シュナイダー
一方、ニルヴァーヌ学園の校舎を遠くに捉え、人や車が素通ることのできる道路と学園の敷地を隔てる校門のすぐ近くに、徐々に遠ざかっていく人影があった。
その人影――ルーヴェは、スマホを片手に再びある人物と連絡を取っていた。その相手は当然、前にも連絡した人物である。
「アンタが言っていた通り、準備は終えたぞ」
『じゃあ、私達は引き続き、作業を進めるわ。あなたはレディアントで探ってちょうだい』
「分かった」
『後、それと……あの子の面倒もお願い』
「……できるだけのことはしてやる。近くにいることができなかったアンタのかわりにな」
「……ありがと」
話を終え、すぐに通話を切ったルーヴェだが、気分はどうにも晴れない感じであり、スマホをポケットに仕舞うとすぐにため息をついた。まるで自分に面倒事を押し付けられたようにも見える。苦い表情をしたまま、彼はまた街中へと足を進めるのだった。
(やれやれ……。やることが多いな、まったく……)
その一方で、先程まで彼と連絡を取っていた人物はというと、椅子に座ったまま、もたれかかっていた。
その人物がいる空間はなぜか明かりが少なく、姿がよく見えない。唯一分かるのは、膝元まで下ろされた白衣と、目元に眼鏡がかけられていること、それだけだった。
「フゥ……」
肺に溜まっていた空気を吐き出した彼女は、両腕を頭上に掲げて伸ばし、椅子から立ち上がるとすぐさま自身が使う部屋から立ち去っていく。その部屋を隔てる扉を超えると、左右が壁に仕切られ、無機質に広がる通路に足を踏み入れた。
「……さて、こっちも行きますか」
そして、軽く眼鏡を上にかける仕草を取った白衣の女性――ラヴェリア・ベルティーネは、こちらへと招くように先へと続く通路を歩き始めるのだった。
ガルヴァス皇宮。
周辺はニルヴァーヌ学園と同様に、数多くの木々で囲まれているものの、軍隊が使用する演習場や飛行機などを受け入れることのできる滑走路、さらにはすぐ近くに隣接し、様々なものを格納できる巨大な施設など、明らかに自然とは無関係なものまであるのだが、広い敷地を利用してのものや、皇宮の警護という安全の意味を含めれば、特に違和感があるとは言い難い。
ただ、この国には他国に恐れられる〝裏の顔〟があり、内部にそれを象徴するようなものが存在していたのである。それは、ギャリア大戦を引き起こした者に相応しい、恐るべき軍事兵器が今も開発されていた。
皇宮の上階、選ばれた者しか立ち入ることのできない場所でもある執務室。
その椅子に腰を掛けるルヴィスと、その傍らにいるケヴィルの二人は今、机の上に表示されたモニター越しに映る〝あるもの〟の様子をしっかりと目に焼き付けていた。
「この様子なら、明日には着手できると思います」
「そうだな。その明日までに何事も起きなければ、いいのだが……」
「はい」
モニターを通じて、明日の準備が捗っている様子を口にしたケヴィルだったが、表情が険しいルヴィスの懸念を聞くと神妙な顔つきに変わった。これからのことを思案していたルヴィスは、傍らにいるケヴィルに向けて口を動かした。
「ガルディーニ達に明朝、出動するように伝えておけ。それまでは栄気を養うことも含めてだ」
「分かりました。すぐに伝えに参ります」
ルヴィスの指示を聞き入れたケヴィルはすぐさま手に持っているタブレットを操作しつつ、この場を立ち去る。その一方でルヴィスは何やら思いつめた表情のまま、じっとモニターの映像を凝視し続けていた。
(……一応、兄上達にも伝えておくか……。借りを作っておくのは癪だが……)
念には念を入れて、と自分の兄弟に協力を要請しようとするルヴィス。慎重にも見える彼の心配は、人としての気配りが垣間見える。
ところが、彼にとって他者に頼るなど甚だしいものであり、そんなちっぽけなものでなく、皇族である彼にとっては手柄を取られたくないという独善的な理由が多分に含まれていた。
しかし、明日行われる作戦を失敗させるわけにはいかず、あくまで保険として協力を要請しようと思っているのである。
もっとも、彼が伝えようとする人物の一人がどうも苦手意識があり、思わず頭を抱えてしまうのだが、ルヴィスは致し方ないと割り切り、彼は主に使用する机に設置されている通話ボタンを押そうとした。
――のだが、その机から、なぜかピピピッと鳴り始めた。
「!」
いきなりの警告音に険しい表情を取るルヴィスはそのまま、別のボタンを押して通話ができる状態にした。その向こう側にいる人物に向けて声をかけた。
「どうした!?」
『大変です! 十二時の方向から強大な反応が多数、こちらに向かっております!』
