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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第1章
24/90

狩猟の女神

「ギィアアア――!」

 横長に広がるリザードの群れが大波のごとく押し寄せ、同じく横長に広がるガルヴァス軍を飲み込もうとする。しかし、ディルオスはマシンガンを構え、一斉斉射を開始させた。

 マシンガンから薬莢が地面に転がる中、弾丸の礫がリザードの群れに襲い掛かり、リザードは断末魔を上げる暇もなく、蹂躙されていく。

 だが、その後方からまた別のリザードが押し寄せ、先に死骸と化したリザードを踏み抜きながら突き進んでいく。それでもディルオスはマシンガンが弾切れになるまで、リザードが一匹残らず殲滅するまで引き鉄を引き続けた。

 その一方で、空に浮かぶ乗り物に乗る巨人と翼を得た怪物が飛び交う空では、それぞれ足のつかない空間の中で縦横無尽に動き回り続けていた。

「グァアア――」

 鳴き声を発しようとした一匹のワイバーンは頭部を撃ち抜かれ、地面に墜落する。同様に他の個体も頭を撃ち抜かれると飛ぶことを維持できなくなり、逆らっていたはずの重力に引き摺られていく。中には首ごと(・・・)斬られたもの(・・・・・・)も含まれていた。

「ハァアア!」

 その切り傷を与えたのは他でもないヴィルギルトである。両手には専用武器であるシュナイド・ソードが握られていて、襲い掛かるワイバーンの首を刈り取っていたのだ。しかも正確に首だけを撥ねており、中には体ごと二つに分かれた死骸まで出ていた。

 さらに背中にある姿勢制御のウイングが備わっているおかげで自由に旋回できることから、三次元の動きでワイバーンらを翻弄していたのである。

「遅い、襲い、遅い! ハハハッ――!」

 ヴィルギルトを思いのままに動かし続けるレギルは、ニヤリと白い歯を見せ、不敵な笑みを浮かべていた。得物を自らの手で仕留めるといった、嫌でも興奮するほどの気分を高揚させているのだ。

 ヴィルギルトの戦いぶりをモニターで捉えていたルヴィス達はワイバーンを圧倒する姿を間近で見て、頼もしさを改めて感じ、キールは口元を手で隠しつつも歪めていた。

「「…………」」

 ただ、ルヴィアーナとノーティスだけはその戦いぶりをなぜか悲観的に見ており、頼もしさよりも狂気的な恐ろしさを感じ取っていたのだった。

「ギィアア!」

 ヴィルギルトの上から一匹のワイバーンが口を広げ、噛み付こうとする。しかし、レギルはそれに気付くと操縦桿を動かし、それに連動したヴィルギルトの右腕が天へと振り向かれる。

 その時、握られていたシュナイド・ソードの剣筋がワイバーンの体を捉えると切れ込みを入れていき、最終的に剣筋がワイバーンの体を抜けていった。ワイバーンの体は真っ二つに分かれ、そのまま地面へと落下していった。

 その時、ヴィルギルトに斬られたワイバーンの切り傷から黒血が空気中に噴き出す。

しかし、それすら気づかないほどレギルは興奮しており、それだけ彼はこの戦争を心の底から楽しんでいた。

ただ、気になることが一つ。それはレギルの目が異様に赤く(・・・・・)輝きを(・・・)放っていた(・・・・・)のである。それは青い輝きを放つルーヴェのとは異なり、まるで血の色を表すかのような鮮やかな赤だった。

 ヴィルギルトが無双している間、フライトベースに跨るディルオスも負けずにマシンガンを発砲させており、ごくわずかだがワイバーンを撃ち落としていた。空を飛び回る中でアドヴェンダーは照準を狂わせることなく、しっかりと獲物を見据え、引き鉄を引いていた。

 翼を広げ、飛行していたワイバーンの数も徐々に少なくなっていき、空の主導権はガルヴァス軍が握り始めていた。


 怪物と巨人の戦いを遠くに離れた管理ブロックにて、ルヴィス達と共にいたルヴィアーナとノーティスは一切目をつぶることなく、その目に焼き付けていた。

「これが、戦争……」

「そうですよ。我々はずっとこれを繰り返してきたのです。どちらか生き残るか、命を賭けてね……」

「そうですか……」

 彼女の脇にいたキールはこれまでのことを簡単に説明する。彼の言葉通り、今戦場にいる軍人は皆、命を賭けてヴィハックを排除させているのだ。それに感銘を受けたのか、ルヴィアーナは強く言い返そうとしなかった。

