プロローグ 蒼空の下で。
戦争の世紀と言われた20世紀。
人々は新たな21世紀に平和と安定を夢見ていた。
しかし、その夢は一つのテロ事件により打ち砕かれた。
その報復で始まった戦争は、中東に大きな混乱の火種を作った。
そこから燃え上がった日は、中東各国に壊滅的な影響を与えることとなった。
そしてそれはヨーロッパに多くの難民をもたらした。
難民の増加は社会的な不安定要因を増し、人々から寛容性を失わせていった。
小規模なテロが続き、各国の体制が不安定になるなか、宗教・人種の対立はより先鋭化していった。
やがてそれは大きな武力衝突に発展して行った。
中東、ヨーロッパの紛争は東アジアの大国に飛び火し、アジアも混乱と紛争に巻き込まれた。
世界的混乱は、大きな動乱へと変わって行き、文明を停滞さた。
多くの国々が歴史の波の中に消えて行った。
そして西暦は終わった。
この岩の影に隠れてかれこれ14時間。
太陽も頭の上から照らしてくるようになった、1時間前からエアコンをオフにしているから、機内温度はかなり上昇してきた。それでも、エネルギーゲージが1/3切ってしまったので、我慢するしかあるまい。
昨夜、夜間定時哨戒に出て、まさか適のNV1(ユニコーン)と出くわすとは思いもしなかった。そもそも、我々の師団司令部は前線から25km離れている。
3ヶ月前から戦線は膠着状態で、夜間哨戒なんて退屈なオペのはずだったのに……。
「小隊長、今日も月が綺麗ですね、モニター越しなのが残念ですが」
「確かにそうだな、でもジェイコブ、無駄話はいけないな……ん」
直後に眩い閃光が小隊長機を貫いた。
「会敵!!!」
モニター上にいくつかのパラメーターが新たに立ち上がり、OSが戦闘モードに切り替わった。
小隊長機はドラグーンかエネルギーパックが爆発し火球となった。直後に目の前の藪の中から、誘導ミサイルを発射しながらユニコーンが現れた。
「ジェイコブ、そっちへ向かってる、側面に回り込んでドラグーンをぶち込め!!」
「ラジャー」
ユニコーンは進行方向右手に回り込みながら、誘導ミサイルを放つ。ドラグーンを構えて突っ込むジェイコブに向けて、奴の誘導ミサイルが襲いかかった。
俺の機体は対空レーザー砲を装備してるので、誘導ミサイルを片っ端から撃ち落とした。
「本部!、本部!、小隊長が殺られた……」
「……」
本部からの応答はない、無線が量子衛星通信も含めて全バンドでつながらない、本部とのデータリンクも解除され、広域レーダーの情報が入らない。今までつながっていた、ジェイ機とのリンクも切れた。
「ジェイコブ、後5秒で奴の主砲が火を吹くぞ」
短距離レーザー通信だけは生きている。
ユニコーンの主砲の重粒子砲は射程も長いし威力も強力なのだが、1発撃つと次の発射まで20秒かかる。
通常は単独で行動することはないのに、こいつは部隊からはぐれたのだろうか。ジェイコブはうまく回り込んだが、撃つのに手間取っている。
バスー
ユニコーンの重粒子ビームが、ジェイコブがドラグーンを撃つのと同時に発射され、ジェイ機のどてっ腹を閃光が貫いた。
ジェイコブもドラグーンを発射したが、照準が狂って、奴の下部に当たっただけだった。
ジェイ機はドラグーンを撃った反動で、仰向けに倒れた。
「ジェイコブ!!!」
反応はない。
ユニコーンは今度は俺に向かって誘導ミサイルを撃ち込んでくる。
ここまでで9発誘導ミサイルを撃ち落としている、ユニコーンは20発積んでいるはずだから、あと11発。
まだドラグーンの射程外にいる俺は、奴との距離を一気に詰めた。
奴は中央のホバーが破損して、身動きが取れないようだ、前後のホバーで、向きを変えようとしているようだが、砂塵をふきあげるだけだ。
誘導ミサイルを撃ち落としながら、ユニコーンの次の攻撃に備える。主砲発射間隔は20秒だと思っていたのに、ジェイコブはそれより早く撃たれた……14、15、16駄目だ。
18発目の誘導ミサイルを撃ち落としたところで、奴との間にあった大きな岩の影に飛び込んだ。
