆使し、壮絶なスピードで打ち合っていく。

 もし人間でこのスピードの攻防についていけるとすれば、この国ではカナタくらいだろう。


 一瞬の隙が命取り。呼吸をすることすら忘れてしまいそうな打ち合いに、互いの全てが注ぎ込めれる。

 だが、互角と思われた打ち合いも、数が増えていくにつれて徐々に差が生じ始める。


 それは経験の差か、体力の差か、そもそもの地力の差か、次第にシュナがグリフトの剣技に押され始める。


(速い……! いや、それ以上にこれ程のスピードの打ち合いにも拘わらず、一撃一撃の重さと正確さが尋常じゃないっ。それに全ての攻撃が私が受け流しづらい角度からのものになっている。この一瞬の攻防でそこまで判断できるものなのか……!?)


 五分五分の攻防から徐々に防戦一方へと変わっていくシュナ。

 どう切り込んでいくか、どう反撃に移っていくか、いったん距離を取るか、それとも思い切って懐へ飛び込むか、どの行動が、判断が正しいのか頭の中で考えたくても、その隙すら与えてくれない。考えが纏まらないと行動に移せない。それが間違っていた場合、そこに待つのは死だからだ。だが、行動に移せなければ攻撃にも移れないということでもあり、結局防戦一方の戦いになってしまう。


「……ふん」


 そんなシュナの焦りを見て取ったのか、グリフトは一気にシュナの懐へと踏み込み、刀の柄の部分でシュナの刀を持つ右手をカチ上げ、開けた鳩尾へ強烈な蹴りを炸裂させる。


「ぐ……っ!」


 獣人の脚力を活かして全体重を乗せた蹴りに、血と胃液が混ざったような気持ちの悪い吐き気を催す。しかし、その逆流を気合いだけで押さえ込み、吹っ飛ばされて崩れそうになった体勢も意地で立て直す。


「お主、1人で旅をするようになってから、己より強い相手と戦ったことがあったか?」


「…………なに?」


「今まで、自分と同等かそれ以下の相手としか戦ってこなかったんじゃないか?」


 確かに、シュナがグリフトと別れ1人で旅をし始めてからはまずは生きていくことが最優先だったため、クエストで稼ぐ必要があった。当然だが、クエストは成功しなければ報酬を得ることができない。生活していくためには自分の力量にあった、十分成功できるクエストを選ぶ必要がある。そうなってくると、必然的に自分よりも弱い敵としか戦わなくなってくる。


 鍛練は1日たりとも欠かしたことはない。

 基礎体力や基礎技術は昔よりも遥かに成長しているだろう。

 しかし、既にシュナはそのレベルにはいない。もっと先のレベルにいなければいけないはず実力者だ。


 以前、カイと一緒に憧れの1人でもあった伝説の冒険者であるカナタに稽古をつけてもらったことがあった。自分よりも3つも年下でありながら自分よりも圧倒的な実力の差があった。彼女と自分で何が違うのか。生まれ持った身体能力ならむしろ獣人であるシュナの方が勝っているはずだ。では一体何が、2人の実力にこうも差をつけたのか。


 答えはたった1つ。しかし、その1つがここまでの差をつけた。


 冒険者だけではない。常に戦闘を余儀なくされている者にとって最も大事なことは経験だ。

 カナタとシュナでは、グリフトとシュナでは、戦闘の経験が明らかに違っていた。戦闘における勘というものを決して侮ってはいけない。勘などに頼らず、論理をガチガチに固めてセオリー通りに戦う者も探せばいるかもしれない。

 だが、強者に共通しているのはその戦闘の勘というものが非常に優れているところにある。

 

