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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第1章
25/90

ドレイク

 リザードとは対照的にゆったりと前進し続けていた十匹のドレイクは、ディルオスが並ぶシュナイダー部隊との距離を詰めると地面に爪を突き立てる。

「グゥウウウ……ウアァア!」

 その唸りと共に、前足に力を入れて態勢を低くすると獲物に駆け寄る獣のごとく、ドレイクは前面に向かって駆け出した。

『!』

 戦闘が始まってから動きを見せなかったドレイクが前方にいたリザードをものともせず、派手に掻き分けながら猛スピードで迫り始める。ドレイクによって吹き飛ばされたリザードは皆、側面に走り寄っていた別の個体にぶつかったり、そのまま地面に転がったりとまるで邪魔者扱いである。

『クソッ! 全機、ドレイクへ集中砲火!』

 突進してくるドレイクから発せられるプレッシャーに畏怖を感じたガルディーニはすべてのディルオスに向けて命令を下し、ドレイクを迎え撃とうとする。

 その指示のままにディルオスはマシンガンをドレイクに照準を向け、発砲し始めた。だが、マシンガンから放たれる銃弾を食らっても、ドレイクの身体は異様に硬く、銃弾が嵌っても致命傷にはなってもいない。さらに怯むどころか前進しており、まるで強力な鎧に跳ね返されるような感覚であった。

「ッ! ナメるな!」

 マシンガンが効かないと理解していたガルディーニはそれより高威力を持つ同じく実弾式のバズーカに持ち帰る。さらに他のディルオスもバズーカや四発の発射口が見えるミサイルランチャーを構え、再びドレイクの大群に向ける。

『一斉射!』

 ガルディーニの合図と共に、ディルオスは携帯する武装の引き金を引き、すべての発射口から数十もの実弾が迫り来る化け物に向けて発射された。

 発射された実弾はそのまま直進してくるドレイクへ命中する。その際、爆発による白煙がその周囲を大地ごと覆い尽くし、ガルディーニ達が捉えていたドレイクの姿を見えなくした。


「!」

 一方、空中でワイバーンの相手をしていたレギルは、自分達と同様に戦闘が起きている地上に目を向けるとディルオスと相対するように展開していたドレイクの姿が白煙に隠れるように姿を消えていたことに驚く。

 白煙が周囲を包んでいるせいか、ドレイクの姿を見ることができず、倒されたのかも分からない状態である。同じく空にいたルーヴェもこれで終わったのかと思えたのだが、

 ――ドクン!

「「!?」」

 両者にある感覚がそれぞれの身体に流れ込んだ。それと同時に、ある言葉が頭によぎる。

 ――まだ終わっていない、と。

 それを表すようにディルオスはある動きを見せた。

『……お前達、いつでも動けるように隙間を開けておけ』

『それはいったい、どういうことですか!? ガルディーニ卿!?』

『これで終わるとは考えないことだ。……!』

 自分の指示に対する質問に答えようとしたガルディーニだったが、ズシーンと甲高い音が周囲を揺らがせるように響き、同時に、白煙から何かが動き出した。

『! 全機、隊列の中央を開けろ! 今すぐにだ‼』

『え? どうい――』

 不意打ちにも思えたガルディーニの忠告に、それを耳にしたアドヴェンダーは素っ頓狂な声を出す前に言葉が切れた。その瞬間、アドヴェンダーの意識は外から来る衝撃に理解そのものを飛び越え、その最後を自覚しないまま意識を閉ざした。

 その原因は、周囲を覆う白煙から飛び出したドレイクが右の前足(・・)で数機のディルオスを生身で弾き飛ばしたからだ。

 バギャン!!とダンプカーに撥ねられたかのような衝撃を受けたディルオスは勢いよく左側に飛ばされ、その威力を物語らせるように、その後ろにいたディルオスごと弾き飛ばす。 

 さらに大地に転がるとその勢いがなくなるまで、そのまま抉り続けた。また、平手打ちを食らったディルオスの胸部装甲が見事にペシャンコに潰されており、中にいるアドヴェンダーの無事を疑った。

 また、別に弾き飛ばされたディルオスは宙に舞い、重力に引かれたまま地面に打ち付けられた。

 自分がいる部隊との距離があったにも関わらず、反応ができないほどのスピードで迫ってきたことにアドヴェンダーは呆気を取られるしかなかった。

『コイツ!』

『気をつけろ! リザードよりデカいからと油断してい――』

 自身の目の前で同胞がやられたことに一体のディルオスが、反射的にマシンガンを構えるとその脇で別のディルオスが注意を促す進言を口にしようとしたその時、不意に言葉が途切れ、甲高い音だけが木霊した。