「そうはそうと、……どうやってここに来たのですか? ここまで来るのにロックとか苦労したでしょう」

「別に苦労したわけじゃありませんよ。私のことを受け入れてくれたようなものですし……」

「! そんな嘘が通ると思っているのか!?」

「嘘じゃありませんよ。お義兄様方がこういうことをなさっていることを知ったのは数年も前のことですから……」

「…………!」

 これまでのことをすべて義妹に知られていたことに驚愕するルヴィス。

 それだけではない。ここに向かうためのパスワードをルヴィア―ナが知るわけがないのに、どうやって入ったのかも彼女はなぜかはぐらかしたことに彼は不快と感じ、舌打ちする。

 だが、その噛み合わない会話の中でキールは何かを察し、ある言葉をルヴィア―ナに話しかけた。

「それは、さっき倒れ込んだことと関係しているのですか?」

「!」

「その反応をするということは、当たりというわけですか。ルヴィア―ナ皇女殿下?」

「…………!」

「お前……」

 義妹に嫌気を差していたルヴィスだったが、そのルヴィアーナも他人に言えないことがあったことに手のひらを返し、今度は心配そうな目を向けるのだった。

(そういえば……数年前からああなっていたのか? だとしたら……)

 ヴィハックのことを知っていたということ、ドレイクの雄叫びに過剰に反応していたことを思い返したルヴィスは義妹に何かが起きていることを推測する。

 もしそれが正しいのなら、何か恐ろしいものが出るのではないかとルヴィスは冷や汗を浮かばせるのだった。

 その思考が浮かんだその時、それを吹き飛ばす情報が自身の前から伝わってきた。

「軍の後方から介入する物体あり! これは……識別不能の機体です!」

「! まさか!」

「映像を回します!」

 オペレーターから回ってきた情報にルヴィス達はある期待を寄せた。そして、観測された反応の正体が映像として映し出された。それを見た時、キールはある確信を得、ルヴィアーナはその正体に驚愕する。

「! やはり……!」

「…………!」

 モニターに映ったのはルヴィス達が追跡していた黒いシュナイダー、アルティメスである。アルティメスは今、大空を飛翔しており、モニターで観戦する者達を魅了していた。


「やはり始まっていたか……! それに、あの白いシュナイダーは……そういうことか!」

 ようやく戦場に到着することができたルーヴェはこの混戦に介入することを決意する。その中でヴィルギルトを確認すると、それがなぜここにいるのかを彼は察した。

 実はこの戦いの前、レギルがレヴィアントに到着する前にその情報を頭に入れていたのである。

 今ガルヴァス軍が優勢であるが、地上にはまだドレイクが動いてもいないため、戦況が覆してもおかしくないからだ。余計な犠牲が出る前に対処したいことが彼にとって、願いたいものであった。

「!」

 ヴィルギルトに首を刈り取られ、十数匹だけ残っていたワイバーンは空中にいるガルヴァス軍の後方からやってくる何かを察知する。そのまま首を後ろに向けると自身と同様に空を飛び回るアルティメスがこの戦場に介入しようとしていた。

 今戦い合っている連中の仲間かと思ったワイバーンは真っ先にガルヴァス軍を通り抜け、アルティメスに迫っていく。これ以上狩られてたまるかと一斉に、その仲間を逆に狩ろうとそこに突っ切ることにしたのだ。

 しかし、それはワイバーンにとって最悪な選択を取っていた。なぜなら、今奴らが向かっている相手は、この世で最も回したくない敵だったからだ。

 アルティメスと多数のワイバーンが交錯したその瞬間、いくつもの傷に似た太刀筋が光り、ワイバーンの群れのうちの数匹が首や体を真っ二つに分かれた。

 絶命したことすら感じなかったワイバーンは、そのままリザードの死骸が転がる戦場に落ちていき、一方のアルティメスは右手にゼクトロンブレードを握りつつも、無傷であった。

