秘匿
それから少し遡って、皇宮から遠くに離れたニルヴァ―ヌ学園は普段と変わらない一日を続けていた。
そこに通う学生達が授業を受ける中、エルマ達がいる教室では一つだけおかしな点があった。
「…………」
教室に設置されたデスクに座る生徒達が教卓の後ろにあるブラックボードを見つめる一方、エルマはチラリと左端の空席に目を向けていた。
本来なら、彼女達と同様にこの授業を受けるはずなのだが今日、エルマは一回も見ていなかった。その人物が今どうしているかはよく分からず、知りもしない。急な都合で離れると教師から聞いてはいるものの、その詳細は聞くこともなかったという。
なぜなら、その人物は現在、この学園にいないのである。今、彼がいる場所は――
この学園の地下なのだから。
学園の地下はレヴィアントと同様にブリッジが広がっており、シェルターに繋がっている。ただ、それとは異なる小さな通路がなぜか存在していて、中には四角に広がる空間までいくつか秘匿されていたのである。
そこに一人の少年が照明の薄い地下空間の中で悠然と足を運ばせていた。もちろん、周囲には誰もいない。
「……やはり、この学園は怪しいものが多すぎる。もし俺の見立て通りなら、彼女達をここから離れさせないとな。でなきゃ、すべてが手遅れになってしまう。早めに手を打たないと……!」
その彼が歩む先にある広い空間に足を踏み入れると、そこに一体の巨人が広さとは裏腹に全体を丸くして主を待ち望むかの如く膝をついていた。
ただ、自然と景色に溶け込んでいて、よく分からないが、何か鋭角な形が所々に見受けられる。普通の人間なら見分けることなどできないだろう。そう、普通の人間なら。
なぜなら、その薄暗い空間に立っていたのは、自身の教室の席から離れていたルーヴェであった。そして、彼が目の先に捉えているのは当然、愛機のアルティメスだ。
その彼がなぜここにいるかというと、実はガルヴァス軍が皇宮から出撃していることを既に察知して、いち早く動き出そうとしていたのである。アルティメスを隠していたその空間を見渡したルーヴェは、学園には似つかわしくないものがあることに目を細めていた。
「しかし、これを隠せるほどの空間がこの学園の地下に存在していたのか……。やはり情報にある通り、ここは……」
ルーヴェはこの空間の存在から自分が通う学園の裏の姿を察した。その裏の姿を知らない学生達はいつの間にか、ある存在の思惑によって、糸に吊るされていることに気づいていないことも彼は推測するのだった。
ちなみにこの空間はあまり使われることはないだろう。
ただ、地下にしては広い空間を持っているため、シュナイダー一体だけでも隠すにはちょうど良かった。だからこそ、ルーヴェはアルティメスをここに隠したのだ。
そして、ルーヴェは思考を切り替え、現状について考え始めた。
(まったく、あの男がこんなにも早く軍が動き出すとはな。……いかにも焦っているのが見え見えだぞ。いくら何でも、皇帝の専属騎士が来たぐらいで……)
先にレギルの情報を手にしていたルーヴェは、今行われている作戦がいかに一個人の私情によるものだと断定するには時間はかからなかった。
ただ、先の戦いでは帝国軍に傷という傷はあまり目立たなかったこともあってか、特にダメージが残っているようなものはないだろう。
作戦を行うための装備も、あの時より充実しているはずだとルーヴェはそう推測した。ましてや現状を鑑みても、正しい選択である。
ところが、時期のことを含めてみるとまだ早いのではないかと彼も思っていた。自分が指揮するなら、もう少し援軍を抱えてからの方が好ましい。ケヴィルやガルディーニ達の意見とまったく一緒であった。
軍を指揮するルヴィスが、その意見を沿わずに軍を閉鎖区に赴かせることはまさに焦りという他ないのである。
「じゃ、さっさと行きますか」
その内情を察したルーヴェはため息を吐いた後、アルティメスの元に歩み寄った。今の彼の身なりは学園指定の制服ではなく、黒い装甲が施されたアドヴェンドスーツを纏っており、これから戦場へ向かうことへの強い意思の表れである。
歩みを進めるルーヴェは今も鎮座しているアルティメスに一瞥した後、コクピットがある胸部から垂れたワイヤーに足を掛け、体ごと引き上げられた。
そのまま胸部に辿り着くとルーヴェはハッチが開けられたコクピットに身体を投げ出すように入り、その中にあるシートに座り込んだ。その際、スーツの背部から突き出ていた突起物がシートの背もたれの窪んだ部分とピッタリはまり、ルーヴェの身体を固定させた。
次に左手で目の前にある起動ボタンを押すと独特の駆動音が鳴り響き、同時に中央の画面に光が灯り始めた。パソコンの起動のようにこの機体の名称が映し出され、たくさんの英文が画面を埋めていくと、
――ドクン!
