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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第1章
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人ならざる脅威

連日投稿です。

「まったく、こんなものに手間を取るわけにはいかないのだが……。まあ、奴ら・・を潰してくれるというなら、むしろありがたいもんだ……」

「……私もそう思います。ですが、目的が分からない以上、このまま見逃すわけにはいきません。できるならば鹵獲したいところですが……」

「同感だ。もしもこれが、本当に存在・・するのなら、無視するわけにはいかんだろう。……とはいえ、奇妙なものを持ってきたな、お前は?」

「いえ。ただ、後々面倒になる可能性もございますので、殿下に伝えるべきかどうか……」

「……まあいい。だが……」

 机の上に置いたタブレットを再び手元に持ってくるルヴィス。その目にはまっすぐに、タブレットに映る、黒く塗られた〝シルエット〟に向けていた。

「…………!」

 ただ、その視線には強い疑心が込もっており、いつの間にか眉が吊り上がっている。加えて、自分では気づかないだろうが、僅かながら手が震えていることから明らかに不機嫌の様子であり、機嫌が悪いように身見える。そのことをケヴィルは察しつつ、口を動かさずに見守っていると、そのルヴィスから自身が携えていたタブレットを返された。

「ケヴィル、お前はとりあえず、これの調査をしろ。ただし、姉上や兄上には決して伝えるな」

「! し、しかし……」、それならあの方々に協力させてもらった方が……」

「二度は言わせんぞ」

「!……イエッサー」

 ルヴィスの二言を言わせぬ重圧に、思わず受けてしまったケヴィルは口を噤んでしまう。

 自分が提示したタブレットに映る〝何か〟の真相を、自身の手柄として独り占めしたいという下心がルヴィスを動かしているのを目にして、ケヴィルは止めようとしたが、当然、皇族を逆らうことなどできるはずがなく、彼は何も伝えられないまま、ただ従属することしか残されていなかった。


「……失礼いたしました」

 ルヴィスが居座る空間、もとい彼の執務室から出たケヴィルはそのまま扉を閉めると、「ハァ」とため息をついた。その理由はもちろん、自身が行おうとしている調査を内密にするように、とルヴィスから釘を刺されたことである。

 主であるルヴィス――彼をはじめとするガルヴァス皇族とは長い付き合いであるケヴィルにとって、皇族に仕えることは楽ではない責務だと常に理解していた。生まれた時から人の上に立つことを許された彼らには、少なくとも伯爵という高い地位を持つ彼でも、逆らおうとすればすぐに不敬罪に直結される。せいぜい世話を通じて、主を良い方向に導こうと支えることだけだ。

 中でも野心が高いルヴィスの世話は負担が大きく、これまでも彼に振り回されており、面倒が多かったという。彼としては悩みの種とも言っていいほどで、心労を重ね続ける要因でもあった。

 重すぎる責務だとケヴィルは理解しつつ、改めて姿勢を正して、そこから右に続く空間へと向かっていく。だが、その逆方向から何やら不穏な視線を感じ取る。

「!」

 そのまま振り向くが、そこには何もなく、杞憂に終わるケヴィルはと再び前に歩き出した。

「気のせいか……。どうもこの頃、気配を感じるのだが、これも歳のせいか……さて、仕事・・を進めなければな……」

 ケヴィルはそのまま背中が小さくなるように奥へと進んでいった。

 彼が感じた視線は神経質なものだと自身で解釈していたが、実はそうではなく、彼が進んだ方向とは逆方向に、確かにその視線の持ち主は存在していたのである。

 今はその視線が感じることはないが、曲がり角があるその場にはルヴィスともケヴィルとも異なる、一人の人間がその角の近くに隠れるように立っていたのだった。

「…………」



 一方、ガルヴァス皇宮の城壁より広がる繁華街の中にいたルーヴェは、今も自身の周囲に立ち並ぶ建物やその近くにできた人だかりなどを見渡しつつ、道端にできた人混みを避けながら足を進めていた。

「…………」

 しかし、ルーヴェはそれらに興味を持とうとせず、ただ視界に入るものとして捉えており、表情もどこか無に近い。まるで歩きながら茫然と眺めているように見えるのだが、視界をあちこちに移しているようで、何かを探しているようにも見えた。

(確か、この辺り・・・・のはずだが……)

 建物の見た目が近未来的な様式以外、何の変わり映えもない風景が延々と続く中、彼は引き続きその近くを通る道のりを進んでいると、視界の先に存在する何かに気づく。

「!」

 一瞬足が止まるものの、ルーヴェはそれを確かめるべく再び足を進めていくと、Tの字に分かれた道路の先にある扉を目にする。さらに、危険を表示する模様が施されたバリケードが扉の左右に広がっているのも捉えると、ルーヴェの目が鋭くなった。

