偽りの逃亡
ユアンの兵士はサルーザにソウハ残党がいると教えられた翌日の朝、街の外にある廃城へとやってきた。
しかし、そこにはサルーザの言っていたソウハ残党は見当たらなかった。
手分けして城を一通り探るが、出てくるのはそこに人がいた痕跡だけだ。
「あの豚野郎、俺達に嘘を教えやがったのか?」
「いや、違う。火の跡は昨日か今朝の新しいものがある。豚野郎からの情報があったのなら、今朝のんびり食事などせず夜中に逃げおおせているはずだ」
「こっちに馬車の轍があるぞ! しかも、新しい!」
森の中を探していた者が馬車の通った跡を見つけた。
そこへ百人の騎兵が集まる。
そして、轍の続く方へと目を向けた。この森の先は山に続いていて、その山向こうには別の都市がある。
数名が協議した結果、ソウハの残党は山向こうの都市に逃げたと判断し、追撃することになった。
「ククク、バカな奴らだな。追われているとも知らず、こんな目立つ印を残していくなんてな」
騎兵の隊長がニヤリと笑うと馬を轍の続く先へと走らせる。
「皆の者続け! 山狩りだ!」
その号令で森の中を騎兵達が駆け抜けた。
ユアンの騎兵は鎧をつけず、弓と剣または槍で戦う。
おかげでユアンの騎兵は馬のもつ速度を存分に発揮出来て、車を引いたり鎧を着込んだ人間を乗せたりする馬には簡単に追いつける。
そして、山に差し掛かった辺りでついに馬車を見つける。
しかも、護衛はいない。
もしかして、罠か? そんな疑念がユアン騎兵達の胸によぎる。
「奇襲に注意しながら馬車を取り囲め」
馬車を百人で囲み、ジリジリと距離を詰めていく。
だが、奇襲される気配はない。
「まさかっ!?」
隊長が慌てて部下に馬車を開けさせると、中には何も入っていなかった。
完全に中身が空っぽだったのだ。
「クソ! この馬車は囮だ! あの豚野郎が情報を残党に流して、小賢しい策で俺達をはやめやがった!」
血の気の多い若い者が怒鳴ると、その怒りは次々に伝染していく。
すると、残党狩りよりもやらなければならないことが出来る。
「商人サルーザを確保する!」
隊長の号令でユアンの兵士達は雄叫びを上げて、来た道を急いで戻り始めた。
そんな騎兵たちの背中を見つめる影が一人木の上にいる。
「さて、お膳立てはこれで完了だ。後は任せたぞ。レムレス」
そして、騎兵達に追いつかないようにファムトもまた街に向かって木を飛び移った。
○
同刻、レムレスたちはサルーザの屋敷へ既に乗り込んでいた。
レムレスは小間使いでなくなったけれど、屋敷に入るのは簡単だった。
何せサルーザに恨みを持つ小間使いや奴隷は多く、話をつければすぐに味方になったのだ。
そうしてレムレスはサルーザの私室に押し入ると、すぐさまサルーザの首に剣を突きつけた。
「レムレス!? 貴様一体何を!?」
「取引に来た」
「取引だと!? このワシに剣を突きつけてか!?」
「そうでもしないとあなたは僕達の立場を理解しないでしょうから。それと、あなたの方がよほど酷いことをしている。あなたは僕達を売ったな? 正確に言えば、王家の盾と言われる元貴族シルヴァさんをユエンの兵士に売ったでしょう?」
「何を言っているか分からん!」
サルーザはあくまでシラを切る。
その態度にレムレスの剣先がチクリとサルーザのたるんだ首皮に刺さった。
じわりと赤い血が首からこぼれ落ち、サルーザの顔が一気に青ざめる。
その顔色が変わった瞬間を見て、レムレスは追い打ちをかけた。
「今、廃城の方からユアンの騎兵達がサルーザ、あなたを殺しに戻ってきます」
「バカな!?」
「あなたがユアンの兵士に情報を売って、追いかけたのは空っぽの馬車です。その馬車を見つけたらこう思うでしょう。サルーザがソウハ残党軍にユアンの追っ手が迫っている情報を売ったと。となれば、裏切り者であるあなたを彼らが放っておく訳がない」
「嘘をつけ! そんなことをお前ら戦災孤児が出来る訳ないだろ!」
サルーザの往生際の悪さにレムレスは思わずため息をついた。
とはいえ、薄々こうなることは分かっていたので、スッと手を上げて合図を出した。
「レムレス君の言う通りだ。よくも某を謀ったなサルーザ」
「シルヴァ!? 様!? ご無事で何よりです! レムレスの言ったことはでたらめです! 確かに私はシルヴァ様の情報を言いました。ですが、言わなければ私が殺されていたのです! 本意ではありませぬ! この度のご無礼、本当に申し訳ございませぬ!」
「ふむ。では貴殿は某の味方であると?」
「はい! 同じソウハの民として、ユアン大国には長年の恨みが積もっております! ユアンを打ち倒すために私の商才、どうかおつかい下さい」
サルーザは頭をこすりつけるように許しを請うていた。
強きに媚び、弱気を挫く。という言葉を地でいっているサルーザにレムレスはこめかみを押さえた。
とはいえ、これもレムレスの想定通りだ。
「シルヴァさんがここにいることが、あなたの情報でユアン兵たちが撹乱されたことになる証拠です。みんなあなたに騙されたと思うでしょう。そうなればどうなるかは賢いあなたなら分かるはずだ」
「くぅ……!」
「サルーザ、あなたは間違い無く、殺されます」
「ぬううう!」
「そこで取引です。あなたは今日一日中この部屋に閉じ込めさせて貰います」
「それではワシが蛮族どもに殺されるだろう!?」
サルーザが激昂し、ゆでられた豚のように真っ赤な顔を上げた。
けれど、レムレスは全く動じることなくシルヴァに合図を出すと、今度は二人で剣をサルーザの首元につきつけた。
「断れば今すぐここで首を落としますよ。あなたが生き残りたいのなら、僕達に協力するべきだ」
「分かった! 分かったから剣を降ろせ!」
「椅子に縛り付けてから、部屋の奥にはり付けて」
縄に縛られたサルーザの姿は、これからと殺される豚のようだった。
手柄に植えたユアン兵にとってはさぞかしごちそうに見えるだろう。
そして、しばらく時間が経つと屋上で外を見張っていたノワルーナの声がした。
「敵兵100人が真っ直ぐこちらに来てます」
「分かった。ファムトもうまく逃げたみたいだな」
その言葉通り、馬の走る音が段々と近づいて来た。
張り巡らされた罠に飛び込んでくるように。