表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コントラポストの業  作者: p-zomble39
2/10

1

あなたの街のルールを教えてください。もし突然こんなインタビューをされたら、あなたはどう答えるだろうか。

私の住む水瀬市は、ごくごく月並みな地方都市である。大都市ほど栄えてはいないけれど、「街おこし」を誘致しなければならないほど、財政が窮地に陥っているわけで名はい。まさに中途半端。何の調査をしても、おそらく揃って平均値をたたき出す、そんなしがない一市町村である。ある二点のことを除けば。それは至極明快なルールで、

①あらゆることは、ポイントを用いて行われる。

②決してポイントをゼロにしてはならない。

 私大藤静寂は、水瀬市民になって早十年弱。日常生活を一般的に送る上で特にこれといって不便さを感じたことはない。毎日毎日自分のポイントの動向をグラフにつけるようなこともしていないし、むしろ、自分のポイントを確認する作業すら怠っている。日々の生活をつつましく送っている限り、大きくポイントをやり取りすることもないし、ましてやゼロになることもない。ゆえに先述の二点をあたかも脅迫のように申し上げたが、それも風前の灯。あってないような規則なのである。水瀬市民の九割は、暮らしの中で意識することなく人生を進めていると思う。

 ネット上の掲示板では今でも、「水瀬は政府による実験都市だ」とか書かれていることがあるそうだが、現状それに対して、「反人道的だ」などと叫ぶ人権団体や市民団体が出現する兆しはない。ましてや、ネット上で炎上する兆候もない。当然、デモなんかも存在しない。

 友人曰はく、「人間は今まであった何かが欠けたり、不足したりすると、その不満が敵、所謂モンスターとなって現れ、自らを勇敢な戦士を勘違いして倒そうとし、最終的に暴徒化するものだよ。戦争だって一面から見れば、飢えから始まる技術革新の連鎖ともいえるからね。いやはやこれは私の意見じゃありませんよ。で、話を戻すと、人間ある程度腹を満たしとけば、いいってこと。腹いっぱいになったら機嫌がよくなる原理と根本は同一。満足していたら、熊だって人間を襲おうとはしないでしょ?冬眠明けが恐ろしいのは、単純に食に飢えているからさ。良い意味でも、悪い意味でもね。だから、この街は上手く作られていると思うよ。だって、敵を探そうとしてもそれがぼんやりとかすんでしまって、わからなくなるんだからね。まあ、私は嫌いだけど」と。

 慢性化した満腹感が、これからも永続されるのだろう、と。何の保証もないのに盲目的に信じていたということだ。よくよく考えてみれば、それは幼子がサンタクロースを待ち続けているような、たった一言が世界の崩壊を導く、脆い砂のお城だったのかもしれない。それでもそれがキラキラとしたレンガのお城だと信じられる生き方はきっと素敵だ。それが毎晩舞踏会が延々と開催され続ける物語上のお城のようだと思い続けられる人生はきっと素晴らしい。たとえ周りの人からバカにされても、それを貫ける人は真っ白で、純粋で、穢れのない。そう純粋な白だ。まるで深雪のようで、尊ぶべきものだと思う。薄汚れた鼠色の私には決して交わることのない、いや決して交わってはいけない。「希望」の生き方だ。

 演劇でもキャストと裏方が存在する。舞台の上に立てる人と、立てない人だ。さらにその中にも、主役と端役が必要である。正確に言えば、主役とそれ以外なのかもしれない。少なくとも自分の「人生」の主人公は自分でしかないのなら、それこそ舞台にも上がらず、舞台を作ることもなく、さらには音響や照明を担当することもなく、ただ会場の掃除をしながら、彼らの奮闘を鑑賞する人だっていたっていいと思う。

少なくとも私は、それに憧れ続けたいとよく思うのである。そう、偉そうなことを言えば、まるでヒーローに憧れる悪役のように。

私の悪い癖がむくむくともたげてきたきっかけは、クラスメートの一言だった。

「ポイント強盗で覚えてる?」

ミステリー兼都市伝説、及びホラー研究会、略して「みとけん」の部員である葉隠だ。彼女は交友関係が広いのだろう。その日もいつものごとく、友人に話しかけていた。

 「えー。何それ。ああ、あれ。何年前だったっけ?そう、五年前。五年前に流行った都市伝説だよね、それ」

 「あーあーあーっ。それそれ。そのせいで、集団下校とかしたよね。超うざかったから、超印象に残ってる。うん、超思い出した。わたし中学入って、集団登校かよって超ウケたもん。ね、小学卒業して、集団登校にも卒業かと思ったら、まただよ?下級生のま先頭に歩く私の絶望わかる?超あり得なかったんだけど。今思い出しても腹立つ。ねえ、委員長はどう思う?」