心臓の鼓動のような音がルーヴェの全身に響き、両目の瞳孔が大きく開いた。さらにキィーーンと低い音が彼の頭に響き、機体から流れる何かが彼の身体を通り、全体を侵食していく。しかしそれは、ルーヴェ自身の危機に迫るものではなく、アルティメスを動かすために必要なことでもあった。
コンピュータのスキャンのようにルーヴェの頭は鮮明に、クリアになっていく。その証拠に、青白い線が枝分かれする模様が頬に流れ始めた。まるで人間と機械の一体化を図るような儀式だ。もしや、彼が今行っているのは悪魔との契約だろう。
頬に伝っていた光が消えると画面の周りにあるレーダーなどの機器に光が次々と灯っていき、正面と左右のモニターには現在の風景が映し出される。そして、コクピットの上部に設けられていたハッチがルーヴェを包むように閉じていった。
「【ゼクトロンドライヴ】、出力安定。各系統、問題なし」
ルーヴェは左手を操縦桿にかけつつ、右手で機器をチェックしていく。最後にパチパチッと機体の操作に必要なスイッチを上げていくと電源が各部に行き届き、頭部にある赤い瞳が光り出した。
チェックを終え、いつでも機体を動かせる準備を終えたルーヴェは空いていた右手を操縦桿にかけつつ、ゆっくりと瞼を開き、眉を吊り上げた表情のまま前を向いた。
そして、膝をつけていたアルティメスを立ち上がらせるとすぐさま足をゆっくりと動かし始めた。片足が地面に着くとズシンと響き渡る。しかし、その音は防音対策が施されたこの地下空間内に留まり、校舎が建てられている地上まで届くことはなかった。
アルティメスがそのまま数歩進んだ状態で一旦止まると、その中にいるルーヴェの目の前に巨大なシャッターがその先を阻むかのごとく立ち塞がっていた。
「…………」
この薄暗い空間から、これ以上先が進めないことにルーヴェは悩む……はずなのだが、特に表情も変えず、慌てる様子もない。それは彼にとって阻むものなど意味のないからだ。そう、彼がここまで何の騒ぎもなく辿り着いたことと同じなのだ。
ルーヴェは閉ざされたシャッターから目を逸らさず、意識を集中させる。その時、ルーヴェの赤い瞳が青く輝き始めた。それと同時に、閉ざされていたシャッターの近くにあった電子ロックがいきなり解除され、そのシャッターが突然、開き始めるのだった。
もちろん、この場にはルーヴェただ一人だ。それなのに、内側にも外側にも誰一人いない。なのに、自動でシャッターが開かれるのはあまりにも不自然である。
もっとも、開かせたのはこの場でただ一人、アルティメスに乗るルーヴェであることは間違いない。しかし、その彼は今、アルティメスから出てもいない。先程までコクピットに座っていたはずなのにだ。まるで奇想天外な手品を見せられた感覚である。
「……フン」
だが、ルーヴェはものともせず、表情を変えようとしない。やがてシャッターが天井まで上がるとその両目は元の赤に戻っていった。そのままアルティメスを前進させるとそのシャッターの先はまた闇が広がっていた。
それでもルーヴェは前に進み、闇の中を恐れることなく足を運ばせた。するとさっきと似たような材質で出来たシャッターが前を塞いでいた。
しかし、ルーヴェにとってそのシャッターは壁とは思っていない。さっきと同様に手も触れず、シャッターを開けるとその先は、市民をシェルターに避難させるための舗装された道路こと〝ブリッジ〟が横側に続いていた。
おそらくその先には、ルーヴェが思う通りの場所へ続くのだと思ったのだった。
あらかじめ愛機を格納させていたシャッターを閉め、ブリッジに足を踏み入れたアルティメス。
そのコクピットにいるルーヴェは縦に広がる目の先を見据え、アルティメスの背中にある大型のスラスターを噴射させ始める。さらに太腿からもスラスターを噴射させ、膝を曲げつつ前屈みとなった。
そして、
「……行くぞ!」
ルーヴェが右の操縦桿を前に倒すとスラスターの噴射が機体を押し出し、アルティメスは前に進み始めた。一直線しかないその道を、ルーヴェはその奥へと突き進んだのだった。
