クリス・ローラン(ヒト科 ヤワ耳属)
「えっと……クリス、さんだったわね? 何の本って……」
「モンスターの本です! 図鑑みたいな物、ないですか!」
クリス・ローランは吠えていた。前のめりになり、噛みつくような勢いで叫ぶ。
どうして誰も思いつかなかったのだろう?
いや、私もつい最近まで思いつかなかったのだから言いっこなし。
「図鑑……モンスターの……?」
司書さんは絶句してしまった。
「はい! ないですか!」
「無いと思います……」
ぼんやりと答える司書さん。
「ヨッシャ!!!」
おっと、つい心の声が。
司書さんは困惑顔、本を探して見つからないのに「ヨッシャ」はマズかった。
礼を言い図書室を出て、廊下を進みながら考える。
本が無いとなれば私が第一人者だ。気分は既に大先生、廊下も真ん中を歩きたくなる。
十六歳のヤワ耳少女、クリス・ローランが世界を解き明かす!
なんとステキな響き、例えるならそう……朝の、太陽の……輝きの……
……いや、違う。もっとこう、良い雰囲気を出したいんだ私は。
文章も練習しないと、ただの図鑑になってしまう。読み物としても評価されなくては!
去年読んだ小説、『斧騎士メイル』の感動が思い出される。
「また読みなおそうかなぁ……あ、そうだ」
ポケットから小さなくちゃくちゃのメモ帳を取り出す。
さっき図書室で借りた物だ。
あの後、一つだけモンスター関係の本(メモ帳だけど)を見つけて貰ったのだ。
「これは出版された物じゃないし、まあ第一人者とは言えないでしょ」
モンスターを調べていた、ある意味先輩の手記。
部屋まで待てない、これは歩きながら読むしかない。
しかし
「スライムは体当たりをしてくる、ロックピッグは体当たりをしてくる……」
内容は期待していた物とは違った。
わずか二十ページほどのメモ帳にはロクな情報は無かった。
一ページに二体、上手くも無いスケッチと大きさについてのメモ、そして。
「体当たりばっかりかよ!」
ぺちーんとメモ帳を廊下の床に叩きつける。
ほとんどがこの街の周りにも居るような弱いモンスターばかり。
身一つで暴れるだけのほぼ家畜同然のモンスターだ。
そんな奴らの生態なんてたかが知れているだろうに。
おかげでどのページにも二回ずつ「体当たり」の文字がある。
「私はこうはならないぞ……詩的な文と詳細な絵を書いて……」
自分の書いた本の背表紙を想像しながらメモ帳のホコリを払い、自室に向かう。
クリスは輝かしい将来の妄想にどっぷり漬かっていた。
なので、ボロのメモ帳からページが一枚こぼれたのに気付かなかった。
当然、耳飾りをした少女がそれを拾って、熱心に読んでいたのにも。