「ここか……」

 ルーヴェの目の先に立ちはだかるバリケードは皇宮のちょうど後ろに位置する場所にあり、この先を阻むかのように控えている。しかも、扉の両側には二人の警備員が立っており、立ち入ることを禁ずるかのごとく、周囲に向けて目を光らせている。先程まで活気ついていた街中とは異なり、なぜかここだけ殺気が満ちていたのだ。

通りの厳重なまでの警備だな……。ってことは、あの先が……」

 バリケードの間に設置された扉や警備員の姿があることから、この先に何かがあることを予測するルーヴェ。少しずつ視線を上にあげるとその先に、高層ビルよりも高い、大きな壁が立ち尽くしていた。

「…………! これが〝ヘカトンケイル〟か……」

 ヘカトンケイルと呼ばれる、この巨大な壁を目にしたルーヴェだったが、遠くから見ても、その異様さに圧倒される。しかもバリケードと同様、壁面が左右に広がっており、まるで領土が分断されているかのように見えなくもなかった。――いや、実際には分断されていた。

 なぜなら、このヘカトンケイルよりも先にある大地は、決して足を踏み入れることを禁ずる〝魔の領域〟と化していたからだ。それもあって、こちら側から見ることはできない。それだけ危険ということだろう。

 それは、過去に起きた爪痕・・を必死に隠しているかのようにも見えるのだった。

(……呑気なものだな。あの〝惨劇・・〟から十年・・も経っているというのに……)

 ヘカトンケイルを遠くに見ながら、心の中で愚痴を零すルーヴェ。

 この国で起きている状況が、かつての〝惨劇〟から未だに続いていることを表していた。



 今より十年前、【ギャリア大戦】と呼ばれる世界大戦が勃発した。

 大陸全土が三つに分かれた超大国の一つであるガルヴァス帝国が他国に宣戦布告を行い、軍事力による武力制圧を開始した。他国に勝る科学力を持つ彼らは、その科学力から生み出された軍事兵器により瞬く間に領土を制圧、自国の領土として手中に収めていく。

 帝国の世界統一まであと一歩まで迫ろうとした矢先に起きた、ある出来事が〝悲劇〟を呼ぶこととなった。

 あれから数年はこの世が地獄と化し、復興に着手できるようになったのは、その時からだという。復興に手を回せなかったということは、当然、数百万の命が消え、その技術も消えてしまったと考えられなくもない。何しろ、世界大戦よりも悲惨なものとなってしまったのだから。

 そして、あれから十年が経った頃には、復興は完全に終えたと言ってもいい、のだが、その復興に着手できず、逆にその場所を奪われてしまい・・・・・・・、やむを得ず隔離することもあった。

 その一つが、この帝都レディアントの国境をまたぐ巨大な壁、ヘカトンケイルの外側に位置する大地である。その大地に潜む〝異物〟が、ルヴィス達を悩ませていたのだ。

 そして、あの〝悲劇〟による影響は、今もこの世界で生きる人々を傷つけていた。

「…………」

 嫌なものでも思い出したのか、何やら暗い表情を浮かべたルーヴェは目の前にあるバリケードから目を逸らし、今度は先程訪れていた繁華街へと戻り始めるのだった。



 そのヘカトンケイルの外側に存在する、広大な大地。

 多くの人々で賑わうレディアントとは打って変わって、人影すら見当たらない殺風景だけが広がり、さらには、この場にあるはずのない、(・・・・・・・・・・・・)巨大な建造物・・・・・・が大地の上に建てられていた。

 かつては、帝国の領土の一つとして、繁栄していた・・・・・・はずだったのだが、今ではその繁栄の一部である、建物が朽ちるように崩れていた。

 まるで時間だけが過ぎ、そのまま滅んだかのような風貌だ。ビルは元より、近くに立ち並ぶ建造物も状態が酷く、汚れやヒビが大きく目立つ。傷跡も未だに残っており、その状態のまま風化しているのが目に見えた。

 しかも、人影どころか動物の姿すら見当たらない。大地の上に残された廃墟以外、完全にカラッポのような空間であり、もはや人の住める場所でもなくなっていた。

 ところが、廃墟が立ち並ぶ大地に一つの影・・・・が忍び寄る。

 その影から伸びるのようなものが動き、廃墟だけが並ぶ地面に踏み入れると、ドスン!と重みのある音が大きく響いた。しかもそれが連続して周囲に響き渡り、そこに何か(・・)がいることは確かめるまでもないだろう。人がいない大地に忍び寄っている影が証拠だ。

 ……と言いたいのだが、人間からすれば、事実なのかと・・・・・・疑いたくなる・・・・・・ことであった。

 なぜなら、この大地における環境は、|人間どころか生物にすら(・・・・・・・・・・・)適応しておらず、・・・・・・・・足を踏み入れる(・・・・・・・)こと自体、(・・・・・)不可能なのである。

 しかし、この環境下で影が動いているということは、何かがいることは間違いない。だが、それは生物と呼べる代物ではなかった。

 ――ハァ……!