 そして、その戦闘における勘というものは、戦闘の経験からしか得ることができない。

 その戦闘が自分より弱い者ばかりと戦っているか、自分よりも強い、例えばドラゴンなんかとも渡り合っているかではその差は歴然である。


 あの時の稽古で、カナタにこんなことを言われたのを思い出す。


『シュナさんは、今の現状に満足していませんか?』


 その場ではそんなことはないとすぐに否定した。

 実際、カナタのような伝説の冒険者に憧れていることも確かだったし、追い付き追い越したいとも思っていた。ただ、今なら分かる。その強い想いと、現実の自分の言動があまりにもかけ離れていたことに。


『そ、そんなことはない! 私はもっと強くあろうと常に努力もしている!』


 あの言葉を聞いたとき、カナタはどう思っただろうか。


『そうですか。では、自分よりも強い相手と闘う時に必要なものを教えてあげます』


『……! それは……?』


 そうだ。その身を持って彼女が教えてくれたはずだ。この身体に叩き込んでくれたではないか。

 優しそうな笑みを浮かべながら、大剣を振り上げて――




『死ぬ気で来てください』




「……っ!」


 目の前の敵に駆け出す。

 今目の前にいるのは敵だ。自分よりも何枚も何枚も格上の敵だ。

 自分の何倍も、何十倍もあらゆる経験をしている相手に、どれだけ思案を巡らそうと自分の考えなど通用するはずもなかったのだ。

 考えるだけ無駄。そんなものに集中力を割くくらいなら、全てを目の前の敵に注ぎ込め。振るう刀に注ぎ込め。

 そもそも自分は考えるよりも先に動くタイプだ。そこが短所であり長所でもあったはずだ。自分の武器を自分が信じなくてどうする。戦闘の勘は劣っていても、それをも上回る動きで、スピードで、攻撃で、グリフトを凌駕してやればいい。


 動けっ。

 動けっ!

 とにかく動けっ!


「…………!」


 明らかに変わったシュナの動きに目を見開くグリフト。

 スピードも一撃の重さも何もかもが先程とは桁違いだ。全てを目の前のグリフトを斬ることだけに注ぎ込んだ迷いのない剣筋。剣老グリフトといえど受けきるので精一杯だ。


(迷いが消えたか……!)


 鍛練は1日だって欠かしたことはない。

 つまり、それだけの基礎は身に付いている。今までは彼女の中にある潜在能力を、彼女自身が閉じ込めていたに過ぎないのだ。


 もっと速く――!

 もっと強く――!

 もっと前に――!


(斬り込め!!)


 渾身の一撃が、グリフトの刀を根本から叩き折る。

 型なんてものはない。ただ滅茶苦茶に、思いきり、真正面から、シュナはグリフトの想像を凌駕した。


 カラン――、と折れた刃が地面に転がる。刀が使い物にならなくなってしまったら、もう闘うことはできない。

 グリフトは手に持った刀の残骸を捨て、両手を挙げる。


「……まいった。降参じゃ」


 彼から一本取ったのはこれで二度目だ。

 もう一度戦えと言われたら、昔みたいにまたボコボコに泣かされるかもしれない。だが、今回はシュナが勝った。一瞬でも、弟子が師を越した。


 緊張の糸が切れたのか、シュナは腰砕けのようにその場に崩れる。

 極限まで高めた集中力が一気に抜けていく。まさに気が抜けたという状態だろう。だが、そんなことも言ってられない。まだ聞いていないことが山ほどある。

 

「……グリフト、何故こんなことをしたんだ?」


 目の前にいる男は昔よりも少し老けてはいるが、それでも昔と変わらない目をしている。強くなったシュナを本当の自分の子であるかのように温かい目で心底嬉しそうにしている。


(やめてくれ……そんな目で見ないでくれ……)


 だからこそ、そんな目ができる彼だからこそ、あんな事件の犯人だとどうしても思いたくないのだ。


「確かにマヒユ教の教えは我々獣人にとって良いものではない。それにお前は昔から獣人コレクターなんかにも厳しかったしな。……だが、こんな罪を犯すほど愚かでもなかったはずだ」


