異世界 中二病
突如世界を襲った新型ウィルス。それは不治の病をもたらす。
世界各国はその抗体を研究するも、未だ治療薬の開発には至っていない。
その恐ろしい病名は「新型中二病」。
「中二病」。中学校2年に相当する青年期の男性に主に発症する病気。
青年期は第2次成長や性的欲求の高まりなどにより男らしさや女らしさを意識すると同時に、「自分がどんな人間になりたいか」に関心が向くようになる。
「中二病」はそんな心も体も不安定な青年期に発症する病気であった。
しかし、「新型中二病」は年齢・性別を問わずに突如発症し、全世界で猛威を奮う。
それは核ミサイル、細菌兵器以上に全世界を恐怖へと陥れていく。
この物語は不幸にもその病を発症してしまった人々の体験を綴った。
この世界となんら変わらない、異世界のお話。
僕は浩太。公立の中学校に通う2年生。今日は朝礼が開催される日だ。
朝礼は月1イチで開催されており、冒頭の校長の話が恒例となっている。
校長の話といえば、つまらない、長いというイメージがあるだろう。
例によらず、この学校の校長の話も長く、つまらない。
つまらない学校、つまらないクラスメイトの会話、そしてそれ以上につまらない校長の話。
それはいつもの朝礼のはずだった。しかし、その日事件は起こった。
校長は渋くて地味な茶色のスーツに身を包み、全校生徒を前にして話を続けていた。
「えー。であるからして、人工知能の発達から考える、人間がとるべき道とはなにか…。えー。であるからして」
校長の話は悠に10分を越えている。校長の声をBGMに変換して思考を停止させ、ひたすら立ち続けるという拷問に全生徒が耐えていた時だった。突如それは起こった。
「クッ。これは…」
マイクから急に口を離し、突如頭を抱えて苦しみ始める校長にどよめく生徒達。
「校長っ!」
体育教師が逸早く校長の挙動を察して、朝礼台へと駆け寄ろうとした時だった。校長はおもむろに顔をあげると鬼気迫る表情で唾を飛ばして叫んだ。最前列の生徒達から悲鳴が聞こえてくる。
「感じる…。感じるぞ!悪の気配を!」
普段の堅くて真面目な校長からは、想像できない気迫。タバコを吸ったことが学校にバレタのかと、何人かの生徒が内心ビクつく。
校庭は一瞬静まり返る。しかし、校長の次の言葉が生徒達を震撼させた。
「迫っている…!異世界から邪神バルデスが…!みなで異世界に転移し、邪神バルデスを倒そうではないか!」
校長から放たれた言葉に生徒達は一瞬呆気にとられ、先生達は宗教上の理由を鑑みた。
先にいっておくが、邪神バルデスがこの世界に現れることなどないし、これから異世界転移も起こらない。現実なのだから起こるはずがない。
「何をいってやがる…」
校長の言動に周りの生徒同様に浩太は混乱した。
(これはなんだ?校長のジョークか?それとも人気の異世界で生徒達とフレンドリーになろうという奇策か?いずれにしても大失敗だ…)
「いいかっ!諸君っ!これから我々は異世界に転移し、邪神バルデスのこの世界への降臨を阻止せねばならん!」
「何をいってやがる…」
浩太があまりの衝撃に思わず同じ言葉を2度呟いた。概ねの生徒が浩太と同じ気持ちで、校長にドン引きしている。
「校長っ!!」
見兼ねた体育教師は、暴走する校長を止めようと駆け寄る。
「我に触れるな!!!」
止めに入った体育教師を、校長が全力で撥ね退ける。思わぬ抵抗を受け、体育教師は堪らず朝礼台から転げ落ちる。
「校長っ!お気を確かにっ!」
「校長がご乱心だっ!」
教頭と男性教師はそう叫びながら、体育教師の援護に朝礼台へと駆け寄ろうとする。
「光魔法!アルバトロスレッジーナッ!」
教頭と男性教師へと向かって右手を突き出し、校長がかっこよく魔法を唱えた。しかし、何も起こらない。すぐに、校長が何事もなかったことにして叫ぶ。
「来るな!!生徒達諸共異世界転移の渦に巻き込まれるぞ!」
校長が教頭と男性教師に向けて叫ぶ。そのあまりの気迫に、今度はふたりの動きが止まる。フーフーと校長が荒い息遣いで、そのままふたりへと睨みを利かせる。
しかし、校長の後ろからゆっくりと近づいていった眼鏡をかけた三十路の女性教師は朝礼台へと昇ると、不意に校長の左頬をひっぱたいた。バシッという音が校庭に響き渡る。
「くっ!水魔法!アクアクラスターッ!」
頬の痛みを堪えながら女性教師へむかって右手を突き出し、校長がかっこよく魔法を唱えた。しかし、何も起こらない。校長は朝礼台を駆け下りると、校庭の砂を掴み女教師へと投げつけ服へとかかる。が、女教師は微動だにしない。校長はキッと女性教師を睨みつけて叫ぶ。
「わからないのかっ!バルデスがこの世界へと降臨すれば、おまえは結婚できないまま世界は滅…。」
校長の言葉が終わらない内に、女教師は朝礼台から飛び降りると、先程の3倍の威力はあろう平手打ちを校長の左頬へといれた。その強烈な一撃により、校長は呆然自失となって遂に膝をついた。