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人と人の距離感というのは、ちょうど腕二本分というのがスタンダードらしい。数年前の映画のワンシーンで、主人公の男が教師役の俳優に諭されていた。凡庸な青春映画だったと記憶している。恋愛と友情に葛藤するお琴が、冒頭の言葉によって、前向きに人と関われるようになったという筋書きだった。誰と鑑賞したのかは、全く覚えていない。どうして見に行ったのも記憶にない。ただ唯一印象に残っているのは、腕二本分の距離感。これは私にもすっとなじむ言葉だった。私が曲げなければ近づくこともないという安全地帯を教えていただいたようで、お守りのように感じていたのだ。
だから、私から腕二本を一本に縮めることはしてこなかった。ヤマアラシのジレンマと同じで、近くなり過ぎて傷つきたくなかった。傷つかないために人を避けることは、あくまでも手段の一つだと信じているし、誰かから責められる問題ではないだろう。でも、今回はそういう訳にはいかないらしい。忌避することでは解決できない類の問題のようだ。理想は、ぬかるみに進路を絶たれた牛舎をそっと後押しするお釈迦様だが、個人の認識にも関わるものだから、正面にたち、話すしか方法がないのである。
あとの問題は、手の差し伸べかたがわからないという点だ。義務教育の中では、ことあるごとにグループでの活動を求める。昼食時の集団、授業中のペアワークなどだ。このときは最も閉口することとなる。一人で作業することの方が大抵の場合において楽だし、安全だ。その上、誰かを傷つけるという余計な心配をしなくてもいい。手を差し伸べるということは、無防備に手のひらを突き出すということだ。その手を切り落とされても、文句は言えない振る舞いだ。
だから、送信ボタンを押すまでに二〇分は要した。コップに水をつぎ、空っぽになれば再びつぐの繰り返し。あーだとか、うーなどとうめき、なんとか抜け道はないかと足掻いてみたが見つからない。観念するまで三〇分もかかってしまった。
待ち合わせ場所に指定したのは、駅裏の噴水。噴水といっても、常時水がながれているような定番の待ち合わせポイントとはかけ離れた場末感の漂う噴水。高さの異なる三つの金属柱が誰からも見向きもされずに、静かに佇んでいる。
アニミズムという思想が、古来よりこの国では蔓延っている。命の有無を度外視し、全ての「モノ」に命が、いや思想が宿っていると思い込む文化だ。ふとおとずれた手持ち無沙汰なこの時間。こういうときになると、ふと考えてしまう。どんな天候であっても、ずっと不変的に立ち続けるとはどのような心情なのか、と。人は見たいものしか認めない。ある種の防衛反応としては至極当然の結果だろう。けれでも、認識されなかった存在たちは、どうすればいいのだろう。これらのことは、全て受動的なやり取りだ。自ら他を「視」ることはできても、他から「視」られることを操作することはできない。
「それは傲慢じゃないかな?」
夏休みに突入したというのに、
相変わらず制服を着用していた。肩にかけた学生鞄は、授業を受けるわけでもないのにあたかも詰め込まれているように、重量感があった。
「ああ、これ?いやまさか、静寂からお誘いがあるとは思わなかったから、特製サンドウィッチを作ってみたんだ。それに制服なのは、お互い様でしょ?」
確かにご指摘通り、私も制服だ。それが私服にろくなものがないということと、失礼のないようにという配慮の結末であり、きっとそれは委員長の結果とは三里ほど乖離していると思う。
「誰がその消失点を持っているかなんて分からないんだから、それに優劣をつけることはできないよ。他人の解釈をそこまで見下す
必要はないと思うけどね」
「私、口に出してた?」
「推察しただけだよ」
こともなげに言ってのける。まったく川北時雨という人はいつでも川北時雨で、天才であり、驚異である。一体彼女の脳構造はどうなっているのだろうか。もしかすると、スーパーコンピュータでも埋められていたりして。
「で、どうして私を呼び出した?何?デートのお誘い?」
噴水の縁に座る様子まで、とても似合っている。
「何の用もなく、静寂が他人を動かすことは考えられないし……どうかな?当ててあげようか」