 それを間近で見ていたレギルは、一瞬で数匹のワイバーンを葬ったことに心を躍らせていた。

「へぇ、コイツも空を飛べるのか……。それに……強い」

 たった一回の攻撃だけでアルティメスを強いと断言するレギル。

 ある程度アルティメスの情報を手にしていた彼は出撃する前まで半信半疑であった。しかし、今の動きを見て、その評価を確実なものとした。

「ギィアアアーー‼」

「!」

 数匹の同胞を倒されても、なお食い下がろうとするワイバーンは反転してアルティメスに襲い掛かる。

 殺意に似た気配を背後で感じ取ったルーヴェはアルティメスを反転させ、身体を正面に向けさせた後、両肩に内蔵された機関銃「ガトリングブレット」から実弾を発射する。

 機関銃から発射された多数の実弾が礫となり、直進してくるワイバーンに迫っていく。

 そのワイバーンがそれに気づく頃には既に礫が身体を貫き、黒血を噴き出していた。当然、頭を撃ち抜かれた個体もあり、断末魔を上げつつも大地に落下していった。

 その礫から辛くも逃れたワイバーンがアルティメスに迫る。身体から黒血を流しているが、リザードと同様タフなため、空を飛ぶことには支障がない。しかし、その威力まで耐えきれるようなものではなかった。

 アルティメスの距離を詰め、牙を立てようとしたその時、意識がはっきりしないまま一瞬で首を刈り取られた。さらにもう一匹が迫るとまた首を、と残ったワイバーンをルーヴェはゼクトロンブレードで次々と狩りとっていった。

 息をするかのように獲物を狩る。まさしく狩猟の女神(アルティメス)の名の通りだった。



 そのアルティメスの狩りをモニター越しに見ていたルヴィアーナは我を忘れ、見入っていた。その狩りは非常に滑らかで一切の無駄のない動きを見せており、どこか狂気的な戦い方をするヴィルギルトのとは明らかに逆ベクトルである。

 同様に見入っていたルヴィス達もそれに視線を注ぐ。一方でキールは喜びを奮発させる。

 そして、ルヴィアーナは思わず、

「……綺麗」

 そう言ったのか自覚しないまま言葉を口にするのだった。



 アルティメスがガルヴァス軍に合流し、共にワイバーンの駆除に参加していた頃、地上にいるシュナイダー部隊はリザードの駆除に奮発していた。

「あの機体は……!」

「構うな! 目の前の敵に集中しろ!」

「クッ!」

 地上部隊に配属されていたガルディーニとメリアは、自身が戦う戦場の上空で繰り広げるアルティメスを目撃するが、それに注意を向ける暇すら今の彼らにはなく、自身に与えられた仕事に手一杯であった。

 実際、大量に湧き出るリザードの群れは留まることを知らず、いくら絶命させても次々と後ろから押し寄せ続けている。

 シュナイダー部隊も一列目に展開している機体が弾切れを起こせば、後方にいる部隊に配置を変え、前面に入った部隊がリザードの群れに向けて発砲し始める。これを繰り返すことで、その群れの数を着実に減らし続けていた。これだけなら安全圏といえるかもしれない。

 だが、リザードの死骸から流れる黒血が廃れた大地を隙間もなく染め上げていき、その黒血に含まれるデッドレイウイルスが大地に沁み込ませるように汚染していった。

 予想以上に戦闘が長引いていることに、管理ブロックから戦闘を見続けていたルヴィス達もさすがに苦虫を噛み潰していた。

「まずい……! これだと、ウイルスを除去させるまで時間がかかりますよ、殿下!」

「言われなくても分かっている! だが、後ろにはドレイクが控えているんだぞ! いつ動き出すのか……!」

 今はもう百匹は下らない数のリザードは駆除されたが、その死骸から流れる黒血が大量に流されていることで、その後始末がこれまで以上に大変なものになるとケヴィルは進言した。

 当然、ルヴィスも理解しており、すぐに終わらせたいと思っているのだが、リザードの後方にいるドレイクが動きを見せていないことが、彼を焦燥感に駆らせていた。

「レギル達の方はどうなっている!」

「正体不明のシュナイダーが介入したおかげで、さらに駆除が捗っています! じきに終わるかと!」

「すぐに終わらせろ! ワイバーンを駆逐したら、次にドレイクを駆除することも含めてだ! あの黒いシュナイダーは……放っておけ」

「イエッサー!」

 ヴィルギルトを含めた空中部隊がワイバーンとの戦いに終止符が打たれようとしていたことにルヴィスは喜ぶはずが、余裕のない表情でドレイクへの追撃を進言する。

 その指示に脇目で見ていたルヴィアーナはどこか不審の目を向けていた。義兄の焦りに何か裏があることを意味しているのを彼女は理解していた。

「…………」

 それだけヤバい生き物なのかと彼女はそう信じられなかったのである。もっとも、ルヴィアーナは前々からヴィハックに関する情報を知っていたのだが、その一端しかよく知らないためか、義兄達が焦りを見せる理由がよく分からなかったのである。

 ただ分かることは、これから起きるであろう、とてつもなく嫌な予感しかしないことであった。


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