火計と虚報
ユアン兵は屋敷の庭で馬から下りると、ぞろぞろ屋敷に踏み込んだ。
使用人はユアン兵を見た瞬間に屋敷の外へと逃げていった。
切ろうと追いかける兵も出たが、隊長が一喝してサルーザの私室へ向かうように指示をする。
「サルーザを逃さないように裏口と正門に十名ずつ。残りは中の捜索だ。どこに隠れているか分からん。壺を全てひっくり返してでも見つけ出せ!」
「ヤー!」
隊長の一言で持ち場に分かれる。
使用人に逃げられて、何も知らないサルーザの驚く顔を見るのが楽しみだ、と隊長がニヤリと笑う。
階段をコツコツと上がり、サルーザの私室の前に立つと、ユアン兵の隊長は扉を蹴破った。
扉の音以外にパリンと何かが割れた音がしたけど、サルーザが驚いて酒の入った容器でも落としたのだ、と気にも留めず部屋に踏み込んでいく。
「サルーザ! 貴様を偽計流布の罪状で投獄する!」
「助けてくれえええ!」
「え?」
ボウッと何かが吹き上がれる音がした瞬間、隊長の顔に熱い炎が襲いかかってくる。
「「うわああああ!?」」
隊長の顔だけではない。他の兵士達の身体へ次々と炎が襲いかかっていく。
まるで蜘蛛の子を散らしたかのように兵士が逃げ回っている。
よくよくみれば大きなビンが割れて、こぼれた液体に火が燃え移っている。
この火事は偶然ではない。狙って引き起こされたものだ。
しかも、屋敷の主であるサルーザの仕業でもない。
「あぁっ!? ワシの屋敷があああ!?」
「お前の策ではないのか!?」
「違う! ソウハ残党軍にはめられたんだ! 王家の盾! シルヴァ=バレトに!」
「シルヴァ=バレト!? 白狼将軍か!?」
ソウハとの戦いはユアンの勝利に終わった。だが、戦の度にいくつかの部隊を壊滅させられた。壊滅しながらも生き延びた兵士が言う名前は決まって同じだった。
シルヴァ=バレト。白き狼のような男がいたと。
「ワシを助けたら庭の池に案内してやる! だから、はやくワシを助けてくれ!」
「ふん! 処刑の手間が省けたというものだ!」
「待ってくれ! 待ってくれえええええ!」
ユアン兵の隊長が部屋を後にすると豚のような悲鳴が聞こえた。
○
サルーザの一際大きな悲鳴が聞こえる直前、レムレス達は裏門を見張っていたユアン兵を奇襲し、裏門を制圧していた。
「さすがシルヴァ騎士団長、鮮やかなお手並みでした。これでまずは奇襲に成功です」
「何を言うか。レムレス殿の策で敵は中に気を取られ棒立ちでした。某たちの働きはレムレス殿の策あってのことです」
十人対十人で戦闘をおこなえば味方に被害が出てもおかしくない。
けれども蓋を開けてみれば、レムレス達の軍勢はかすり傷一つ負わなかった。
全員が同時に襲いかかり最初の一撃で敵を全て貫いたのだ。
「それにレムレス殿の剣技も見事でした」
「僕が忙しいのはここからですけどね。みなさんの次の仕事は槍を裏門に向けて備え、弩の準備です。あの池に兵士達が飛び込もうとする瞬間を狙って下さい」
レムレスが指示をすると騎士達がクロスボウを構えて扉の脇に隠れる。
すると、ユアン兵の叫び声が聞こえ、火の手があがるのも見えた。
その瞬間にレムレスは声をユアンの兵士の一人に変えて――。
「中庭だ! 中庭の泉に飛び込め! 火を消せるぞ!」
すると、レムレスの声におびき寄せられるように、火ダルマになった兵士達が水を求めて中庭に飛び出してきた。
その兵士達が池に飛び込もうとした瞬間――。
「ぐああああ!?」
矢の刺さった兵士が断末魔をあげながら庭の池に落ちた。
その光景に敵兵がひるみそうになると、レムレスは怒り狂ったような声を出した。
「ひるむな! 突っ込め! 火を消して返り討ちにしてやれ! 後ろに下がったものは首をはねる!」
その声にユアン兵は混乱しながらも池に向かって飛び込もうとするも、為す術も無く射貫かれその場に次々倒れていく。
兵士のうめき声や悲鳴が次々に重なり、バタバタと倒れていく中、レムレスはなおも敵兵の振りをして虚報を流し続けていた。
「サルーザが火に乗じて裏門から逃げようとしているぞ! 怪我のない者は裏門に回り込め!」
この誘導は自分達の後ろを敵に取られてしまうことになるが、それももちろん罠だ。
そして、その罠に飛び込んでくるユアン兵のジャリジャリという足音がどんどん近づいてくる。
そして、敵兵が裏門から中にはいる直前、レムレスはサルーザの声を真似して――。
「くそおお! こっちにも蛮族どもが!? えぇい! こうなれば引き返して別の道を使うしかない!」
すると、レムレスの声を聞いたユアン兵達が扉を蹴破り全速力で中に突入してきた。
その瞬間、悲痛な叫び声が響き渡る。
「ぐあああ!?」
「何故こんなところに槍が!?」
ユアン兵達は慌てて裏口に突っ込んだせいで、裏門の入り口にしかけられた槍の罠に気がつかず、入った瞬間に串刺しになっていたのだ。
後ろにいて罠にかからなかったユアン兵は、突然味方が目の前で串刺しになったのを見て混乱しているのか、動けずに困惑している。
もはや棒立ち状態のユアン兵は、レムレス達にとって絶好の的となっていた。
「今です! 裏門の敵に矢を放ってください!」
レムレスの指示で池を撃っていた騎士達が反転し、裏門入り口で混乱している兵士達に矢を射る。
「うわあああ!」
「ぐああああ!?」
ユアン兵達は矢を全身に浴びて絶命する。
ともなれば、ユアン兵にろくな戦力はもう残されていなかった。
「さて、後は掃討です。中庭にいる息のある敵兵を追撃します!」
「「おおおお!」」
レムレスの指示で、傷だらけで動けなくなった敵兵目がけ、抜刀した騎士達が次々に襲いかかる。
ユアンの兵士達はもはや抵抗らしい抵抗もできず、次々に討ち取られ、あっという間に全滅していた。
それはもはや戦いとは呼べないほど一方的なものだった。
というのも、血まみれで倒れるユアンの兵士達と違い、レムレス達は結局最後まで傷一つ負わなかったのだ。
後に王となるレムレスの初戦果はまさに奇跡のような戦果だった。