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「ねえ静寂。バベルの塔って知ってる?」
夏休み。小学校近くの児童公園に呼び出された私は、首を傾げた。ほぼ毎日のように、我が家に入り浸り、夕食をともにしているのだから、その時でも良かったんじゃないか、と内心面倒くさく思った。彼女の行動にはきっと何かの意図がある。それは一種の信仰にも似た心情で、だから何も疑うことなく従った。
発端は下駄場の投函されたピンクの封筒。同時間に登校しているのに、いつ仕掛ける余裕があったのだろう。古典的でかつ効果的なやり口だ。そう合理的だ。声よりも証拠として印象にも残すことができる。これが差出人不明で、呼び出し場所がトイレだったら、教師に訴えることだが、差出人と場所が健康的な代物だったので、スカートに突っ込むことができた。
「バベルの塔?聖書か何かで出てくる、天まで届くといわれる塔のこと?」
「正解―。バベルの塔っていうのは、当時の人類がみんなで力を合わせて、作ろうとした天まで届くであろう塔の名前さ。人間が力を合わせてしまうものだから、塔の高さが円まで届きそうになって、神様ちょっと焦っちゃったんだよね。それで人間風情が傲慢な、とバベルの塔を破壊し、言葉の壁を作ったわけ」
「イカロスみたいに」
「でもさ、天を目指して人々が力を合わせたという点は称賛に値すると思わない?人と人が協力するということのすばらしさが詰まっていると思うけどね。ここで神様がこんなことをしちゃったから、今も人と人は力を合わせるのに面倒な障害をいくつも乗り越えなきゃいけなくなったのさ。……神こそ、傲慢だよ」
「神だからね」
「でもさ。自分の思い通りにならなくて、人間を分断させようとしたわけじゃん。ホント八千ある言語を覚えなきゃ、世界中の人と真に分かり合えないってことじゃん」
「え?」
「だって、言葉のごとに、一見同じ意味を表すものでも、厳密には異なるものを表現しているってよくあるじゃん。言語は文化に根差しているからね。例えば、よく言われるのは虹の色の数。この国では七色が定番だけど、他の国に行ったら、五色や三色って言うのも多いよ?だからさ、わたし考えたんだ」
「何を?」
「今みんなが、こんなに争うのは自分達を一つの共同体として見ることができないからだって。だから、わたしよく考えるんだ。なんで神様はバベルの塔を壊してしまったんだろう?」
難しい話はよくわからない。きっと旋風は深く広く思考の海を泳いでいるのだと思う。私の幼い頭で考えることなんてたかがしれているけど、それでもいいのなら、
「きっと、神サマは寂しかったんだよ」
「へ?寂しい?」
「だって、人間はたくさんいるのに、自分は一人ぼっち。疎外感?を感じちゃったんだと思う」
「神なのに?」
「神でも一緒だよ。やっぱり、集団が目の前にあったら、たとえどんな人でも、一かけらはさびしい。とか羨ましいって思うと思う。だから、神様は寂しくなって、人間もバラバラにしようとしたんだよ。だって一対一でのお話だったら、寂しくないから。今みんなが争っているのも、神様予想できなかったんじゃないかな?」
「え?」
「だって、神様が本当に悪い人だったら、人間に『涙』なんて厄介なもの与えないと思うから」
「……」
「喜びは人によって違うから、喜びなんて感じられない人もいると思うけど、悲しみは共有できると思うんだ。辛い人がいれば、一緒に泣けばいいと思う。涙をふく必要なんてないと思う。神様が泣いていたら、一緒に涙を流せばいいんだと思う」
「……それって意味ある?」
「意味なんてないよ。一緒の時間を過ごすことが大事なんじゃないかな。自分の気持ちは相手に伝わらないかもしれないけど。だっていくら同じ言葉を使ってたって、分かり合うことなんてできないんだよ。でも一緒にいることはできると思う」
「……そっか。そうだね。ありがと。静寂」
「え?」
「いや、こっちの話なんだけど、静寂のおかげで、セカイが救われた、的な?」
「セカイ?なんのメタファー?それ」
「ホント、優しいね。静寂は」