 「私?そうだなあ。でも、気を付けた方がいいと思うよ。そんなことばかり言っていたら、明日辺り、そのポイント強盗に会っちゃうかもしれないよ?火の無いところに煙は立たないって言うし。案外『言霊』って馬鹿に出来ないと思うな」

 「さっすが、委員長。いいこと言うわ~」

 川北時雨。学級委員長を務めている、優等生。とは言っても、ほとんどどんな人か知らない。言うまでもなく、友人関係でもない。彼女はきっと記憶していないとは思うが、昨年度も同じクラスだった経験から、言わせてもらえば、彼女は人間と表面的な友好関係を築くのが上手なんだと思う。一見博愛的だ。馴れ合いの関係を建築するのが。言い換えれば、傷つけあわない、学校生活を送る上で九年以上推奨されてきた関係の作り方が巧みなのだ。昨年もと私は言ったが、実は小学校、中学校が同じである。同じクラスになったことも数回記憶している。中学校では、誰もやりたがらない学級委員などを歴任し、その優等生ぶりを遺憾なく発揮していた。

特に覚えているのは、卒業文集作成委員会。幸か不幸か、私は県立高校の受験がいち早く終わってしまった人間で、もれなくそれに入ることが義務付けられてしまい、嫌嫌活動場所である図書室に集まっていた。そこには私立専願で決まっている人、スポーツ推薦で決まっている人など。いわゆる画の強い、いや失礼。我の強い人たちが集まっていた。

うわ~。これ私の入る隙間が一ミクロンすらないなというのが第一印象。すでに図書室特有の広いテーブルの上には文集作成のための役割分担表や表紙のデザイン案などが並べられ、大部分は規定事項と化しているように見えた。ありがたや、ありがたや。簡単清掃にもかかわらず、わざわざ黒板の溝や窓枠を拭いていた甲斐があるというものだ。いてもいなくても投票権のない人間なら、せめて私の知らないうちに決められている方がよっぽど気分がいい。ろくろく発言できないのに、大勢の前で意見を求められるほど恥辱を感じることはない。それを一見すると、私の名前は見当たらなかったから、私はすっかり安堵して、図書室の隅で読書活動に勤しんでいた。

 これだったら、卒業文集作成委員会も暇潰しには悪くない活動かもしれない。家に帰ったところで一人だ。もう受験も終了している。勉強に熱が入るわけがない。友達もいない。つまり、やることがない。それならば、この機会をじっくりと活用して、図書館の哲学本でも読破してみるか、と本に手を伸ばしたときだった。

 「あれ?大藤さん。さぼっちゃだめだよ。大藤さんも作成委員会のメンバーの一人なんだから」

 話しかけてきたのが、川北だった。

 「委員長として、見過ごすわけにはいかないんだよ」

 ほら、やっぱり。委員長になっていた。確かに図書室に来て全く活動していないのは事実だ。でも存在感に欠けている私に気づくなんて、お主なかなか侮れないな、なんてふざけられる雰囲気ではなかったので、口だけすみません、と動かしておいた。

 テーブルの方を見ると、画の強い、いや画の強い人たちはそれぞれ別の仕事にご熱心で、全く争う様子も見られない。これがこの人のマネジメント能力か、と少なからず驚いたものである。

 「大藤さんには、大切な役割があるんよ」

 「はあ」

 こういう人は、全員に平等だ。我の強い方々と同様に私ごときも扱わなければならないと思ってくれているに違いないが、それは全くの見当違いだ。やりたくない、動きたくない、働きたくない。ないないない。唯一のたいは帰りたい。そんな私にお役目などまったくもって必要ないと弁明しようと思ったら、

 「大藤さんは、委員長補佐」

 「へ?」

 意外すぎるポジションだったので、大層まぬけな表情と声だったと思う。補佐って、彼女を支える必要なんてないだろうし、その力は私にはない。

 「で、今私は困っていないから、ここでの仕事は無し。こっそりなら帰っていいよ」

 彼女に少し幻滅したのは、私の独りよがりな心情であり、今後誰にも決して言えない私の醜さだ。彼女に声をかけられて、少し舞い上がっていた部分が無かったかと審判されたら、少しはあったのだと思う。自分の役割。

お前にもここにいていいんだぜ、とリーダーが肩をたたく言葉。彼女はきっと好意と、自己保身からこの言葉を言ったのだろうとは理性では理解していても、感情は少しダメージを受けていたのだと思う。

