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王の誕生

 レムレスとファムトが商館に戻ると、太った大柄の男がユアン人相手にニコニコと商談をしていた。まるで人語を喋る豚が二本足で立って商売を始めたかのような光景だ。

 その年老いた豚のような男の名前はサルーザ。

 米から人間まで幅広いモノを売り買いする強欲商人サルーザと呼ばれている。

 一方でごますりが非常に上手く、占領国であるユアン人に対しては下手に出てこびへつらうことが出来る。特に軍人には完全服従だった。


「えぇ、そりゃぁ、もう、ユアンの皆様には懇意にして頂いておりますから。えぇ、情報が手に入りましたら、格安でお伝えしましょう。それとご所望の米袋です。どうかお納め下さい」

「もちろん、米で金を取るなんて言わないよな?」

「えぇ、もちろん。私は商人ですが、モノを売るより情報を売る方が儲かると知っております。そして、情報は信用が命。信用をお客様から買うためなら米袋の一つや二つ安いモノです」

「分かってるじゃねぇか。これからもユアンのために働けよ。お、この酒も貰って行って良いよな?」

「はい。喜んで」

「カカ、今日は良い夜になりそうだ」


 サルーザはその後もタダで商品を持って行くユアン人の客にニコニコと笑みを見せ、ユエン人が商館を出て行くまで見送った。その徹底ぶりに、サルーザは豚で無く狸なんじゃないか、とレムレスは思うことがよくあった。


 その理由はユエン人がいなくなると、全くの別人へと化けるせいだ。


「おい! レムレス、ファムト、何だその目は!?」


 サルーザは顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、レムレスの前に立つと突然拳を振るった。


「何が信頼を買うだ! 百人分の米だぞ! 大赤字だくそったれ!」


 バン! と激しい音がする。

 八つ当たりの拳をぶつけられたレムレスが派手に吹き飛び、壁に背中をぶつけてしまった音だ。


「ユアンの軍人がなんだ! ただ馬や龍に乗るしか能の無い蛮族が! 国を取り返したあかつきには奴隷にして、目に物見せてやる!」


 ドン! と今度もサルーザが拳を振った音がする。

 ファムトも同じように吹き飛ばされ、商品棚にぶつかっていた。


「えぇい、忌々しい。この赤字をどうにか補填せねば……」


 派手に二人が吹き飛んだおかげか、サルーザの表情に幾ばくかの余裕が戻る。

 とはいえ、レムレスもファムトも痛みはほとんど無かった。

 そもそも贅肉の塊のようなサルーザの拳は痛くない。


 では、何故二人は大きく吹き飛ばされたのか? 理由の一つはわざと吹き飛んで殴られる痛みをいなすため。そして、もう一つがサルーザに満足感を与えるための演技だった。


 大義を手に入れ、サルーザに復讐出来るその日まで耐える。それが二人の合い言葉だった。

 もちろん、サルーザはこのことを知る由もない。そのことを知るのは二人に復讐されるその時だ。

 けれど、その時は突然やってきた。


「ふむ。その赤字を補填する商談があるのですが、いかがですか?」


 いつの間にか商館にいた白髪の老紳士が穏やかな口調でそう告げた。

 ソウハの民にしてはかなり上質な服を着ている。恐らくどこかの有力者なのだろう。

 となれば、サルーザもバカではない。

 すぐに怒りを引っ込ませ、商人らしい笑顔に戻ったサルーザは、その老紳士の言葉に飛びつかず、探りを入れるようにへりくだる。


「これはお見苦しい所をお見せしました。さて、突然の申し出は嬉しいのですが、どのような商談ですかな?」

「そこの少年二人を買いたい」


「「「え?」」」


 予想外の注文にサルーザだけでなく、レムレスとファムトも驚いた。

 奴隷は財産であり、売買可能な商材でもある。

 確かに二人は戦争孤児であり、年齢が十二を超えて仕事が出来る年齢になると孤児院からサルーザ商会に小間使い追い出された。


 立場的には奴隷と大差はないが、二人には奴隷の焼き印も刺繍もない。あくまでただの小間使いで、奴隷と同じように売り買い出来る立場ではない。


「奴隷をご所望でしたら今すぐ一覧を用意致します。この子達より力仕事に向いている大人の奴隷も売っておりますよ」


 サルーザの提案に老紳士は、レムレスとファムトを一瞥すると静かに首を横に振った。


「いや、この二人の少年が良いのだ。街中で見かけたのだが、なかなかの胆力と働きぶりだったのでな」

「ふーむ……」


 サルーザは顎に手をあて数秒間悩む素振りを見せると、酷く困ったようにため息をついた。


「私は商人ですので、お客様の望むものを提供するのが仕事です。ですが、この二人は私が手塩にかけて育て、最近ようやく使い物になったばかり。そう簡単に手放すことはできません」


