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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第2章
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降伏

 さらにまた基地の外から放たれる閃光がまた一機、ディルオスの胸部を貫通、爆散させ、残骸をまた一つ増やす。

『! またか……!』

『何なんだよ、これ! こちらは狙えないというのに、何でこっちが当たるんだよ!?』

 その一瞬の出来事を脇で見ていたアドヴェンダー達も、驚くしかなかった。いつの間にか味方がまた一人消えていくことに何一つできず、ただ無力感だけが彼らを蝕ませていた。

 何しろ、既存の兵器では太刀打ちどころか抵抗する間もなく命を散らされる。分かっていても、手の出しようがなかった。

「……アレンか。まったく、とんでもない精密射撃ね。ホント、味方でよかったよ」

 その閃光の正体がアレストロイアによる狙撃だとリーラは確信する。もっとも、基地の機能の大半がそれによって大破されていることから、その狙撃は間違いなく彼以外に存在しないが、ここまで命中率はさすがとしか言いようがない。

 もし彼が敵に回れば、どんなに恐ろしい存在となっていたのか、リーラも思わず想像をするものの、即座に振り払った。想像するだけでも、恐ろしさをより強調させてしまうからだ。

 その見えない箇所、しかも観測できる範囲外からの狙撃に、この基地にいるアドヴェンダーや司令部にいる面々も、いつ狙われるかもしれない恐怖に次第に追い詰められていった。その背中には冷や汗が滝のように流れ落ちているだろう。

「もう一機!」

 間髪入れずに弾丸を撃ち出すポセイドーガはそのまま距離を詰め、足が止まったままシールドで防御するもう一機のディルオスに向かっていく。そのままハルパードの鋭角な先端部を突き出し、シールドごと後方へ突き飛ばす。

『ッーー‼』

 突き飛ばされたディルオスは仰向けの状態で倒れ込み、シールドは装着された左腕もろともヒビを入れられた。しかも突き刺さるかのような傷跡もあり、ディルオスの左腕は使い物として機能されなくなった。

 ディルオスはやられずに済んだかに思えたのだが、見積もりが甘いものだと思い知らされることとなる。それはポセイドーガの左腕にあったシールドがハサミ状に開くと、その先端部が射出され、今度はディルオスの右腕を捕らえられてしまった。

『しまっーー!』

 その衝撃で右手に持っていたバトルアックスを離し、抵抗する得物を地面に落としてしまう。

 さらにリーラはニヤリと不敵な笑みを浮かべたまま、ハサミの先端部とシールドを繋いでいるワイヤーごとポセイドーガの左腕を背中に回しつつ引っ張り、ディルオスを自分のところへ無理やり引き寄せた。

 そして、ポセイドーガは右手に持つハルパードで引き寄せたディルオスを脳天から叩き割り、その甲高い音が戦場に広く響き渡る。

 今度は頭部ごと叩き割ったためか完全に頭部を割ることはできなかった。しかし、対峙しているアドヴェンダーからすれば、外を映し出すメインカメラを壊され、外の状況を全く把握できない状況に陥っているということになる。

 また、トドメと言わんばかりに、ハルパードを引き抜いたポセイドーガは左足で引き寄せられたディルオスを蹴り出し、その後方にいるもう一機のディルオスへと飛ばした。

 二機は正面から受け止めるようにぶつかり、その衝撃をモロに食らう状態のまま、バランスを崩して地面に倒れていった。

「……喰らえ」

 リーラはポセイドーガが持つハルパードの先端部を前に出し、ディルオスに向ける。すると、その先端部がジェット噴射を行い、向けられたディルオスを正面からぶつかる。

 ガードすることもできずに先端部をモロに食らったディルオスは先端部から突き出る刃が装甲に食い込み、さらにぶつかる衝撃も合わせて後方へと勢いに打ち負かされる。

 その先端部はポセイドーガの手によって引き抜かれるが、ディルオスはバランスを崩した状態で先程の機体と同様に倒れ込んだ。

 ちなみに、その衝撃は先程とは比べ物にならず、鈍器を直接食らったようなものなので、当然、中にいたアドヴェンダーは衝撃に揺られてしまう。さらにはその直後に気を失ってしまったことにより、そのディルオスは行動不能に陥る。

 その惨状に未だに残存している数機のディルオスも、思わずビビるかのように足を一歩下がる。次にスクラップにされるという恐怖が彼らに襲い掛かり、徐々に追い詰められていった。

