危険な誘惑
過去に人間が作り出したロボットは、人間の骨格に合わせていないため、人間の動きを再現することすら困難であった。人間の骨格に合わせて造り上げたシュナイダーでも、人が動かすことでその動きを再現できたのだが、完璧に再現するにはまだ技術不足であり、その点に至っては未だに到達できていなかったのである。
しかし、キールが言い出してきたことは、人間と機械を一つにすることで、シュナイダーの動きを人間の動きに合わせようとしているのだ。もしこれが実現すれば、レイヴンイエーガーズが所持するシュナイダーに打ち勝つこともできるということだ。
そう思ったヴェルジュは無意識に口角を上げ、表情も歓喜に満ちていた。
「いいだろう。ならば――」
「お持ちください!」
「!」
ヴェルジュがキールの話を承諾しようとしたところ、意外にもそれに待ったをかけた者がいた。それは、ヴェルジュの配下であるヴェリオット・ラーガンが、主を巻き込もうとするキールの誘いを阻んだのである。
「ヴェリオット、何のつもりだ?」
「落ち着いてください、殿下。普段のあなたなら、この誘いは断ったはずです」
「? どういうことだ?」
誘いを阻んだヴェリオットを睨むヴェルジュだったが、自分を諭そうとする彼の言葉に少し懐疑的な眼差しを向ける。その様子を引き続き後ろから見つめていたグランディも、今のヴェルジュが普段のとは違っていることにようやく気付いた。
そして、ヴェリオットは自身の主を誘おうとしたキールを睨みつけた。
「キール……お前が言うそのシステムに、何らかの負担があるのではないのか?」
「!」
「…………」
「答えろ!」
「……さすがはヴェルジュ殿下の懐刀だ。なかなかのキレ者だって聞くけど、その通りのようだね」
ヴェリオットに追及されたキールは、これ以上隠そうともせず、一旦開き直った。その様子を見ていたヴェルジュ達は、呆気駆らんとした彼に対して警戒を取り始める。
その一方でキールも、改めて説明し始めた。
「確かに君の言う通り、かなりの負担は存在します。だからこそ、あなたにお願いしてきたんですよ」
「その負担とは?」
「……アドヴェンダーとシュナイダーとの感覚を同調させる時、アドヴェンダー側には、ある〝処置〟を施さないといけないのです。その処置を施してこそ、その真価を発揮させるわけでして……」
「私に?」
「はい。もちろん、機体にもそのための処置も加えないといけないですが……戦場で戦う時は、全く違う景色になると思いますよ」
「……なるほどな。では、その〝処置〟とは何だ?」
「シュナイダーの心臓部、ギャリアエンジンと同調できるように、〝抗体〟を身体に注入する必要があるんです。その名も〝抗体施術〟。ま、いわば予防接種というわけですが……」
「〝抗体〟? それは一体……?」
キールの口から出た聞き覚えのない言葉に、ヴェルジュ達は若干困惑する。
ただ、一つだけ分かることは、そのままシュナイダーとは同調するわけでなく、それを操るアドヴェンダーにある施術を行うことが不可欠だそうだ。その施術が、〝抗体〟と呼ばれるものを身体に組み込むというわけである。
グランディが尋ねたところを、キールはその問いに答えた。
「今我々が、予防接種で受けている【LKワクチン】ですよ。もっとも、さらに強力なものですが」
「何!? なぜそれが出てくるんだ!?」
「これからのことにも必要だからですよ。何しろ、大型のヴィハックが出て来てもおかしくないのですから、アドヴェンダーにも何らかの処置を施してもおかしくないはずですが?」
「……それは……」
「それに、あのレイヴンイエーガーズのシュナイダーを圧倒させるには、こちらも一工夫する必要があると思います。おそらく一層厳しいものとなる可能性が大ですから」
「…………!」
キールのもっともらしい言葉を聞いて、ヴェルジュは怒りや疑念も通り越して押し黙る。確かにこのままの状態で再び攻め入ったとしても、跳ね返されるだろう。しかも、まだあそこには民衆も残っている。人質として駆り出されないことが唯一の救いなのだが、その保証は不利なギャンブルとも取れる。
それを含め、長考したヴェルジュが出した答えは、
「分かった。受けよう」
「「なっ……!?」」
キールの考えに賛同することだった。その答えを聞いたキールは歓喜の表情を取る一方で、ヴェリオット達は、主の言葉に衝撃を受け、身体を硬直するのだった。
「それがあなた様にとっての最良の選択と取っていいのですね?」
「ああ。この国を守るために、私はどんなものだろうと立ち向かうつもりだ」