 負けた者が今更黙秘はできんと、グリフトもその場に胡座をかく。


「……逆に訊こう。お前はあやつらの悪行を見逃せるのか? あやつらの存在が、今のこの世の中を作り出した。獣人に生れた者としてお前は奴らを許すことができるのか?」


「…………」


「誰かがやらねばならんのだ。儂がやらずとも、いずれ誰かがやったことじゃ。今回はたまたま儂がその役を担ったに過ぎん」


 それは違う。彼女ならきっとそう言う。

 最近は少し様子がおかしい時もあるが、彼女の源となっている考えは変わっていないはずだ。そんな彼女なら――咲場 春という少女ならそれは違うと言うに決まっている。

 きっと普段の彼女なら……


『んじゃ、いっちょマヒユ教徒達に獣耳の尊さでも説きに行きますか』


 とでも言いかねない。

 まあこれは極論だが、彼女ならまずは話し合いから始めるか、もしくは強引にでも獣人の良さを分からせようとするだろう。何でも自分の思い通りにならないと気が済まない我が儘お嬢様だ。だから、あの時のハルの行動には少し驚いた。


 と、今はそれは置いておくとして、少なくともシュナはそんなハルに引かれて仲間になった。以前のシュナなら人間と同じ屋根の下で暮らすなど考えられなかっただろう。彼女もハルと出会って変われた者の1人だ。


「儂は全獣人の味方じゃ。だから、お前の味方でもありたいと思っている。シュナ、お前はどっちじゃ? 獣人の味方か、それとも人間の味方か……」


 そんなもの考えるまでもない。答えなど決まっている。

 全ては彼女と出会って始まった。彼女に命を救われ、彼女に居場所を与えられ、彼女に美味しい肉まで恵んでもらった。だからこそ、胸を張って言える。




「私は、ハルの味方だ」



 

 刀を鞘に納め、右手で己の胸を強く叩くと、昔と何一つ変わらない眼差しでそう答えた。


 人間とか獣人とか、そんな括りじゃない。他の誰でもない、咲場 春の味方でありたいと、そう強く胸に秘めている。だからこそ、彼女が間違った道へ進みそうになったら本気で止めるし、彼女が本当に困っていたらすぐにでも駆けつけたいと思っている。


「…………そうか、お前にも命を捧げられる仲間ができたか……」


 そう呟くと、グリフトは膝に手を置きながらゆっくりと立ち上がる。


「……シュナ、ビスト帝国には気を付けよ」


「なに……?」


「お主があの小娘に忠誠を尽くすというのであれば、必ずぶつかることとなるだろう」


「待て、一体何の話だ。ビスト帝国? そんな国、聞いたこともないぞ!」


「悪いが、そろそろ時間じゃ。どうやら迎えが来たようでな」


「……っ!?」


 一陣の風が吹くと、グリフトの横にいつの間にか現れた黒装束の小柄な男が立っていた。


「……長居は無用だ。行くぞ爺さん」


「儂を年寄り扱いするでない」


「待て!! どこへ行くつもりだ! グリフト! お前はこのまま自首するんだ!」


「すまんのシュナ。儂にはまだやることがある。……安心せい、もうマヒユ教を襲うのはやめにしよう」


 黒装束の小柄な男が何やら呟くと、足元に魔方陣が浮かび上がる。


「これは……! 転移魔法!? 貴様、一体何者だ!」


 このままでは逃がしてしまうと思ったシュナはすぐに刀を抜き、駆け出そうとするが、その足元に雷撃が飛んでくる。もし瞬時に足を止めていなかったら足を射ぬかれていたかもしれない。


「……今のは牽制だ。それ以上近づけば今度は当てる。それに……さっさとお仲間のところへ行った方が賢明だと思うがな」


「……! 貴様、まさかハル達に何かしたのか!?」


「……それは自分の目で確かめろ」


 その言葉を最後に、小柄な男とグリフトが魔方陣の光と共に消えてしまった。

 

「…………っ、くそ!!」


 シュナは一度思いっきり地面を蹴ると、すぐに身を翻して山の中腹へと向かった。




 



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