俺が岩陰に逃げ込むと、ミサイル攻撃も止んだ。
サブモニターを岩の上に出して様子を見ると、奴は見事に擱座している、それでも主砲はしっかりとこちらを向いたまま。
俺がドラグーンを撃つために岩陰から少しでも顔を出したら、撃ってくる気だ。完全にこの岩をロックオンしている。
まだ2発残っているユニコーンの誘導ミサイルを気にしつつ、再度連絡を試みるが、やはり全く応答はない。
まあ、誘導ミサイルを打ち落とすことは難しくはないが、その間はドラグーンは使えない。
「動きがないな」
誰に伝えるでもなく呟く。
夜が白々と明けてきて、通常映像で確認できるようになった。
奴を見てることしかできないけど、よくよく見てると、中央やや後ろの破損したホバーから白い煙が微かに漏れ出しているようだ。何かが燃えている煙ではない気がする、もしかしたら奴の主砲の電磁コイルの冷却材が漏れ出しているのかもしれない。だとしたら、いずれ奴の主砲は撃てなくなる。
それがいつか、もう撃てないのか、それともまだ当分使えるのか、全くわからない。それを試す方法もないし、体を張って確かめたくもない。
機内がいい加減暑くなってきた、機動装甲歩兵が1個小隊音信不通になれば、後発部隊が確認に来ると踏んでたが、こんな時間になっても援軍はこない、通信も全く回復しない。
これは、何かがあったのは間違いないが、師団司令部の方向は静かなままで、特に変わった様子もない。煙一つ、雲ひとつ見えない。
日差しが眩しいのでDNフィルターをオンにした。
敵が反攻攻勢に出る気配は全くなかった。前線からも特に変わった情報は入ってなかった。少なくとも、基地を出る前までは……。
ひたすら、奴とにらみ合うだけの時間が過ぎていく、膠着になれば最後は兵器の性能ではなく、兵士の精神力だ。誰かに聞いた気がするが、誰に聞いたのかは思い出せない。だが確かにその通りかもしれない。
小隊長は死に、ジェイコブもあれでは助かってないかもしれない。ジェイ機はここからでは確認する事もできない、俺も死ぬのか……
クソ暑い中、だんだん思考能力が落ちて行くのを感じる。まあ、死ぬ事にはそんなに恐怖は感じない。
死んだら終わり。
ただそれだけのこと。
そう思うと、どこが始まりなんだろう。ふと気になった、思い出そうとしてもこの師団に編入される前のことが思い出せない。
そんな話を仲間としたこともない。休憩してても、みんな戦況報告とか敵兵器のスペック表読むか、カードゲームするかしかしてない。
もしかしたら、兵士もこの機動装甲と同じように工場で生産されたんじゃないのか。だか、それならなぜ兵士はみんな別の顔をしてるんだろう。体つきもそれぞれ違う。
工場で作られた兵器だとしたら、ばらつきが大きすぎる。それに、ただの兵器なら、なぜこんな余分なことを考える必要がある……
エネルギー警報で我に返った、少し意識が飛んでいたのかもしれない。本体のエネルギーパックの残量が1%を切ったようだ。
太陽はすっかり沈み昨日と同じ月の綺麗な夜空が、頭上に広がっている。日差しが無くなったおかげで、機内の温度が幾分下がったような気もする。
バックパックの予備エネルギーパックに切り替え、相変わらず奴とにらみ合いを続ける。
超高感度映像に切り替わってるので、余計に動きがかんじられない。奴は確か、乗員3人のはず、交代で休めるから俺より有利だな。
敵も俺たちと同じ人間なんだろうか。そんな事も考えた事なかった。
こちらの師団に配属されてから、まだ前線に投入されてないので、会敵したのは今回が初めてだ。
ユニコーンの話は、前線から交代で戻ってきた奴に何度か聞いた覚えはあるが、敵兵士の話は聞いたことない。
腹が減った、幸い機動装甲を着けていても水は飲める、だけと食事は無理。この機動装甲も腹が減ったとか、疲れたとか考えるのだろうか。
夜の闇が徐々にその濃度を落とし、2回目の夜明けが近づいている。一昨日からここで立ち往生してるが、そろそろ色々な意味で限界に近い。