「いい」
冗談じゃない。先に言われてしまったら、文面を考えたあの二〇分が気泡に帰す……と思ったが、冷静になれば川北に何の落ち度もなかった。申し訳ない。脳内で謝罪会見を開いておこう。
「そう?じゃあ、よろしく」
「昨日川北さんが言ってたことだよ。ポイント強盗の件で伝え忘れたことがあるから、連絡したんだ」
「へえ。それにはわたしも興味津々
だよ、だって自分の無知を自覚してもらえる絶好の機会だからね」
「そうかな。私は『知る』ということが必ずしも良い結果を生むとは考えられないけど」
「どうして?」
「知ることが多くなれば、それだけ情報量が増加する。量が多くなれば、質が問題になることは当たり前だよね。その中にはきっと、知りたくないことや傷つく内容もなると思う。自分の表面積が大きくなればなるほど、比例的にそういうのに触れる機会も多くなっていくと思うから」
「……優しいね。静寂は。それでもわたしは、餌皿に盛られているエサよりも、たとえ毒だろうと自ら捕るエサの方がいいからさ。遠慮なく教えてよ」
川北の好奇心は天井知らずであるようだ。冒険家とはある種の恐怖心を欠落した人間であるという。人間は、「おそれ」を持つことで蛮勇のリスクを避けることができる。それがなければ、安全からどんどんと離れていく。
「……ポイント強盗の噂、流したの川北だよね」
「先発ピッチャー、大藤。一球目から直球の投げてきたー……って感じだね。へぇー。そうかー。へー」
「何?」
「いや静寂がこう来るとは……二割ぐらいしか予測していなかったからさ。どちらかといえば回りくどく攻めてくると思っていたから。そうか……うん。面白いや。わたしもまだまだだね。一層精進しないと」
「……ラプラスの悪魔にでもなるつもり?」
ラプラスの悪魔。それはフランスの数学者で天文学者が提唱した決定論のメタファー。
「ええっと?ある地点において自然界に働くすべての力とあらゆる物体の運動状態を知り、それを瞬時に解析する能力があれば、その知性は、未来の自然現象を確実に予言できる、という超人性知性のことだよね。うん。なれるならわたしはなってみたい。知らないことがあるのなら、全て知りたい。知って知って、知らないことがいつ現れるかという恐怖と常に闘いながら、考え続けたいって願うよ」
これを剛勇と称していいのだろうか。匹夫の勇でしかないように思えた。畏怖するモノがなく全てを対象にしてしまう行為はあまりにも理性を信じすぎている。エピスメーテーを信頼する学派には申し訳ないが、ドクサこそある意味人生に彩りをもたらしてくれるのだと思う。それに、反証にしばられる人生なんてつらいだけだ。知る方にも知られる方にも自由がない。優しくない。
「ごめんごめん、話戻そっか」
「……証拠は?とは聞かないの」
「証拠?この水瀬において、そんなもの役に立たないことを静寂は知っているんでしょ?ついでに言うなら、わたしは推理ドラマのラストシーンの犯人役みたいに枯れ果てた藁を掴もうともがく姿を見せたくないし。分かっているんだったら、弁明する必要なんてないからね。だってわたし悪いことしたtうもりないからさ。ほら、静寂。続きをいってごらん」
「現在。今の時点でポイント強盗なんて、いない。存在することができないはずだから。こんなことしたら、運用課が飛んでやってきて、すぐ逮捕だ。川北さんがそれを知らないはずがない。だから、私なりに考えた。川北さんの本当の目的は、五年前のポイント強盗と会うことだね」
「ほう……それでそれで」
川北の瞳が一層妖しく輝いた。人差し指で唇を撫でる動作に少しどきっとした。きっと彼女には全く意図がないのだろうが、それに妖艶さを感じてしまったのは、私側の課題だ。それに、これから紡ぐ言葉に対する断罪が、やはり怖い。息が詰まる。
「川北。もう知ってると思うから、きっとこれは答え合わせだね。そうだよ。五年前のポイント強盗。あれ私なんだ」
川北の瞳は相変わらず妖しく光っていて、一切の揺らぎもない。私は、はたと背筋が凍った。
「昨日、廊下ですれ違うことも全て計算されての行動だったんだね」
哀れな探偵役と罵られても致し方ないと思った。これは被虐趣味から導き出された思考ではない。全てのベルトコンベアーを操舵していた彼女の与えるキャストならば、たとえ何を言われたとしても、これを全うすることが求められているような気がしたからだ。彼女はサンドウィッチをもう一切れ差し出してきた。