 距離を詰めたドレイクの背面に構えている右前足が平手状に広げ、ビンタの要領で勢いよくディルオスの左半身を叩く。

 そのビンタを受けたディルオスは勢いのままに別機体のディルオスを巻き込み、数メートルまで弾き飛ばされた。ただの平手打ちなのに、まるでいきなり巨大な鉄球にぶつかって転がされたような衝撃である。

 言葉が途絶えてしまったことに気づいたディルオスは、急いで音がした右側へ視線を向ける。

『!』

 その頭部に埋め込まれた赤いメインカメラが捉えたのは、なぜかドレイクの脇で横たわる別のディルオスであった。

 自身の右側にいるディルオスから声が聞こえたのだが、言葉が途中で途切れてしまったことや、ドレイクが既に自身の近くにいたことと、その前足が先程と別方向にあることから、おそらくその機体に攻撃を加えたことは間違いないだろう。

『あ……ああ、……』

 つい先程まで相対していたリザードとは比べ物にならないほどのスピードとパワーで数体のディルオスを、まるで持っていた玩具を所々にポイ捨てするかのようにドレイクはその強さを見せつけていた。

 いや、見せつけるというより、何も知らない赤ん坊が無邪気にビンタでものを叩くと言った方が分かりやすい。ドレイクからしてみれば、まさにそれである。

 他の場所でも同様の出来事が起こっており、既に十数体がドレイクの尋常ではない膂力によって地面に倒れ込んでいた。中には関節部から火花が散ったり、装甲が凹んで操縦系統に支障がきたしたりとアドヴェンダーにも負担が押し寄せていた。

 ドレイクが暴れまわったせいで、ディルオスの隊列は既に崩れていた。そこに狙いを定めるように残存していたリザードがディルオスの側面に回り込みつつ襲い掛かってきた。

『!? グアッ!?』

 しかもそれが多数も背後から覆い被さったのだ。側面と背中からの急襲に、包囲されたディルオスはパニックに陥った。さらには先程のドレイクの攻撃でダメージを食らったディルオスにもリザードが目の前の現れたエサにありつくかのように近づいていた。

『クソッ! コイツ等、まだこんなに……!』

『落ち着け‼ まずはソイツ等を――』

 いつの間にか頭の隅に追いやっていたリザードの存在にガルディーニ達は、更なる混乱に見舞われる羽目となった。リザードは銃口を構えるディルオスを見るとその場でジャンプして、そのディルオスに頭から覆い被さる。

 その脇にいた別のディルオスが引き剥がそうとするが、別の個体のリザードがゴキブリのような素早い足取りで背面から襲い掛かり、その動きを封じ込める。

 その有り様を見て、すかさずモニターを通じて周囲を見回したガルディーニだったが、反応を示すレーダーにも表れている通り、既に地上部隊はヴィハックに囲まれ、逃げ場を失うこととなった。

『ウアッ!? は、離れろ!』

 あらゆる方向から体を掴まれ、一体のディルオスはそのまま押し倒される。右手に持つマシンガンで撃ち殺そうとしていたのだが、モニター全体が真っ黒に潰され、照準もままならず、ただただ無差別に銃弾を撒き散らしていた。

 その周りを囲んでいたリザードもその銃弾を嫌って、マシンガンごと地面に抑えつける。さらに前足でシュナイダーの装甲を引き剥がそうとするのだが、あまりの硬さになぜか手をこまねいていた。

 そもそも装甲を含めたシュナイダーの骨格を表すフレーム自体がかなりの堅固さを誇るのだ。その強度は鋼鉄にも劣らず、リザードの膂力では装甲自体を引き剥がすことなどでき不可能に近い。

 その安全さを思い返したアドヴェンダーは、ギャリアエンジンの出力を上げ、脱出を図ろうとした。残り少ないであろうエンジンから流れているギャリアニウムを出し切るかの如く力を振り絞った。

 また、リザードに張り付かれていた数機のディルオスも、同様に出力を上げてリザードを引き剥がそうとする。このまま食われるかに思えたのだが、彼らはまだ希望を捨ててはいなかったのである。

 リザードに取り付かれたディルオスは、このままでは引き剥がせないことを知ると右手に持つマシンガンをそのままリザードの横っ腹に突き立て、ゼロ距離で弾丸を撃ち込み始めた。

「ギャアアアーー‼」

 自身の腹に感じたことのない衝撃を受けたリザードは痛みによる悲鳴を上げ、悶絶する。痛みによって組み付く力が緩んだのを逃さなかったアドヴェンダーはその隙をついてリザードを引き剥がし、地面に叩きつける。

 さらに身体を固定させるように左足で踏み固め、ディルオスは背中に搭載されたバトルアックスに左手で持ち、お返しだと言わんばかりにそのままアックスの刃面を頭部に振り下ろした。

「ギィア!?」

 頭部を叩き割ったディルオスはアックスを死骸から外し、アックスについた黒血を振り払う。そのまま同様にパニックに陥っている同胞の元に駆け寄ろうとしたその瞬間、巨大な拳がそのディルオスの視界を支配していった。

『!』

 ――バギャン!