エネルギー残量もだが、さすがに30時間寝てないので体が保たない。それに奴も此方の行動可能時間のデーターくらいは持っているはず。
此方が動けないと思ったら、容赦なく誘導ミサイルを撃ち込んでくるだろう。保ってあと1時間、勝負をかけるなら早い方がいいかもしれない。
太陽が顔を出したらしく、周囲が急速に明るくなってきた。
奴の下から漏れ出ていた煙はいつの間にか止まっていた。主砲がいかれたか、それとも修理ができたのか。
あまり分がいい掛けではないが、奴の主砲は死んでいる、に掛けてみようか。死んでいてもトラグーンを打ち込んだら、誘導ミサイルにやられる。
対空警戒にしておけば、誘導ミサイルを撃ち落としてから、止めを刺せる。ただ、この場合は主砲が死んでなかったら、こっちが一方的に破壊されるだけ。
どのみちやられるなら、奴も道連れにした方がいい。
モードを対空警戒から通常戦闘に切り替えて、ドラグーンを構えて岩の横から飛び出た。
素早く打てば、誘導ミサイルが飛来するまでに、対空警戒に切り替えられるかもしれない。
少し焦ったせいか、飛び出した時、左足が滑って姿勢を崩した。ドラグーンの射線が大きく外れる。
やばい、撃たれる。
覚悟を決めたが、誘導ミサイルは発射されない。
主砲も沈黙したまま、撃ってくる気配はない。体制を立て直しドラグーンを構え直した。
しかし、奴に動きはない。
構え直して、接近していった。奴に20m位近づいたところで、エネルギー警報が出た。
その時、奴の前部上面のハッチが開いて、敵兵が這い出してきた。そして上面から角度がついた装甲を滑り降りた、というか落ちた。
地面についても立ち上がる気配はない。兵士が滑り落ちたユニコーンの真っ白な装甲板に、一本赤い線が残っていた。
俺は機体をセーブモードにして、機動装甲から降りた。
朝の風が心地いい。地面に立ったら、足がふらついた。
銃をボックスから取り出して、倒れている敵兵に近づいていった。
敵兵はまだ生きていた。
血と汗の臭いがする、敵も生身の人間らしい。
「あのくるみ割り人形のパイロットはお前か」
顔は大きめなゴーグルでわからないが、小隊長とよく似た声だった。
「ああ、そうだ」
「お前が先に逃げ出してくれることを祈ってたんだが」
倒れている兵士は右足に大怪我をしている、ふくらはぎがザックリ割れている。
「おまえの勝ちだ、撃ちたかったら私を撃て」
「今更あんたに止めをさす必要もないだろう」
俺はその兵士の前に腰を下ろした。
「俺が飛び出した時、なぜ撃ってこなかったんだ」
「最初の一撃を食った時にジェネレーターが破損して、3時間ほどで主砲は使えなくなった」
「ミサイルがあったろう」
「サラマンダーは18発しか積んでない、お前に成形弾を打ち込まれたくなかったから、大盤振る舞いしてしまった」
少し苦しそうにその兵士は答えた。
「20発積んでないのか?」
「旧型は20発積んでたんだが、この新型はジェネレーターを大型にしたんで、減らされた、後2発あればお前を仕留められたかもな」
「新型?だから主砲の発射間隔が短かったのか」
「ああ、短いと言っても3秒ほどだがな」
その兵士はゴーグルを外して、青い空を見上げて一つため息をついた。
「武器もないのに、ハッタリかましてたのか」
「おまえをここで釘付けにしておけば、いずれ味方が来てくれると踏んだんだが……」
「だが来なかったわけか」
俺は構えていた銃を下ろした。
「膠着になれば最後は兵器の性能ではなく、兵士の精神力だからな」
「それにしても、なんでそんな大怪我したんだ?」
「撃たれた時にホバーのコンプレッサーが破壊された、その羽の破片が車内を飛び回ったってわけだ」
ジェイコブは計らずとも、奴に大きなダメージを与えていたわけだ。
「私の部下もまだ息があるかもしれない、投降するから救護班をまわしてもらえないか」
「残念だがそれができたらとっくに援軍を呼んでる。通信が全てアウトなんだ、味方が近くにいるかどうかもわからない」
「お前もか、こちらの通信も全く通じなくなってる、お前たちの通信妨害だと思ってたんだがな」
