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いつ来ても、この空気はぬれていてそして暗い。息を吸うたびに肺が湿っていくように感じる。まるで、熱帯気候の如く不快さを与える空調だ。壁紙は黒ずみ、茶色とねずみ色のタイルは、ところどころ剥げていいたり、削れていたりしている。清掃担当のおじいさんも、すっかり錆びてしまった鉄製のカートをガラガラと引きずり、来庁者に会釈をしていた。
五階の突き当たりの右側の部屋。「ポイント管理運営課」。ノックも無しに入室した。
「やあ、久しぶりだね。静寂。驚いた?」
「……いや。なんか旋風だなあと思っただけだから」
髪の毛はすっかり腰辺りまで伸びて、それなのに毛先までツヤツヤと張りがあって、それが白衣とよくマッチングしていた。彼女のいる部屋は、学校の教室を二つほどつなげたぐらいの広さで、パソコンがそれぞれの机に整然と並べられていた。彼女はその受付らしいカウンターで、ペン回しをしながらニッコリと笑った。
「今、何の仕事をしてるの?」
おそらく六年ぶりに会う友人に対する質問としては、少々不躾だとは自覚している。他にすべきことがあるとは思うが、上手くでてこない。彼女は突然消えたんだ。何も言わずにを消して、こうやって何も言わずに呼びつけた。それを暴く必要はない。
「え?あー……。相変わらず優しいんだ……。面白いね。そうだなあ……通信制高校に通いながら、運営の仕事を手伝っているってところかな。まあまあ、楽しいよー」
「そっか。それで、今日は何の話があるの?」
彼女が何の用もなしに呼ぶことはあるまい。合理性の怪物とも言うべき彼女が、私のために時間を割くなんてことは、きっとバターを塗ったトーストを背中に括り付けられた猫が床を汚すのと同じくらいあり得ないことだ。
「おおっ。察しいいー。さっすが。じゃあ、一つ付き合ってもらおうかな」
「うん」
旋風がつきだしたアイスティーを受け取った。
「ねえ静寂」
ああ、一気に懐かしさがこみ上げる。
「夏の話さ。学校の体育館。ある運動部員が見つけたんだ。バッサバッサ。バサバサッと。何だと思う……そうツバメさ。あわれにも彼は迷い込んでしまって、天井ばかり目指している。だって、空はそっち側にあるからね。体育館は暑い。どんどん暑くなってくる。そんな中で上ばかり目指す彼はこのままでは、死んでしまうんだ。彼に対してできることってあると思う?」
「……ない」
「え?下に出口があるよって教えてあげればいいんじゃないかな」
「これまでにも同じように死んだのも板と思う。それなのに、この子だけに声をかけるのは、不平等じゃないかな」
「命、助けられるんだよ?」
「助けられなかった命こそ、寄り添う劇だと思う。それに声を掛けたときに瀕死状態だったら、逆に残酷だと思う。それに」
「それに?」
「ツバメは出口が下にあることをしらなかったから、もしくはもう忘れてしまったんだから、彼自身は上を目指すことで救われると最後まで思っていると思うよ」
しばらくまじまじと私の顔を見つけていたが、やがて声を上げて笑い出した。まるで今まで白と信じていたものが、実は黒だったと教えられたような調子で。だから、私に向かってというよりも自分自身の滑稽さに向けた笑いに見えた。おかしくて、おかしくて、止めがたい笑い。心当たりのない者はその嵐が過ぎゆくのを傍観するだけだ。
「そっか。で、でもね。静寂。その考え方じゃ誰も救えないよ?みんな死を待つだけじゃん」
「……救う必要なんてある?ツバメはツバメの運命を全うしたんだよ。私にとっては出口でもツバメにとってはそうではないかもしれない。それを救うというのは傲慢だ」
「……いや、久々のこの感覚。でもね。静寂。ツバメはたまたま迷い込んだだけなんだよ?」
「……言動には因果関係があると思うんだ。突き詰めればそれにも何らかの要因があったのだと私は思う」
「……じゃあ、スプートニク二号に乗せられたと知っても同じことが言える?」
「それがスプートニク二号だって、誰に分かるの?主観でしか生きられない私たちnいそれを証明する手段なんて、どうやって導き出せばいいと思う?」




