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暗黒の宇宙空間。
小さな宇宙戦闘機が高速で進んでいく。
薄暗いコックピットの中、俺はジッと獲物を待っている。
この小さな宇宙戦闘機が俺の愛機だ。
小さくとも性能はピカイチ。
搭載された兵器は最新型を豊富に揃えているし、電子装置も新型だ。
俺自身も業界で名の知れたパイロットであり、どんな奴が相手でも負ける事は無い。
どんな敵相手であろうとも必ず粉砕出来る。
・・・等と格好良く説明したが、実際の仕事内容はゴミ処理に近い。
俺がまだ小さかった頃に、地球は他の星と戦争をしていた。
当初、短期で終わると思われた戦争だったが、実際は終結までに3年もかかった。
戦線はどんどん拡大し、生活が圧迫された事をよく覚えている。
人々は地球の勝利を信じて様々な物を軍に提供した。
金はもちろんの事、貴金属、コンピューターや服まで提供したのだ。
俺の家も生活に必要な最低限の物だけ残してほとんど軍に提供した。
そのお陰で我が家にはほとんど物が残らなかった位だ。
色々と大切な物を失いながら戦争は継続されたが、結局はお互いに戦争を継続する事が出来ず平和友好条約が結ばれて戦争は終わった。
ではそれで戦争が終わったかと言えば、答えはNOだ。
戦争の爪痕は宇宙空間に色濃く残っている。
敵の宇宙戦艦を沈めるための宇宙機雷。
様々な星に残されたロボット兵士達。
海中には巨大な無人潜水艦が様々な兵器を満載した状態で残っているという。
それだけではない。
破壊された巨大宇宙コロニーが漂い。
大きな戦いがあった宙域では未だに宇宙戦艦の残骸が、乗組員の死体を腹に抱えたまま何隻もデブリになっている。
今ではそういった戦争の残骸を処理する専属の仕事まであるくらいだ。
そして俺の仕事も、そのうちの一つ。
俺の仕事は未だに稼動を続けている無人宇宙戦闘機の駆除だ。
こいつらは中々やっかいな連中で、戦争が終わった事を知らず、未だに輸送船や民間船を敵と勘違いして攻撃を繰り返している。
宇宙機雷はほとんど動くことも無いので、バイト感覚で処理が可能だが、無人宇宙戦闘機はそんなわけにはいかない。
素早く移動しながら様々な兵器を相手に浴びせかけてくる。
流石に実弾は撃ちつくしている様だが、未だにエネルギー主体の攻撃をしてくる。
つまりはビーム兵器で攻撃してくるという事だ。
もし宇宙戦艦ならばビーム兵器程度で沈むことはないだろうが、民間船はそうもいかない。
無人宇宙戦闘機の目撃情報があった場合は、処理が完了するまでその宙域は閉鎖しなくてはならない。
これは経済的に大打撃となってしまう。
そこで俺みたいに無人宇宙戦闘機の処理を専門としている連中が政府だとか民間企業から依頼を受けて処理に当たる。
本来は軍が処理すべき事なのだろうが、軍は縮小している為、そこまで仕事が早くないのだ。
まあ、俺としては仕事が増えるので嬉しいのだが・・・。
コックピットに鳴り響く<ピーー>という電子音で俺は覚醒する。
お出ましになった。
モニターには一筋の光がどんどん加速しながら接近してくる様子が映し出されている。
さあ、お仕事の時間だ。
敵機は一機のみ。
予想通り実弾は使い果たしているようで、何発かビームが飛んでくるがそれを全て回避する。
敵機はそのまま加速し、愛機の直ぐ脇をすり抜けていく。
その瞬間、愛機の外部カメラが敵機を素早く撮影した。
画像データから敵機を割り出す。
国籍マークから地球軍の無人宇宙無人戦闘機だという事が分かったが、もっとやばい事も分かった。
敵機は末期型の無人宇宙戦闘機だったのだ。
戦争は長期間に及び、末期には両軍共に兵器が足りなくなるという事態に陥っていた。
そこで軍は一般家庭に協力を要請する事にした。
各家庭のロボットを提供してもらおうというのだ。
そのころには回路を作る工場が敵の攻撃で瓦礫になっていた為、家庭用ロボットの回路を使って兵器が生産されたというわけだ。
当初、家庭用ロボット回路を搭載した宇宙無人戦闘機は直ぐに全滅するだろうと予測された。
しかし軍の予想を覆し、彼らはしぶとく戦い続けた。
純粋な軍事用ではない彼らは、それまで生活の中で経験した様々な知識を元に任務を遂行したのだ。
軍事的に考えれば有り得ない様な動きをしながら攻撃を繰り返す彼らを撃墜することは極めて困難だった。
これは軍としては嬉しい誤算であり、彼ら末期型宇宙無人戦闘機は量産が決定したのだ。
もちろん敵の星も同じ事を考え、戦場では家庭用回路を搭載した無人機が戦い続けた。
末期戦で投入された彼らは物資の欠乏もあるのだろうが、まともな通信機を搭載されていない事が多い。
つまりは外部から情報を得ることが出来ないのだ。
その結果、戦争が終わった後も任務を継続し、こうして敵を攻撃し続けている。
俺は愛機を反転させ敵機を追いかけ、後方に付くことができた。
いくら軍の戦闘機といえども、もはや旧式の戦闘機だ。
愛機の性能の方が数段上。
敵機は何とか振り切ろうと必死に機体を左右に揺らしているが、最早逃げ場はない。
そしてミサイルを発射する。
多分相手は既にチャフも使い果たしているだろうから、これで処理はおしまい。
・・・・そう思っていた。
確かに敵機はチャフを使い果たしていたのだろう。
いきなり己の外部装甲をパージし、ミサイルに当ててきたのだ。
ミサイルはパージされた装甲に命中し爆発。
敵機は内部回路がむき出しの状態で飛行を続けている。
これだよ。
末期型はこういうのがあるんだよ。
普通自分の装甲を引っぺがして、ミサイルに当てようなんて考えるか?