 平手打ちとは異なる威力を持った攻撃がディルオスに襲い掛かり、胸部をはじめとした装甲ごと圧し潰していった。

 殴りつけられた(・・・・・・・)ディルオスはその場所から後方に飛ばされ、そのまま仰向けで地面に打ち付けられる。たった一撃で装甲は平手打ちよりも深く凹んでおり、コクピットまで及んでいるのは見ただけでも分かる。

 だが、意識があるのかディルオスは機体各部から火花を散らしながらも指や足を動かし、立ち上がろうとする。ところが、ドレイクはご自慢の膂力でディルオスの元に近寄り、トドメを刺そうと右の〝前足〟を拳のように握り潰し、その胸部へと容赦なく殴りつけた。

 ――グシャッ!

 鳴ってはいけない音が皇宮の管理ブロックまで響き渡り、見る者すべてを凍り付かせた。

過去にドレイクを目にしていた者達はそのまま持ち応えるものの、顔からは恐怖を感じたかのような冷や汗が顔筋を通じて流れた。

 その一方、あまり慣れない光景を目にしたことで体の中から何かが出てきそうなまでのショックを一部の者に襲い掛かった。だが、その恐怖は続く。

 拳を打ち付けたディルオスは機体の各部から火花を散らしながらも上げようとしていた左腕がそのままの状態で動きを止める。

 今度こそトドメを刺された様子であり、その拳が引き抜かれると装甲はプレスに潰されたかのごとくペシャンコとなっていた。

 その部位に設置していたコクピットに何らかの障害があってもおかしくない。ましてや操縦を担当するアドヴェンダーが拳の衝撃でダメージを負うことは確実であった。

 元々、シュナイダーの中でも胸部にあるコクピットブロックは特に頑丈にできており、ヴィハックには壊せない代物となっている。

 ところが、コクピットブロックの上に重ねられた胸部装甲がたった一撃で凹ませるなど、現実的にも認めたくもなかった。それだけあのドレイクが危険ということである。

 一ミリたりとも動こうとしないディルオスにドレイクが迫り、その前足でボロボロとなった胸部装甲を引き剥がしにかかる。

 黙ってエサになればいいものを、と聞こえてきそうなその動きに、未だにリザードと格闘を続けるディルオスの一つ目には、エサを待ち焦がれた動物の姿と被っていた。

 ドレイクは尋常ではない膂力で装甲を引き剥がし、中まで潰れかけたコクピットブロックとシートに収まっていたアドヴェンダーの姿が露わとなる。

 先程の全身を揺さぶるほどの強いショックが襲い掛かったためか、アドヴェンダーは気を失っており、ピクリとも動いていなかった。

 傷ついていたとはいえ、リザードでは引き剥がせなかった装甲をドレイクはいとも容易く剥がし、装甲をゴミのごとくポイ捨てする。その行動と見た目だけでも、ドレイクの膂力はルヴィス達の想定していた以上であり、その暴力的な強さに彼らは背筋に氷が浮かび上がるほどの恐怖をその身で感じ取るのだった。

「ウッ……? …………‼」

 一方、外気に晒されていたアドヴェンダーは意識を取り戻し、閉ざされていた瞼が開きかける。視界に色が戻ってきたかに思えたのだが、アドヴェンダーの目にした光景は生易しいものではなく、ヴィハックという絶望一色に染められていた。そのヴィハックとは当然、ドレイクであり、頭部にある赤い目は既に獲物を捕らえ続けた。

 ゆっくりと顎を開き、白い牙の上からダラダラと透明の液体を垂らすその様は、まさに捕食を行おうとする野生の動物である。

 また、顎から垂れている液体が半壊したディルオスに滴ると、リザードと同様の強酸が装甲を溶かした。いつ食われるかも分からない恐怖をさらに駆り立たせる。

「……クソッ、こんな所で!」

 その恐怖にアドヴェンダーは一瞬飲まれかけるが、腰に掛けていた軍用のピストルを取り出し、目の前にいる化け物に銃口を向けた。そして、バン、バンと撃ち尽くす勢いで銃弾を放つものの、ドレイクは危険を察知したのか咄嗟に右前足を前に出して頭部をガードした。

 引き鉄を引き続けたまま弾切れとなって抵抗する手段を失った男の顔はすぐに温度が低くなり、未だに目の前にいる絶望しか考えられなくなってしまった。

 そして、血の色に似た怪物は改めてエサに近寄り、そのまま食らいつき始める。男の運命は変えることなく喰われることになった。

――バリッ!


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