「……これでも一割ぐらいは大穴を期待していたんだけどなぁ。ほい。食べて」
特製サンドウィッチには、レタス、キュウリ、タマネギ、それからカリカリにまで焼き上げられたベーコンが挟まれていた。
「結構これ、いけるでしょ。……ああ。静寂が五年前のポイント強盗ってことはなんとなく昨日の会話で察してた。昨日の会話で確証を得たってところかな」
駅から出てくる人の数が増えた。それを避けるかの如く、駐輪場の方へ歩を進める。会社帰りのサラリーマンは男女問わずみんな拾うの色をにじませて、しわの目立つサラリーマンは、丸くなった背中によく似合う。まるでプログラミングされているかのとうに、それぞれのバスへ乗り込んでいく。
どこかの小説で言っていたっけ。自分の意思で動くことなく、決められた道をまっすぐ歩けるのは、もはや人間じゃない、と。でも人間の振るまいに因果関係が存在するとするのなら、たとえそれが自分の意思で飛び込んだ道でも、そこに「意思」など存在し得ないのだろう。つまりこれから行うことにも、私の意思はあって、そしてないということなんだ。
「え、静寂?こんな人気のないところまで連れて、何をする気?ま、まさかパンツ?」
「川北に一つ飲んでもらいたいことがある。私はその代償として、二つの情報を開示するつもりだよ」
「へえ」
川北の片眉がピクリと上がった。
「条件は、たった一つ。もうこれ以上、ポイント強盗の噂を流さないでほしい」
「うんうん。で、二つの情報とは?」
「……これから見せる」
ちょうど手頃な駒を見つけた。だぶだぶのTシャツに袖口が解れている。三十代辺りだろうか。大方就職して数年、仕事には慣れてきたが、希望を失い、目的を見つけられなくなってしまったといったところだろうか。こういう人は、いろんな意味で都合が良い。
その人の背後に回る。自転車の解錠に手間取っており、容易だった。無防備な背中に手のひらを当てればよい。この人が疑問を抱くよりも前に、私がことを為せばよいだけである。
慣れている作業だ。朝食時にレトルトスープにお湯を注ぐのと同じぐらいで、一時期習慣化された流れだ。おかげで、逆説的に思考が鮮明になっていく。無造作に並べられた自転車の錆び、臭い、傷がくっきりと浮かび上がってくる。
今まで見えなかった細部まで把握できるようになった恍惚感。暗い喜びが私を満たし始める。理由は考えるまでもない。私がこの人のポイントを吸い取っているからだ。人は支配によって自らの優位性を証明するという。他から奪取することでしか、生き存えられない。きっとそれは人間が効率よく生存していくために必要な情動だったのだ。
手の平の向こう側には、どんどんと形や色を失っていく。情報量が減少していくたびに鮮やかさ、豊かさが欠けていく。代替として私の中にこの人の情報が溜まっていく。それが他人の人生を間近から覗き見し続けたような錯覚を引き起こし、あまり愉快ではない。
彼に含まれていた細かいしわ。毛穴、しみなどが消え、あたかも粘土で作った人形のようになってきた。さらに駒を進めていく。今度はそれが黒い文字に変化した。やはり名は体を表すという昔ながらの言葉はあながち間違っていなかったようで、彼はすっかり文字情報と化した。
もっと禁忌に踏み込んでやろう。バタイユではないが、タブーを侵犯することへの快楽。文字の情報は、まだまだ取り込む余地がある。形という情報をもっと無くしてしまえばいい。
「大藤静寂。そこまでにしなさい」
「運営課のどなたですか?」
ようやく来たか。後頭部に金属製の何かが突きつけられている。ナイフかな。それとも銃口かな。それにしても私がこれを始めてもう五、六分くらい経過しているというのに、今やって来たというのは、管理運営課がいかになまくらになってしまったかが如実に現れてしまったということだろう。組織というのは、適度な外敵がいないと衰退していく。骨粗しょう症のように内部から崩壊していく。ストレスは過多だと命を縮めるものだが、過少、あるいは皆無でも命を削ることに変わりは無いようだ。
中庸。アリストテレスの思想は現在もしかと息づいている。