 もちろんサルーザは嘘をついている。手塩にかけたと言っているが、サルーザの手にかかっているのは使用人や奴隷を殴った血くらいだ。

 しかし、商人としての経験が言葉と態度に、本気さを感じさせる演技が出来ている。

 その演技力でサルーザは、ユエン人たちに下級民扱いされながらも財をなせたのだ。


「十代の男の相場は金貨50枚ですが、この二人ならば一人当たり金貨100枚は欲しい」

「二人で金貨200枚ということかな?」

「えぇ。そこまでの意があるのなら、惜しいですが二人をお譲りします」

「その値で買おう」

「商談成立ですな」


 老紳士はあっさりサルーザの言い値を支払おうとしている。

 その無警戒さに、レムレスは待ったをかけたかった。

 というのも、サルーザの提案はどう考えてもぼったくりでしかない。間違い無く交渉で値を下げても構わないと思っている。


 けれど、老紳士はレムレスの方を見ると首を小さく横に振ったせいで、何も言えなくなった。

 あまりにも怪しい。だが、レムレスは不思議と怖さを老紳士から感じなかった。

 サルーザと違って、何か一本芯のあるような気がしたのだ。それこそ、ファムトが人助けをして英雄になろうと言っている時のような強さが見えたせいかもしれない。


 結局、老紳士の意図が分からぬまま、レムレスとファムトは何も言えず老紳士の乗る馬車に乗せられた。


 そして、老紳士が馬車の扉を閉めると、中は外と仕切られた密室となる。

 何故二人を買い取ったのか、一体どこへ向かうのか、老紳士が何者なのか、レムレスは少しでも情報を得ようと尋ねたが、老紳士の返事は直に分かると決まっていた。


 そのまま長い時が過ぎると馬車は突然止まった。

 そして目の前に現れるのは廃城。

 地元の人なら誰もが知っている街の郊外にある城だ。


 その城の謁見の間に案内されると、両脇を十人の騎士に囲まれた少女が二人を待っていた。

 少女の美しい黒く長い髪と整った顔立ちは上品さと優雅さを感じられ、どこか育ちの良いお嬢様という印象を与えた。

 しかし、その姿に見とれる余裕は二人になかった。何故なら、そんなお嬢様から発せられた言葉にレムレスとファムトは声が出ないほど驚いたせいだ。


「私はソウハの国の皇女リンネ=ファン=ソウハ。お会い出来て光栄です。お兄様」


 滅んだ国の皇女が目の前に現れただけでも驚いたのに、その上お兄様と呼ばれたせいでさすがのレムレスも混乱した。

 戦争孤児だった二人が王家の血を引く者だと突然言われても、理解が追いつかないのだ。


「リンネ様、気がはやるのは分かりますが、まだどちらが兄王様かは分かりませぬ。宝剣の継承儀が真実を明かすでしょう」

「そうですね。ありがとうシルヴァ」


 シルヴァと呼ばれた老紳士は恭しく頭を下げると、鞘に金の装飾が施された剣をレムレスとファムトの前に置いた。


「宝剣は王にしか抜けぬ剣。代々ソウハの王家が受け継いできた神代に作られた剣です。この剣を抜いた者がソウハの次の国王となります」

「……冗談じゃないんだよね?」


 レムレスは夢を見ているのでは無いかと思いつつ尋ねると、シルヴァは力強く頷いた。

 その答えで先に動いたのはファムトだった。


「レムレス、俺が王様になっても今まで通り一緒にいてくれるか?」

「同じ事を言うよ。僕が王様になったからってサルーザみたいにゴマをすらないでよ?」

「ハハ、しないさ。それじゃ、いくぜ」


 レムレスの冗談にファムトは笑うと剣を拾いあげ、あっさりと剣を抜いた。

 その瞬間、淡い光が剣から漏れだして、新たな王の誕生を祝福しているかのようだった。

 もうレムレスが剣を抜かずとも結果は明らかだった。

 新たなる王を前にシルヴァが跪き、リンネがファムトの手を取る。

 それはまるで英雄物語の挿絵のような美しい光景だった。


「ファムト様、我らの新たなる王よ。不肖シルヴァ=バレト、王の盾と謳われるバレト家当主として王の力となることを誓います」

「この日をどれだけ待ち望んだでしょう。お兄様、お会い出来て本当に良かった」


 それに戸惑うのは当の英雄であるファムトで、困ったように目線を剣とレムレスの間で行き来させている。

 まるでレムレスが王になると思っていたように。


「……抜けた? ってことは俺が王様? レムレスじゃなくて?」

「みたいだね。僕もファムトが王様で良かったよ」

「一応レムレスも試すか?」

「いや、止めとくよ。そもそも僕は王様みたいに前に出るのは嫌いだし、王様の裏でコソコソ策を練る方が性に合っているから」

「俺はお前が王様になると思ったんだけど、お前がそう言うのなら背中は任せるからな」


 こうして新たなる王が誕生した。

 だが、ファムトの名は後の歴史書から抹消されている。

 後の歴史書でソウハを解放に導いた王の名前はレムレス=ファン=ソウハ。

 宝剣の継承儀をしなかった少年の方だった。

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