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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)
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   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 戻ってきてからハイリアは黙り込む時間が増えた。

 妹さん、アリエス=フィン=ウィンダーベルとの話し合いに向かった筈だった。


 結果は……未だに自分たちが落ち着く場所もなく彷徨っていることから理解出来る。

 前なら率先して私と話す時間を作っていたし、こういう説明も怠ったりはしなかった。怠けているとは思っていない。多分、話し合いの結果がそれを忘れさせるほどに辛いものだったからだ。


 やっぱり、この人はこうやってどんどんと失っていく。

 目的があるのは分かる。皆が、彼個人を知らない大衆が、好き勝手に思っているような目的でないのは、あのヴィレイ=クレアラインとの会話を聞いて察することは出来る。大仰で大層な理由、ではないのかもしれない。けれどやっぱり、たった一つの目的の為に他を切り捨てることが出来ない。

 あれも、これも、それも、全部、全部、助けたい、失いたくない、失わせたくない。

 叶わない願いだ。

 彼もそれはわかっているのだと思う。

 分かっていて、妥協はするけれど、そうやって進んだ先でどう取り戻すかを考えている。


 彼は立ち止まるべきなんだ。

 次々に失っていくというのは、その理由というのは、決して彼への裏切りではなくて、服の裾を掴んで引き留めるような、願いにも似た行為なのだと思う。私のコレは、違うんだと思うけど……。


 私には何も出来ない。

 何もしたくない。

 なのに、どうしても彼を捨て置けない。


 どうしてと思う。


 こんなにも多くの人に想われて、それを次々失っていくのに、まだ前へ進むことだけは止めないでいる。


 フーリア人の女と、赤毛の男の子と、ハイリア、と私。

 四人の中で私がまともに話せるのはハイリアくらいで、彼が物静かにしていると急に居心地が悪くなって、けれど不用意に離れているのもいけないと思っていつも近くにはいるようにしていた。

 もし、私が誰かに攫われたりすれば、あるいは獣にでも襲われて死んだりすれば、それはハイリアの責任になってしまう。

 彼にそんなものを背負わせたくない。

 けれど、このまま彼について行けば、私はマグナスの元で旗印として扱われてしまう。

 ハイリアにその気はないのだと思うけど、彼個人の意見で全てを押し通すには、ウィンダーベル家の名が必要だった。きっと彼と私の意志なんて無視して、私は掲げられてしまう。


 嫌だ、と思う。

 だけど、彼の傍に居なければ、とも思う。

 同時に私が傍に居ることで、彼は私を保護できるマグナスの元へ行くしかなくなっている。


 袋小路だ。


 彼に失わせたくないのに、そうさせない為の手が、更に彼を推し進めてしまう。


 疫病神なんだな、なんて考えで自分を嗤って慰めて、また考える。


 ハイリア。


 声を掛けることが出来なくて、目の届く範囲でそっと距離を取った。

 そうすると、赤毛の男の子が妙なことをしていた。


    ※   ※   ※


   エリック=ジェイフリー


 道具は用意した。

 とりあえず何度も試して、短剣一本あれば木や蔓や葉を利用して部品を作ることは出来る。


 構造はとにかく単純にして、部品一つ一つも加工しやすい形であることを求めた。

 別に真正面から『盾』の守りを崩そうなんて考えていないから、言ってしまえば子どもが刃物を振り回す程度の威力で以って人体を傷付けられればいい。


 道具を眺めて一息つく。


 とにかく速度を求める為に、行動を起こす前の決まり動作を定めた。

 何度も、とにかく何度も繰り返したおかげで、僕でもそれなりに集中出来る。


 手を動かし始めた。

 切り出したパーツの凹凸を合わせ、茎の繊維を編み合わせた紐で括り、木材の持つしなりを利用して射出の力とする。連続して使うことはないから、巻き上げ機は使わず力任せに引っ張って矢を固定した。引き金の形も特殊で、土台を中継して離れた位置にくくりつけた紐、それに何かが触れて押さえが外れると自動で矢が発射されるようになっている。

 位置の固定、狙い、騙し糸の設置まで含めて一気に作り上げる。


 終わった。


 今度は素早くそれを撤収する。

 まずは矢を外して、紐を回収し、パーツを解体して、また同じ位置に並べ直す。


 よし。

 道具を眺めて一息つく。


 もう一度組み上げた。


 そしてまた解体する。


 少し早くなったかな?

