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軍師レムレス

 ファムトが王に選ばれた理由は、宝剣の継承が済んだ後あっさり語られた。

 先代の王が療養中にとある女性を見初めて手を出した。するとあっさり子が出来た。

 けれど、後宮の外で生まれた子を認知すれば、手を出した女性まで権力争いに巻き込まれるのは必至。

 そんなことが無いようにと女性に金を送って子供を育てようとしたけれど、女性はすぐに病死してしまう。


 その結果、ファムトは戦災孤児として孤児院に預けられた。幾ばくかの運営援助金とともに。

 そうした経緯を知っていたシルヴァたちはこの街で十五歳になった戦争孤児を探し、レムレスとファムトの元に辿り着いたそうだ。

 知らない方が良かったと思えるような内容だったが、ファムトは全く落ち込む様子を見せなかった。


「レムレス、俺って運が悪いと思っていたけど、かなり運が良かったんだな」


 その言葉が意味するところをレムレスはすぐに理解した。


「そうだね。おかげでユアン大国に侵略されても殺されずに済んだ」

「しかも、俺達の手で国を取り戻す英雄になれるんだ。ずっと言っていた夢がぐっと近づいたぜ」

「ファムトの夢はある意味生まれた時からずっと心にあったのかもしれないね」


 どうやらファムトの目には前しか見えていないらしい。

 ただひたすらに平等な世界を作ることだけを目指している。

 それはまさに王の心だった。


「良き王になりますな」

「えぇ、お兄様ならソウハの国を取り戻すことが出来ます」


 王家に使える騎士シルヴァと皇女リンネも新たな王の頼もしさに頬を緩めている。

 これでソウハも安泰だと。

 けれど、レムレスは妙な胸騒ぎを覚えていた。

 もしも、このことを他の誰かが知っていたら――。


「今の話を知っている人は他にもいるんですか?」


 レムレスの質問にリンネ皇女が頷く。


「はい。今各地で決起の時を待つ騎士達が知っています。ユアン大国は知らないと思います。なにせ私を含めて全皇族は死んだと触れ回っていますから」

「なるほど」


 あの悪徳商人サルーザが知っていたら不味い、と一瞬頭をよぎったけれど、もしも知っていたのなら金貨100枚で売るはずもない。

 サルーザがモノを売るより情報を売る方が儲かる、とはよく言った物で、情報のあるなしによって商売で生まれる儲けは大きく代わる。


「あ! そうか。情報か」


 だからこそ、不味いのだ。

 いっそ、サルーザがファトムの出生の秘密を知っていた方がよっぽど良かったと思えるくらいに。


「リンネ皇女の手勢って、シルヴァさん含めてこの十名だけですか?」

「いえ、後は街で情報収集をお願いしている隠密がいます。そろそろ帰ってくると思いますけど」

「なら、戻ってきたらすぐ逃げた方が良いよ。じゃないと、僕達はここで全員揃って死ぬ」

「「!?」」


 レムレスの不穏な予告に、その場にいた全ての人の目がレムレスに注がれた。

 ただ驚いたというより、何を言っているんだこのガキは? というような侮蔑の視線も含まれている。

 そんな中、付き合いの長いファムトは真剣な表情でどういうことかを尋ねた。


「どういうことだレムレス?」

「サルーザの言っていた事を覚えている? 情報を売るのが一番儲かる。情報を売るには信用が必要って」

「そう言えばそんなことを言ってたような?」

「シルヴァさんは突然現れた上客だ。一体何者なのかをありとあらゆる手を尽くして調べると思う。多分今日中にシルヴァさんが何者か突き止める。そうしたら、サルーザは報酬金をせしめるために、ユエンの軍人にシルヴァさんの情報を売るよ」


「「「なんだって!?」」」


 皆がそんなバカなと口々に呟きながら驚いている。

 普通に考えればあまりにも突飛な発言だ。

 となれば、ターゲットにされたシルヴァも黙ってはいられなかったのだろう。


「待ちたまえ。余計な詮索をさせないために某は金を言い値で払ったのだ。それに余計な詮索はせぬよう去り際に釘を刺しておいた。それがムダだと言うことか?」


 事の原因となるシルヴァの問いに、レムレスは頷いた。


「はい。その通りです。突然現れた謎の金持ち。商人にとっては絶対に逃したくない獲物です。詮索するなと言われれば詮索します。しかも、その客の首に懸賞金がかかっているのなら、引き続き取引するのと情報を売るのとで、どっちが儲かるかを考えるはずです。となれば、確実に大金が手に入る情報を売るでしょう」