一方、管理ブロック内でルヴィス達が閉鎖区を現在進行中の自軍を見守る中、その区域から外れた通り道に銀色のドレスと礼服、それぞれ服装が異なる二人の少女が歩む。
その歩みの最中、ドレスの少女は通り道に存在する管理ブロックの入り口である自動ドアの前に立った。
「……ここに、お兄様達がいるのですか?」
「はい。間違いないかと」
「…………」
彼女の後ろにいる礼服の少女に確認を取らせるとドレスの少女はドアの脇に取り付けられた電子ロックに目をやる。その時、少女の目が青く輝き始めた。
すると電子ロックが勝手に解除される。少女はパスワードを入力するどころか、何も手をつけていない。まるで学園の地下内に存在するシャッターを開いたルーヴェと同じ芸当であり、本物の手品かと疑いたくなる。
ただ、礼服の少女は何の驚きも見せなかった。いや、少しだけ驚きかけたが、それは一瞬だけであり、感情をすぐに持ち直した。
そして、少女達は自動ドアの前に歩み寄るとドアが左右に開かれ、二人を招き入れるのだった。
「!」
今も自軍の行動をモニターで見つめていたルヴィスは、この空間内に誰かが入ってきたことを感じ、その後ろに振り向くと彼にとって招かれざる客がこの場に来ていた。
「……何をいらしていたのですか、ルヴィス義兄様?」
「それはこっちが聞きたい……! なぜお前がここにいる!?」
「どうしたのですか……って、ルヴィア―ナ様!?」
ルヴィスの隣にいたケヴィルはその隣が騒いているのを聞き、ルヴィスと同様に振り向くと彼の視界に入っていた人物に酷く驚いた。
ルヴィアーナ・カルディッド・ガルヴァス。
ガルヴァス帝国第二皇女であり、今対面しているルヴィスの義理の妹だ。そして、その後ろにいるのは、彼女の配下であるノーティス・カルディッドであった。
ルヴィス達だけでなく、モニターの前にいたオペレーター達も彼女がここにいることを知って、興味のままに振り向くと目を大きく開かせた。
周囲が驚愕に包まれる中、そのルヴィアーナは言葉を続けた。
「もちろん、お義兄様の後をついて来ていたに決まっているではありませんか。ここのところ、忙しそうでしたので。しかし、まさかこういう事とは思ってはいませんでしたが……」
「……お前達がここに来てしまったことは私達が迂闊だった。だが、知ってしまった以上はあまり責めたくないが、ここから戻ってもらうぞ! お前達がいていい場所ではない!」
「私は知っているのですよ? この国を脅かす本当の存在を、そして、それを排除する存在も……!」
「!?」
今後の支障を未然に防ぐため、何とかして二人を地上に戻そうとするルヴィスだったが、眉を吊り上げるルヴィアーナが、自分が裏で行っていたこと、探りを入れていたことのほとんどを提示させられたことに驚愕する。
「ルヴィアーナ、一体、いつから……!?」
「さあ? いつからですかね?」
「……クッ!」
「お義兄様も、お義姉様もいろいろ隠しているようですが、私もそろそろ知ってよい年齢でもありますし、これくらいは許しても構わないのでは……?」
「…………!」
ルヴィアーナの年齢は既に十五を迎えており、政治について知ってもいい頃合いである。また、自分と同じ城に住む義兄や義姉が自分に隠し事しているなら、なおさらのことだ。その彼女の精神もそれだけ成熟している。
「別に構いませんよ、ルヴィアーナ様。あなたにも戦争を知ってほしいですから」
「キール!」
「いいじゃないですか、殿下。皇女様は前に進もうとしているのです。むしろ、褒め称えたいぐらいですよ?」
「しかし……!」
意外にもキールはルヴィアーナ達がこの場所に留まることを賛同する。だが、ルヴィスが断固反対する中で彼は今ルヴィス自身が恐れていることを口にした。
「……それとも、自分の障害になろうとしている者を排除させておきたいと?」
「!」
「!……ルヴィス義兄様?」
「そ、それは……」
すると、ルヴィスは額から汗が噴き出してきた。キールに自分が恐れていることを口にされたからではない。それは、
「できるわけがないですよね……。何しろ、皇子と王妃の二名を揃って亡くしてしまったのですから……」
彼らにとって、忘れたくても忘れがたいものだったからだ。