 やっぱりコレとコレの位置は逆の方が後の作業で邪魔にならないかもしれない。手順は今のままでいいと思うけど。


 考え、置き直してから、また道具を眺めて一息つく。組み上げる。


 何度も何度も繰り返した。


 最後にまた同じ位置にパーツを並べ直した所で息をついた。


 そろそろ食事を用意しないといけない。

 思った所で気付いた。


 女の子だ。


 ええと、陛下さん?がじっと僕の手元を眺めていた。


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 しょ、しょくにんだっ。


 いや違うのかもしれないけど、物凄い速さで道具が組み立てられていって、解体されて、また組み立てられて、その繰り返しをじっと眺めていた。


 とにかく早い。

 構造や組み合わせは単純で、一度二度見れば誰でも組み立ては出来るんだと思う。

 けれど赤毛の男の子はそれを物凄く早く組み立てる。同じ道具を作ることは出来ても、同じ速さで作っていくことはそうそう出来ないんだと思った。


 こういう淀みの無い動きは見ていて面白い。あ、でも今失敗した。


 ほー。

 へー。


 道具の置く位置を決めておくことは動作を一層速めるし、慣れれば目視を必要としなくなる。

 構造の単純さは複製が容易ということで、私には絶対出来ないだろうけど、この人ならきっとこの森にある物からどんどん同じものを作ってしまうんだと思う。

 加えてこの組み立ての速さだ。


 魔術による攻撃には射程の限界がある。

 『剣』や『槍』なんかはその限界範囲を出れば武器は消え、加護そのものも一時的に消失してしまう。

 『弓』だって根本は同じだ。

 けどこういう道具なら、設置してしまえば、確かに一度きりの使い捨てかもしれないけれど、無数にこの森へ仕掛けたりすれば、相手はその警戒に相当な苦労をすることになるんだと思う。

 『剣』や『弓』ならともかく、『盾』と『槍』は移動するとなれば魔術を解くよね。そのすべてを守るとなれば、兵の負担はどれほどのものだろう。

 こういうのも、ハイリアの考えなんだろうか。


 手を止めた赤毛の人が私に気付いた。

 お腹の奥がキュッと縮む。痛みは苦手だ。逃げ出したくなる。


 だから、ちょっとだけ身を引いて、俯いたまま言った。


「ア、アナタ、は…………このまま、で、いいと、お……思、う?」


 急に顔が熱くなる。

 恥知らずだ。

 何もしたくない癖に、何もしない癖に、思うだけならまだしも声に出して言うなんて。


 俯いた顔をあげられない。

 彼はどんな顔をしているだろうか。

 役に立たないお荷物の言葉に、憤慨したりしないだろうか。


「ええと」


 彼の声は少し戸惑っていて、ようやく私は自分の言葉足らずを知る。

 だめだ、緊張で上手く考えが纏まらない。


「ハイリアは、このまま、戦いへ飛び込んで……行けば、きっと、一人でいろんなものを、せお、背負って……いつか…………押し、潰される。止める、なら、きっと、今、だから――すぅ…………はぁ」


 なんとか言葉を捻り出して、なんとか息をする。


 か、彼は、きっと、ハイリアに強く同調してる、から。

 もう一人のフーリア人相手には、ちょっと怖くて聞けない。あの人、なんか、こ、怖いし。


 息を整えて、心を落ち着けて、一度くっと目を瞑って、顔をあげようとしたけど、やっぱり出来なくて俯きながら横へ視線を流す。


 けど、赤毛の男の子が不思議そうにこちらを見ているのは、見えた。

 だから本当に、彼はあたり前の事のように、言う。



「ハイリア様は押し潰されたりなんてしませんよ?」



 思わず、顔をあげていた。

 彼は何の気負いもなく、むしろ楽しみな小説の続きを語るみたいに加えた。


「ハイリア様がどこを見据えているのか僕は知りませんし、きっと仰っている通りに押し潰されそうなくらい多くの事を背負うのかもしれません。けど大丈夫ですよ。ハイリア様は一人じゃありません。メルトさんや、クレアさんや、ヨハン先輩とか、皆。皆ハイリア様を追いかけるのが好きですから、背負った荷物が重いなら、きっと追いついた人からそっとその荷物を押しますよ」


