始まらない世界
頬を風が撫でる心地よい感覚で意識が覚醒する。
先程とは違う強い光がまぶたの向こうから伝わってくる。
目を開くと、予想以上に眩しい光に目を細めた。
クオンは草原に立っていた。
草が風に揺れている、雲が空に流れている、蝶がひらりと飛んでいった。現実ではないはずなのに、リアルな感覚。
「すごい・・・」
思わず、口から溢れ出た言葉。
そのまま辺りを見回した。どうやらクオンより先に設定を終えてログインしたプレイヤーも多いらしい。
しかし、先にログインしたのにどうして先に進まないのか。疑問に思っていると、後ろから声をかけられた。
「クオン?」
振り向くクオン。
その視線の先にはいつもの仲間の名前が二つ。さらに片方の頬にはクオンの太ももにもあるタトゥーが。確かめるように声をかけたもう片方がクオンの顔を見て笑顔を見せた。人違いだったら、と考えたようだ。
「アリス、リノン!」
にぱっと笑って2人に飛びつくクオン。
2人も黙って受け止める。いつものことのようで、2人とも慣れたものだ。
彼女たちはクオンの現実の友達だ。それぞれのアバター名は「アリス」と「リノン」。現実と顔を多少変えているらしい。もちろんクオンもだ。
クオンは一旦二人から離れて状況の疑問を解消しようとする。
なぜプレイヤーたちはここから動かないのかと。
それに対する2人の答えは、
「動かへんのとちゃうくて、動けへんのよ」
アリスが、ほら、と言って指を指す方向にあったのは道。
しかし、その道から先に進むことができないようだ。たくさんのプレイヤーが見えない壁に阻まれて立ち往生している。
「それにね、見てごらん」
リノンが遠くを見るように促す。
ぐるり、さらに見回すと、どこまでも広がると思われていた草原には小さな柵がプレイヤーの出現地点を中心として円を描くように配置されている。
その小さな柵も飛び越えることができないらしい。
「わぁ・・・これ、いつになったら出られるんだろうね?」
「さぁ?」
アリスが肩で両手のひらを挙げてお手上げのポーズ。
リノンも困ったように笑っている。2人とも何もわからないようだ。
「でも、あれ見てみ」
アリスが続いて指さしたのはカウンター。
プレイヤーが現れるごとに数字が減っているところを見ると、プレイヤーが全員ログインするまで状況は動かないのだろう。
「あらら、じゃああたしらは待たないといけないわけ?」
「そういうことやね」
2人揃ってため息をつく。そんな2人を励ますようにリノンが2人の肩に手を置いた。ぽんぽんと肩をたたきながら言う。
「あと13人じゃない、そんなのすぐだって」
リノンが言うとおり、カウンターの数字は13。そうして話しているあいだにも11に変わっている。なんとか先に進もうとしていたプレイヤーも諦めたのか、カウンターの数字を見守っていた。