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一番古い思い出はなんだったろうか?
確か暗い箱の中に居た時の記憶が一番古いはずだ。
その直後、箱は開かれ、目の前が明るくなった。
目の中にあるレンズが自動で動き、視界の明るさを調整した記憶がある。
目の前には家族が居た。
旦那様と奥様、そして坊ちゃまが私を見ていた。
皆さんは私が起動するのを確認すると嬉しそうに微笑んでいた。
その日、私はメイドロボとして初めて起動したのだった。
当時、最新型だった私を購入した家庭は両親共働きの、地球では普通の家庭だった。
毎朝、皆様を送り出して、私は決められた家事をする。
夕方になると坊ちゃまが学校から帰ってくるので夕飯とお風呂の用意をして待機する。
坊ちゃまは夜になると、暗闇を恐れてシクシクと泣いている事が多かったので、私は絵本を作り毎晩読み聞かせることにした。
普段なら充電に使っている日中の時間を使い、犬と猫を合体させたオリジナルキャラクターが主人公の絵本を作り、その絵本を毎晩読み聞かせた。
そのうち坊ちゃまは市販の絵本よりも私が作った絵本だけ読みたいと言い始め、私は毎日絵本を描くことになったのだった。
絵本を読んでいるうちに、気が付くと坊ちゃまはスヤスヤと眠りについている事が多かった。
毎回、私のメイド服の袖を掴んで離さないので、起こさないように離れるのに苦労した記憶がある。
学校の運動会の時も旦那様と奥様は仕事で応援に行けなかった為、私が代わりに応援に行った。
前日に運動靴に絵本のキャラを描いたところ、坊ちゃまは大喜びでその靴を履いて家中走り回り、家の中が泥だらけになってしまった。
その後の床掃除が大変だった・・・。
お腹が痛いという時は、坊ちゃまのお腹を擦りながら、病院へ連絡したりもした。
あの時の坊ちゃまは苦しそうだったが、なんだか安心していた様子だった。
気が付くと、坊ちゃまは私の側を離れない事が多くなった。
私も坊ちゃまと一緒に居られる時間が幸せだった。
坊ちゃまが好きな味を覚え、坊ちゃまが喜ぶ物語を考え、私の生活は坊ちゃまを中心に回っていた。
幸せだった。本当に幸せだった。
しかし、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。
戦争が起こったのだ。
地球は遥か彼方の星と戦争を始めた。
当初は半年もかからずに終わるはずだった戦争は、すでに15年も続いている。
12年前、地球軍は不足する兵器を調達するため、一般家庭に物資の提供を要請した。
その時には既に回路を作る工場が敵の攻撃で壊滅していたため、一般家庭で使われていたロボットの回路を回収したかったようだ。
もちろんボディに使われていたレアメタルも全て回収され、兵器として再利用された。
回収された回路は宇宙無人戦闘機の回路として流用され、基本的な軍事データをインストールされた彼らは直ぐに最前線に送られたのだった。
私もその一人、いや一機だ。
ある日、玄関に軍人さんが立っていた。
軍人さんは私を回収に来たのだった。
道路には大きなトラックが止まっており、荷台には私のようなメイドロボが満載されていた。
旦那様も奥様も悲しそうな顔をしていた。
坊ちゃまは私のスカートにしがみつき、泣きじゃくっていた。
そんな坊ちゃまに私は
「必ず坊ちゃまをお守りします」
と話し掛け、軍人さんに連れられて、トラックに載せられた。
私は最後まで笑顔で坊ちゃまに手を振り続けたのだった。
トラックはそのまま軍の工場に入っていった。
メイドロボ達は荷台から下ろされ、ベルトコンベアに載せられた。
その時、ベルトコンベアの近くに小さな鏡があったのを覚えている。
その鏡には私の姿が一瞬だけ映し出された。
その一瞬の画像は今もデータとして記憶媒体に保存している。
坊ちゃまがしがみ付いたスカートの部分に皺ができていた。
皺だけでなく、いくつもシミが付いていた。
私はそっと皺を撫で、ベルトコンベアの先を見つめたのだった。