「…………どう、して」


「ええと、陛下さん? は、分かっているものだとばかり思ってましたけど……」

「え……」

「だって、抜け道から出てきた時、教団の人たちに囲まれた中で自分から言っていたじゃないですか。ハイリア様が、あの人がどういう人なのか、分かっているから、ヴィレイ=クレアラインの言葉が許せなかったんじゃないですか。あの言葉は、きっとハイリア様の荷物をそっと支えています。そういう人がもっともっと増えていくんだと思うんです。僕に出来るのは、そんな人たちに比べるとずっと、とても小さいものですけど」


 支えて……。


 でもあんなのただの癇癪で、好き勝手に泣き叫んだだけで――すると赤毛の男の子は、気弱そうに笑って言った。


「怖いですよね。自分が、あんなに凄い人の支えだなんて言ってしまうのは。僕は、ずっと自分に自信がなかったので……今も正直に言えばそうですけど、でも、あの大きな手がこの背を押してくれたことを、あの時の感触を、僕は自信を持つことの恐怖よりずっと、強く思い出すんです」


 言葉ほど、彼の声は強くなかった。

 こうして言葉にすることさえ引け目を感じているように、それでも何かの意思を以って、私に聞かせてくれる。


「僕は、自分の意思を言葉にすることが苦手です。でも、と、そう思える自分でありたい、ですね、はは」


 仲間。

 私には居ない、そういうものをハイリアは持っている。


 なんだかちょっと、泣きたくなった。


 悔しいとか、羨ましいとか、悲しいとか、そういう気持ちでは、決してなくて――


    ※   ※   ※


   エリック=ジェイフリー


 教団に見付かってしまったらしい。

 彼らが陣取っているだろう経路は外していたし、メルトさんの力で警戒はしていたけど、気付いた時には薄い包囲を受けていた。

 こちらにいつもの小隊があれば問題ない程度だったけど、陛下さんとか、今は魔術を自由には使えないらしいハイリア様や、大きな問題を抱えているメルトさん、加えて術者としては未熟もいい所な僕の四人では突破するのも難しい。


「…………すまない。探知の優秀さに見落としていた」


 ハイリア様は現状の厳しさを語った上で言った。


「高所からの目視。たしかに本来はそれだけで相手を見つけることが出来る。単純な距離だけならメルトの力よりずっと長いものだ」


 たぶん、紅葉の進んだ山々で、枯れ葉が落ちて裸になり始めている木が増えてきたことも原因なんだと思う。

 虫の少なさは僕たちにとってもありがたかったけど、じっと潜んで待ち構えるにも好都合だ。


 結果的に僕たちは、彼らが先んじて発見し、半包囲を敷くまで、メルトさんの探知範囲に引っかかるまで、教団の動きに気付くことが出来なかった。

 本来のハイリア様なら、あるいはこの程度の包囲なら今のままでも突破できたのかもしれない。

 けれど、メルトさんがやや青褪めた顔で告げた人物の存在が、僕らに足踏みを余儀なくさせてしまった。


 ジャック=ブラッディ=ピエール。


 あの血塗れ神父が出てきている。

 近衛兵団との戦いが起きている中、大部隊を派遣することは出来なかったんだろうけど、最も厄介な相手を彼らは投入してきた。いや、あの人はハイリア様を強く警戒しているだろうって、先輩たちも言っていたから、きっとここで止めるべきだと思ったんだと僕は思う。


 ハイリア様は沈黙している。


 考えが浮かばないんじゃないと思う。

 浮かぶけど、選びかねている。


 息を吸う。


 失礼ながら、お兄さんみたいに思える人へ、僕は言った。


「僕が囮になります。ハイリア様は、三人で先に目的地へ向かってください」


 言葉にするのは怖い。

 出来なかった時、出来ていないじゃないかと言われてしまうから。

 諦めた時、最初からここが目的だったんだと逃げることも出来ないから。

 自分の情けなさと向かい合うことになるから。失敗した時のことを考えずにはいられない僕には、とても、怖いことなんだ。


 それでも、この人の背負った荷物を支える、一人でありたいなって、思うんだ。


 だから、今度は僕が、その背中を押す。


「大丈夫です。色々と方法は考えてたんです。僕だけじゃないですよ? 先輩たちと、あの神父を抑える為の手を幾つも考えてきたんです。だから、僕は絶対に死んだりしません。生き残って、ハイリア様たちも逃がして、必ずまた会いましょう」


 そうだ。

 死んではいけない。

 意地でも生き残って、この人の荷物になんてならない。


 僕たちは、仲間だから。


 最後に、さっきまで話していた女の子に目を向けて、よろしくね、と。


 ところでこの子、どこの子なんだろう?






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