「なんてことだ……」


 それと、最大の問題はサルーザが情報を何人に売ったのかだ。

 レムレスはその数に心当たりがあったため、すぐなんとかしないと揃って死ぬと言い切った。


「それと敵は百人ほどを見込んだ方が良いですね」

「!? 何故数まで分かる?」

「僕達が今日運んだ米袋は百人を当分食わせる分がある、とサルーザが怒っていました。それと昼間に酒に溺れていたチンピラも残党狩りを百人でしていると言っていたので」


 逆に今レムレス達に残された戦力はわずか十名の兵士だけ。戦力差は圧倒的だ。


「一人十殺で切り抜けるなんて力技は通用しません。通用したらこの国は滅んでいないですからね」

「むぅ……痛いところを突かれたが……その通りだ。だが、本当にそんなことが起こりうるのか?」


 シルヴァが苦々しい顔で考えすぎではないのか、と言う。

 その時だった。

 部屋の扉が開き、紺色のフードを目深に被った修道女が音も無く部屋に入ってきたのだ。

 その少女がフードを脱ぐと赤い髪がファサッと広がり、ツカツカとリンネの前に進むと跪いた。


「ノワルーナよく戻りました」

「リンネ様、急いで脱出の準備を」


 ノワルーナとリンネに呼ばれた修道女は突然逃げるように進言した。

 つい先ほどレムレスが言ったのと同じように。


「まさかサルーザがシルヴァの情報を売ったのですか!?」

「っ!? 何故すでにご存知なのですか? サルーザの屋敷にユアンの騎兵達が集まり、出陣前の宴を開いたばかりなのですが……」


 リンネの言っていた隠密とはノワルーナのことだ。

 そして、彼女の持ってきた情報はレムレスの言葉通りのものだった。

 まるでレムレスとノワルーナが共謀していたかのような報告の一致具合に、リンネを始めシルヴァも他の騎士達もフルフルと首を横に振り、視線をレムレスに注いでいる。


 ともあれば、赤髪の少女ノワルーナの視線も自然とレムレスに向けられた。

 そうして、レムレスに全ての視線が集まった時、リンネは恐る恐る赤髪の少女に次のことを尋ねた。


「ノワルーナ、数は集まった敵の数は百人でしたか?」

「はい。騎兵が百人です」

「「!?」」


 その場にいた全員があらためて声にならない声で驚いた。

 そして、誰かがあの子供の言った通りだ、と呟いた。


「みんながあなたを見ているけど、もしかして、あなたが私達の新しい王様?」

「違うよ。僕はレムレス。王様は隣のファムトだよ」

「ならばあなたは一体何者なんですか?」

「何者って言われても、サルーザの小間使いだったけど、今は――あれ? 今はなんだろう?」


 ノワルーナにかなり訝しまれたが、レムレス自身どういう立場なのか分からないのだ。

 王の遺児かもしれないからという理由で買われて、外れだった方なのだから王様にはもちろんなれないし、精々シルヴァ達の小間使いになれるぐらいだろうか。


「シルヴァさんかリンネ皇女の小間使い?」

「違う」


 レムレスの曖昧な答えにファムトが割って入った。


「レムレスは俺達の軍師だ」

「軍師? こんな若さでですか? 戦場に一度も出たことの無い人が?」


 ノワルーナも同じ歳くらいに見えたが、レムレスは黙ってファムトに任せた。

 二人で国をユアンから解放すると約束したのだから。


「実力はさっき見せた通りだ。生まれが相応しくないっていうのなら俺が保証する。レムレスはソウハ王である俺の兄弟だ」


 もちろん血は繋がっていない。

 けれども互いに兄弟だと思って生きてきた。

 それはファムトが王になっても変わらなかった。

 そのおかげで誰もレムレスが軍師になることに反対の声をあげなかった。

 どうやら生まれたての王でも、先ほどの国と民を思う気持ちで兵士達の心を打ったらしい。


「ファムト王が言うには、僕は軍師だそうですよ。ノワルーナさん」

「では、軍師レムレス。この状況から逃げる策を用意していただきたい。その策次第で私はあなたを信用しましょう」

「良いよ。それじゃあ、改めて状況を整理しようか」