「分かりました。では後日、施術を受けてもらいます。あなたの愛機も、それに合わせての改修も行いますので……」
「なら、その楽しみを取っておくとしよう」
そう言い切ったヴェルジュは、茫然とするヴェリオット達を差し置いて、この場を去る。そのまま通り過ぎた彼らもすぐに我に返り、格納庫から消える彼女の後を追っていった。
一方でヴェルジュ達を見送ったキールは、何かを期待するかのように口角を上げていた。
「まさか、ヴェルジュ殿下が〝抗体施術〟をお受けになるとは……」
「あの方の家は元々、名門貴族の一つだからね。生まれながらの騎士という〝血の記憶〟が、動かしているんだろうさ」
「……血の記憶ですか。それこそ、物理法則に当てはまりませんよ」
ヴェルジュの母の生家、クルディア家はガルヴァス帝国の歴史の中でも古くから存在する貴族である。皇族に仕え、守り続けてきた。中でも武力に通じ、騎士としての裁量をもっていたからこそ、これまで通り存在し続けてきたのである。
その誇り高きクルディア家の意志は血脈として流れ、一人が皇族として迎えられた中で生まれたヴェルジュにしっかりと受け継がれているのだ。これこそ、血の記憶ではないだろうか。
「でも、その血の記憶は時として、とてつもないものを生み出すというらしいよ。物理法則では測れない程にね」
「……そうでしょうか」
「少なくとも、ここぞという時に奇跡が起きた、ってそんな夢物語が現実となったら、それはそれで面白いけど……」
夢物語というのを少なからず信じるキールと、物理法則という形で当てはめようとするラット。
テンションも思考も対照的な二人だが、二人が一緒にいるのは、それぞれが長い付き合いという時間がそれを為したということだろう。単純にお互いが認め合っていることでもあった。
「さてと。こっちはこっちでリクエストに応えないとね」
「仕様は、あちらのと同じもので十分ですか?」
「もちろん。その方が実用的だと言ったはずだよ?」
「はあ……」
二人は後ろに控えている四本足の巨人に目を向ける。それは、主と共にさらなる力を手に入れるか、それとも主をも飲み込む、悪魔の兵器へと生まれ変わるか。まさに、その前触れであった。
様々な思惑が重なる皇宮の敷地の外に広がるレディアントの街中は、特に音もなく静まり返っていた。
レイヴンイエーガーズと名乗るテロリストの襲撃があってからは、そこに住まう人々の姿も見られず、誰一人として歩く者もいなかった。
襲撃を受けたルビアンと隣接しているためか、ここにいつ襲撃があってもおかしくもなく、レディアント全体の避難は、未だに解除されていないのが現状である。住民達は皆、切羽詰まったかのような緊張感を抱えたまま。地下に増設されたシェルターに留まるしか生き残る術はないに等しい。
その一つであり、ニルヴァ―ヌ学園の地下にあるシェルター内は、学園に通う生徒達で溢れ返ったままだ。それに連動するように彼らの不安も広がっていた。
「も~、あれから日が経ったけど、全然外に出られないじゃない」
「まさか、こんな時に襲撃を受けるなんて……完全に戦争だよ」
(……今さら戦争だなんて)
学園のシェルターに避難していたイーリィ達の愚痴に、エルマは既に疲れたかのようにため息を吐いた。過去の大戦を思い出したのか、その表情は暗く、口もあまり動かそうともしない。さらにいつ出られるのかも分からない、不安な行き先が空気を重くしていた。
「こんな時に、ルルはどうしているのかな?」
「きっと、別のところで避難しているはずよ。今は連絡が取れないけど……」
「…………」
「?」
こんな状況下でもイーリィ達は友人であるルルの心配をし、また会えることに希望を抱いていた。しかし、彼女の正体を知るエルマは、そんな明るい気分にはなれなかった。
その様子を見て、カーリャは訝しむ。
「どうしたの? 何か、さっきから黙ってるけど……」
「いや、さっさと出られればいいなと思って……」
「だよね~。ホント、困ったもんよ。レイヴンイエーガーズとか、訳の分からない輩が現れてさ……」
「…………」
シェルター内でも、レイヴンイエーガーズの名前は知れ渡っており、故郷を襲い掛かった彼らを敵視する者がほとんどである。しかし、これ以上の情報が渡っていないため、地上がどうなっているのか分からない状態が今でも続いていたのである。
一方で無言を続けていたエルマは、あることに対して思考を巡らせていた。それは、ルルと同様にこの場にいない人物、ルーヴェである。
(戦争を始めるって、まさか、こういうこと……!? だとしたら、あなたは……!)