「何っ!?」
『距離、五千、およびその数、三十!』
「――ッ! すぐに防衛体制に取れ! 近隣住民の避難勧告も怠るな!」
『イエッサー!』
「……こんな時に……!」
通話越しの相手から聞かされ、訪れようとしている自国の危機に、苦虫を噛み潰すように唇を噛み締めるルヴィス。
さらには肘をつきながら組んでいた両手も強く握りしめており、その危機に不満を募らせると、いきなり椅子から立ち上がる。その時の彼の表情は特に怖いものであり、近寄りがたいものである。
しかし、彼は何かの意を決した様子であり、そのまま執務室を後にするのだった。
ルヴィスからの指示の通りに、皇宮内を含めて、空が暗くなりかけていたレディアント全域に警報が発令された。
耳をつんざくような激しい警告音が街中、いや帝都全体に鳴り響き、その音を耳にした人々は、何かを探すかのように足を止めると、その警報に意識を移していく。
ニルヴァーヌ学園の学生寮の自室に戻っていた学生達も、それぞれ保有するスマホから警報が発令されていることに気づき、その内容に戸惑いを見せる。しばらくすると街中に映し出された避難の通告と共に、避難を促す放送が流れ始めた。
『警告! 警告! 首都全域に避難警報を発令中! 住民の皆様は速やかに地下シェルターに避難を! 繰り返す! 警告! けいk……』
その放送が流れるとレヴィアントにいる住民らはすぐに避難口がある場所へ走り始める。パニックにもならずに素早く動いたことから、何度も経験してきたかのごとく迅速な対応を行っていた。
「焦らずに、並んでください! 私達の指示に従って……」
デパートやビルなど、そこで働く係員達がその内部にある避難口の近くで大きく手招きしながら住民を誘導させる。その避難口は地下へと繋ぐ階段となっており、市民らは条件反射するかのごとく階段を降りていった。
さらに、道路沿いに設置されたマンホールに赴く住民の姿があり、そのマンホールが開けられた空洞に設けられたハシゴを通じて次々と地下へ降りていく。それもあって、避難は滞ることなくスムーズに進んだ。
その地下――広く建設されたトンネルの近くに降りた住民らは、そのトンネル内を移動し、脇に建造された複数のシェルターへと進んでいく。シェルターもかなりの広さがあるようで、住民達を次々と受け入れていき、一人も余すことなくシェルターに避難していった。
元々、このトンネルはギャリア大戦の以前から存在しており、その頃からさらに改良が加えられているという。大型の車輌が通れるサイズでもあり、皇宮からの重要物資を秘密裏に運搬できるようになっている。
また、トンネルは帝都より南下した位置にある都市【ルビアン】に通じており、距離はあるが、非常時での避難経路として利用できなくもない。加えて、トンネルはいくつかの分かれ道が存在し、その分かれた先にもシェルターや地上への通路も存在する。
特に街中や郊外にある住宅街など人口が密集する地帯に設置されているため、何かあった際はすぐに地下へ駆け込めるように完備されているのだ。
当然、逆に帝都から北上した都市にも完備されているのだが、今は使うことができない。いや、使用することすら叶わないのが現状であった。
なぜなら、その北上した都市、いや領土に問題があり、今回の警報もそこで起きた異常が原因だったのである。
さらに付け加えるとすれば、この帝都より北上した領土は、既に人が住めるような環境ではなく、かわりに、この地球に存在するはずのない、〝異形の存在〟がその領土を支配していたのだ――。
その郊外――ニルヴァーヌ学園の地下に開通されたトンネル内でも、そこに住まう人々が一直線に足を進めており、彼らもトンネルの脇に位置するシェルターへと避難していた。当然、この学園に通う学生達も同様であった。
「なんでこんな時に、避難しなきゃならないのよ~」
「仕方ないでしょ。何回も経験していることなんだから……」
「ッ~~~!」
帝都全体に発令された避難警報にて学生寮から地下のシェルターへ移動を進めるエルマとカーリャ。
その中でカーリャは愚痴を零すものの、その隣にいたエルマがたしなめる。しかし、彼女の不満はさらに募らせる一方だ。
「何でこんなご時世になっちゃったんだろうね?」
「……そんなの私が聞きたいぐらいだよ。でも、いずれ私達もあそこに参加しなきゃならないってのは、ちょっとね……」
「…………」
カーリャからの質問に、エルマも投げやりに答える。学生寮でもそうだが、彼女達の会話には少し暗い感じがわずかながらあり、ここから逃げ出したいという気分が勝っていた。