「へーこれが、運営課の執行官か。噂には聞いていたけど、二人一組で騒動しているんだね」
「あなたも、この犯罪者の共犯ですか」
「そんなのあなたたちの専売特許を用いれば、一発で判明するでしょう。それより、名前を聞かれたら答える、とはマニュアルには掲載されていなかったんですか」
「犯罪者に名乗る……」
「失礼致しました」
相方の言葉を遮るようにして、男が謝った
ものだから、礼儀として向き合うべきだろう。手を止めて振り返る。ただし、離さない。
「わたくし共は、市役所ポイント管理運営課の越智とこちらは吉家と申します」
「執行官ですか」
「そうです。ゆえにあなたの犯罪行為を見過ごすことはできません。確保とともに、厳罰を課させていただきます」
「悪いことをしたら、痛い目に遭う。これが世の中の摂理ってもんだろ?」
さすが執行官。タイプの異なる二人をバディとして送り込んで対応させる。ただこの二人は新人のようだ。初々しさや情熱は十分に買っても良いが、それではきっと壁にぶつかる。
「馬鹿にしてんのか。早く端末出せや」
彼らは執行官の制服を身につけている。男はジャケットのボタンもカッターシャツのボタンも全てきちんと留め、女はそうではない。
制服思想というものがある。何の特徴もない人物も、それを身にまとった瞬間、その集団の意識が生まれるということだ。私はこの二人にその思想を見た。この「自覚」というのは、危険物取扱い法で厳重に管理され、制御下に置かれるべき劇薬である。好ましい「自覚」を生ませることが困難であるし、一旦生まれたじかくを
消すのも容易ではない。かといって、自覚が無ければ、職務に全うすることができない。
本当に面倒くさい爆弾である。しかし、これは個の問題というよりも集団に問題があるといっているようなものだ。この二人の執行官も、マニュアル通りに進めているだけかもしれないし。それを責めるのは筋違いといわざるを得ない。
それに、私は捕らえられたいわけではない。それはもう、五年前に経験済みだ。そのことに関しては処女性を失っている。その証拠に、
「いわれなくても、ポイントは返却しますよ」
ポイントは奪い取れるのだから、逆に与えることも勿論可能だ。手順は先述の逆再生。からからのスポンジに水を吸わせていくが最も近いと思う。それは再度全能にも似た陶酔感があってこれの生殺与奪を把握しているという仄暗い歓喜が末端神経まで行き渡る。
人間はタブーを犯すごとに悦びをその身に刻む。麻薬に等しく、禁断症状に襲われることも考えられるだろう。もっと、より深くと。善を汚すことに、黒い「快」を学習するのだ。それはアダムとイブが禁じられた果実に手を伸ばす感覚と同じで、人としての共通の価値観なのだろう。それこそが、人間がここまで他の生物を苦も無く蹂躙し、存続し続けられた要因だ。
「ポイントを戻せば、罪がなくなるとおもっているんですか」
「少なくとも、彼はこの陳腐なやり取りから解放するべきでしょう」
自転車に跨がる背中がどんどん小さくなる。彼は二人の息子を家に待たせている。今日は珍しく仕事が早く終了し、妻の代わりに夕食の担当だった。
「川北さん。ここま連れてきておいて、本当に申し訳ないんだけど、帰ってもらえる?」
「呼び出しておいて、本当に失礼だね」
「これ以上、自分が推測力を発揮しなくてもいいように。本当に悪いとは思っているんだけど」
「いや、悪いなんて欠片も思っていない癖に……まあ、いいよ。これ以上わたしがここにいて、余計な推察をすると面倒なことになることくらい、誰にでも分かるから。でも、もし必要になったら連絡してもいいからさ」
これで盤上には駒三つ。ポーンとルークとビショップといった具合かな。いや歩と飛と角でも構わないが。
相変わらず吉家は、首筋に冷ややかな筒を突きつけている。少し考えてみれば、これは非常に不可解な手段である。なぜなら、それは前提として相手が自らの命に価値があると考えている場合にしか通用しない方法だからである。そのような思想を持つ人にしか効果を発揮しないのにもかかわらず、未だ万能であるかのように、手っ取り早い手段であるかのように、確実な一手だと多くの人が勘違いしているからである。「脅迫」という行いは、本人の自尊感情の程度によって効用が限られる。どちらかといえば、自尊感情の低下が叫ばれ、付け焼き刃の善行でしか自らのポイントを保てない現代において、皮肉にも紙くずほどの価値しかないだろう。
