もう一人の自分へ
―――ふわふわと浮いている感覚がある。
瞼に淡い光を感じて目を開いた。
目の前に広がるのは電子の海。たくさんの記号やローマ字、キラキラと光を発するかけらがたくさん浮いている。
少し周りを見回したあと、前に向き直る。
そこには、目を開けた直後にはなかった半透明のパネルが表示されていた。
それに浮かぶ文字は『START』の文字。
それに戸惑いなく触れると、パネルが消え、その代わりに黒い人のようなものが斜め前に浮かぶ。再びパネルが現れた。
容姿設定、と表示されている。
パネルに浮かぶ各部分の名称、それに触れると黒い人型の対応する部分が淡く発光した。
ふむふむ、頷くと設定を開始する少女。
まずは投影。黒い人型が少女と全く同じ姿に変わる。少女のアバターだ。ここから微調整を加える。
まずは身長、今より少し高めに設定する。
ほんの少し、アバターの身長が伸びた。
そして髪、胸あたりで切りそろえた髪がさらに短くなる。少女が設定した長さは顎あたり。前髪は真っ直ぐ、毛先は大きく前下がりに。髪は顔の横部分を残して紐飾りのようなもので縛られた。
髪色は毛先から頭頂部へのグラデーション。淡い水色から群青色へ。
目の色は暗い紫に。ほとんど黒といっていいほどだが、明るい光が当たると紫に見えるような色に微調整。
太ももにはタトゥー、自分でスラスラとデザインして設定。既に考えてあったものだ。
初期装備らしいありふれた冒険者の服。
茶色いショートパンツに黒いタンクトップ。靴は選べるらしい。
少し高さのあるショートブーツを選択。自動的に膝にサポーターのようなものが装着された。
手には指ぬきグローブ。肘まで覆うものだ。
これで容姿設定を完了。
まだアバターは浮かんだままだ。
次に種族設定。
十数種類ほど表示された中から特に迷うことなく獣人を選択。
その獣人の中からも種族を選択できるらしい。
目に付いたのはランダム。多過ぎる動物の種類に頭がくらくらする。
しばらく考え、ランダムを選択。
すると、パネルの種族枠が2つに増えた。どうやら何かと何かのハーフらしい
そのどちらもに別の文字が次々と浮かび上がっては消える。
2つの枠に最終的に浮かんだのは『狼』『狐』
アバターに尖った狼の耳がついて狐の柔らかな尾が生える。髪の毛で人間の耳は見えなくなってしまった。
爪も少し長くなり、牙もちらりと見える。
耳は濁った灰色、尾はよくある油揚げの色。おおよその人間ががイメージする狼と狐の色だ。
種族欄に浮かぶ種族名は『狼狐』読み方がとなりに表示される。
『ろうこ』と読むらしい。
そして次はスキルの設定。
決められるのは6つまで。少し悩みつつすぐに決める。
『四足移動』『ハウリング』『腕力上昇』『視力上昇』『精神力上昇』『体術』
はじめの2つは種族ボーナスのためだ。
残る2つは戦闘スタイルから。夜目も欲しかったが、種族特性上暗闇でも目は見えるのではないかと推測した。
最後に決めるのは名前。
考える時間を必要とせずに打ち込む。様々なゲーム内で使用してきた名前だ。
プレイヤー名は『クオン』
これは好きなキャラクターの名前をもじって作ってある。ゲーム内ではあんなふうに強く生きられるようにと小さな願いも込めて。
『設定を終了します。ムゲンの世界をお楽しみください』
私はこの瞬間から、クオン