敵機は一瞬の隙を突き、反転して俺の後ろを取ろうとしてくる。
しかし悲しいかな、圧倒的な性能差の前では末期型であっても俺の後ろを取ることは出来ない。
段々とデブリの多い宙域になってくると、敵機はデブリを回避しながら俺の攻撃を防ぐ。
何度かミサイルを打ち込んだが、そのたびに外部装甲を内蔵したパージ用の爆薬で吹き飛ばしてミサイル攻撃を防ぐ。
もはや敵機は外部装甲がほとんど残っていない状態で飛び続けている。
そのうち敵機の燃料タンクに穴があいたようで燃料が漏れ始めた。
戦争が終わってから大分立つが、燃料が残っているという事は、多分仲間の残骸から燃料を集めて戦っていたのだろう。
そんな貴重な燃料を垂れ流しにしながら敵機は逃げ惑う。
俺はそんな敵機をロックオンし、ミサイルを発射した。
ミサイルを防ぐ物は既に無く、ミサイルは敵機を吹き飛ばした。
ばらばらに吹き飛んだ敵機を確認し、今日の俺の仕事が終わった。
<お疲れさん、やっぱりお前さんは仕事が早くて助かるよ>
モニターには年季の入ったおっさんの顔がドアップで表示されている。
このおっさんが俺に毎回仕事を持ってくる、仕事の紹介人だ。
「おい、相手が末期型とか聞いてないぞ、何発ミサイル撃ったと思ってんだ。ちゃんと後でミサイル代金を請求するから覚悟しとけ」
<あちゃー、末期型だったのか。いや俺も知らなかったんだわ。でも流石だな、末期型相手にこんな短時間で処理出来るなんてお前位だよ>
「お世辞はいいから今回の報酬とミサイル代金は口座に振り込んどけ、通信終わり」
<あ!ちょっ・・・!>
俺は通信機の電源を落とし強制的に会話を終わらせた。
「ふーーー・・・」
と座席に深く身を沈め、俺は愛機の表示板を撫でた。
この愛機は本当に高性能だ。
こいつのお陰で何度も救われた。
性能的には他の駆除機と大差なのだが、こいつには幸運の女神様が付いている。
翼には、その女神様が描かれている。
犬と猫を合わせたようなキャラクター、それが俺の幸運の女神様だ。
これは俺がまだ幼かった頃、家に居たメイドロボが俺の為に描いてくれたオリジナルキャラクターだ。
両親が共働きだった事もあり、夜は一人で寝る事が多かった。
小さかった俺は暗闇を恐れ、毎晩泣いていたという。
そんなときに彼女が俺の為に絵本を作ってくれた。
その絵本の主人公がこのキャラクターだ。
毎晩、絵本を読み聞かせてくれた彼女のお陰で、俺はスヤスヤと寝る事が出来た。
小学校の運動会でも、運動靴にこのキャラクターを彼女が描いてくれた。
そのお陰で、運動会では何度も幸運としか思えない事が起こり大活躍だった。
何か困った事があるたびに、俺は彼女に頼ってきた。
お腹が痛むときも、救急車が来るまで彼女がお腹をさすってくれた。
勉強も教えてくれた。
美味しい料理も作ってくれた。
多分小さいながらも、俺は彼女に恋心を抱いていたんだと思う。
そんな彼女だったが、戦争末期には軍に提供されてしまった。
玄関に軍人が立ち、彼女の腕を引っ張りながらトラックの荷台に押し込んだ。
彼女はしがみつく俺に向かって「必ず坊ちゃまをお守りします」と語りかけた。
彼女は最後まで笑顔で微笑みながら俺に手を振っていた。
俺は泣きじゃくりながら彼女を見送るしかなかったのだ。
そんな彼女も工場で戦闘機に改造され、どこかの戦場に送られたようだ。
多分既に撃墜されているのだろう。
もしも彼女がまだ生きているならば、また会いたい。
通信機が無くとも、愛機の翼にある絵を見れば俺だと気が付くはずだ。
そんな一縷の望みを賭けて、俺は今日も愛機を飛ばすのだった。