「大藤静寂。あの女は何者だ」
「ただのクラスメートですよ。ただ人よりも、好奇心と知性がややお高いだけで」
二人が、口々に要注意だと言い合っているのを見ると、彼らの執行官の端くれであることが窺えた。おそらく私なんかよりも数百倍彼女の方が危険人物であり、異常者だ。よくそんな人間を呼び出せたなあ、と一人感傷に浸っていると
「いや、てめえ。話ずらそうとしてんじゃねえぞ」
「もしぬいぐるみの綿を抜いて、もう一度詰め込んで。しかも縫い目が分からないようにしたら、それは悪いことですか」
「何言っているんです?盗んだことには変わりないですよね」
「なら、中の綿の汚れをきれいにして入れ換えて、詰め直したとすればどうですか?」
「ああ?」
「これは『悪』ですか?」
この質問は世間一般の倫理観から鑑みると全く意味を成さない。愚問の極みといっても過言ではない。だがここが水瀬である以上、彼らの存在意義が保証されている以上、ポイントは法律をも超越する存在であるはずだ。彼ら自身の倫理と信念が要求される。
「つまり……あなたはこう言いたいんですね。彼の悪い部分を取り出したのだ、と」
ずっと握ったままの左の手の平を晒した。真っ黒く、煤にも見間違えられるが、砂鉄のようでもある。当然そのどちらでもない。
「それ、何ですか」
おいおい、そんなおぞましいものを見るような視線を向けるなんて、ちょっと失礼じゃないかとも思ったが、彼らにとっては初体験なのだろう。他人にそれを要求することは傲慢だ。他人の思考に介入するのは、冒涜だ。
「早よ言えや」
「それはですね……」
「新人執行官をいじめるのはその辺にあいておいていただけますか?」
振り向いた先には、執行官の制服とは異なる洋装の人物。くたびれて、肘や膝が擦り切れて、紺色がすっかり褪せてしまっている。それから傷ついためがねのフレームが目を引く。
「課長!?」
「三上課長。どうしてここにおられるのですか」
「やあ。二人とも。ご苦労さん。もう下がっていいよ。キミ達の手に余る相手だ。市役所に戻って書類でも整理してな」
「で、ですが……」
「まだ、言う?聞こえなかったかい?俺。もう去れって命令したつもりなんだけど」
「「す、すみません」」
もう名前は忘れてしまった。二人は尻に火をつけられたように、去って行った。に残されたのは私と彼の二人。彼の名前は三上。
「六年ぶり、かい?」
「私が釈放されて以来ですから。それぐらいになると思います。いや、課長に昇進されたんですね。おめでとうございます」
「いやいや、これは俺自身の努力の結果だから。祝う必要なんてないよ」
水瀬市役所ポイント管理運営課課長。この役職は「課長」と名こそついているが、ぽいントという歯車を管理する最も権力がある存在だ。他の地方でいう「課長」と同じように見積もるときっと痛い目をみるだろう。彼はポイント運用に関する事項の最終責任者なのだから。有名無実な警察よりも段違いに強力な権限。政治家をも動かす力。運営課に逆らっては市民権を得られない水瀬にとっての皇帝ともいえるだろう。
「ああ、察してくれたように俺はね。君を処分するつもりはないんだ。黒島の指示は俺が伝言屋に依頼したものだからな。むしろ、こっちとしてはたった一日で川北に接触し、噂を止めただけでなく、こっち側に引き込む梯子を掛けてくれた。それだけで十分すぎる成果だよ」
「川北は、危険人物だったんですか。れdドリストに載ってしまったんですか?」
「危険?そんな生やさしい次元じゃないぜ。なんてったって、黒島直々のご沙汰だ。俺みたいな下級役人じゃ考えが及ばないところで事は進んでいるらしいぜ」
「はあ……」
「あ、このことで黒島がお前を呼んでいるから、明日市役所に来いよ」
「わ、わかりました」
「あ、最後に一個質問していいか」
「構いませんが」
「ちなみに、お前俺らが来なかったら、川北に何を見せるつもりだったんだ?」
何を?不思議と心の底から、こんこんと湧き競る泉のように笑みがあふれてくるのを感じた。
「何をって……そんなの一つしかないじゃですか。二十二条永久剥奪者の称号でもお見せしようかと思っていただけですよ」




