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竹宮羽音の人生相談  作者:
競技場の君を見ていた
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#01 有川澄春の場合-1

 桜散る、春。

 何かが始まるような予感に、胸がとくんと高鳴る季節。

 誰も彼もが晴れやかな顔をして道を行き、これから訪れるのであろう未来に想いを馳せる。

 そんな素敵な季節を迎えた、四月の今日。

 希望に胸をいっぱいに膨らませながら私立忍舞(おしまい)学園高等学校に今日から入学することとなった、俺こと有川(ありかわ)澄春(すばる)は……。

「君! ぜひアメリカンフットボール部へ入らないか! 君ならディフェンシブラインを任せられる!」

「いや君のその才能はバスケットボール部で生かすべきだ! 君なら忍舞のゴリになれる!」

「何を言ってるでごわすか! その体格、おいどんは惚れたでごわす! おいどんと共に相撲部で両国国技館を目指すでごわす!」

「柔道部だ! 君のその才能、畳の上で開花させてみないかね!」

「ボクシング部です! 遂に待ち望んだヘビー級選手です! 君が、君こそが第二のマンモス西なのです!」

 なんだかもの凄い体格のいい男共に、追いかけ回されていた……。

 俺は全速力で校舎前の中庭を突っ走る。振り返るとそこには、全身を防具で完全防備に固めたアメフト男、バスケットボールをドリブルしながら追いかけてくる魚住みたいな男、まわしを締めた半裸の髷男、何もしていないのに柔道着をはだけさせながら追っかけてくる男、そしてパンツ一丁で両手にグローブを嵌めただけの細身の筋肉質の男、と悪夢のような追っ手の姿が確認できる。

 なんだ? どうしてこうなった?

 俺はこの春から私立忍舞学園に入学することとなった、ピッカピカの一年生である。これからの三年間の高校生活がどのようなものになるのか、希望に胸をいっぱいに膨らませて登校をし、入学式に参列したのだ。

 入学式の後は割り当てられたクラスごとにそれぞれ教室へと戻り、軽い自己紹介とホームルームをこなす。まずは初めましての人たちの顔と名前をうっすらと覚えたくらいのところで、初日のスケジュールはあっさりと終了となった。

 忍舞学園は俺の地元からはわりと離れた場所にある為、生憎と俺と同じ中学校から進学した生徒は、ほとんどいなかった。そんなわけで、今の俺には顔見知りすら同じクラスにはいない。仕方なしに今日のところはと、早くも同じ中学同士でグループが形成されつつあるクラスを横目に、一人で校舎を出ることとなったのだが……。

 昇降口で上履きを履き替えて外に出てみると、そこには異様な光景が広がっていた。

「野球部です! 僕たちと一緒に甲子園を目指しませんか!」「サッカー部です! ふり向くな! 君は美しい!」「軽音楽部です! 俺の魂のシャウトを聴けええええええええっ!!!」「歴史研究部ぜよ!」「コンピューターゲーム研究部だにゃあ!」「お料理研究部です!」「テニス部!」「囲碁部!」「将棋部!」

 昇降口から校門までを繋ぐ石畳の両側を、所狭しと様々な部活のユニフォームを着込んだ上級生が居並び、通路を通ろうとする新入生に片っ端から声をかけまくっていたのである。

 バレーのユニフォームを着た先輩から「根性ー!」と叫んだかと思えば、『科学研究部』と腕章を付けた眼鏡の上級生が「証拠を残さず殺したい人はいないかい!?」と絶叫し、また今度はスクール水着姿の女子生徒が「水泳部へようこそ!」とまだ入ってもいない新入生たちに『ようこそ』と愛嬌を振りまいていた。あんまりにもめまぐるしく様々な部活動が声を張り上げるせいで、一つ前にどこが声を出していたのかすら覚えていないほどの事態だった。とりあえず、根性と叫んだのが何部だったか思い出せないし、証拠を残さず殺したいほどに恨んでいるやつはいない。ああ、でもスクール水着越しのおっぱいはとても良い形だった。

 そんな具合で、昇降口前は津波に荒れ狂う日本海といった様相であった。そんな中で、上級生の一人が俺の姿を一目見て顔色をさっと変えた。

「で、でけえ……!」

 その上級生……格好を見るにおそらく剣道部だと思うのだが……は、俺の姿を見るなりそのように叫んだ。

 でけえ。と、彼は俺のことを見てそう評した。

 (むべ)なるかな。確かに俺の身長は、でけえ。

 その身の丈、一九〇センチ。自分自身としては、生まれてから十六年間すくすくと育っていった結果でしかない。そのため特別それに違和感を持ったことはないのだが、やはり他人からすれば俺の身体は、でけえ……らしい。

 しかもそのガタイの良さは縦幅だけではなく、横幅にも表れている。いや、太っているわけではなく。

 俺は中学時代陸上部所属で、砲丸投げをずっとやっていたのだ。

 砲丸投げ……五キロという重量のある砲丸を、何十メートルも先へとぶん投げる、あの遠投競技である。元々体格自体はその辺のやつらより肉付きがいいぐらいの感じではあったものの、遠投競技に手を出したことによって腕や肩周りの筋肉は強化され、さらに踏ん張りを利かす為の足下の筋肉も鍛えなければならなかった。

 そんな経緯もあって俺は高校一年生でありながら、生まれながらの恵まれた体格と、中学三年間の努力の賜物ともいえる筋肉を併せ持つ、ちょっとした……こう、細くない、どちらかといえばゴリ寄りのマッチョな体型を保持しているのであった。

 で、だ。

 もしそんな、一見してスポーツ向き丸出しな感じの新入生が、のこのこと昇降口にやってきたら。そして昇降口前では、苛烈な新入生勧誘が繰り広げられていたとしたら。……新入生は、どうなると思う?