『!』

 しかし、その恐怖に打ち勝とうと一体のディルオスが前進し、目の前にいるテロリストを排除しようとする。それをテロリストは迎え撃つ。

 その後、後方にある指令部から白煙が上がる。それは、戦闘の終わりを告げる合図だった。


「やっと終わったか……。さて、合流するとしよう」

 それをモニターで確認したアレンは、戦闘を終えた基地内に留まるリーラと合流しようとアレストロイアの背中にあるスラスターを噴射させて移動を開始する。

 そして、基地内に留まっていたポセイドーガはハルパードを肩にかけながら、周囲を見渡し、所々に煙が上がっているのを確認する。

「随分と派手に暴れたわ。ハハハハハ」

 コクピットの中で響くリーラの高笑い。まるですべてを奪い取ったかのようなその笑いは、今にも外部にも聞こえそうなものであり、いかにも悪者に近いそれだった。

 そこに基地の索敵範囲外にいたアレストロイアがその隣に降り立つ。その中にいたアレンが悲鳴を上げるかのように煙が立つ基地の惨状を見て、嫌そうな顔を見せる。

 彼が見た光景、それは多数ものディルオスが無残にも機体の一部が潰され、一ミリたりとも動きもしないスクラップという姿が所々に転げ落ちた、見るに堪えないものだった。

「随分とやったみたいだけど、もう少しスマートにやれなかったのか?」

「何言ってんの。やっとアイツらを潰せる日が来たんだから、これくらいじゃないと」

「……まあ、この基地内にはもう人がいないだろうし、とりあえずここで休憩するか。疲れただろ、リーラ?」

「別に疲れたわけじゃないし、こんなことでは大したものじゃないわよ! それに、前の戦闘(・・・・)の方がまだマシだったし……」

「……そうだな」

 周囲に転がるディルオスの残骸を見て、リーラは不満そうに答える。たくさんもの残骸を生み出した張本人が、これを見てもまだ暴れ足りないというのは、よほど欲が深いのが垣間見えた。

 ただ、その際に出た、曇るような表情には、どこか辛そうなものに見えたのは気のせいだろうか。

「白旗が上がった、ということは……紅茜達もやってくれたってことだな」

「そうだといいけどね。でもこれで始められるんじゃない? 私達の戦争を……」

「ああ。奴らに思い知らせないとな。俺達の怒りを」

 これにより首都ルビアンに展開されていた帝国の軍事基地は三つすべて、同時刻にて正体不明のシュナイダー五機に占領されることとなった。

 それらの基地から脱出した士官らは全員、基地を放棄し、敗走しているのを表すかのようにレヴィアントへと移動していく。

 のちに、その噂はたちまちルビアンだけでなく、レヴィアントまで伝わっていった。



「着いたぞ」

「!」

 学園の地下を歩き、その先で遮るドアを開き、大きく広がる空間に出たルーヴェとルル。

 彼らが辿り着いたのは初期型のシュナイダーである三機のグランレイが立ち並ぶ、格納庫だった。

 ただ、そこは明かりなど点いておらず、光すら届かない真っ黒な空間となっている。方向すら掴めないこの空間では、どこに歩けばいいのか判断もできはしない。普通の人間なら当然の反応ではあるが、この二人にはそんな常識など通じはしない。

 なぜここに訪れたのか、疑いを持ったルルは左右を見渡す。だが、そこにはグランレイしか見当たらず、それ以外何もないように思えた。

「ここに何かあるのか?」

「アジア連邦のどこかの国に、様々なことわざが使われるって言うが、それを証明させてやるよ。ステルス解除」

「!!」

 ルーヴェがある言葉を口にすると、何もない空間に何かが浮かび上がる(・・・・・・・・・)。同じく真っ黒で分かりにくいが、ルルにははっきりとその姿を捉えることができた。できたからこそ、寛恕の表情は驚愕だけが浮かんでいたのだ。

 現れたのはルーヴェが乗る黒いシュナイダー、アルティメス。今は主が動かしているわけではないため、ただの機械人形となっているが、立っているだけでもその存在感は高かった。

「い、今のはなんだ!?」

「光学迷彩」

「こ、光学迷彩……?」

 先程ルーヴェが口にした「ステルス」とは、物質を無色透明に変色させる光学迷彩の別称である。これをシステムとしてこの機体に導入し、この国に潜入したのだ。

 また、機体全体が黒く染まっているため、光学迷彩を使わずともこのような空間に入り込めば視認されることもなく、さらには怪しまれずにこの学園に入り込めたわけである。

「何でお前がシュナイダーを持って――」

 鋭い目つきでルーヴェがいる方向に顔を向けようとしたその時、腹に強い衝撃が入り、意識が揺らぎ始める。ルルはそのまま地面にうつ伏せする状態で倒れ込み、意識をその闇に返っていった。

 ルルの腹に強い衝撃を与えたのは一つの拳。その拳を立てたのは当然、彼女の他にこの場にいるルーヴェただ一人である。

「アンタはただ、俺のことを聞くだけでいい。ただし、静かにさせてもらうがな」

 文字通り静かになったルルを抱えたルーヴェは、立ち往生を続けるアルティメスの元に歩んでいく。胸部に収められたコクピットに座ったルーヴェは抱えていたルルをシートの後ろに寝かせた後、眠りにつかせていた愛機を目覚めさせた。

