偽りの王
出陣の儀式が終わり、街を離れる直前、レムレスはサルーザの商館にある一室に立ち寄っていた。
「ファムト、君が目覚めないから僕が王様にならないといけなくなったよ」
ファムトから返事はない。
かわりに静かな寝息だけが聞こえていた。
ファムトが毒に倒れた後、彼は一命を取り留めたが意識を戻さなかった。
医者が言うにはいつ目が覚めるか分からない上、永遠に目覚めない可能性もあるとのことだった。
けれど、戦いはファムトの目覚めを待ってはくれない。
新たなる王が軍をまとめる前に死んだような状態になったと広まれば、再興軍は為す術なく瓦解するだろう。
そのため、ソウハの国を再興するためには、新しい王を演じられる人間が必要となった。
それに、ファムトが王家に連なる人間だと知っている人間はダイダルにほとんど殺され、今やその事実を知っているのはシルヴァ、ノワルーナ、リンネ、レムレスの四人だけだ。
この中で王の代役になれる人間はレムレス一人しかいなかった。
「ごめんなさい……レムレス兄様、ファムト兄様……」
レムレスに遅れてリンネが部屋に入ると、震える声で謝った。
ファムトが怪我に倒れてからずっとこの調子だ。
「リンネは悪くない。あの場にシルヴァを連れてくるのは正解だった。街の土地勘がないシルヴァだけを送り出していたら間に合わなかったかもしれないし、伏兵がいて一人になったリンネが殺されていたかも知れない。ダイダルの強さが常識外れだっただけだ」
「ですが!」
「それに謝らないといけないのは僕の方だ。リンネを戦場に連れ出さないといけないんだから」
「それは私も望んだことです。無力な私がお役に立てるのならファムト兄様に救ってもらったこの命、ファムト兄様の兄弟であるレムレス兄様のために使います」
レムレスとリンネの間に血の繋がりはもちろんない。けれど、兄妹だと周りを偽らなければならない。
その偽りを演じきるために全てを投げ出しそうなリンネの瞳をみて、レムレスはそっとリンネの頭を撫でた。
「リンネは僕のそばを離れないように」
「はい。共に参ります」
病弱で戦えないリンネを戦場に連れて行くのはもちろん理由がある。
宝剣は王族の血に反応して特別な力を発揮するのだが、レムレスは王家に連なる者ではないため宝剣はぼんやり光るだけで力を発揮しなかった。
けれど、リンネが触れた後になら宝剣はレムレスのために力を発揮した。
その力は――。
「伝えたい人に言葉を伝える奇跡か。ファムトはもっと自分のための力を望めば良かったのに」
「ファムト兄様は言っていました。レムレス兄様の言葉は剣よりも強いと。あいつの考えが戦場のどこにいても聞けたなら、戦争に負ける訳がないと」
「そっか」
どれだけ働かせる気だったんだ、と思わず苦笑いしてしまう。
けれど、おかげでレムレスの言葉は全ての民に届いた。
しかも、レムレスの声だけじゃなく、民一人一人の声を真似し、まるで自分の言葉であるかのように錯覚までさせることも出来る。
ある種の洗脳術のような使い方も出来る奇跡だったのだ。
「必ず仇は取る。行こう。リンネ」
「はい。レムレス兄様」
部屋の扉を閉めたレムレスは、ただ真っ直ぐ前を向いて外へと踏み出した。
偽りの名を手に入れた偽王が真の王になるための戦いへ向けて。