「僕の夢のような素敵な彼女のときめきが止まらないので、誰かこの鼓動を止めて下さい」(仮)。略して『僕夢すて誰鼓動』
「いつも有難う御座います」いつも行くコーヒーショップ。そこでお金を払うと彼女が声を掛けてくれた。「あ、それと奥の席、空いてますよ」
ここに通うようになって三ヶ月。パンケーキが美味しいが僕は恥ずかしくて頼めないので、いつもアメリカンとバケットタイプのサンドイッチを頼むのみ。それでも彼女は嫌な顔一つしないで、オーダーを通してくれる。なんて優しい子なんだ。
このお店を見つけたのは偶然だった。
まだ夏の暑さも残る9月の日。僕はこの店で彼女に初めて出会った。
彼女は、背は小さかったが声は大きく、いつも明るく元気な人だった。オーダーが出来ると取りに行くシステムなのに、彼女の時だけポニーテールを揺らして運んできてくれる。お礼を言うと元気に「このくらいしか出来ませんから!」と言って笑うのだ。その笑顔は世界で一番の笑顔だとその時思った。
そして、暫くすると彼女はすることが無いのか、店のテーブルや椅子を直して回る。
気が付くと店の客は僕一人だった。あまりお客の居ない時間だったのである。
だからそれを黙って見ていると、彼女が恥ずかしそうにまた店の中に隠れてしまうのであった。
しかし、それでもまた店の中を片付けて歩き出すと、僕は帰る方向のバス停の場所を聞いたのだった。仕事で入って書類も少し直せた。しかしそれで十分だ。もう戻らないと行けない時間であった。また、会社に戻り仕事が待っている。おそらく今日も帰りは夜中に成る筈だ。
すると彼女は少し考えて分からないと見るや、奥の店長に聞いてきてくれた。
そして、走って戻ってくると僕の戻る方向を教えてくれた。それもバスの今乗れる時間もメモして紙に書いて手渡してくれた。
あまりの嬉しさにお礼を言うと彼女はまた照れたように笑いながら答えるのであった。
「ここ本当に不便でしょ。だからバスがないと大変なんですよね。まだ仕事ですか、大変ですよね。もう少しサボれば帰れませんかね?」
その言葉に僕は笑って「ムリムリ」と手を振って笑った。
やばい、もう戻らないと今日は会社で泊まるようになってしまう。
そう思って席を立ってトレイを片付けようと持ち上げると、彼女がまた例によって走って来てくれるのだ。「これは私がやっておきます。それより早く帰れると良いですね。私もここで祈っていますから!」そう言ってくれるのだった。
その言葉に再度お礼を言うと彼女はまた照れながら言うのであった。
「ここお客さん居ないじゃないですか。だからまた良かったら近くに仕事で来た時は遊びに来てくれませんか?」
その言葉を言うと。彼女は僕を笑って送り出してくれるのであった。
振り返ると黙って手を振っていた。
そう、あれから三か月。
僕は仕事の度にここへ来るようにしていた。
それは近くの時は当たり前、時には電車を乗らなければならない距離でもくるようになった。
そうして、今日は特別に別の物を注文するように決めてきたのだ。
あれから三か月、時々くる僕はきっと彼女にとっても特別な客だと気づいてると思う。
だから、今日は勇気を出して彼女に言おうと思うんだ。
「あの……」
他の客が居なくなった時、僕はまた例によって店の中を忙しなく働く彼女に話かけた。
立ち止まる彼女。
見つめる僕。
互いが互いを見つめたその時、僕はあらん限りの勇気を振り絞って行ってみたのだ。彼女に僕の気持ちを伝えたくて。
「あの、少し良いかな?」彼女はきょとんと僕の顔をみてまた微笑んだ。
「もし、もし良かったら、そのぉ、僕と今度、一緒に映……」
「無理!」
え?
間髪入れずに彼女が言い放った。
ん、今のは聞き間違いか? まだ僕の言葉が全部言い終わってないのに、こんなに早く断れるなんてこの彼女に限って出来るわけがないじゃないか。
きっと、これは何かの聞き間違いだよ。きっとそうに決まってる。そうじゃなきゃ、彼女が、この優しい彼女がこんな惨酷な断り方する訳がないじゃないかーーーー。
僕はよく聞こえなかったためにもう一度勇気を振り絞って彼女に言ってみるのであった。
「よく聞こえなかったから、もう一度聞こ……」
「無理! って言うか、完全に無理!」
彼女は話を続けようとする僕に言葉を発する余裕を与えない為、何度も短く拒絶したのであった。
まさか……まさかこんな事があるなんて……?
僕は憔悴しきって彼女の前でふらふらとよろけてしまった。まったくみっともない姿を、振られた人の前で見せてしまった。
こんなみっともない姿を人に見せたのは久しぶりだ。
今なら、僕はこの世から消えても惜しくないと本当に思えた。
何てことだ。まさか、彼女にこんな風に拒絶されるなんて想像もしてなかったから。
僕はよろよろと店の外に向かって歩き出した。
せめて彼女の前から早く消えたかったからである。
このままここに居るのがこの上なく恥ずかしくて、僕は一刻も早く彼女の前から逃げ出したかったのだ。
あと一歩、あと一歩歩けば店の外に出られる。僕がそう思った時だった。
後ろから彼女の声が聞こえるのであった。
僕は心の中で叫んでいた。
もうやめてくれ。もう僕の事をこれ以上辱めないでくれ!
あと一歩、あと一歩で、外に逃げられたのにーーーー。
すると彼女はいつもの明るい声と違いその時だけ低い声で僕に言って来たのだった。
「今日のバイトは午後4時終わり。それまで何処かで時間潰していてくれる?」
「へ?」僕は一瞬自分の耳を疑った。
「今日は映画を見て帰りたい気分なの。何か面白い映画探しておいてくれる? それが出来たら、考えてもいいんだけどね」振り返ると、彼女がニコッと笑っているのであった。
僕はその時ようやく彼女の言葉を理解できて、大きな声で答えるのだった。
「はい。任せておいて!!」
僕は、世界一の彼女の笑顔を抱いて一生彼女を守っていこうと決めるのであった……。
(つづく)