もっとも今はこの国に訪れる危機を回避するためにシェルターに避難しているのだが、まるでこの学園から逃げ出したい、そう言っても別に不思議とは思えなかった。
先程までこの国は平和に見えたのだが、今はそんな様子など一つも見られず、地上も地価も含めて、いつの間にかドス黒い、殺伐とした雰囲気が満ちていた。
それは、都市全体が騒ぐほどの事態がもうじき迫っている証であり、この国が何度も繰り返してきた〝争い〟が起きようとしていた。
レディアントの街中から避難を続ける人々の中から一人抜け出し、避難口とは異なる別の場所へ細い脇道の中を駆け出していたルーヴェは、その細い道から広い空間に出ると、いきなり足を止める。
そこには何もない、ただコンクリートだけが地面に広がる空間であり、四方は建物の裏側で固められている。特に何もなく、目立つものすら見当たらないのだが、ルーヴェはじっと、その何もないところを見つめ、ある言葉を口にした。
「ステルス解除」
その言葉のままに、何もない空間から、巨大なものが突然姿を現し始めた。
空が黒く染まりかけたところに、全体が黒く塗り潰された姿を持って現れたのは、一体の巨人。
その巨人は何かにかしずくように片膝と片手を地面につけており、ずっと主を待っていたかのような雰囲気が周囲に流れていた。
「…………」
ルーヴェは無言のまま真剣な目つきで、目の前に現れた巨人の元に近づき始める。漆黒の巨人が待っていた主こそ彼であり、そして、彼の前で膝をつくその巨人こそ……。
「――ったく、いきなり出撃させられることになるとは……」
「今回は本当に、予想外としかいえませんね……」
ガルヴァス皇宮の内部を張り巡らせるように通る長い一本道を歩く二人の若者――ガルディーニ・ヴァルトとメリア・アーネイは、このガルヴァス帝国に起きようとしている危機に立ち向かおうと、ある場所へ赴いていた。
二人共、何やら奇妙なスーツを着込んでおり、強い覚悟を持った表情も含めて、何かと戦おうとしているのがよく分かる。
また、多数のガルヴァス人が二人と並行するかのように足を進めており、それぞれ自分の持ち場へ向かおうとしているのが確認できる。ただ、二人とは別のものを着ており、頭の上に被っている帽子を含めて、まるで軍人のような威圧感があった。
その中で二人が向かおうとしていたのが、皇宮のすぐ近くに隣接された巨大施設――多くの物資を納めることのできる【格納庫】である。
その格納庫へと続く通路を歩き、その中に足を踏み入れる二人が目にしたのは、青紫の装甲を纏った巨人だった。全高は軽く十五メートルもあり、外観も中世の騎士に近い。言うなれば、甲冑がそのまま大きくなったようなものだ。
しかも、同じ形状の巨人がその後方、加えて左右と人形のように立ち並んでいる。その数は格納庫全体に収まるほどであり、三十は優に超えている。
――戦略用人型戦闘兵器 《シュナイダー》。
格納庫の中で出撃を待つこの巨人達こそが、ガルヴァス帝国が持つ〝軍事力〟の一つにして、最大の象徴であった。
紫の巨人――《ギガンテス》と呼ばれる数十ものシュナイダーが格納庫内で立ち並ぶ中、ガルディーニとメリアは、自分達と同じスーツを身に着ける者達、すなわち自分達と同じ軍隊に所属するガルヴァス人の前に立っていた。その人数は二ケタに昇っており、シュナイダーの数に近いほどであり、これから何をするかは明白であった。
「準備はできているか!?」
「「「イエッサー!」」」
「気づいていると思うが、現在この帝都に進行している連中がいる。しかも、あの【閉鎖区】からだ。その意味は分かるな?」
現状を把握しているガルディーニからの応答に、それが何かを察したガルヴァス人達は圧し掛かる不安と共にザワつき始めた。理解が早いように思えるが、実はこの時代を生きる彼らにとっては、身近にあるものであった。
「つまり、ここで奴らを潰さなければ我々に明日はないと思え! 何度も言うことだが、わが国で好き勝手をする連中に我らの力を見せつけるのだ!」
「「「イエッサー!!」」」
ガルヴァーニの檄により、数十のガルヴァス人は敬礼と共に自らを奮い立たせ、それぞれ自身が操るギガンテスの元へ駆け寄っていく。
遅れてガルディーニ達も自分が乗る機体へと向かい、開放された胸部から足元に垂れ下がっているワイヤーを使って自らそこに引き上げられた。
そして、シュナイダーを操縦する者――【機繰者】は、胸部に収められている操縦席に座り込むのだった。
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