 二つの青い瞳を光らせたアルティメスは足を動かし、格納庫の外へと続くシャッターへと近づいていく。その数歩の先まで行くと一旦立ち止まり、ルーヴェはモニターの左側にあるシャッターの開閉装置を見ると、コクピットの中にいる状態で解除を試みた。

 いつものように目を光らせると、共鳴するかのようにシャッターが上へと昇り始める。その開かれたその先を歩くアルティメス。そのまま地下に秘匿されたブリッジへと足を進ませると、その道のりを突き進んでいった。

 ただ、その道のりにタイタンウォールが阻むどころか、隔てるものが何一つ存在していない。なぜなら、その道のりはタイタンウォールがある場所とは真逆の位置にあるということだから……。



「ルビアンが占拠された!? あり得ん……その情報はガセではないのか!?」

「間違いありません! 基地から脱出してきた士官らの報告では、防衛拠点すべてを掌握された模様! 被害も尋常ではないとのこと!」

「…………!」

 士官の報告にヴェルジュは異議を申し立てるものの、その報告に虚偽が含まれていないことを確かめると、苦虫を潰すように表情を歪ませる。自分達のいない所で、拠点を制圧されるなど信じたくもなかったのである。

「……まさか、我々の留守を狙っての襲撃だろうが、テロリストにしては実に周到と見える。しかし、三つすべてとなると、かなりの規模の部隊が投入されたのではないのか?」

「……いえ、それが……」

「?」

「たった数機のシュナイダーで、我が部隊のほとんどを破壊し尽くした、と……!」

「「「「!?」」」」

 士官の溜まったものを吐くかのような発言に、ラドルス達は強い衝撃を受ける。本来なら、相手より数の多い物量差で圧倒するのがセオリーなのだが、それとは真逆に少ない数で基地一つを墜とされるというのが何より、戦略をよく知る者にとっては衝撃的である。

 さらに士官の話では、どれも見たことのない個体であり、常識など以ての外と言いたくなるようなものだったという。数機で戦況を覆すことなど、まさにエース級と言ってもいい。まるで、自分達の信じてきたものをそのまま返されているようなものだった。

「それで、脱出してきた者達は?」

「今、ルビアンの中心部に位置する〝聖堂〟に集まっております。あそこはまだ制圧どころか襲撃もされておらず、迎え撃つ準備も整えられるかと……」

「……よし。引き続き、飛行艇の発進準備を進ませろ」

「え!? それはどういう……」

「救援に向かうに決まっているだろ。テロリストなんかに土足でこれ以上入れられてたまるか」

「し、しかし……」

 ヴェルジュの提案に、士官を含めた一同は絶句する。だが、ヴェルジュはそのまま飛行艇の元に振り向く。それをルヴィスが待ったをかける。

「なんだ」

「相手の正体を掴めないまま、救援に向かうなどリスクが大きすぎます! 少しは情報をまとめてから――」

「下らん。お前が何を言おうと、私は行く。元々あそこに戻る予定でもあったから、別に変りはしない。行くぞ、お前達」

「「…………」」

「私の声が聞こえないのか?」

「「……イエッサー」」

 ルヴィスの言葉すら耳に入れようともしないヴェルジュは、自身の配下と共に、再び飛行艇の元に歩み始めた。

「「…………」」

 また、ラドルスの元から離れる彼女から発せられるプレッシャーがルヴィスとルヴィアーナを無視するかのように通り過ぎる。ただ、それに当てられた二人をこの場に動けなくさせていた。

 その様子をチラリと視界に捉えたラドルスは、諦めるかのようにため息をついた後、手を前に出した。

「待ってくれ、ヴェルジュ」

「?」

「それなら、私も連れてくれ。いずれにしても、聖寮に留まっている者達から事の詳細を聞き出さなければならないし、どの道、情報をかき集める必要があるのではないのか?」

「…………」

「リスクを考える上でルヴィスの提案も、捨て置くにはもったいないと思うのだが……それでも君には不要なのかね?」

「……好きにしてください」

 そう言うと、先程まで逡巡していたヴェルジュはさっさと皇宮内を突っ切っていった。ラドルスの巧みな話術で、彼女はルヴィスの提案を飲み込むことを了承させたのである。

「……まったく世話を焼かせる義妹だね」

「すみません。言葉足らずで……」

「構わないよ。君のその発言は間違っていない。ただ、邪魔されたくないというのが、本音なのだろうね」

「はあ……」

 ルヴィスを宥めた後に会話を切り上げたラドルスも、義妹と同様に皇宮の中を突っ切っていく。その後ろと側面には配下のアイオスや複数の士官が集い、歩みを進めながらもラドルスは口を動かす。

 その姿にルヴィスとルヴィアーナは、尊敬のまなざしを向けるのだった。


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