 ぎらり。

 一部の体育会系部活動のスカウトたちの目が怪しく光るのを、確かに見た。

 そして身の危険を覚えた俺は、校門の方へと向いて歩いていた身体を校舎の方へ翻す。そしてそのまま全速力で、下校する新入生たちの人の流れを逆流するように猛ダッシュを始めた。するとその後ろを、まるで俺が先導しているかのように体育会系部活動の諸先輩方が追っかけてきたのである。

「君! ぜひアメリカンフットボール部へ入らないか! 君ならディフェンシブラインを任せられる!」

「いや君のその才能はバスケットボール部で生かすべきだ! 君なら忍舞のゴリになれる!」

「何を言ってるでごわすか! その体格、おいどんは惚れたでごわす! おいどんと共に相撲部で両国国技館を目指すでごわす!」

「柔道部だ! 君のその才能、畳の上で開花させてみないかね!」

「ボクシング部です! 遂に待ち望んだヘビー級選手です! 君が、君こそが第二のマンモス西なのです!」

 第二のマンモス西と呼ばれて何が嬉しいんだよ!? ジョーにぶん殴られて、鼻からうどん垂らしてたやつじゃあねえか!

 俺は昇降口まで逆走すると、もはや上履きを履き直す手間ももどかしく、片手で脱いだスニーカーを引っ掴んで靴下のまま廊下を走り出した。画鋲が落ちていたら俺の足はジ・エンドだが、高校生ともあろう方々が廊下に画鋲なんか落っことすわけがあるまいという信頼を胸に、とにかく廊下を全力で走り抜けた。

 校舎内の地理には、向こうの諸先輩方の方に一日の長があるだろうと思われる。しかしスカウト連中の目の色が変わったのと同時に本能的な恐怖を感じて、先行して逃げに転じたのが良かったのか。階段を登ったり降りたり、渡り廊下を渡って別の校舎へと駆け込んだ頃には、なんとかあの異様なスポーツ軍団を撒くことに成功していた。

 俺はぜえぜえと荒くなってしまった息を整えながら、人気の少ない廊下を見回した。窓の向こうに本校舎や体育館が建っているのが見えるため、ここは附属棟かなにかなのだろうか。先ほどの新入生たちを手ぐすね引いて待ち構えていた昇降口前とは打って変わって、喧噪から離れた人気のないエリアだった。扉の上に掲げられた室名札を見ると、器楽室であるとか、陶芸室であるとか一風変わった名前が続いていることに気がつく。どうやらここは、特殊教室の集まる棟のようだ。

 どの部屋も人がいるのかいないのか、真っ白い磨りガラス越しには中の様子が判別つかなかった。

 とにかく、外の喧噪が収まるまで、どこか落ち着けるところはないだろうか……。

 そう思いながら特殊教室の名前を一つ一つ確認しながら、廊下をゆっくりと歩いて行く。

 右を向いても左を向いても人の気配が無い為、俺はようやく気が緩んできて、はあ……と溜め息をついた。

「まったく。ちょっと図体がデカいからって目の色変えてきやがって……。俺はもう、スポーツをやるつもりはねえってのに……」

「どうして、スポーツをやるつもりがないのかしら?」

「どうしてって、そりゃあお前……って、うぉお!?」

 独り言が急に叫び声になって驚かれたかと思うが、許して欲しい。俺自身も驚いた。

 いきなり誰かから声をかけられたのだ。誰だって驚く。

 場所は先ほどまでと同じく、特殊教室の並ぶ廊下。いつの間にやら最奥部までたどり着いていたらしく、突き当たりの壁がすぐ目の前に見える。そしてそのすぐ右手側に教室が一つある。教室の扉付近に、机と椅子がワンセット廊下に出す形で置かれていて、そこに一人の女性が座ってこちらを見ていた。

 その人は、薄い小麦色の肌をした健康的な見た目の女性だった。染められたような形跡のまるでない黒髪は頭の後ろで赤いリボンで一つ結びにされて、背中まで垂れている。まさしくポニーのテールと形容するのに正しい髪型と言えよう。意志の強そうな眉は、ビシッとまっすぐに伸びている。瞳は大きく、突如目の前に表れた俺の方へと好奇心でいっぱいといった様子の視線をびしびしと浴びせてくる。

 彼女は学校指定の女子用ブレザーを前ボタンを開けて着ていた。胸元にはピンク色のラインの走るリボンが、ちょっとだらしなく緩んだ状態でつけられている。学生用の木製の椅子に腰掛けて、足組みしているスカートから伸びる二本の太ももは肉付きがよく、実に女性らしい。

 そんな彼女の座っている机の上には、手作り感満載の紙製のネームプレートが置かれていた。

 そこにはこのような文字列が、真っ赤なマジックペンでデカデカと書かれている。


 救済の会


「どうして、スポーツをやるつもりがないの? 良かったら、話を聞かせてもらえないかしら?」

 校舎の辺境で行き会ったその女性は、標的を捉える目付きで俺を見て、そう言った。

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