 太陽に照らされて大地に映る大きな影がゆっくりと足を進めつつ、口元から生物特有の息を小さく吐く。その吐息は呻き声とも鳴き声とも異なり、人間の呼吸に近い。それだけで生物だということは、疑わしいところだが。

 さらに、その口元から垂れた透明な液体が地面に落ちると、地面に転がる小石がいきなり溶け始めた(・・・・・)。しかも地面から生えていたと思われる小さな雑草もなぜか黒く変色しており(・・・・・・・・)、元からあったのかと疑わざるを得ない。

 その黒い影が、立ち並ぶ廃墟の間にある道があった場所を埋め尽くすかのごとく、一つの行軍となって進み続ける。加えて、影の形からでも動物に似ているのだが、生物に適さない環境下で動ける動物など存在しない。何しろ、この大地に踏み入れた時点で生物が死に絶える・・・・・ことは確実だからだ。

 その黒い影の正体である〝ソレ〟は、今いる場所から遠くにある、向こう側を見つめる。それに含まれていた感情は、〝悪意〟にも似たそれに一番近いものだった。

「ギシャアアァ――――!」

 どの動物にも属すことのないその咆哮は間違いなく、人ならざる脅威(・・・・・・・)そのものである。その遠くに位置する都市・・・・・・・・・にまで届きそうなその雄叫びは、人間にとっては耳にしたくない、腹の奥底から恐怖を呼び起こす鳴き声であった。



 〝人ならざる脅威〟が雄叫びを上げる一方、その鳴き声を、耳にせずとも身体で・・・感じた者 がいた。鳴き声というより、それに含まれる〝悪意〟をその身に感じた者達は、それぞれの場所で足を止め、悪意という名の気配があった方向に目を向ける。

「…………」「…………?」「…………!」

 ある時は虚無、ある時は懐疑、ある時は確信……。様々な感情を抱え、人とは違う〝異能〟を持つ者達は、それぞれ今の時間の中を進んでいった。

 だが、その者達がそれぞれ相対するまでの時間は、刻一刻と迫ろうとしていた――。



 正午を過ぎ、朱色に近い夕日に照らされたニルヴァーヌ学園は放課後を迎え、生徒達はそこから遠くに位置する【学生寮】へと戻っていた。

 その学生寮に戻っていたエルマは、自身が暮らす部屋の椅子に座りながら、なぜか机と向き合っていた。

「…………」

 彼女の表情はあまりにも無と言ったものであり、読み解くことができない。何か張り詰めたかのような顔つきのまま、その場から動くことはなかった。

「?」

 彼女が使う机の近くにある、二段式のベッドの一段目に本を読みながら寝転がっていたカーリャは、今のエルマを見て、様子がおかしいことに気づいた。

「……どうしたの?」

「…………」

「聞こえてる?」

「! あっ……」

 カーリャの呼びかけに、ようやく反応したエルマ。

 何か思い詰めていた表情だったため、周りの声が聞き取りづらかったのだろう。我を取り戻した彼女は、声が聞こえた方向に顔を向ける。

「何かこの頃、おかしくない? 何か、ボー、っとしてさ」

「いや、そういうわけじゃ……」

「絶対そうだよ」

「そう……かな?」

「…………」

 カーリャからの追及を、エルマは振り払うかのように誤魔化す。しかし、カーリャは見逃さず、じっと彼女を見つめ、何かを隠していることにあえて口にしなかった。

 そこでカーリャは先程とは異なる話題を振り出してきた。

「そういえば明日、〝アレ〟の操縦に入るんだっけ?」

「……そういえばそうだったね。なら、今日はマニュアル操作の復習をして、横になるとするかな……」

 気を取り直したエルマは、ベッドの傍に置いていたバッグを手に取りつつ、再び椅子に座り込んだ。それを見て、カーリャは密かにほくそ笑んだ。

「真面目ね……。でも、もしこのままいけば、アンタ、軍に所属できる・・・・・・・チャンス、来るんじゃない?」

「……別にそんなのになりたいわけじゃないよ。私はただ、自分が目指しているものを叶えようとしているのにさ……」

「仕方ないでしょ。だって、この学校は、そのために・・・・・あるんだし……」

「…………」

 話題を切らさないように言葉を交わし、カーリャがある一言を言い出すと、エルマは即座に否定した。すると、切り出してきたカーリャの表情がだんだん暗くなっていき、それに共感したのかエルマも同様に顔が暗くなっていった。

 カーリャは切り出す話題を間違えたのか反省するところだが、今はそんな気分にはなれないだろう。

 何しろ、自分達は既に、平和の中で暮らす、普通の学生ではいられないのだから……。


エルマ達が暮らすニルヴァーヌ学園には、裏の顔が存在します。その秘密に関しては追々、書いていきます。

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