どうも通信途絶は、奴らの仕掛けた通信妨害ではないらしい。
「奇襲作戦でも仕掛けたのか」
「そうだ、32時間ほど前に発動した、二個師団が投入されんだがな」
「そんな情報は全くなかったのに、完全に奇襲されたってことか…ならお前の味方がそのうち来るだろう」
今度は俺がため息をついた。
「そいつらに助けて貰えばいい」
「ならいいんだが、もっとも私がそれまで生きていればだが……」
「今更あんたをどうこうするつもりはない」
「かなり出血しててな、おまえに殺られなくてもそんなに保たないかもしれない……」
しばらく無言のまま向かい合った。
「……なあ、私達はどこから来たと思う?」
「部隊からはぐれて迷い込んだんじゃないのか」
「いや、そうじゃない、この戦場にどうしているのか、ってことだ」
この兵士が何を考えているのかわかった気がした。
「わからない、ここへ配属される以前のことは覚えてないんだ」
「おまえもか……」
「考えてみると名前ぐらいしか、自分だって言えるものはない」
「お前の名前は?」
「Mだ、小隊長はI、あんたらに一撃くれたのはJ、まあ仲間内ではジェイコブって呼ばれてたけど」
「私はθ、車長だった、部下はαとε、いつ車長になったかもよく覚えてないがな」
その兵士は一息ついてから続けた。
「覚えてることを辿ると、メディカルセンターのボディースキャナのカプセル内で目覚めたところまでは、思い出せるが、かなり曖昧にしか覚えてない・・・」
何か考え込むような顔をして続けた。
「それに、どうして女と男はこんなに違うと思う」
「そんなことは考えたこともなかった」
「おまえの部隊に女はいないのか」
「もう吹き飛んでしまったが、小隊長は女だった。それに戦車兵はほとんど女だしな」
「お前の顔にはヒゲが生え始めてるのに、私には生えない、胸はこんなだしな」
その兵士はボディースーツの前をはだけて見せた。
「なぜこんなに違う必要があるんだ」
「わからんが、確かに違ってる必要性は感じられないな」
「私たちはどうやって生まれたんだろうか、死ぬのは怖くないがそれが気になって」
「それを知って何になる、ここにいるいじょう戦って、勝ち残っていく、それしかないんだ、負けた時は死ぬ、それだけだ」
「私もそう思ってた、だが実際に死が迫ってきたら何のために戦っているのかわからなくなった。お前は分かってるのか……」
それだけ言うと苦しそうに咳き込んだ。
「ちょっと待ってろ」
俺は機動装甲に戻って、増血剤のパックを取って来て、兵士の右腕をスーツから脱がして、増血剤のパックからチューブを伸ばし、先端の針を腕に刺した。
「パックが潰れるまでは、右腕は動かすな、これで暫くはしのげる」
「どうしてこんな事してくれるんだ」
「さあな、ただの気まぐれかな」
俺はその兵士の横に座りなおした。
何のために戦ってるか。
全く考えたこともなかった。戦うことが当たり前だと思い込んでいた。
「さっきの答えだが、死なないため、だろうな」
「私たちが死んで、何か変わるのか、お前の小隊長や私に一撃くれた兵士が死んで何が変わったか?」
「何も変わらない気がするな、所詮一兵士に過ぎないから」
「一兵士、って何だ大量生産された兵器なのか」
「そんなものかもしれない」
「なら、なぜ私とお前は見た目がこんなに違うんだ、私の部下も私とは違うし、代わりはいないのに」
「兵士なんてそんなものだろう、何かのために戦い死んでいく、何のためかは知らされずに」
「私は何のために生きているんだろうなぁ、やはり戦うためか……」
俺はユニコーンにすがって空を見上げた。
「ここは戦場だからな」
その兵士はもう何も答えなかった。
気を失ったのか、死んだのか、もうどうでもよかった。
俺もいろいろ思い出しても、最後に行き着くのは診療施設のボティースキャナのカプセルの中で目覚めたことだ。
偶然なのか、だがもうそれもどうでもよかった。意識が次第に薄れていく。
見上げた空はどこまでも蒼かった。
試戦験23 結NG