 ノワルーナは嫌味か皮肉のつもりで言ったらしく、レムレスがあっさり承諾するときょとんとした顔を見せた。

 けれども、すぐに気を取り直して敵の情報を事細かく報告した。

 その結果、まとまった情報はレムレス達にとって絶望的なものだった。

 ファムトとレムレスを含めてもソウハ再興軍はわずか十三人、ユアンの捜索隊は百人もいる。

 しかも、敵兵はすべて機動力に優れる騎兵なのに、ソウハ再興軍の軍馬はわずか三頭しかいない上に馬車を引かないといけないため、実質一頭しか騎兵には使えないのだ。


 その現状に、シルヴァは覚悟を決めた表情を浮かべながら、自分の策を述べた。


「レムレス君、ここは某たち騎士団の半数が囮として残り、残りの者が王家のお二人を別のアジトへ逃がすしかないと思うのだが」

「死ぬつもりですか?」

「いや、残った某たちが一人あたり二十人殺せば良いのだろう?」

「それがあなたの覚悟ですか? 先ほど言いましたけど、一人十殺出来てれば、ソウハは滅ぼされていませんよ」


 国が負けた事なんて持ち出さなくても分かる。五人で百人の敵を相手にすれば、生きて合流出来ないだろう。

 けれども、武人にとって敵の数や自らの死よりも大事なことがあるとシルヴァは呟いた。


「主のために命を使うのが騎士道だ。それに他の騎士達と合流すれば三千人になる。某達五人で三千人の仲間に託せるのなら、某達が命を賭ける意味がある」


 シルヴァの答えにレムレスはなるほど、と頷いた。

 それならば、この先も生き延びることが出来る。

 その可能性を得たレムレスは誰もが考えていなかった作戦を提案した。


「だったら、逃げずに敵を一人残らず殲滅しましょう。そうすれば次に活かせます」

「「!?」」


 いかに逃げるかを考えていた皆にとって、レムレスが敵を攻めると言ったのは衝撃的だった。

それこそ、覚悟を決めていたシルヴァの顔から悲壮感が完全に抜けきるほどだ。

 もちろん、レムレスを訝しんでいた隠密のノワルーナも、レムレスを良く知るファムトですら驚いている。


「僕達全員が攻めに転じれば、一人当たり十人倒せば勝てますから」

「待ってくれレムレス君! 戦力差は十倍だぞ? それに敵は騎兵だ。歩兵では追いつけないし、逃げられたら別の街から援軍を呼ばれる。君が言った通り、その戦い方で勝てていたのならこの国は滅んでいない」

「その通りです。真正面から戦えば必ず敗北します。ならば真正面から戦わなければ良いんですよ」

「ど、どういうことだ? 君は一体何を考えている!? 某達は何をすれば良いんだ?」

「そうですね。まずは――馬と馬車を捨てて逃げます」


「「!?」」


 攻めると言ったはずのレムレスが逃げると言ったせいで、また皆が困惑する。

 それも逃げ足の速さを左右する大事な馬を捨てる、とまで言い出したのだから、さすがのシルヴァも顔を青ざめさせていた。


「敵を攻めるのに馬を捨てて逃げるるとは、どういうことなのだ!?」

「もちろん逃げるのは偽計です。それに、馬なんてもしかすると何倍にもなって返ってきますから。それじゃあ作戦を説明します――」


 レムレスが作戦を説明すると、困惑していた皆の顔が次第に勇ましく明るく変化しはじめた。

 敗北必至かと思われていた状況、それが一転して勝利の確信を得られるほどの手がある。


「――という作戦です。誰かが一度でも失敗すればやり直しは出来ません」

「いや、勝てる! それなら勝てるぞレムレス君!」

「嘘……こんな作戦が本当に? いや、でも……これなら確かに」


 リンネお付きのシルヴァとノワルーナもレムレスの作戦に賛同している。

 後はファムトが命令すればレムレスの作戦が発動する。


「レムレス、この作戦を実行したらもう後戻りは出来ないぞ?」

「元からするつもりなんてないよ。あったらこんな作戦立てない」

「そうだな。よし、みんな出陣の用意だ」


 ファムトの号令で皆が雄叫びをあげた。

 そして、これがユアン大国不敗神話を初めて破る戦となる。

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