 「ありがとう」

 私はかろうじで微笑み、図書室を出た。それが継ぎ接ぎだらけの私の自尊心だったのだと思う。何て自己中心的なんだろう。

 「ちょ、ちょっと待って」

 四階から降りる階段の踊り場で川北に呼び止められた。先ほどはとんだ茶番だったな、と一口文句をつけようかとも思ったが止めた。それはこっちの課題だ。それに巻き込むのはあまりにも虫がいい。

 「確かに私帰っていいとは言ったけど、それは図書室からだよ?家に帰っていいとは言ってないよ。だって、補佐としての仕事があるもん」

 「補佐としての仕事?」

 「そう」

 続いて投げられたのはデジタルカメラ。赤色のコンパクトなタイプの代物だ。補佐とカメラが私自身の中では意外な取り合わせだったので、疑問を解消せんとばかりに彼女の顔をまじまじと見る。いつもきれいに整えられているポニーテールはボサボサ。赤い縁のメガネもどこかずれているように思われる。きっと外したことも無いであろう第一ボタンも外れていて、一つ空いているのが異様に見えた。これを教師陣が目撃したら、発狂するんだろう。私が同じことをしていても、一瞥も暮れないだろうが。

そして最も問題なのが、高低差だ。私は踊り場にいて、彼女は階段の一番上いる。つまり、高低差があるということである。さらに補足するなら、私も彼女も女子中学生であり、女子中学生の制服というのはもれなくスカートを履くことを半ば強いられている。勿論様々な事情があると考えられるので、教師陣に説明したらきっと「配慮」してもらえるとは思うが。いや、脱線脱線。つまり私が何を申し上げたいかとすれば、スカートの中身。そう神々しい三文字の単語。そう「パンツ」が丸見えなのである。なるほど、白色か。あなたが履くと清楚に感じられるよ、馬鹿野郎。……なんていえる間柄じゃない。私はアウトロー。彼女は優等生。本来交わることのない間柄だ。

 「……カメラ?」

 「そうだよ。卒業文集にはやっぱり学校の風景写真が必要だから。大藤さんにはぜひ、この学校の校舎の様々な顔をバッチリ撮ってきてほしいんだ」

 「なぜ、私?」

 別にこの問いかけに何か意味があるわけではない。いや……、こんなことを釈明しようとしているんだから、きっと心のどこかで何か期待してしまっているのだろう。何て浅ましい。うっとうしい。だから、他人の話したくないんだ。自分の問題は自分も問題でしかないのに、自分の気付かないうちに他人に期待してしまう。このような言葉をかけてほしい、とか。本当に迷惑をかけて申し訳ない。

 「うーん。これは私の推測なんだけど、大藤さんって、優しすぎるからさ。写真を撮ってもらうのが適所かなと思って」

 ご明察。さすがは学年トップの才媛。この学校始まって以来の天才であり、すでに大学ン入試レベルの問題など楽に解けるという頭脳の持ち主だ。受ける全国模試は全て一位だとか。人間関係に疎い私の耳にまで入ってきているのだから、事実は一層凄まじいのだろう。よし、それに免除してパンツの件は墓場まで持って行ってやろう。

 と、このようなケースからもわかるように、玄関先においては「川北」という人間は非常に博愛的だ。彼女は分かり過ぎてしまうきらいがある。彼女の「推測」は、ほぼ確信であり、正しい。彼女は中三の私の心理を的確に捉えていたが、私は彼女の言う「優しい」人間ではない。その一点のみが彼女の推測の間違いだとは機会があれば、指摘したいものである。

 「でも、委員長がダメって言うならもっと気になるよ。あれ、被害者いなかったんですしょ?当時結構な大騒ぎになってたから、よくよく覚えてるもん。お母さんとかすっごく心配してたから、本当覚えてる。警察が一軒一軒周って注意喚起してたし、市役所だって、必死になって探してたじゃん。でも、そんなの誰も見つけられなくて、結局はデマでした、って公式発表あったよね?」

 「でもでも、相当マジこわかったよ?あの時一人じゃ帰れなかったもん。一人じゃ帰れないから、学校の公衆電話から家電話して、迎えに来てもらってたわ」

 「お嬢エピソードいただきましたっ」

 「はははははっ」

 ポイント強盗。ドキッとする単語だ。私は実はそれと大きく関わったことがある。まるで苦行のようで地獄な思い出だ。それが再び現れているのなら、あまり良い気持ちはしない。

彼女たちの話はすでに新たなステージに移行したようで、明後日から始まる夏休みの予定を自慢しあうのにすっかり夢中になっていた。

その中で、異質。川北は窓の外を見ていて、それは彼女にとっては何の意味もない行為だったのかもしれないが、私にとってはなぜか彼女が「ポイント強盗」を避けるために視線を逸らせているように見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