この学園を去る前に彼が語ったその言葉が真実なら、それは帝国に牙を剥くとあらかじめ伝えるようなものだ。すなわち、レイヴンイエーガーズの、テロリストの一人であることを明かしたことになる。
これ以上彼に関わると、彼女自身も立場が危うい。しかし、自身も誰かに狙われていることには変わりはなかった。
何より、自身がルーヴェの言う〝適合者〟であること、それを教員達が監視していたこと、そして、ルルが自分達を騙していたことも加えて、エルマは故郷である帝国が味方であるとはもう思えなくなっていたのだ。
友人であるイーリィ達二人に頼ろうとしても、下手すれば自分のことを忘れられてしまうだろう。そうなると、この場には彼女の味方は一人もいないことになる。
(一体どうすれば……)
周りが敵という認識が彼女を焦らせる。それを表すかのごとく、冷や汗が背中から流れていた。それでも、エルマは最善の手を手繰らせようと思考を張り巡らせる。
「!」
そして、あるものを閃く。
彼女が必死に考え抜き、導き出した結論。それは――。
一方、レイヴンイエーガーズが占拠したガルヴァス聖寮、その内部では、剣呑とした空気が立ち篭もっていた。
「つまり、何も知らないと言うんだな?」
「そ、そうだ! 私には何も……」
「とぼけるな」
「ヒィッ!?」
殺意のこもった低い声がルーヴェの口から出る。同様に鋭く、細めた目が聖寮の留守をしていた司令官を見つめるが、その司令官は恐怖に駆られていた。
地下空間から戻り、この指令室に赴いたルーヴェは拘束していた司令官と面を向かっていた。自分達が見つけた地下空間の現状について詳しく追及しているようだ。もちろん、彼と共に行動していた紅茜や指令室を占拠した突入部隊のメンバーもいた。
そのルーヴェは指を動かして、地下空間の映像を空間ディスプレイに表示させて司令官に見せる。
「こんなものを、貴様が知らないはずがないだろ? さっさと吐け!」
「いや、だから……」
「黙秘は許さん!」
「…………」
口を割らせようと怒鳴り散らすルーヴェをよそに、まるで警察の取り調べのような光景を見ていた紅茜は表情を動かさないまま見つめていた。そこに突入部隊を指揮する隊長格である、上杉亮士が銃を抱えたまま、紅茜の近くに訪れて小声で話しかける。
「どういうことだよ、これ?」
「簡単に言えば、帝国が裏でとんでもないことをしてた、ってことよ。まあ、ルーヴェが怒るのも無理はないけど……」
「確か、地下で多数の人間が見つかったっていう……」
「そう。一旦彼らを介抱させた後に家族に会わせるってラヴェリアが言ってたわ」
「なら、良かったじゃないか。まさか同じ帝国民をかっさらっているって聞いた時は驚いたけど……」
「……それで済めればの話だけどね」
ルーヴェの近くにある空間ディスプレイに映し出されたカプセルはすべて開放され、中に閉じ込められていた人々は皆、目を覚ましていた。突入部隊のメンバーに促されて、今ラヴェリアをはじめとする医療メンバーに事情を話しているそうだ。
その後は彼らの家族に来てもらって、再会させれば望ましいのだが、紅茜は少し疑念を抱き始めたところにルーヴェが近寄ってきた。
「! どうだった?」
「ダメだ。やっぱり何も知らないって……」
「じゃあ、ここで手詰まりってこと?」
「いや、ラヴェリアが記憶を復元できる装置が出来れば、ここに拘束されていた人々の記憶を呼び覚ますことができるはずだ。そこから何か掴めれば……」
ラヴェリアは今、ルーヴェが手に入れた記憶操作装置を改良し、逆に記憶を復元させる装置を作っていた。これなら、このルビアンに留まっている人々の記憶を取り戻すことができるからだ。
なぜかというと、ニルヴァ―ヌ学園でも一部の生徒がいなくなったにもかかわらず、誰も覚えていないことが多々あったという。つまり、そのような措置がここでも行われている可能性もあるということだ。
それを対処しない限り、せっかく助け出した人々をまた悲しませることになる。それは彼らと同じ目にあわされたルーヴェにとって、絶対に避けたいことでもあった。