戦闘機に改造されるのは一瞬だった。
ベルトコンベアから出てきた時には、私の意識は既に戦闘機の中にあったのだ。
そのまま輸送船に載せられ、最前線に放り出された。
与えられた任務は、とある宙域の防衛。
そこは地球軍の艦艇が通ることはないので、私達以外に動くものは敵であり、全てが攻撃対象だ。
私達は必死に任務を継続した。
物資の欠乏もあり、私達には通信機が搭載されていなかった。
武装も装甲も最低限の物しかなく、本当にタダの時間稼ぎ要員だった。
それでも私達は必死に戦った。
通信機が搭載されていない私達はお互いに緻密な連携をすることも出来なかったが、やはり元は同じメイドロボ。
何と無く意志の疎通が出来た。
宙域を通ろうとする敵艦隊に決死の攻撃を繰り返した。
敵の無人宇宙戦闘機とも空中戦を何度もした。
そのうち仲間はどんどんと撃墜され、補給も滞った。
それでも私達は必死に任務を継続し続け、最終的に残ったのは私だけだった。
今日も仲間の残骸から燃料を回収し、宙域防衛の為の準備をする。
既に実弾もミサイルも無く、チャフも使い果たした。
レーダーも壊れかけているし、光学レンズもひびが入り外の様子が良く分からない。
右エンジンも調子が悪く、早く整備して欲しい。
唯一残ったビーム兵器も左側は故障しており、右側だけしか使えない。
それでも私は戦い続ける。
ここを敵に通られたら、地球まで敵艦隊が進撃する可能性もある。
地球には坊ちゃまが居るのだ。
なんとしてもそれだけは防がなくては。
約束したのだ。
必ず守ると。
壊れかけたレーダーが敵機の存在を知らせる。
どうやら敵の戦闘機の様だ。
最近は輸送船ばかり攻撃していたが、ついに敵は戦闘機を投入してきた。
ひびの入ったレンズで敵機を確認し、データ照合するが情報が無い。
どうやら地球軍が知らない、敵の最新型の様だ。
私はエンジンに燃料を送り最大加速で接近する。
ビームを何発が放ち、敵の出方を探る。
敵機は私の存在に気が付いているようだが、何もしてこない。
私はそのまま敵機の直ぐ脇を掠めるようにすり抜け、カメラで敵機を撮影する。
やはりひびの入ったレンズでは良く分からないが、大きさから有人機のようだ。
翼に何やらマークが描かれているが、多分撃墜マークだろう。
再度データ照合するが、やはり合致する情報はない。
敵機は反転し、信じられないような加速で私を追いかけてくる。
ここまでのスピードが出るなんて想定外だ。
敵機はすぐさまミサイルを放ち攻撃してきた。
もう既にチャフは残っていないが、私には奥の手がある。
外部装甲パージ用の爆薬に点火、外部装甲をパージした。
パージされた装甲はそのままミサイルに命中、ミサイルはその場で爆発した。
これで回路はむき出しになってしまったが、撃墜されるよりは良い。
爆発に紛れて敵機の後方に回り込もうとしたが、性能が違いすぎる。
全く回り込む隙が無い。
その後、敵機は何度もミサイルを放ち、私は装甲をパージして対抗した。
そのうち私は丸裸になってしまった。
もうパージできる装甲が残っていない。
しかし敵機にはまだまだミサイルが残っている。
回路も、記憶媒体も、エンジンも、燃料タンクもむき出しの状態で私は飛行を続けた。
一瞬でもいい。
敵機の後方に回り込めれば、ビームを当てることが出来る。
何とか機体を左右に揺らして回り込もうとするが、現実は非情だった。
敵機はミサイルを放ち、そのミサイルは私の燃料タンクに命中した。
体がバラバラになっていくのが分かる。
人間にとっては一瞬でも、私にとっては長い長い時間に感じた。
人間は死ぬ直前に走馬灯というのが見れるらしいが、どうやら私にもそれが見えるようだ。
絵本を聞きながら眠る坊ちゃま。
大好きなハンバーグを食べて、口の周りをべとべとにする坊ちゃま。
一緒にお風呂に入り、私の背中を洗おうとする坊ちゃま。
スカートにしがみ付き、泣きながら「行かないで!!」と叫ぶ坊ちゃま。
すいません、坊ちゃま。
約束。
守れませんでした。
どうか、どうか。
あなたが幸せでありますように。
そこで私の意識は消えた。